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あなたの世界は崩壊しますよ?


 その後は駅ビルの中を二人でゆっくりと回った。

 服は眺めるだけだったが、アクセサリーは身に着け俺に感想を求め、クレープを美味しそうに頬張った。

 たとえ歩けなくなろうとも彼女自身は何も変わらない。

 お洒落だってしたいし、甘いものだって食べたい。人が普通に求めるものを同様に求めているだけで、そこに障がい者であることは関係ない。

 それでいい。

 彼女は何一つ諦める必要はない。


「ちょっとお化粧直してくるね!」


 多目的トイレに入っていく彼女を見送ると近くにあったベンチへと座った。

 何気なく目の前の雑貨店を眺めていると不意に見知った顔の男を見つけた。以前東雲さんに付き纏っていた男子(名は何と言っただろう?)だ。知らない女子と一緒にいる。

 彼はへらへらした笑みを浮かべていたが、こちらに気付くとその表情を硬くした。


「ちょっとお化粧直してくるー。そこで待ってて」


「え⁉」と彼が戸惑いの声を上げる間に連れの女子もトイレへ消えていく。残された彼は居心地悪そうにこちらを見ていたが、やがて少し離れたベンチに座った。


「どーも」


 声を掛けると彼は無言で会釈する。

 彼と話をするのは随分と久しぶりだ。校内で見かけた気もするが定かではない。


「今の、彼女さんですか?」


 連れの女子が消えていったトイレの方を眺めながら訊ねると、やはり無言で小さく頷いた。


「東雲さんにご執心のようでしたが……随分とあっさりと乗り換えましたね」


 彼がキッとこちらを睨みつけギリリと拳を握った。大分気に障ったらしい。そのまま無言でこちらを睨みつけてきていたが、やがて


「……だったら悪いかよ」


 低い声で呟いた。


「いーや? 全然」


 俺は軽く首を振る。


「あなたが誰に好意を向けようが、誰と付き合おうがそれはあなたの勝手です。僕がどうこう言うことじゃあない。あなたの自由にしてください」


 予想外の言葉だったのか、彼は意外そうな顔をした。


「寧ろ脈のない相手にいつまでもしつこく纏わりついているより余程健全で賢いと言えるのではないでしょうか?」


 しかしその後の言葉に一転、再び怒りを露わにした。


「俺はしつこく纏わりついてなんかいない!」


 激昂し立ち上がる。


「そうですか? 聞く限りではそんな感じでしたよ?」

「聞くって……東雲から聞いたのかよ?」

「他に誰がいるんですか? 無理やりキスしようとしたんでしょ?」

「お、お前に関係ないだろ!」


 彼は顔を真っ赤にして叫んだ。近くにいた人達が何事かとこちらを見る。そんな周りの様子に気を配る余裕もなく彼はふーふーと鼻息を荒くしている。


「そうでもないですよ。彼女は大事な教え子なんでね。無視もできないんですよ」


 以前の彼女と出会う前の俺だったら無関係であることを疑わなかったかもしれない。関心を持たず、寧ろ面倒事として避けていただろう。

 けれど今の俺には無理だ。無関係無関心を貫くには俺は彼女と関わり過ぎた。


「あなた理解できています?」

「何をだよ⁉」

「無理やり襲おうとしたんだ……あなた犯罪者ですよ?」

「お、俺は襲ってなんかいない! キスしようとしただけだ!」

「十分でしょ? それ。彼女が襲われたと思えばそれは襲ったってことになるんですよ」


 彼が口を戦慄かせる。声を発しようにも言葉が出て来ないようだ。


「彼女が大事にしたくないって言うから何も起こっていないだけです。もし彼女の情けがなかったら、あなた……とっくに終わっていますよ?」

「しょ、証拠は⁉ 証拠はないはずだ!」

「ないでしょうね。だから具体的な罪には問われないかもしれない。法的制裁はないかもしれません」

「だったら———」

「ですが!」


 俺はピシャリと彼の言葉を封じた。


「きっとあなたの世界は崩壊しますよ?」


 彼が東雲さんに付き纏っていたこと、そして無理やりキスを迫ったことは事実だ。前者はともかく後者に関しては多くの者が問題視するだろう。


「クラスメイト、教師や保護者等に知れれば多少なりとも問題となる。更に話が表面化すればきっと多くの無関係な者があなた方のことを話題にするでしょう。僅かな正義感と多くの無責任な興味によって周囲に広まっていく。万が一SNSで拡散されようものなら更に大きな話になっていく。そうなればあなたは罰を受けることになるかもしれませんね。そしてそれ以上の社会的批判に晒されるでしょう」


 もっともそうなったところでそれは彼の自業自得なので全く可哀そうだとは思わないが。罰を受けるべき者が罰を受ける、ただそれだけのことだ。

 ただ、その一方で心配もある。学校が正しく対応してくれるとは限らないし、保護者がまともな人間かも分からない。話題にする人間の殆どは無責任だ。

 被害者である彼女が理不尽に晒されることはあってはならない。あの子にこれ以上の悲しみはいらない。

 いつの間にか彼の足は震えていた。自分の行動とその行く末を漸く想像できたのだろう。


「確定されたものではありません。ただ、その可能性はあるということです。これは脅しではありません。警告です。もっと身の程を弁えてください」


 彼はこちらを睨みつけてくる。しかしそこには先程までの覇気はない。口を開くも何も発することなく閉じ、そのまま力なくベンチに腰を落とした。

 それに合わせるように俺は立ち上がる。


「ま、大人しくしている限りは何もないでしょう。大人しくしている限りは。乗り換えたのも英断ですよ。その具体的な理由は知りませんけどね。ま、彼女さんとよろしくやってください」


 そう言い残しその場を後にしようとした。その時


「仕方ないだろ‼」


 彼の叫ぶような声が俺の背に当たった。


本日は二回更新いたします。

更新は17時33分の予定です。

お楽しみに。

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この捨て台詞! 許せない予感が……
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