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回想 光が消えた日


 昔から共感ができなかった。

 小学生当時、俺は周りに比べて大分無感動な子供で、同級生が当たり前に関心を持つものに共感できず、常に冷めていた。

 更に他人というものにも興味がなく、こちらから話しかけることはせず、話しかけられても一言二言話す程度でまともに取り合うことはなかった。

 必要最低限にしか人と接していなかった。

 だって仕方ないではないか。楽しくないのだから。共感できないのだから。

 俺は人と付き合うことを拒んでいた。

 その様は周りにはさぞ感じ悪く映っただろう。実際、みんな俺を敬遠していた。

 それにより嫌がらせを受けたことも一度や二度ではない。それが余計に俺に周りを拒絶させた。

 そのため俺はいつもひとりだった。けれど苦は全くなかった。それは他でもない俺自身が望んだことなのだから。

 不自由せず、寂しくも悲しくもなく、ひとりなりに楽しく過ごしていた。


 そんな人付き合いのみならず、あらゆることに関心がなかった俺が数少ない興味を持つことの一つが絵を描くことだった。

 絵の中だけは何にも邪魔されず全てが自由で、ひとりで何でも決められて、そして単純に楽しかったのだ。

 初めは身の回りの物や家族等を、それから徐々により広い風景や空想の世界を描くようになっていった。

 休日は勿論、学校の休み時間も同級生が外で遊ぶ中、ひとり教室で絵を描いていた。

 そしてもう一つの興味のあることが空を眺めることだった。

 空を眺めながら空想等をしていると心が落ち着き、日々の煩わしいことを忘れられたからだ。

 ひとり絵を描き、空をぼんやりと眺め、また絵を描く。小学生の俺はそんな子供だった。

 そうして絵を描き続けているうちに段々とその絵を褒められるようになっていった。

 その際の俺は相変わらず笑顔はなかっただろうし、言葉も少なかったが、少なくとも無視はしなかった。人と接するのは嫌だったが、自分の描いた絵を評価してもらえるのは嬉しかったのだ。

 褒められれば褒められる程、俺は密かに得意になり絵を描くことに没頭していった。


 中学高校と進むにつれて多少は人付き合いもできるようになっていった。

 相変わらず共感なんてできないし、関わりたくないのが本音であったが、大人になるにつれてそうも言っていられなくなる。『上手く』やることを覚えていった。

 そしてこの頃には誰と話すにも敬語を使うようになっていた。年下から年上まで当たり障りなく、そして自分を守るのに都合が良かったからだ。

 結果として周りとの軋轢はぐっと少なくなったと思う。ただその一方でそんな自分を冷ややかに見つめる自分は常にいた。

 そうして自分自身が多少でも変わっていくのに対して、絵を描くことと空への興味だけは変わらなかった。その時だけは俺は自由でいられている気になれた。

 絵はずっと描いていたこともあり、その頃には大分上手くなっていた。学校の美術の成績は良かったし、何度も入選していた。市の広報誌に絵が掲載されたこともある。

 絵を描くことは俺の存在意義となっていた。そのため美術の道に進みたいと思うのは極々自然なことだった。


 夢を見て受験のために美術予備校へと通い始め、そして俺は愕然とする。

 皆が上手い。浪人生は勿論、同じ年の高校生が皆上手い。

 しっかりとした美術教育を受けた者とそうでない者。あって当然の差に当時の俺は戸惑った。

 世の中には絵の上手いやつなんて幾らでもいるということ、そして自分が全然大したことないということを実感をもって理解した。俺の安っぽいプライドはあっさりと砕け散った。

 ショックは受けつつもけれど挫折することはなく予備校に通い続け、必死に勉強して、何度も心を折られそうになりながらも、どうにか一浪で私立の美大へと進学することができた。


 大学での俺は空の絵ばかり描いていた。課題で明確にモチーフの指定があるもの以外は全て空の絵だ。

 朝陽が昇る明け方の空、雲が多く流れる風が強い日の空、全てがシルエットとなる夕暮れの空、月が淡く輝く夜空、そして突き抜けるような透明な青空。

 様々な空をモチーフに大小多くの絵を描いていた。

 アトリエの俺の制作スペースにはいつも普段撮り溜めている空の写真が幾つも貼り付けられ、その数多の空に囲まれながら俺は自分の世界に入り込んでいた。

 そんな俺のことを同期は『空の人』と呼んでいたらしい。

 大学生になっても俺の孤独体質は相変わらずだった。

 大学は小中学校等とは異なりひとりで過ごしやすい環境だ。友人同士で固まっている者がいる一方、ひとりで行動している者も当たり前にいる。俺もそのうちの一人だ。

 群れることを強制されない生活は俺にとって快適なものだった。

 同期の多くがそんな俺のことを尊重してくれていたが、一方で快く思っていない連中というのはやはりいた。

 愛想が悪い、付き合いが悪い、というのが彼らの弁だ。

 これまでに散々言われてきたため大して響きもしない。そもそも愛想がなく、付き合わないのが何故『悪い』になるのかがさっぱり理解できない。

 分かり合えるとも、分かり合いたいとも思わなかったため無視していると、それが余計に彼らの癇に障ったようで、事あるごとにネチネチと絡んできた。煩わしかったが、関わるだけ時間の無駄だと思いやはり無視を貫いていた。


 そうしてひとり我が道を歩んでいた俺だったのだが、一人だけよく話をする相手ができた。


「よぉ! 今日も描いてるな」


 俺が描いていると決まって声をかけてくる。名は佐久間。同じ科の同期で二つ年上の男だ。ある日突然絡んできた。

 空の絵ばかり描いているのが余程印象的だったのか、それとも誰ともつるもうとしないのが特異に見えたのか、それは分からないが何故か気に入られ、毎日顔を合せる度に話しかけてくるようになった。

 やたらフレンドリーに接してくる彼に当初は鬱陶しさしか感じず適当にあしらっていたのだが、彼は変わらず俺に話しかけ続けた。そして初めこそ関りを拒んでいた俺も徐々に彼に応じるようになっていった。

 彼に少し興味が沸いたのだ。ここまで俺と関わることを諦めない者は家族以外では初めてだったから。

 初めはお互いの作品の話、そこから徐々にプライベートの事も話すようになっていった。

 同じアトリエで制作し、共に食堂で食事をし、授業が同じ時は隣に座り、俺が成人を迎えてからは飲みに行ったこともあった。

 初めてだった。そのように特定の誰かと長く共に過ごすのは。

 これまで他人と過ごすのは苦痛でしかなかった。共感できず、楽しさを見いだせず、ただただ疲れるだけだった。年を取るにしたがって多少は共感できることも増えてはいったものの、それでも価値観の異なる他人との関りは苦痛であることが勝った。

 彼も価値観が異なる点ではこれまでに出会ってきた者と何も変わらない。けれど彼と共に過ごすのは不思議と苦痛ではなかった。

それが何故なのか当時の俺には分からなかったが、今なら何となく分かる。それはきっと価値観の相違を気にさせない程に彼が大人だったからなのだろう。人によっては嫌な奴に映るだろう俺の事を理解し、許し、受け止めてくれたから俺達は上手く付き合えたのだと思う。そこは頭が上がらない。

初めてだった。家族以外の他人といて『楽しい』と思えたのは。

 そして


「よぉ、友よ! メシ食ったか? 食堂行こうぜ!」


 初めてだった。俺の事を『友』と呼び、そしてそれを嫌に感じない人に出会うのは。


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