第9話 セリアの町へ
夏の暑さが本格的になったある日、俺は意を決して、父さん母さんに、「俺、セリアに行っちゃだめかな?」と切り出した。
二人は豆鉄砲をくらったような顔でお互いを見つめる。
すぐ脇にいたマーガレットは、じっと俺の顔を凝視する。
父リカルドがゆっくり口を開く。
「何だ、ティアちゃんの傍にでも住みたいのか?」
流石父さん、いきなり大事な所を突いてくる。
しかし、今回はその理由だけではない。
「からかわないでよ、父さん。そりゃ、ティアには会いたいよ。でも、それ以上に理由があるんだ。冒険者になって、強くなって、世界を見て回りたいんだよ」
リカルドは表情を少し硬くして、
「冒険者か。それは、よく考えた上での話なんだな?」
「もちろんだよ。それに、折角もらった指輪の力を生かすためにも、それがいいと思うんだ。成長の指輪のお陰で、俺はちょっとずつ強くなっている。でも最近、そのスピードが落ちてきているんだ。多分、もっと強い敵と戦ったり、いろんな経験を積まないといけないんだと思う」
それは事実である。
今の俺のレベルは7だが、レベル上げのための時間が、だんだん長くなってきている。
リカルドは腕組みをして少しの間考えてから、
「いいよな、お前」
と、はっきりした口調で、エリーシャに話しかけた。
エリーシャは少し俯いてから、キッと顔を上げて、
「ええ、もちろんですわよ、あなた。だって、ユウヤが自分で決めたことですもの」
と応じた。
「ユウヤ、お前はもう15歳、自分のことは自分で決められる年だ。好きにするといい。それに、リテラ様がお前を選んだということであれば、きっとお前にしかできないこともあるのだろう」
「でも、寂しくなるわね、ユウヤ。たまには、この家にも顔を出してね」
両親とも快諾してくれた。俺は本当に、この人たちと親子になれて、幸せだと思う。
「セリアなら、今は使われていない分家の家がある。良かったら、そこを使うといい」
と、リカルド。
早速、住む家まで与えてもらった。
親子三人のそんな姿を、マーガレットは何も言わずに、ただじっと見つめていた。
―― 翌日、
引っ越しのための荷物整理を早速始めた。
時間が経つと、決意が鈍る心配もあったので。
リカルドからは、「これを持って行け」と、剣や少なくない軍資金と、いくつか魔道具やアイテムをもらった。
護身用の火玉や氷玉とかに加えて、大魔の結晶、竜の息吹、テングの遠眼鏡、悪魔の囁き、獣王の抱擁とか、名前と見てくれは厳ついが、何に使うのか分からないアイテムまで。
かなり以前から家に眠っていたが使い道がなく、俺のスキルならもしかして役に立つのでは、とのことだ。
出発の前夜、俺たち四人は遅くまで飲み明かし、歓談した。
息子を送り出す両親は、きっと期待と不安が入り交じり、複雑な胸中だったのではと思う。
でも、二人とも真っ赤な顔で、「大丈夫、お前なら」と、激励してくれた。
ほどよく酔いが回っていい気分で自室に戻ろうとすると、「お兄ちゃん、ちょっといい?」とマーガレットに呼び止められた、
一緒に俺の部屋に入って、ベッドの上に並んで座る。
マーガレットは床に目線を落として静かに、
「お別れなんだね、お兄ちゃん」
「そうだな。でもセリアの町ってすぐそこだし、またたまには帰って来るし」
「でも冒険に出ちゃったら、そうは行かないよね。遠くへ行っちゃうんでしょ?」
それはそうだ。
じっと同じ所に居座るかどうかは、分からない。
「まあ、そういうこともあるかも知れない。でも、世界は一つで繋がってるんだから、またいつでも会えるさ」
「ありがとうお兄ちゃん、いえ……、ユウヤさん。私、あなたに今の自分を貰った。ある日突然親に売られて、どうしたらいいか分からない内に分からない場所に連れて行かれて。怖くて仕方がなかったから何も考えないようにしてた。そうしたらユウヤさんが目の前に現れて、私を助け出してくれて、新しいお父さんお母さんまで連れてきてくれた。……感謝してもしきれません」
マーガレットは普段とは違う、神妙で凛とした空気の中で、言葉を紡ぐ。
「私にとってユウヤさんは、お兄ちゃんでもあり、敬愛する一人の男性です。普段は弱くて頼りないし女の人に甘いとこもあるけど、でもしっかり色んな事考えてて、他の人を大事にできる人。冒険者になったら、きっと沢山の人を助けていくんだと思います」
「……」
「ユウヤさん、私も頑張るから。何がしたいのかはまだ分からないけど、でも頑張って、きっといつか、今度は私がユウヤさんを助けられるようになるから」
マーガレットは目尻を薄っすら滲ませながら、琥珀色の澄んだ瞳に俺を映す。
こいつは俺の妹なのか?
