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回想 光が消えた日 3


 広くて清潔な白い空間。周囲の壁と柱には数多の絵が掛かっており、作品を邪魔しない程度の照明が当たっている。

 そのうちの一枚、部屋の中央付近の柱に掛かる絵。

 大きな青空の絵。

 添えられたキャプションには作品のタイトルと俺の名が記されており、そのすぐ横にもう一枚添えられたキャプションには『審査員賞』と記されていた。


 あの公募で俺は受賞した。

『大賞』こそ逃したがその次点の賞だ。箔という意味では十分と言える。

 入選でさえ難しいと思っていたところ、まさか入賞するとは完全に予想外だった。そのため初め連絡をもらったときは詐欺を疑ったのだが、後に発表された受賞者リストに自分の名があったため信じるに至った。

 佐久間の名はなかった。

 後日、都内の美術館でレセプションが行われ、そのまま一定期間展示された。『審査員賞』なだけあって随分良い場所に展示してもらえたと思う。

 賞を取ったことも普段と異なる場で大仰に作品を公開されることもどこか現実味がなく、戸惑いは大きかったが、来場者が俺の絵の前で立ち止まり感嘆の声を上げたり、逆に言葉を失う姿を見るのは単純に嬉しかった。それはそれだけ心に響いたということなのだから。

 大学に入ってからずっと苦しみの中にいた俺であったが、このとき漸く報われたように感じた。

 受賞したことは各美術雑誌で取り上げられ、大学の広報誌にも掲載された。

 佐久間は「俺の言った通りだったろー」と俺の背をバシバシ叩きながら祝ってくれたし、他の同期も各々絵の感想や祝いの言葉をくれた。ただ、その一方で俺の事を快く思っていなかった連中は面白くなかったようで、絵を酷評していた。

 ワザと俺に聞こえるように貶す連中を煩わしく思っていたが、そういうとき決まって佐久間が庇ってくれた。

「気にするな。メシ行こうぜ」そう言って肩を組む彼に親しみを感じ、俺はますます彼に心を許していった。


 それからも毎日絵を描き続けた。

 あの絵を描き上げてから随分と心が軽くなった気がする。

 評価も何も気にせず、ただ心の向くままに描いたあの絵。

 浮かぶのは青いイメージの断片。それらは寄せ集まりやがて自らの背に翼を生やす。

 見据える先は空の彼方。

 想像の翼は筆へと宿り、世界を生み出す震えを手に感じながら、真っ白なキャンバスに未知へと至る青空を描き出す。

 想像は錯覚へ、やがて現実に。

 光を浴び、風を切り、全身が青に染まり、そして全てが透明になっていく。

 楽しかった。ただ、楽しかった。

 絵を描くのは楽しい、そんな当たり前のことを俺は忘れていた。

 人が感動する以上に自分自身が感動したくて描いていたような気がする。そして結果的にそれに皆が感動してくれた。

 自分が感動し、それを同じように感動してくれる人がいたとしたらそれは共感と言えるのではないか?


 そうか……共感してもらえるって嬉しいことなんだな……。


 自信と気付きを得た俺にもう迷いはなかった。

 これからも描いていこう。

 この空の先にきっと俺の求めるものはある。

 俺がそう前向きに考えられるようになるきっかけをくれたのはやはり佐久間だろう。彼のような人生の先輩が俺を良い方向へと導いてくれた。もしひとりだったら俺はとっくに潰れてしまっていたかもしれない。

 他人を拒んでいた俺に人付き合いも悪くないと感じさせてくれた初めての友人。

 これからも良い関係を続けていけたらいいと、そう素直に思った。

 そうして充実した大学生活を送っている中、ある事件が起こった。




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