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神様はお休み中  作者: 佐屋 理由


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ケイ・かわいそうな僕

 ものすごく顔がいい、なんて事実はそれを使いこなせる知恵と精神力がなければただの恐ろしい呪いでしかない、と僕は思う。


 そうです。そのどちらも持ち合わせずにひたすら自分の顔面に振り回されるだけの人生だったのは僕自身です。

 生まれた時から「この子は天からの落とし物じゃないか」と言われてた。

 善意も悪意も混ざった周囲の大人の目子供の目、僕の両親はそんなものから必死に僕を護ってくれた。

 けど、5つになった時、ついに僕の存在は近在の悪徳商人の目に止まった。


 僕を狙う悪徳商人は汚い罠を僕らの住む村に仕掛けてきた。知恵もなく、あっさりこれに引っかかった僕らの村は大借金を抱えて窮地に陥ってしまう。そうしておいてから悪徳商人は、僕一人を差し出せば負債を帳消しにしてやると持ち掛けてきたのだ。


 何も言わない村の人の圧に耐えかねて、両親は僕と弟を連れて夜逃げを決意した。

 だけど僕はそんな両親を出し抜いて一人で村長の下へ行き、自分を商人に差し出すよう申し出たのである。


 まんまと僕を手に入れた商人はそりゃあ大喜びした。間近で見た僕のあまりのかわいらしさに「これは天井知らずの価格で売れる」と欲深な算盤をはじいたらしい。

 商人は貴族や金持ちを自邸に集めて競りを開いた。

 きらきらした部屋の中央でごわごわした変な服を着せられた僕を取り囲んで、大人たちはなんだかわいわい言い合っていた。


 そこに突如現れたのが王都の騎士団。

 今夜違法な商品の取引が行われると通報があってこの屋敷に乗り込んできたのだそうだ。

 ちなみに違法な商品は外国から密輸された変な鳥のことで、僕自身ではない。


 でも僕を憐れんだ騎士の人が悪徳商人と何やら取引をして僕の身柄は自由になった、らしい。

 僕はそのまま一度騎士団に保護されたけど、両親の下へ帰ることは拒否した。戻ってもまた同じことの繰り返しになったら嫌じゃないか。

 そして騎士団の人の世話で、厳しく真面目でなおかつ男色嫌いで有名な商人の下へ見習いとして預けられたのである。


 親切な騎士の人の忠告で僕は自分の容姿を隠すことを覚えた。

 ぼさぼさの前髪で顔を覆って、肌もちょっと汚しておく。

 それだけでわりとふつうに扱われることに僕はちょっとびっくりした。


「実際その騎士の人が本当に親切な人だったのか、いつか何かに利用できるかもと思って僕と連絡がとれるようにしておいたかはわかりません。とにかく、八年間何もなかったので、いい人判定に心の天秤は傾いていますけど」

「いやそこはいい人でいいだろう」


 そんなこんなでここで生きていこうと希望も湧いてきた頃。

 夜中に一人で水浴びをしていたところを、主のお嬢さんに見られてしまった。


「お嬢さんはもちろん僕に一目惚れしました。……それまではいい職場だったのに。そこからが地獄でした。……ここで手切れの羊珠を買ったら全部終われると思ってたのに……!」


 僕は両手に顔を伏せて泣き崩れる。……真似をする。


 実は。

 僕のこの話には本当と嘘が入り混じっている。

 僕が生まれてからの話は真実。お嬢さんが手切れ金を求めたというのは嘘です。


 本当は。僕が行商に出るって言ったら、ごく、ごく、ふつうに、恋人が恋人に土産を求めるかのように、ラキ村で羊珠を買って来てとお嬢さんに頼まれたのである。買ってこなきゃ旦那様にあることないこと言ってやる、といういつもの脅し付きで。


 僕だって商人見習いだ。羊珠の相場くらい知ってる。それが僕にはとても手が届かない物であることも。

 困った僕は先輩にお金の相談をした。

 そしたら言われたんだ。給金のない見習いは店の金を使っていい。その都度きちんと書付を残して、いつか給金が貰えるようになったらそこから差し引いてもらうんだって。


 そりゃあね。ちょっと変かなと思ったけど。騙されてるならここは乗っかっておくしかないと思ってお金を頂きました。

 でもせいぜいからかわれてる程度だと思ったのが甘かった。

 それはしっかり罠で、僕はその場で捕まって泥棒として旦那様の前に突き出された。


 そこでもう一つびっくりしたのは、旦那様の中で僕は「騎士様という後ろ盾をいいことに仕事をいい加減にさぼっている奴」だと思われていたことだ。

 用もないのに職人さんの工房に行くと言ってはなかなか帰ってこない、その間どこで怠けているかわからない、ということになっていたらしい。


 いや先輩に行けって言われてたんですけど!

