ケイ・鐘が鳴る
「キャロの奴……! 朝から何もかもさぼりまくってると思ったらそんなことに首を突っ込んでたなんて……!」
その日のお茶の時間。
ソラさんが手にしていたマメッチをへし折った。
あんまりマメッチマメッチ言うので食べたくなって家で作ってきたそうだ。
多分、本音は、ここにいる筈のキャロに食べさせようとしたんだと思う。別に昨日のキャロはマメッチに目がくらんで掟を破ったんじゃないと思うけどね。
「それ何? おいしそうだね、俺にももらえる?」
「あんたはこっち」
マリアさんが作った分を差し出す。
それにしてもいいんだろうか。
ブライスさんはソファの上ですっかりくつろいでいた。
ここに来たとき、僕とブライスさんは軽く自己紹介をしたあと話し合ってベッドの割り振りをした。
その結果、僕はこれまで通りベッド。ブライスさんはソファで眠ることに。
経緯から言えば当然なんだけど、その当然になるまでに一回話し合いを通らなきゃならなかったのが少し腑に落ちない。遠慮のない人は強いなと思う。
「言っておくけど。あの子があんたの無罪を証明してくれるなんて当てにするなよ。あれは思い付きでやってるだけだし、しかもすぐ飽きる」
「嬢ちゃんにそんなもん期待しませんよ。それより。もしもこれが事故でなくて事件で、どこかにおっかない本当の犯人がいたとしたら大丈夫なのか。うろちょろして危ない目に遭うことは?」
「あー! この村にそんな奴はいないと思うけどでも! 完全にないとは言い切れない! 探して連れ帰りたいけど今日は帰ってヘイリーの葬儀の準備をしなきゃならないし!」
いつもどっちかというと冷静なソラさんがこんなに感情を動かしてるのが珍しい。
興味深く見ていると、目が合った。
「あんたキャロを探しに……」
「いや、僕、この人を見張るよう頼まれてるんで」
「そうか。そりゃ動けないね」
ソラさんががっくりする。
そして膝に落ちたマメッチの粉を払って立ち上がった。
「キャロがここに顔出したらすぐ戻るよう伝えて。ヘイリーは家族がいないからね、神殿で家族役を用意しなきゃなんないんだ。あの子にも準備させないといけないし」
ソラさんの伝言に、ブライスさんは思い出すような顔をする。
「……あいつ、亡くなったんだな。そっくりな奴を知ってたから別人だってわかっててもなんかちょっとくるな……」
そう言ってうなだれた。
なんとなくこのまま立ち去りがたくなってしまったのだろう。ソラさんは言葉を絞り出した。
「あー……そのそっくりな人っていうのは? 友達か?」
「兄貴の乳兄弟でうちの執事見習いだった。もともと貧乏貴族だったからな。主人一家と使用人っていうより兄弟みたいな関係だ。一家離散になった時、そいつと兄貴は家を再興させるとか言って一緒に都会に出て行ったんだ。俺は戦場に行ったし、それ以来音信不通だよ」
「そうか……会いたいだろうね」
「うーん。元気にやってるってわかればそれでいいんだけどな」
「あのう、ブライスさんのご両親はどうしたんです?」
僕はつい尋ねてしまう。
「あいつらは真っ先にそれぞれの愛人と逃亡したから知らねー。おかげでこっちは債権者に追われて大変だったんだからな。兄貴たちのおかげでどうにか逃げ切ったけどさあ」
そうかあ。僕はついつい自分の両親を基準にしてしまうからあれなんだけど、そういう人達もいるんだなあ。
「ヘイリーは確実にあんたの知り合いとは違う人だったんだね? なんかこう……記憶が混乱してる、とかじゃなくて」
「ああ。よく見りゃ見た目がちょっと若すぎるしな。ロウメ語で引っかけてみても無駄だったし」
あのう、とまた僕は口を挟んでしまう。
「ちなみにブライスさんって何か国語話せるんですか? チャレ語も随分流暢みたいですが……」
「チャレ語は隣国だっていうんで貴族の教育で覚えさせられたな。あとは生まれのロウメ、戦場の言葉はトーサを片言くらい覚えたか。でもトーサの片言知ってるとわりと便利だぞ? あの国勢力広いからな」
「教えてください外国語! ここにいる間だけでも!」
「いいけど……あー、しまった。こういうのうっかり言うもんじゃないよな。なんか密偵と疑われたりする?」
「そうやって自分からぺらぺらしゃべってくれたから私からの疑いはかからないよ」
ソラさんが笑う。
その明るい笑顔があんまり突然だったので、僕もブライスさんも一瞬見惚れてしまう。
それからすぐにブライスさんは我に返る。
「そ、そうだな。せっかくここに閉じ込められるなら、あんたにもルブウを教えてあげようか? そっちがよければだけどな」
「いいのか⁉」
ソラさんが食いついた。あまりの勢いにブライスさんが引いてしまうくらいに。
「お、おう。二台あると教えるのに便利なんだけどそれは……」
「すまない。一台しかない。それじゃ駄目か?」
「駄目じゃないさ。うん。仕方ない。それで手取り足取り教えてあげよう。一台じゃ仕方ないからな!」
こんな状況だというのにだんだん顔が緩んでいくブライスさんを見て、後でキャロに報告しておこうと思う僕だった。
そして、そんな時だった。
突然、どこか上の方からものすごい鐘の音が鳴り響いた。
「いち、に……」
すぐにソラさんがその数を数え始める。
「6! まさか⁉」
そう言って窓に飛びついた。釣られて僕とブライスさんも空を見上げる。
「偵察羊……! ふた月も早い!」
「え⁉ 空羊⁉ ここからわかるんですか⁉」
「奴らの群れが来る二、三日前に一頭だけ先に様子を見にくる奴がいるんだ。そいつは他の空羊と違って一頭だけ青い。……あそこだ!」
指さされても僕には全くわからない。
一か所だけ、なんとなく空の青が濃く見える場所があるような気がするけど、それのことかな?
なんなんだ今日は、とぼやいてからソラさんは僕らを振り返った。
「村の者はしばらく忙しくなる。なるべく様子は見にくるけどもしも忘れられてると思ったら勝手に自分たちで食事して。詰所内なら出歩いていいけど、二人は絶対に離れない! 便所も一緒! いいね!」
それだけ言い残して走り出していく。
僕とブライスさんは顔を見合った。
ずっと一緒なら他の人がよかったなあ、と互いに思っているのが丸わかりだ。
しかし、僕としては。
これはものすごいついてるのかもしれない?
時季外れと思ってた空羊漁が間近で見られるなんて……きっと商売の神様が僕に商人を続けよと空羊をよこしてくれたに違いない!
きっとそうだ!