強姦未遂、そして愛の鉄拳
「わかります。だから、実験にはぼくのコピーを使ってください。前みたいに自分がやられるのは困るけど、自分のコピーなら我慢します。お願いします」
二人に頭を下げる。加奈子先輩たちは顔を見合わせ、微笑んだ。
「うん、モル君はきっとそう言ってくれると思ってたわ。だからね、もう造ってあるの」
「え?」
法子先輩が奥の部屋からもう一台のベッドを転がしてきた。上にはシーツで覆われた人型が乗っている。これはまさか……
「最初に検査した情報を元に、作り上げているが、あの部分だけは2割増しにしてある」
そんなサービス要らないです。ぼくが心の準備をするまもなく、加奈子先輩がシーツを剥ぎ取る。
「わーわー」
すっぽんぽんのぼくの体があらわになり、ぼくはあわてて股間を隠そうとした。
しかし、そこには白のブリーフがはかせられていた。ぼくは自分の下半身と見比べる。あれ、それほどでもないようだが……
「冗談だ。そこまでリアルに再現する必要もないのでな」
無表情でさらりと言う、法子先輩。
ぼくは胸をなでおろす。でもデータ上では見られているんだよな。そう思って加奈子先輩を見ると、視線をそらされた。加奈子先輩のちょっと赤くなった顔が見える。ああ、やっぱり見ていたんだ。顔から火が出そうだ。
「さあ、モルはじめるぞ。」
その間にも法子先輩はいくつものコードを人造人間のぼくにつないでいる。
そのコードはいったんデータを処理するパソコンを経由して、ぼくの頭にかぶせられた大きなヘルメットのような機械につながっている。
「モルの脳から抽出した情報をパソコンで処理、生命活動に必要な本能の部分だけを優先してコピーする」
簡潔に説明した法子先輩はピアノでも弾くようにキーボードを叩く。エンターキーが押されると、ぼくの頭にかぶせられたヘルメットがうなりをあげる。ちりばめられたLEDが瞬き、ぼくの頭に微量の電流が走る。こめかみに低周波治療器を押し当てられたみたいだ。
始めは緩やかだった電流がしだいに強まっている気がする。
「あの、なんだか痛いんですけど……」
「モル君、がんばって。大丈夫よ――、多分」
多分ってなんですか、加奈子先輩。その後も頭を締め付けるような痛みが断続的に襲う。
「いたたたた、た、助けて……死ぬぅ」
ぼくはもう声も出せないような痛みに振り回されていた。
だめだ、このままじゃぼくの頭が爆発する。
「もうだめだーっ!」
耐え切れず、ヘルメットをはずし床に投げつける。
「バカ、勝手にはずすな」
法子先輩の叫びとともに、コンピューターはエラーを知らせる警告音をあげ、ベッドに横たわるもう一人のぼくは、怒涛のように送り込まれるデーターに体中を震わせていた。
必死に修正を駆けていた法子先輩だったが、処理が追いつかず、パソコンは激しい爆音を上げて煙を吹いた。しかし、それでもデータの流れは止まらない。
「あらら、大丈夫かしらね、モル君2号」
加奈子先輩は苦しむもう一人のぼくを心配そうに見つめている。
『うおー』
雄叫びを上げてもう一人のぼくはベッドの上に上半身を起こした。
先ほどまでの青白い皮膚ではなく。全身に人工血液が行き渡った赤みを帯びた皮膚になっている。
「何とか成功したみたいだな」と法子先輩。
「すごい、本当に生きているみたいだ」
ぼくの前でもう一人のぼくはきょろきょろと、室内を見渡している。
生まれたばかりで戸惑っているのだろうか。
「加奈子先輩、成功したのはいいですけど、彼のこと、これからどうするんですか」
「そうねぇ、そこまで考えてなかったわ」
頬に手を当てて困った顔をする。
そんな顔されてもこっちも困ってしまう。
「法子先輩、彼はこれからどうなるんですか」
成り行きを見守っている法子先輩に尋ねる。
「そんなこと、自分でわからないのか。あれはお前のコピーだ。パソコンが壊れて停止命令も出せない今、あいつの次の行動はお前にしかわからない」
そんなこといわれたって、ぼくにだってわからない。
整理するとーー
彼はぼくのコピーである。
基本的に生命活動のための基本情報と本能のみダウンロードされている。
本能を制御する大脳や、外部からの命令はない。
ぼくが考えている間に彼は行動を起こした。
周りを見回した彼の目にはいったのは、自分の理想の女性。
人間の本能的に、自分の遺伝子を時代に残すため子供を作らなくてはいけない。そのために大きいウェイトをしめるのが『性欲』だ。普段は大脳などの『理性』がこれを抑えている。つまり理性がない人間はどうなるか、というと……
目標を見定めたもう一人のぼくは加奈子先輩のコピーにかぶせられたシーツを引き剥がしその上に馬乗りになる。
加奈子先輩が悲鳴を上げる。
そのコピーには抵抗する術が無い。あわれ無抵抗のまま犯されてしまうのか。と、そのとき、部室の扉が開かれ体育教師 近藤がホイッスルを吹きながら入ってきた。
「こら、おまえら!最近おとなしいと思ったらまた爆発騒ぎか、いい加減に……」
そこまで言って言葉が止まる。
近藤先生の目の前では、見知った男子生徒がパンツ一丁で裸の女子生徒に馬乗りになっている。まさに今から事を始めんとするばかりだ。
高校という神聖な場所ではありえない光景に近藤先生の怒りは頂点に達した。
「お、お、お、おまえらぁ。なにやっとるんだ!」
今にもコトをはじめんとせん二人に歩み寄り、馬乗りになっている男子生徒の顔を思い切りグーで殴った。
愛の鉄拳。教師として仕方なくの行動だったのだろうと思う。しかし、不幸にも殴られたもう一人のぼくは試作の人造人間。頭に詰め込まれた各種センサーや、大容量を必要とする記憶装置のせいでかなりの重量を持っていた。それを支えるカーボン樹脂のフレームは意外にもろく壊れやすい。急な横Gなどかかった日には、それこそ簡単に吹き飛ぶ。
実際そうなった。
近藤先生に殴られたもう一人のぼくは、景気よく頭を吹き飛ばした。噴水のように人工血液が部屋を赤く染める。制御機能を失った体はその活動を停止した。
あふれる血液を吸血ノミネコのおこげがおいしそうに舐める。まるで地獄絵図だ。
吹き飛ばされた頭はそのまま転がり、どうすることもできず立ちすくむ加奈子先輩のスカートを覗きこむ形で止まっていた。それも、これ以上はないというくらい変態な表情のまま、だ。