 工房では作業とかめちゃくちゃ手伝ってたんだけど、旦那様には何も伝わっていなかったのか!


 さらにお嬢さんのこともつきあってないけどつきあってることにされてしまって店中の人の殺気が恐ろしかった。かわいいお嬢さんは皆の憧れなのだ。


 だから本当なら。僕はそこで殺されてしまっても文句は言えない筈だった。


 けど、旦那様は僕に一つの希望を与えた。


 自分は商人だ。僕を助けるのと殺してしまうの、どちらの方に利があるか、僕自身で証明してみせろ、と。


 僕は必死に考えた。「お嬢さんから手を引いてこれまで以上に頑張ります」とかじゃ多分許されないだろうと思った。


 そこでひらめいたのが、羊珠だった。


 世界中でただ一つ、ラキ村でだけ行われる空羊(テンクウ)漁。その漁は神事として扱われて、この村が出来てからずっと、徹底的に秘密が保たれていた。羊珠はその空羊から採れるとっても希少な宝石だ。


 僕は腹を決めて言った。


「ラキ村で空羊漁の謎を明かして来ます! 成功したら、しでかしたことを許して下さい!」

「ようしわかった明かしてくるまで戻ってくるな」


 と旦那様は答えた。


 そうして僕はこの村へ行商に来て、ここへ居座る口実としてぼこぼこにされて捨てられたんだけど……


 いやぁこれ、やりすぎだよね。死ななかった方が運がよかったってくらいだろう。この暴力が先輩たちの行き過ぎであって、旦那様の命令じゃありませんように。


 という訳で、目覚めた僕は村の人に囲まれてた。


 灰色のローブみたいな変な服を着た細くて背の高いおじ……お兄? いややっぱりおじさんか。そんな感じの人は、僕の体の様子をみてくれてる。医者なのかな。医者と言うより宗教関係者っぽい感じ。


 その隣にいるのは旦那様より少し年上かな? な貫禄のあるおじさん。そしてその奥さんかなーって感じのすごくきれいなおばさん。


 筋肉がついてて皮の上着を着て腰に剣を差してる大きなお兄さん。装備は怖いけど雰囲気はこの人が一番親しみやすい感じだ。さっきから僕の話に合いの手を入れてくれている。


 この人たちから少し離れた扉の前にもう一人。白いシャツに黒ズボン、その上に厚手の生地のエプロンをつけてる背の高い人。……とんでもない美形だ。僕がこれまで生きてきて、僕と張り合える容姿の人間って初めて見たよ。

 そうか。人はものすごいきれいな人を見るとこういう気持ちになるんだな。初めて他の人の気持ちがわかった。そりゃあ目が離せなくなるわけだ。


 ともかく僕は貫禄のあるおじさんに問われるままに事前に用意した事情を話して聞かせた。

 途中までは本当だから罪悪感なくしゃべっていられた。


 僕の号泣(の真似)が終わるのを待って、貫禄おじさんが口を開いた。


「そういうことなら急ぐ必要もないだろう。しばらくこの村でゆっくり休んで、それから次の身の振り方を考えるといい」

「そうね、村が忙しくなるまでまだ時間もあるし」

「ここに置いておくのでいいのか。それだと放ったらかしになる時間も多いかもしれんが……」

「キャロに面倒みさせよう」


 最後に言ったのは白シャツの美人だった。

 声でわかった。この人女の人だったのかー。


「あれは暇を持て余して私について回ってるからな。年頃も近いし、話し相手にちょうどいいだろう」

「そんな言い方をするな。あの子はお前の助手だろう?」


 ローブの人が言うと、美人な女性は肩を竦める。


「私の仕事はちっとも覚えようとしてくれないがね」

「それは、ほら、あれだ。あの子はまだ、世の中に知りたいことがたくさんありすぎて、」

「あの子には難しい仕事は向いてないかもしれないわね?」


 すごくきれいなおばさんが優し気な笑顔でちょっと厳しいことを言う。

 一瞬だけ、場の空気がぴりっとした感じがした。

 すると筋肉のお兄さんがわざとらしく声を上げた。


「まあまあ、いいだろう! それより今はこいつの話だな! じゃあそういうことで、おじさん、キャロに頼んでくれますか」

「……ああ。わかった。私から言っておこう」

「よし! じゃあしばらくお前はうちの客人だ。頼みごとがあったら遠慮なく言ってくれよな。俺は村の自警団の団長、リョクだ。よろしく」


 ……いい人たちだな。

 差し出された手を僕は罪悪感を飲み込んで握りこむ。


「ケイです。しばらくよろしくお願いします」

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