忘れられた駅のプラットホーム
気まぐれで書いた小説です。
夕暮れが迫る頃、私は見慣れない駅に降り立った。
電車のドアが開くと、潮の香りがふわりと鼻をくすぐった。しかし、ここは内陸のはずだ。訝しみながらホームに降り立つと、낡びた木造の駅舎がひっそりと佇んでいた。時刻表は色褪せ、文字を読むことはできない。周囲には人家らしきものは見当たらず、聞こえるのは波の音だけだった。
「すみません」
声をかけてみたが、応答はない。人気のないプラットホームには、風が吹き抜けるばかり。私は自分がどこにいるのか、どうしてこんな場所にいるのか、全く見当がつかなかった。
ふと足元を見ると、誰かが落としたらしい古びた手帳が落ちている。拾い上げて表紙を開くと、そこにはきっちりした文字で
「潮騒の記憶」
と書かれていた。
ページをめくると、ある女性の日記が綴られていた。彼女は海辺の小さな町で生まれ育ち、 毎日海を眺めて過ごしたこと。遠くの街へ出て行った恋人を いつまでも待ち続けていること。そして、いつか二人でこの駅に戻ってくることを夢見ていること。
読み進めるうちに、私は妙な感覚に襲われた。日記に書かれている風景が、今私が立っているこの駅の景色と重ねて見えるのだ。潮の香り、古びた駅舎、そしてどこまでも続く線路。まるで、私は彼女の記憶の中に迷い込んでしまったかのようだった。
日記の最後のページには、日付とともにこう書かれていた。
「今日、彼が帰ってくる。きっと、この駅で。」
私は顔を上げた。夕焼け空の下、遠くの線路がかすかに光っている。果たして、彼女の待つ「彼」は現れるのだろうか。そして、私は一体いつ、ここから帰ることができるのだろうか。
その答えを知る由もなく、ただ静かに波の音が、この忘れられた駅のプラットホームに響いていた。