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ケイ・マリアさん

 キャロが帰ってしまった。


 一人になった僕はなんだか嫌な予感がしたのでソラさん達を追うことにする。


「……ばいいと思ってるんでしょう!」


 炊事場に近づくと大きな声が聞こえてきた。同時に物がぶつかる音。


「そんなつもりはない。申し訳なかった。後でしっかり言い聞かせておく」

「信用できないわ!」


 どきどきしながら中を覗けば。

 そこに髪を振り乱したマリアさん、その前でテーブルにもたれるようにして片方の頬を赤くしたソラさんが立っていた。


 うわあ。ソラさん、ぶたれたんだ。


 さらにもう一度手を振り上げたマリアさんに、僕は慌てて二人の間に入る。


「落ち着きましょう! 一旦落ち着きましょう!」

「放っておいて、外の人は関係ない、わ……」

「そうだケイ、あんたは下がってて……」


 ん?


 二人の視線が僕の顔の上で止まった。


 ……ああ、そうか、この顔をちゃんと見せるのは初めてなのか。

 僕はことさら悲愴に見える表情を作ってみせる。


「あの、落ち着きましょう? 何があったか知りませんが例えどんな理由があっても暴力はどうかなって僕は思います」


 するとマリアさんもソラさんも、僕の見た目の衝撃で、盛り上がった感情があっさり押し流されてしまったらしい。

 二人の間からすうっと緊張感が消えていった。

 ハアー。この顔でよかったと初めて思ったよ。


 しばらく立ち尽くしたあと、マリアさんはふう、と大きく息を吐く。


「……そうね。ケイの言う通り。ぶつのはやり過ぎだわね」


 そう言ってマリアさんはソラさんの頬に手を伸ばす。


「痛かったわね。私、案外力があるのよ」

「これくらいなんともないよ。明日までは残らないだろ」


 ソラさんはそんなマリアさんの手に自分の手を添える。

 なんでソラさんはそんなに平気そうなんだ。

 ついさっきまであんなで、今は穏やかに見つめあう二人がよくわからない。


 こっちが怪訝な顔をしてるのに気づいたんだろう。ソラさんは僕に向かって困ったような笑みを見せてきた。


「この人は愛情が深すぎるんだ。あー……村長の妻として、村の者全員をまとめるお母さんのような気持ちでいるんだよ。だから、掟破りが許せない」

「だったらキャロを直接叱ればいいじゃないですか。何もソラさんをぶたなくても……」

「あの子が私の言うこと聞くと思う?」


 マリアさんは肩を竦める。

 まあ、これまでの言動を見てても聞かないだろうなとは思う。


「そもそも子供の教育は大人の責任だ。この人は間違ってないよ」


 全力で庇うなあ。

 これ以上何を言っても無駄かなと思った僕は、そこら辺にあった布を拾うと水で濡らしてソラさんに渡した。


「ほっぺた冷やしましょう」

「ああ、ありがとう……」

「それは雑巾よ」


 僕の手から雑巾を取り上げたマリアさんは、自分の服からハンカチを出して濡らしてソラさんの頬に当てる。


「ケイは優しくていい子ね。きっといいご両親の下で育ってきたんでしょうね」

「いい両親っていうのはその通りですが……育ってきたって言われるとちょっと違うかな。5歳までしか一緒にいなかったので」

「あら、そうだったわね。ごめんなさい。……ご両親とは今でも連絡を取ってるの?」


 僕は首を振った。


「僕と繋がってるって知られたらまたよくないことがあるかもしれませんから。最初に僕を助けてくれた騎士様には、両親へは居場所を知らせずに、無事にまっとうな職場に預けられたことだけ伝えてもらいました」

