信頼
その姿は探すまでもなく容易に見つけることができた。
改札を通り中央広場を真っ直ぐに歩いていくと、向こうもこちらに気付いていたらしく笑みを浮かべていた。
車椅子に座り手を振る東雲さんともう一人、大人の女性。小さくお辞儀をされたためこちらもお辞儀を返した。
「おはよ、空くん」
「おはようございます東雲さん……東雲さんのお母さんも、お久しぶりです」
「はい。お久しぶりです」
改めてお辞儀すると、東雲さんの母親もお辞儀し微笑んだ。
「病院以来……でしょうか?」
「……そうだと思います」
彼女とこうして話すのは、東雲さんが入院していたとき以来となる。ほんの二か月ぶり程度だが、妙に久しぶりに感じた。
親子なだけあって顔は東雲さんによく似ている。落ち着いた印象でそこは彼女と真逆に見えるものの、浮かべたやわらかい笑みは彼女を彷彿とさせ、やはり親子なのだと感じた。
「あの……本当にいいのでしょうか?」
そんな彼女に俺は恐る恐る訊ねた。
「?……何がでしょうか?」
彼女は首を傾げる。
「今日、私と東雲さんが共に出掛けることです」
「はい。勿論です。確かに心配はありますが、いつまでも家と学校の往復だけという訳にもいきません。少しずつ行動の範囲を広げていければと思っています」
「いえ……それも勿論そうなのですが」
一瞬だけ目を東雲さんに向けすぐに戻した。
「……私などと二人で出掛けるということです」
成人を迎えた男、それも先の事故のキッカケの一つである俺と出掛けることをどう思っているのかが気になる。不信感を持たれていてもおかしくないのだ。東雲さんからは両親の許しは得ていると聞いているが、改めて本人に確認しておきたかった。
「ああ、そちらに関しては何も心配しておりません」
俺の懸念とは裏腹に彼女はそう言って微笑んだ。
「病院であなたのことをずっと見ていました。何度もこの子のお見舞いに来てくれていましたよね。この子と話すあなたを、そしてあなたと話すこの子を見て、あなたのことをとても誠実で信頼できる方だと思いました」
「……そんなことでいいのですか?」
「はい。あなたと話すときこの子はいつも笑顔でした。本当に楽しそうで嬉しそうな笑顔。それが何よりなことなんです」
「私が彼女を騙しているのかもしれませんよ? 誠実な人間を装っているのかも。悪い人間ほど表情や身なり等外見の印象には気を付けると言いますし、口も上手いでしょうからね」
「もしそうならそういうことを自分から言わないのではないですか?」
「人によっては言うかもしれませんよ」
「ふふ、そうかもしれませんね」
口に手を当てて微笑む。
「あなたのことはこの子からよく聞いています。今日は空くんと何をしたとか、何を話したとか、毎日毎日本当に楽しそうに」
東雲さんに目を向けるとにっと笑いながら顔の横でピースした。
「この子はあなたのことを本当に信頼しています。この子が信じる人なら私達も信じてみようかという気になるんです」
「……恐縮です」
「この子のこと、よろしくお願いします」
「はい。承知しました」
そうして二人揃って頭を下げた。
「二人共硬い! あと話が長い! 空くん! 私のことも構って!」
東雲さんがぷうっと頬を膨らませて俺の袖をグイグイと引く。その様を見て彼女の母親は可笑しそうに笑った。
「ふふふ。では、お邪魔虫はそろそろ退散しましょうか。空先生、娘をよろしくお願いいたします」
そうしてもう一度深く頭を下げた。
東雲さんの母親を見送ると改めて東雲さんを見た。
白のハイネックニットに黒いキャミソールワンピース、足下は白いスニーカーと落ち着いた装いだ。どちらかと言えば快活な印象の彼女であるためその装いは少し新鮮に感じた。
「服、似合っていますね」
途端に彼女の表情がパアッと輝く。
「えへへ……ありがと!」
「花火のときに言うのが遅いと言われたので」
「それ言わなければもっと良かった……」
一転今度はハァ……と溜息をつく彼女だが、すぐに笑顔に戻る。
「時間が勿体ないから早く行こ? 今日は一日目一杯空くんと楽しむんだから!」
目をキラキラと輝かせる彼女にこちらも自然と口元が緩んだ。
「では行きましょう」
彼女の車椅子のグリップを握ると二人でゆっくりと歩き出した。