いや、今俺の横にいるのは、これから自分自身で前に進んで行こうとしている、一人の女の子なのだと思う。
「ありがとうマーガレット。でも、1つ違うかな」
「え?」
「お前が助けるべき相手は俺じゃあないと思うよ。これからお前が出会っていく人たちだ。その中には、かつてのお前と同じように、どうしていいか分からず困っている人もいるかも知れない。小さい事でもいいから、力になってあげられる事があるんじゃないか……なんてな」
思わずおっさん臭いを講釈を垂れてしまった。
しかし俺の中身は実質アラサーだから、まあ良しとして欲しい。
最後の1フレーズは、昔見た有名な警察物ドラマの受け売りだ。
「うん、分かった。でも、ユウヤさんに何かあったら、私絶対に駆けつけるから」
「ありがとう、頼りにしてるよ、マーガレット。俺だって、もしお前に何あったら、いつでも助けに行くよ」
マーガレットは涙を一筋こぼしながら、精一杯の微笑みを俺にくれた。
一緒にこの家に来てから、あまり突っ込んだ話はして来なかった。
過去のトラウマもあっただろうし、ゆっくり過ごして貰いたかったからだ。
でも、彼女は彼女なりに、未来に向かって考えていくことだろう。
出発の朝、重たい荷物を背負って外に出ると、周りの人々が見送りに集まってくれていた。
一緒に真面目な話や、少しエッチな話題で盛り上がった友人連中から、
「元気でやれよ。また一緒に話そうな」
と肩を叩かれて、思わずジーンとする。
俺の家族三人は、いつもの変わらない笑顔で、俺を見送ってくれている。
「皆さん、お世話になりました。精一杯頑張ってきます!!」
何回か振り返って手を振りながら、セリアの方向に向かって一歩一歩、歩を進めていった。
―― アイナ村からセリアの町までは、徒歩で3日ほどだ。
何回か父さんと行き来しているので、迷うことはないだろう。
しかし、真夏だけあって太陽が容赦なく、暑い。持ってきた水が、すぐに無くなりそうだ。
歩いていると、時折人や馬車とすれ違う。
中には、剣や杖を携えたグループもいる。
多分冒険者のチームだろう。
アイナ村では時折魔物に襲われはしたが、一部の例外を除けば、大した強敵はいなかった。
これは、冒険者が色んな場所で魔物の討伐を行ってくれているお陰もあるそうだ。
夜になる前に、野宿の場所を探そう。
川で水も補給したい。
日が暮れる前に、木や草を集めて焚火にし、家から持ってきた肉や魚を焼く。
今まではリカルドとの共同作業だったが、一人で全部やるとなると、それなりに大変だな。
一応、酒はあるがやめておこう。
村や町に近いとはいえ、原野のただ中。
警戒は怠らない。
夜になると、頭上に満天の星空が広がる。
この世界にも、星座はあるらしい。
神々を象ったものや聖獣など。
リテラ座というものもあるようで、あの女はどうやらやはり、本当の神様らしい。
翌日からも移動は順調。
途中で魔物にも出くわしたが、この俺の剣で一蹴できるレベルだったので、ほっと胸を撫でおろす。
そうこうしている内に、無事セリアの町へとたどり着いた。
まずは、リカルドに借りた家を探そう。
町の東側、大きい通りに面した家だったな。
通りに沿って歩いていると、古くていかにも誰も住んで無さそうな一軒家を見つけた。
朽ちかけた表札を見ると、バイエル何某と書いてある。
どうやらここのようだ。
もらった鍵をドアに差し込むと、『ガチャ』と鈍い音を立てて鍵が開き、ドアが開いた。
中に入ると、むっとしていて薄暗い。
見渡すと、古い戸棚とベッド、テーブル以外の家具は見当たらず、どれも埃が山積みだ。流石、長年人が住んでいなかっただけのことはある。
家のお陰で宿代はかからないが、最低限の生活のための準備は揃えなきゃな。
「ニャーオ」