「まあ……」


 目を丸くしたマリアさんが言葉を止めた。

 その間にお茶を用意してくれてたソラさんが僕にカップを渡してくれる。こっちは別のポットだったので村外の人用茶葉なんだろう。


「じゃあ怪我が治ってもそっちに帰るって選択肢はないんだな」

「はい」

「でも……ねえ。一度くらいは顔を出してあげたら? きっとご両親喜ぶわよ」

「うーん。僕はむしろそろそろ、両親には僕の死亡知らせの手紙を出そうかなって思ってた頃なんですよ」


 はい? と二人の声が重なった。


 あれ、わかりづらかったかな。

 僕は一から説明する。


「ええと。ほら、人を心配する気持ちってめちゃくちゃ嫌なものじゃないですか。僕が生きてると思ってる限り、両親の中にはそれが残るでしょう? だったらいっそ死んだことにしてしまえばそれで終われるんじゃないかなって思ったんです」

「いや終わらないだろ。心配の代わりにあんたを亡くした悲しみと守れなかった後悔が続くだけだ」


 ソラさんが呆れきったように言った。

 そんなにおかしな考えかなあ。


 僕は自分の家族を心配している。

 あの親たちのことだからきっと、いつでも僕が戻れるようにって今でもあの村に暮らしてると思う。

 でも。いくら僕自身の頼みだったとは言え、我が子を悪徳商人に引き渡した村長の仕切る村で両親は心穏やかに過ごせているのかな、とか。僕の代わりに弟たちに変な目が行ってないかな、とか。


 家族を思う時、僕は胸がぎゅーっとして重苦しくてとても嫌な気分になる。これが心配という気持ちで、こんなものが両親の中にも存在してるなら、取り除いてあげてしまった方がいいんじゃないかと思うんだよね。


 でも、悲しみと後悔かあ。


 人から聞いた話では、「悲しい」は時間で薄まってくれるものらしい。僕には弟がいたし、あの時お母さんのおなかの中にもう一人もいたし、きっと毎日忙しくて悲しんでる暇なんてなくなるんじゃないかな。


 後悔については僕は知らない。今のところ、僕の人生において長く引きずるようなやらかしをしていない、と思う。


 「後悔」は苦しいのかな、「心配」とどっちがマシなんだろう。


 ふと思いついて聞いてみた。


「お二人は何かものすごく後悔したことってありますか?」

「私はあるよ」


 何か言おうとしたマリアさんを遮るような勢いでソラさんが言った。


「ずっと苦しい。悔やんでる。取り返しはつかない。今でも時々心が押しつぶされそうになる」


 ソラさんの後悔って何だろう。

 この美しい人の中にがどんな悔いが残っているのか、知りたいと思う好奇心はあるけど、この村の人に深入りしたくないという気持ちもある。


 僕が口を開くのを躊躇っていると、次にマリアさんが言った。


「私もあるわよ? ……私ね、昔、子供をなくしてるの。その子が村の掟を守らなかったせいでね」


 驚いた。

 そうか。だからさっきはあんなに取り乱してたのか。……キャロに自分のお子さんを重ねてたのかな。


「ねえケイ。心配できる相手がいるっていうのは心配できる相手を失うよりずっといいことよ。……だからご両親にそんな悲しい思いはさせないであげて」


 ……確かに。立場を逆転してみたら、僕の家族が死んだと思うのは心配し続けるよりつらい。

 

「……死んだって手紙はやめておきます」

「そう? よかった」


 マリアさんは心底嬉しそうなきれいな笑顔を見せてくれた。でも。


「あー、ケイ。でも大事なのはあんた自身だ。あんたは自分の心がつらくない方法を取ればいいと私は思うよ」

「はあ」


 ソラさんは止めてるんだか勧めてるんだかわからない。

 僕がつらくない方法か。

 難しいな。どうしたらうまくやれるんだろうな。


 その時、廊下から顔を出した人がいた。自警団のナオさんだ。


「メシもらっていいかなー? おお、今日はお揃いで」

「調理担当はマリアさんだからちゃんとおいしいよ。今よそうから待ってな」


 そう言ってソラさんは立ち上がる。マリアさんも何か作業を開始した。

 なので僕も部屋に戻ることする。

 部屋に残されていたスープはすっかり冷え切ってしまっていた。

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