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……えっち


 下校時間になり部活動は終了となった。

 今日は全体講評は行わないため、皆作品はそのままにし、片付けが済むと各々下校していく。


「うん、パースと形の狂いは修正できたみたいですね」


 そんな中俺は個別の講評をしていた。相手は勿論東雲さんだ。彼女はよくこうして個別の講評を頼んでくる。


「あとはより空間に馴染ませてください。修正は大変でしたか?」


 振り向き訊ねると、彼女は「大変だったよー」と露骨に疲れた表情で溜め息をついた。


「正しいパースを取るのはいいけど、一度描いたところを描き直すって大変」

「まぁ分かりますよ。手は入れづらいですよね」


 折角描いたものを多少、場合によっては完全に潰し新たに描き直すのは手間であるし、勿体なく感じる。時間を掛けていたり、手応えを感じていたのなら尚更だ。


「けれどそれでも直さない訳にはいきません。誤ったものを守ったところでそれ以上は良くなりませんからね。それどころかその誤りによる悪印象によって折角の良い部分が霞んでしまう。確かにあるはずの魅力を正しく感じてもらえなくなってしまう。それは勿体ないでしょう?」

「それは、うん。そうだね」


 彼女も大きく頷く。

 良いものを邪魔しないために、そしてより輝かせるために、求めるもののため一時的に壊さなければいけないことがある。きっとそれは絵に限らずあらゆることにおいて言えるだろう。


「だから恐れないでくださいね」

「あははは、難しいなぁ……でも、うん! 分かった」


 少々困ったような表情を浮かべながらも彼女は元気に頷いた。そんな彼女を他所に俺は今一度彼女の絵を見る。

 ああは言ったが、彼女は壊すことに躊躇いがないように感じる。誤りを守らず、壊し、そこから新たにより良いものへと作り変えていく力がある。

 足踏みせず、欲しいものを求めて前向きに進んでいく意志。

 そのことに素直に感心する。

 誰にでもできることではない。大人になれば尚更だ。


「このまま完成までしっかり描いてください」

「うん! ありがとうございました!」


 彼女の礼をもって講評を終わらせた。

 丁度そのとき出入口に見知らぬ男子が立っているのに気付いた。


「あ」


 東雲さんも気付いたようで小さく声を漏らす。

 すると男子は笑みを浮かべ「東雲!」と彼女を呼ぶと部屋へと入ってきた。


「東雲も部活終わったのか?」

「あ、うん。終わったよ」


 話しかけてきた茶髪の男子に彼女は笑みを浮かべた。

 友達だろうか? 彼女達の話を聞きながら俺は片づけを始めた。


「じゃあさ、一緒に帰ろうぜ。送るからさ」

「あーごめん。私まだ片付け終わってないんだよね。だから先に帰って?」

「じゃあ待ってるからさ」

「えー……でも時間掛かるからさ。待たせるの悪いし」

「全然! 待つ待つ!」

「うーん、でもー……」

「な~かに~しくーん!」

「おわぁ⁉」


 そこで女子部員の一人がその男子の肩に腕を回した。その他にも二人女子が彼を囲む。


「玲愛はまだ時間掛かるし、忙しいからさ! 私達と帰ろうよ!」

「へ? いや、でも……」

「いーから、いーから」


 慌てた様子の男子には取り合わず、そのまま彼を引っ張り部屋を出ていく。


「じゃあね、玲愛! また明日」


 彼女達が東雲さんに手を振る。その際パチリとウインクした。


「うん! バイバイ! また明日―」


 それを東雲さんは笑顔で手を振り見送った。


「……いいんですか? あれ」


 男子の声を微かに響かせながら去っていく彼女達を見送りながら東雲さんに訊ねる。


「うん、いーのいーの」


 彼女は笑みを浮かべると、筆の束を持って流しへと向かい石鹸で洗い始めた。

 特に追及する必要もないため自分も片付けと残っている仕事へと戻った。




 あらかた仕事を片付けようやく一息つく。

 ファイルの中身の整理で思った以上に時間が掛かってしまった。時計を見ると十九時を回っている。


「あ、終わった?」


 スマホをいじっていた東雲さんが顔を上げる。


「ええ、終わりましたよ…………何でまだいるんですかね?」


 早々に片付けを終え、身支度も済ませ、いつでも帰れる状態だったにもかかわらず彼女は未だ美術室に残っていた。途中何度も帰るよう促したのだが「うん。もう少しー」と曖昧に返され今に至る。


