ケイ・協力
キャロを見送って、とりあえず頼まれた仕事は片づけてから僕らは部屋に戻る。
朝だっていうのになんか気持ちが疲れちゃったよ。
どうせまたキャロは誰かに叱られて戻ってくるんだろうなー。
けど、だ。今はそんな人様の問題よりも。
僕は僕自身の目的を果たすことを最優先に考えたい。
せっかく季節外れの漁が始まって、せっかく比較的自由に動けるっていうのに、ブライスさんを見張ってるって仕事を任されたせいで一人で勝手に出歩けない。
正直ものすごくもどかしい。どうしたらいいんだ。
元凶であるブライスさんはのんきにエイロを鳴らしている。
そうしながら、何気ないふうに言った。
「ケイ。……お前、空羊漁のこと知りたいんじゃないの」
「!」
どうしてわかった。
「やっぱりそうか。お前はよその人間で、しかも商人見習いだ。だったらあれに興味がないわけがないよな」
ああ、なんだ。そういうことか。だったら肯定しても問題ない。
「そりゃそうですよ。きっと情報だけでも高く買ってくれる所がありますよ」
「ああ、そうだろうな」
ボボンと音が鳴る。
「なら……俺がお前の情報収集に協力するから、お前は俺のに協力してくれないか」
怪しい誘い!
頭の中で警鐘が鳴る。思わずブライスさんから距離を取った。
「協力ってなんですか……?」
「実はな。俺は人を探しにこの村に来た。……死んだヘイリーさんとやらは、俺の探してる奴の一人、メルだったと俺は思ってる」
「! いや、だって、それは別の人だって……」
「いいや。俺はあいつを間違えない。確かにこっちのことは覚えてないし見た目の歳が合わないがあれはメルだった」
一度手を止めたブライスさんは再び演奏を開始する。
「あれと二人きりで話したんだ。……ドア越しだったけどな。記憶を失くしてるなら何か思い出すんじゃないかと思ってメルの話を聞かせた。あいつは黙って聞いてた。うまく言えんが……訳のわからない話をされている、という感覚じゃなかったんだ。明らかにこっちの話に興味を持ってる手ごたえがあった」
顔も見えない相手だけど、本人が言うなら何かそういうのがあったんだろう。
「だが、村の人間に見られたくないから帰ってくれと言われた。あと、村でそういうことを聞き回るなと忠告もされた。俺自身の為に。……あいつはこの村の連中を警戒しているようだった」
「警戒って……何か嫌なことでもされてたんですか?」
「さあな。あいつが何を考えていたかはわからん。そこまでちゃんと話す前にこうなってしまったからな」
そうか。もしヘイリーさんがメルさんなら、ブライスさんはずっと探してた人を亡くしてしまったことになるのか。
……うーん。だったら別人であった方がいいなあ。
「ええと……ブライスさんは、どうして探し人がこの村にいるかもって思ったんです?」
「傭兵を辞めて、国に戻った時にな。他にやることもなかったから兄貴たちを探してみたんだよ。最初は全く消息不明だったんだが、ある日ようやく手がかりを見つけた。俺と別れたあとで兄貴たちは母親からくすねておいた羊珠を売りに行ったらしい。そこでたまたま居合わせた胡散臭い商人に、空羊漁の謎を解いたら大金をくれてやると持ち掛けられたそうだ。店の人間が覚えてた」
なんだかちょっと他人事じゃない気がしてどきどきしてしまう。
「馬鹿だよな。空羊の秘密はチャレ王国の国家機密だ。それを盗もうなんて奴がいたらすぐに捕まって投獄だし、なんならごたごたで殺されたって文句も言えないだろう。そんな危険を冒してまでの見返りなんてある訳がない」
知らなかったよ!
