ごめんなさい
「東雲、全然俺に見向きもしないし……あんなに色々やってやったのに……クソッ! 恩を仇で返しやがって。この俺をフルとかありえないんだよ!」
振り返りはしない。代わりに大きく溜息をつく。こんなのに関わらないとならないなんて東雲さんも彼女さんも災難に感じる。
これ以上は時間の無駄だと思い、無視して去ろうとし
「それに、あいつ、あんな身体じゃねぇか!」
その言葉に再び足を止めた。そのまま振り返る。
「何だよ歩けないって? 車椅子って? どこに行くにも何をするにもその面倒見なきゃいけないんだろ? じ、冗談じゃねぇよ。何でそんなもの、あいつの人生なんか背負わなきゃいけないんだよ⁉ そんなの、そんなの俺の人生台無しじゃねぇか!」
人目もはばからず喚き散らす彼。溜まり澱んでいたものが一気に溢れ出したようだ。
今、俺はどんな顔をしているだろう?
どんな風に見えるだろう?
「歩けないようになったのだってきっと罰が当たったんだ! 俺のこと蔑ろにしやがったあいつに天罰が下ったんだ! そうに違いない」
喚く彼に向かって俺は無言で歩き出す。
自分の中にいる別の自分が「やめろ!」と叫ぶが、聞き入れられない。止められない。
俺は拳を強く握り、今もなお喚き散らす彼の顔にしっかりと焦点を合わせ、そして
「空くん」
その声にハッとなった。
慌てて振り返ると、そこには困った様な顔をした東雲さんがいた。
「しまった……!」そう悔いるもあまりに遅すぎる。
背後で息を呑むような気配がした。
東雲さんはゆっくりと近づいてくるとそのまま俺を通り過ぎ、彼へと向かっていく。そして彼の目の前で止まった。
「中西君、久しぶり」
「東雲……」
まさか本人がいるとは思わなかったのだろう。立ち尽くす彼の表情は硬く気まずそうだ。
店内BGMが場違いに感じる程にピリッと張りつめた空気の中、二人は暫し無言で見つめ合った。そして
「ごめんなさい」
突然、東雲さんが頭を下げた。
俺は驚き目を見開く。何故彼女が謝罪などしているのか意味が分からない。寧ろ彼女は謝罪される側のはずだ。
それは謝罪された彼も同様のようで「え、あ……」と戸惑いながら彼女を見つめている。
「中西君の期待に応えられなかったこと……本当にごめんなさい。きっと私が期待させる様な態度を取っちゃったんだよね? 私がもっとハッキリと言葉にしていたら迷惑かけることもなかったし、あの日、中西君のことぶったりすることもなかったんだと思う。だから……ごめんなさい」
そうしてまた頭を下げる東雲さんに対し「いや……俺は、そんなつもりじゃ……」としどろもどろに言葉にならない声を漏らしている彼は、先程喚き散らしていたのが嘘のように弱々しい。車椅子に乗る東雲さんよりもずっと身長は高いはずなのに、その姿は随分と小さく見えた。
「でもこれからはもう迷惑かけないから。中西君の人生の負担にはならないように私はちゃんと生きていくから、だから安心して?」
真っ直ぐに彼を見据えている彼女はこちらに背を向けており、その表情は分からない。にもかかわらず何故だろうか? そのとき彼女が微かに笑ったような気がした。そして
「それだけ。今までごめんなさい。あと……ありがとう」
最後にもう一度頭を下げると、彼女は自ら車椅子の向きを変えこちらへと戻って来る。そして俺のもとまで来ると俯いたまま俺の服をキュッと握った。
「……行こ」
囁くような声は微かに震えていた。
すんっと一つ鼻を啜る音がする。
俺は何も言わずに頷き、車椅子のグリップを握ると彼女と共に歩き出した。が、すぐに立ち止まると、背後を振り返る。
視線の先には呆然と立ち尽くす男。
「……最低だな。お前」
そう吐き捨て、再び前へと向き直るともう二度と振り返ることはなく、彼女と共に出入口へ向かって歩いていった。