「だって空くんひとりじゃ可哀そうじゃん? それに暗い夜道に女子ひとりは危ないもん」

「……僕のことは置いておいて、だったら尚更早く帰った方がよかったのではないですか? それかさっきの彼に送って行ってもらうとか」


 待っていると粘っていた男子を思い出す。


「途中コンビニでアイスくらい奢ってもらえましたよ? きっと」


 彼が彼女に気があるのは明らかだった。多少のおねだりならホイホイ聞いてくれるだろう。


「えー嫌だよぉ」

「またえらくハッキリ言いましたね」

「だって変に期待させたくないもの」

「なるほど」


 どうやらまったく脈はないようだ。


「クラスメイトとして付き合うのはいいけど、それ以外はちょっとね」


 彼女は苦笑しながら自身のスマホを弄ぶ。


「そういうものですか」


 彼がそれを知らないのは果たして幸せなことかそうでないか、そんなことを無責任に考えながらペットボトルのお茶を飲む。


「あと彼、私のおっぱいチラチラ見てくるし」


 コフッと少し咽た。


「本人は気付かれてないと思っているんだろうけど、そういう視線って女子は案外気付いているからね」


 そこで自然と東雲さんの胸部に目がいった。

 制服のワイシャツを押し上げる膨らみはその確かな大きさをこれでもかと主張している。

 すぐに目を逸らそうとし、しかしそこで彼女の目に捕らえられた。


「……えっち」


 ジトっとした半眼で彼女は手を交差し胸を隠した。けれどその口元はニヤニヤと意地の悪そうな笑みを浮かべている。


「失礼しました」


 そこで今更ながらに目を逸らす。


「空くんも大きなおっぱいに興味あり?」


 彼女が胸を抱いたまま上目遣いで見つめてくる。


「興味はありますね」

「わぉ⁉ 意外に正直だね」


 余程意外だったらしく彼女は目を丸くした。


「そりゃ女性の個性であり、数多くある魅力の中の一つですからね」


 外見に惹かれるのは何も不思議なことではない。俺も例に漏れずだ。


「ただ、今のはそういう話題だったから自然と目が行っただけです。他意はありません」

「本当かなぁ?」


 彼女はニヤニヤと笑みを浮かべる。


「本当です。生徒に対してそういった目は向けませんよ」


 それが正しい倫理観だろう。そう思っての言葉だったのだが、それに対して彼女は不満気な表情を浮かべた。


「生徒って言うけど、空くんこの学校の先生じゃないじゃん。空くんだって学生じゃん」


 頬を膨らませジトっとした目で見つめてくる。


「……ま、そうなんですけどね」


 俺はこの学校の教師ではない。美術部の顧問の誘いで部活の時間だけバイトとして手伝いをしているにすぎない。

 本業は大学生だ。美術大学で絵を描いている……描いていた。

 今は大学には行っていない。そしてもう絵も描いていない。


「同じ学生なら別にいいじゃん」

「かもしれませんね。でも、それでもですよ」


 やはり納得いかないとばかりに頬を膨らませる彼女に対し、俺は一つ咳ばらいをした。


「とにかく、そういうことです」

「むー……でも、興味はあるんだよね?」


 彼女が再度上目遣いで見つめてくる。その表情は揶揄うようにも、期待するようにも見える。


「それはまあ。それに人体の美は長い美術史における主題の一つですからね」


 それこそ何世紀も前からだ。そこにいやらしさはない。


「便利な言葉ー」

「僕もそう思います」


 そこでお互い目が合い、そしてふたり揃って笑い出した。

 下校時間をとうに過ぎ、照明によって照らされた他に誰もいない静かな美術室。そこにふたり分の笑い声が響く。

 健全ではない。意味もない。けれどそんな何気ないことが少し楽しいと感じた。

 ひとしきり笑い満足すると「手伝う」と言う彼女も加わり残りの片付けへと戻っていった。






「空くんはおっぱい星人~。空くんも男の子~」


「その変な歌、外では絶対に歌わないでくださいよ?」




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わああ!! めっちゃ可愛いふたり!
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