ここの秘密を探るのがそこまで危険な話なんて誰も教えてくれなかった。
だから、つまり、やっぱり僕は死んでも全然かまわないって思われたんだろうな。旦那様にも。……少しショックだ。
「だがうちの兄貴たちはそれに乗ったらしい。……それ以降国に戻った形跡はない」
「捕まってしまった、ということですか」
「わからない。投獄されたにせよ、とにかく本当にここへ来たのか確かめたかった。いくらなんでも十年も潜んでネタをつかもうってことはないと思うから、今でもこの村にいるとは思わなかったが……あれはメルだし、だとしたら、兄貴もここにいる可能性がある」
「それはどうでしょう。この村、ほんとにみんな顔見知りっぽいですよ?」
よそ者が紛れ込むのは無理なんじゃないかなあ。
「メルだけ潜り込んで兄貴の拠点はよそにある、という可能性もあるな。どっちにしろここにも顔を出してる筈だ」
「なら、メルさんがブライスさんに嘘をついていたと……?」
「そうは見えなかった。本気で俺のことは知らないふうだったし……覚えていたら俺に嘘をつく理由はない」
じゃあ何なんだ。わからなくてもやもやする。
そうだ。
「そもそもメルさん……というかこの村のヘイリーさんはどうして亡くなったんでしょう」
「わからん。だがこの村の誰かが手にかけたなら俺は必ずそいつをぶっ殺す」
「!」
なんだか一瞬本気でぞわっとしたのでさらにもう一歩ブライスさんから距離を取った。
そう言えばこの人戦帰りなんだよな。こういう言葉もきっと大袈裟じゃないんだろう。
とにかくだ。少なくともブライスさんは犯人じゃないとして。この件、自警団はちゃんと調べてくれるのかな。キャロの関心はもう別に移っちゃったみたいだからそっちは当てにはならなそう。
まあ、しっかり調べたとしても犯人がわかるとは限らないんだけど……うーん。
僕たちがそれぞれに考え込み始めた、そんな時だった。
廊下からリョクが入ってきた。
「おー、いたかお前ら。ちょっと移動してもらうから荷物まとめてくれや」
「移動……?」
荷物、と言われても。
しょうがないからやりかけのクズ珠の道具をひとまとめに抱える。
リョクがブライスさんの足かせを取り払って、僕たちは部屋を出た。
「空羊漁の期間はな。村外の人間は宿に籠っててもらうことになってる。宿は窓も出入り口も全部ふさいで外が見えないようにして、周りは俺たちで見張るんだ」
「げ、厳重なんですねー」
うわ、それじゃ漁を見るのなんか絶望的じゃないか。
「だが今回に限ってな。あんまり突然のことで連絡も行き渡ってなかったせいか、今朝になっていきなり行商人の団体さんがやってきた。宿はその人らの受け入れで満杯だ」
「はあ」
「というわけで、悪いがお前らにはしばらく牢に入っててもらう。何、二、三日の間だ」
言いながらリョクが案内したのは地下にあるなんか薄暗い部屋だった。
なんでだよー!
「いやここに閉じ込められたら僕たちのことなんて忘れられますよね⁉」
「心配するな。世話はキャロに頼んである」
「一番信用ならないじゃないですか!」
「牢はこの一つだけか?」
「うん。すまんが二人一緒で頼む。外には出せんが欲しい物はなんでもキャロに持ってこさせよう」
「ソラに毎日顔出してもらえるように、とかは?」
「人は駄目だ」
笑顔のままのリョクが少々乱暴に僕たちを中へ押し込む。
うわー。石造りの部屋の中は湿ってて暗い。一応上の方に明り取りの小窓はあるけど、こんなんじゃ作業は無理だなー。
リョクが行ってしまったのを確かめてから僕は振り返った。
「どうしましょう、ブライスさん」
「丁度いい。とりあえずこれで連中の俺たちへの監視の目はなくなったも同然だ。後はなんとかこっそりここから抜け出す方法を見つかればいいんじゃないの」
前向きな考え方にびっくりだよ。
「お前、細っこいからあの小窓とか抜けられないか?」
「無理ですよ。それよりブライスさん、ささっと鍵を開ける方法とか知らないんですか」
「無理だな」
僕たちはうーんと唸ってとりあえずその辺りを見回した。
「とりあえず……万が一兄貴がここに放り込まれてたなら、俺に向けて何か残しておいてあるかもしれない。どうせ暇だし。探してみるか」
暇は暇なので、僕はブライスさんと一緒にランプの明かりを頼りに部屋中の壁や床に張り付いてみた。
「掃除されてるから村の人も出入りしてますよね。わかる所には残しませんよねえ」
「牢に入れられた奴しか見ないような場所か……」
ブライスさんはハッとして天井を見上げた。
目を凝らして、指を差す。
「……あそこに何か刻んである。ケイ、お前見てくれ」
断る暇もなく僕はブライスさんの上に肩車された。
目で見るだけではわかりにくいそれを、指で辿って解読していく。
「神、の、作り、変え?」
ブライスさんが言った。
「意味がわかるか」
なーんだ。僕はちょっとがっかりした。
「確かこの村の信仰ですよ。キャロから聞きました。この世界は何回も神様に作り変えられていて、何度目かの世界ってことになってるらしいです」
「この国の国教とも違うのか」
「はい。村独自だそうです。じゃあこれを刻んだのも村の人ですかね。お祈りの言葉かなんかなんでしょうか」
「そんなものわざわざそんな場所に残してどうなる?」
「さあ。暇だったとか……」
ブライスさんは黙ってしまう。
なんか冷たかったかなと思って付け足した。
「お兄さんが書いたと思います?」
「こんなんじゃわからんな。だが……誰かがここにこれを書き残したっていうのが俺は気になる」
「……他にもあるかもしれませんよ。探してみましょう」
そして僕たちは牢内の捜索を再開した。