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二人の帰り道


 校舎の外へ出ると辺りはもうすっかりと暗くなっていた。

 西の空にまだうっすらと夕陽の残り香があるが、それもじきに消えてしまうだろう。けれど問題はない。それを引き継ぐように人工の光が灯っている。

 点々と建ち並ぶ街灯、校舎一面に開け放たれた窓、長く伸びるトタン屋根の駐輪場、あらゆる場所が光で照らされ闇夜に沈むことを許さない。遠くグラウンドにも大きな照明が灯り、その下を引き上げていく運動部の姿が見えた。

 昼間とは異なるその学校の様子は俺にどこか懐かしさを、そして憂いを感じながら帰宅する生徒達と共に校門を出た。

 学校を出ると辺りの暗さはぐっと濃くなる。学校の周囲は田畑で、まるで黒い海の様に広がっている。その中を無骨な鉄塔が跨ぐように連なり、彼方の山々へずっと続いている。住宅等建物は少なく車通りもほとんどないため明かりは少なく、頼りになるのは街灯くらいだ。

 けれどその分空は広く、そこに浮かぶ月や星の瞬きが良く見えた。月を中心に細切れの雲が光に照らされ広がっていく静謐で透明感のある夜空は青空や夕焼け空とはまた違った美しさがある。

 こんな静かな夜はひとり月に照らされながら物思いに耽るのもいいかもしれない。

 もっとも


「ふぅっ! 熱くなってきたねー! 帰りにアイス食べよ! アイス」


 それは叶わないのだけど。




 美術室を出て顧問に施錠を頼むと俺達は帰宅となった。二人で示し合わせた訳ではなく、用事がある訳でもなく、自然と共に歩いている。


「ねぇ空くんアイス……ってどうしたの?」


 俺の袖をクイクイと引いていた東雲さんが首を傾げる。


「ん、いや、何だかもう当たり前のように一緒に帰っていると思いましてね」


 顔を歪める俺に対し彼女はどこか得意気だ。


「頑張った!」


 そして満足そうにニッと笑った。




 俺達が一緒に下校するようになったのはここひと月くらいからだ。

 初め彼女から誘われた際、俺はそれを断った。たとえ学生バイトだとしても学外で特定の生徒といるのはいかがなものかと思ったからだ。加えて勤務外まで生徒と関わりたくはなかった。

 少々ごねながらも諦めたかに見えた彼女だったが、それからも連日誘われ続けた。終いには


「夜道ひとりだと危ないから送って行って」


 そんなもっともらしい理由を持ち出し始めた。


「お友達と帰ればいいのではないですか?」

「もうみんな帰っちゃったし」

「いや、まだそこに———」

「じゃーねー玲愛ー」

「うん! またねー」


 去って行く友達を手を振って見送ると改めてこちらを見る。


「送っていって?」


 そして良い笑顔を浮かべた。

 何か明確な作為を感じたものの面倒になり「今日だけ」という条件で一緒に帰った。

 俺といても楽しくなんてない。一度言うことを聞けば満足するだろう。そう思っていたのだが翌日以降も彼女は俺と下校した。

 部活が終わるとひとり俺を待ち、共に学校を出る。そして駅までの道を共に歩き駅で別れる。そんな下校時間を共にして早ひと月だ。

 思うことは多々あったが、そのうち言っても無駄だということを悟り、最近はもう何も言っていない。




「そもそも帰り道そんなに危なくないですよね?」


 学校周辺こそ明かりは少ないが、少し歩き大通りに出れば人通りも多くなるし、駅に近づけばより賑やかになる。更に下校路には他の生徒もいるのだ。それほど危険は感じない。


「そんなの分かんないじゃん。危険はどこに潜んでいるか分かんないんだよ?」

「それは否定しませんけどね」

「それに、私は空くんと一緒に帰りたいの!」

「東雲さんの私欲ではないですか……僕はひとりの方が落ち着くんですよ」

「またまたー本当は私と帰れて嬉しいくせにー」

「はっ!」

「うわ……鼻で笑ったよこの人」


 むぅ……と頬を膨らませる彼女が可笑しくて微かに笑みが漏れた。


「あ! 笑った? 今笑った!?」

「笑っていませんよ」

「笑った、絶対笑った! 何だよぉ、やっぱり嬉しいんじゃん」


 前向きに捉えた彼女がニヨニヨと笑っているのに今度は溜め息が漏れた。




 暗い田んぼ道を抜けると住宅地となり、やがて大通りへと出た。車通りの多い道の歩道をふたり並んで歩く。

 その間の会話は基本彼女が話題を振りほぼ一方的に喋っている。俺は相槌を打ち時折応えるくらいだ。

 俺は人付き合いが下手だ。そしてそれは会話も。こちらから話題を振ることなんてできないし、受け答えだって淡白だ。そのため基本俺との会話は盛り上がらない。これまでずっとそうだった。

 にもかかわらず彼女は随分と楽しそうだ。無理している様子もなくきっと素なのだろうと感じる。何が楽しいのか正直疑問だが、退屈していないならそれに越したことはない。

 話題は家での事から学校の事へと移り、やがて部活の事へと変わった。


「空くん、今日の私の絵どうだった?」

「……個別講評のときに言いましたよね?」

「そうだけどさ。改めて聞きたいんだよ」


 上目遣いでこちらを伺う彼女の目にはどこか期待する色が浮かんでいる。


「良いことばかり言ってもらえるとは限りませんよ」

「分かってるよぉ! でも、やっぱり期待するじゃん」

「否定はしないですよ」


 人間やはり自らが望むものが得られることを期待する。そして大抵は落胆し、稀に希望通りにいき心を満たす。そんなものだ。


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