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神様はお休み中  作者: 佐屋 理由


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30/32

ケイ・結婚式

 ということで。

 今年の空羊(テンクウ)漁は例年にない大漁に終わったらしい。


 村の人の中には空羊が来年も来てくれるかどうか心配している人もいる。でもそれは誰にもわからない。

 もしかしたらこの村もこれからは空羊以外の副収入を考えなきゃいけないのかもしれない。

 神殿泉をちょっとだけ使った化粧品とかどうかなあ。


 そんな訳で、ラキ村の秘密にどっぷり浸かってしまった僕は巻き戻って村に残るか巻き戻らないで残るかの選択を迫られました。

 当然後者だよ。

 こんな僕でも忘れたくないことはある。遠く離れた家族とかね。


 ここに一生落ち着くことが決まったので、僕は両親に連絡を取ることにした。

 手紙を出せばあの辺の配達人に探られてしまうだろう。だからその方法は避ける。

 ラキ村へ来る商人の一人に僕の村の方にも用事がある人がいたのでその人に言伝をお願いした。

 僕は元気に暮らしています、心配しないで下さい。って。


 僕の就職先は迷った末に、商人ではなく職人の道に進むことにした。

 多分その方が向いてるし、何より楽しい。リョクのお兄さんには大歓迎された。

 僕が協力したクズ珠のジュエリーは、大玉と同じくらいの高価格で取引が決まったんだって。


 そう言えばつい先日の話だけど、元の店から迎えが来た。

 自分たちの所業を反省して僕の身を心配して……ではなく。なんか商品について僕がいなくて困ってる部分があるらしいんだけど、そんなこと僕には関係ない。

 村の商会の人が国の法律の本を見せつけて、ああいう形で捨てられた場合、主人は僕についての権利を放棄したとみなされて無理矢理連れて帰ることもできないらしい。

 悔しそうに去って行く先輩を見てちょっと気持ちがすっとした。

 すっとしたけど一応旦那様にはこれまでの感謝を伝えて欲しいと伝言を頼んだ。

 8年も無事に育ててもらったからね。


 あとは。

 そうだ、もう隠すのも面倒くさくなったので顔をふつうに出すことにした。

 最初はきゃいきゃい言われたけど、キャロやリョクやソラさんが注意してくれるので、それも次第に無くなっていった。


 そのキャロはと言えば。


 結局、彼女は神殿に残ることにしたらしい。

 キャロは自分がミカンさんであることを知った。

 知ったからと言って、ヘイリーさんのように記憶が戻ることはなかったらしい。

 記憶が戻らないから死に至る衝動も起こらなくて、特別な変化もなく済んだ。

 うん。良かった。


 もともとは記憶が戻るのに何がきっかけになるかわからないという理由で村長宅から遠ざけられていたんだそうだ。だから安全の目安になる誕生日を越えたら家に帰ってもいいんだけど、キャロは「村長の娘より神殿の娘の方がえらいから」と言って現状維持を望んだらしい。よくわからない。

 村長一家は「娘がそうしたいなら」と寂しそうに受け入れたと言う。


「キャロっていうのは私がつけたかった名前なの。ミカンって名前はおじいちゃんが決めたのよ」


 キャロがキャロを名乗り続けると言った時だけ、マリアさんは嬉しそうだった。


 そう言えばそのマリアさんはキャロのいない所でソラさんたちに呟いたらしい。


「それにしても。誰が育ててもあの子はあの子に育つものねえ」


 多分、ミカンさんの頃から相当苦労させられていたんだろう。



 一回世界が巻き戻りかけたこと、一日に二回の漁をしたこと。そんな通常とは違う出来事はあったけど、終わってしまえば今年は例年よりちょっと仕事量の多い年だったというだけで、その後の村の人たちはあっという間にいつもの日常に戻っていった。


 ひと通りの出荷を終えて、皆が少し落ち着いた頃。

 自警団のトマスさんと村のルミさんの結婚式が行われた。


 トマスさんは自警団を辞めてルミさんと一緒に農家をやるらしい。未亡人のルミさんと、その三人の子供たちと一緒に村中にお祝いされるトマスさんはとっても幸せそうだった。


「……ひと声くらいかけないでいいのか」

「ああ」


 あれからブライスさんはリョクと一緒に自警団の顔ぶれを確認して、その中に探していたお兄さんを発見した。

 トマスさんだった。

 最初は全く思わなかったけど。そう言えば、トマスさんを細くさせたら二人は少しだけ似てる。

 思い出させるのが怖いので、ブライスさんはトマスさんとは顔を合わせずにここを去るそうだ。


 この村が平和であることはトマスさんの幸せにつながる。ということで、「兄を人質にとったも同然」というリョクの主張でブライスさんは何の処置もせずここを出ていけることになった。

