東雲玲愛との出会い
彼女と出会ったのは今年の三月。春休み中のことだ。
とある理由で大学を休学し、フリーター生活をしていた。目標もなくただ無気力にバイトをする日々。
その際偶然会った高校時代の美術教師に誘われ、美術部の手伝いをすることになった。
その美術部にいたのが彼女、東雲玲愛だった。
初めに持った印象は『目立つ子』だった。
次に持った印象は『物怖じしない子』だった。
更に次に持った印象は『真面目な子』だった。
さらさらのミディアムの黒髪が艶を放っており、それに負けない輝きをもった瞳でこちらをジッと見つめてくる。
それほど部員の数が多い訳ではなかったが、それでも飛び抜けて目立っていた。
そして自己紹介の一環で自身の作品のポートフォリオを見せた途端、その瞳の輝きが増し、そこから質問攻めにあった。その明るくグイグイくる様に流石に俺も面食らい、途中見かねた顧問が制止したくらいだ。
先が思いやられると早々に感じたのを覚えている。
そんな彼女だが、いざ制作となると直前までの態度が嘘のように制作に集中し出した。
他の生徒が会話をしながら制作するのに対し、黙々と己の作品に向き合っていたのが意外で強く印象に残っている。
そして制作が終わると再び口数の多い明るい彼女へと戻る。後片付けをしながら周りの生徒と笑い合っていた。
部活動が終わり皆が下校していく中、彼女が目の前にやって来る。
「これからよろしくお願いします! 空先生!」
そしてパタパタと手を振ると他の生徒と一緒に帰っていった。俺はそれをポカンとした顔で見送った。
これが俺と東雲さんの出会い。
四月。新年度になり正式に美術部での仕事が始まった。
勤務は週三~四日。平日の放課後と休日の午後。仕事内容は主に生徒の指導、そして雑務等の顧問の手伝いだ。
顧問はかなりの放任で部活中あまり出て来ないため、自然と自分が生徒と接する機会が多くなる。素人に丸投げして大丈夫なのかと心配になるが受けたからにはやるしかない。
指導などしたことがなかったため初めは少々戸惑ったが、まずは生徒の顔と名を覚えるところから始め、自分の受験のときを思い出しながら指導していった。その甲斐あってか初めこそぎこちなかった指導にも多少は慣れたように思う。
慣れたのは生徒達も同様で徐々に自然と話しかけてくるようになった。
とはいえ所詮は仕事の付き合い。どうでもいいとまでは言わないまでも生徒たちに思い入れはなかったし、必要以上に仲良くなるつもりはなかった。
しかしそんな思いとは裏腹に東雲さんは俺にグイグイ絡んできた。
初めは描いている絵についての話題だったが、次第に学校や家での事、最近の流行等プライベートな話題が多くなっていった。
呼び方も初めこそ『空先生』だったが、すぐに『空くん』になり、それが周りにも伝染し、今や先生と呼ぶ子の方が少ない。それに伴い東雲さんの俺に対する接し方もより砕けていった。まるで友達感覚だ。
それに一々目くじらを立てる気はないが、彼女の距離の近さには戸惑い……いや、正直若干の不快感を抱いた。彼女に限らず誰だろうと近い距離にはいてほしくない。そのため何度か距離の近さを指摘したことがあったのだが、彼女は全く言うことを聞かず、それどころか余計に距離を詰めてきた。
そうしている内に言っても無駄だと諦めた。彼女と共にいる時間はより多くなり、そして今や共に下校するまでになっている。
不本意だが、そういうことになっている。
そんな東雲さんだが、絵に向き合う姿勢には好感がもてた。
モチーフへの興味、指導を聞く態度、作品への向き合い方、そのどれにも真面目さ、真摯さを感じたのだ。
それは彼女の作品にも顕著に表れていた。同年代の中でもかなり上手い方だ。勿論受験生にはまだ及ばないだろうが、それでもかなり良い。講評の際にそれを伝えると嬉しそうに笑みを浮かべた。
その素直さと笑顔はきっと彼女の魅力なのだろう。それは人を惹きつける。だから彼女の周りには人が多いのだ。
人付き合いが嫌な俺が諦観や慣れがあるとはいえ、彼女が近くにいることを許しているのもそれが理由かもしれない。
「空くん!」
今日も東雲さんが俺を見上げ笑みを浮かべる。
彼女と出会っておよそ三か月。
俺は未だ彼女に翻弄されている。