 キャロと僕の間では、リョクとしては積極的にブライスさんを村に置いておきたくなかったんじゃないかって結論になってる。ソラさんにちょっかいかけるしね。


 そして僕はブライスさんにはなんとなくよそ者同士の仲間意識が芽生えていたのでちょっと寂しい。


 式が終わると神殿前で村中総出のパーティーが開かれる。

 皆がお腹いっぱいになってお酒もたっぷり飲んでけっこうぐだぐだになった頃。


「皆、注目ー! 今からリョクがわたしに話があるんだってー!」


 神殿前の階段で、おめかしをしたキャロが村の人たちに声をかけた。


 なんだなんだと皆の目が集まる。

 そこへ、ひどくぎくしゃくした動きのリョクが現れた。


 リョクは服の中から何かを取り出す。

 あれ……羊珠のネックレス?

 そしてそれを前方に突き出しながらキャロの前に膝まずいた。


「キャロ! これをあなたに捧げます! どうか大人になったら俺のお嫁さんになって下さい!」


 うわあ。

 ひやかす声と悲鳴がこの場に沸き起こる。

 キャロはリョクの手を押し返した。


「お断りよ! リョクみたいなおじさんにわたしはもったいないわ! わたしはね! ジンさんの後任に来る王都の騎士様か、ソラを男の人にしたみたいな相手と結婚するって決めてるの! 物で釣られるオンナだと思わないで!」

「ソンナ! うう。俺ハ振ラレテシマッタ」


 リョクがその場でがっくりと両手をつく。

 つんと顔を反らしたキャロはどこかへ去って行き、何故か拍手と歓声とリョクを慰める声が場を埋め尽くした。

 本来なら。キャロが大人になった時点でミカンさんを亡くなったことにして、それとなーく慎重に、リョクとの縁談を勧めてみる予定だったらしい。

 村の大人たちはそんな事情を知っていたので、つかず離れずといった感じで見守っていたそうだ。

 でも、こんな結末も皆の予想通りだったのかもしれない。


 自警団の人に声をかけられて立ち上がったリョクはそのままこっちへ来る。

 え、なんで。

 と思ったら、僕の隣にはいつのまにかマリアさんが立っていた。


「すまん、マリアさん。約束は守れなかった」

「いいのよ。あの子が望む相手と結ばれるならそれが一番。別に私はあなたじゃなくてもよかったんだし。そうね、私としてはあの子の相手はもっと綺麗な子だったら嬉しいわね。例えばここにいるケイとか」


 え!

 にっこり微笑みかけられる。

 この人に狙われるって何かとても怖い気がする。

 僕は食べ物を取りに行くふりをしてその場を離れた。


 料理を配るテーブルではソラさんがトングを持って働いていた。

 その横にはジンさんがいる。


「全く。リョクから羊珠を貸してくれって言われた時はなんだと思ったよ」

「ごめん。他に持ってる人思いつかなくて。……キャロが『羊珠求婚を断った女』をどうしてもやりたいって言うから……」

「君たちはあの子の要求を聞き入れすぎる」


 残った料理をまとめていたソラさんの手が止まる。


「あの子の望みを叶えることが償いになるって思ってたんだ。だけど、今となってはそれも違ったのかと思う」


 ソラさんが歪んだ笑顔を見せた。


「私達は……私は。そうすることで、自分の罪が許されると思ってたんだよ。でもそれは間違ってた。何をしようと私が何人もの命を消してしまった事実はけっして許されることじゃない。忘れて楽になっていいようなことじゃなかったんだ。私はこの罪を……一生、あれと一緒に背負っていくよ」


 一度、息を詰めたジンさんが。少ししてから息を吐いた。


「私は、振られたということかな」

「ごめん。気持ちは嬉しかった。ありがとう。ジンさんは、とてもいい奴だよ。この世の中で私とミカンだけが好みが変なんだ」

「そういう慰めは悲しくなる」


 言ってジンさんはソラさんからトングを取り上げると、小皿に山のような料理を取って、何故かこっちに差し出して来た。


「立ち聞きの罰だ。これをキャロと二人できれいに食べ尽くすように。一かけらでも残したら許さない」

「なんでー」

「ケイ、キャロを見つけたら服を汚さない内にこっちに連れ戻してくれるか」

「はいー」


 ソラさんに頼まれたら仕方ない。


 ちなみにもう村に残ることが決まった僕は村の食べ物をふつうに食べてる。もちろんゼンシン水も飲んでる。飲まなきゃどうなるのか少し試してみたい気もするけど、まあ、怖いことはやめておこう。

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