(なんだ? どこかで音がしたな)
荷物を床に下して一息ついていると、また「ニャオ」と上の方から音がした。
上に目をやると、梁の上で何か黒い影が動くのが見えた。
「おーい、誰かいるのか?」
と声をかけると、その影が床の上にぽたっと降りてきた。
黒猫だ。
小さい、まだ子猫かな。
この家に住み着いているのだろうか。
「よう、初めまして。今日からここに住むユウヤだ。よろしくな」
そう喋りかけると、子猫は俺の方をじっと見てから、「ニャオ!」と愛らしく鳴いた。
とりあえず、買い物を済まそう。
掃除道具と布団とランプは最低いるな。
あと調理道具と冷凍ボックスにお皿…… 結構色々とあるな。
子猫のエサとかも仕入れてくるかな。
この町には何回か来ているので、どこにどんな店があるのかは、多少把握している。
町の中心部に向かい、商店で必要そうなものを買い揃える。
一度に全部は持てないので2往復、結構疲れる。
まだ足りない物もあるだろうが、いつまでこの町に住むのかも分からない。
ひとまず最低限だけかな。
まず、住めるように身近なところの掃除はしよう。
窓を空けて、箒がけと雑巾がけ。
夏の暑さの中で汗が噴き出る。
前の住人が残したものだろうか、家具と壁の隙間に何か挟まっているのを発見した。
奥まで手を突っ込んで引っ張り出してみると、それは手の平に収まるサイズの小さな角ばった石だった。
埃を払うとその下から、赤いルビーのような光沢が現れた。
(何だかよく分からないが、綺麗なので売り物になるかも知れないな)
と思い、荷物を入れてある袋の奥にしまい込んだ。
ベッドに布団を敷いて、魔道具の調理コンロと冷凍ボックスを設置。
洗面所と風呂場もさっと拭いて…… ひとまずこんなもんかな。
今日はこれで一日が終わった。
明日、冒険者ギルドへ行ってみよう。
夕食用に、買ってきた魚を火で炙る。
子猫にも魚がいいかなと思い、生のまま皿に乗せて目の前に置くと、勢いよくかぶりついた。
それにしてもこいつ、今まで何を食べていたのだろう?
どこかに、外に出られる抜け道のようなものでもあるのかな。
ベッドの上に横になると、今日一日の労働の疲れからか、心地よい眠りにすぐ落ちたのだった。
―― 翌日、朝日が完全に昇った頃に目が覚めた。
ひとまず顔を洗って、食事は自分で作らなきゃな。
もうエリーシャ母さんは一緒じゃないのだし。
昨日買ったパンに、焼いた卵を乗せる。
猫ってパン食べたっけ?
物は試しであてがうと、黒い子猫は美味そうにパクつく。
「お前もしかして、何でも食うのか?」
「にゃおお!」
子猫はまるで俺の言葉が分かるかのように、右前足をヒュッと上げて、またパンにかぶりつく。
俺は身支度を整えると、子猫に「留守の間よろしくな」と声を掛けてから、冒険者ギルドへ向かった。
俺のいない間困るのではと思い外に出そうとしたが、「ギャー!!」と猛反発を食らったので、家の中でサヨナラしたのだ。
まあ元々鍵のかかった家の中にいたのだし、困らないのだろう。
途中で見かけた本屋がすごく気になったが、まずはギルドだ。
リカルドからもらった軍資金でまだ余裕はあるが、それもいつかは底をつく。
何より俺は、冒険者になるためにここへ来たのだ。
冒険者ギルドに着いて中に入ると、人影はまばらだった。
既に日も高い。
いっぱしの冒険者は、さっさと依頼を受けて、出発してしまったに違いない。
掲示板の貼り紙で、クエストを探す。
どうせなら、魔物討伐+クエスト、ダブルで稼げた方が効率がよいと思う。
何か目的があった方が、俄然やる気も沸くし。
マウントモスとかいう聞いたこともない魔物の調査・討伐など、到底無理だろう。
港町にお届け物、うーん、できそうな気はするが、クエストっぽくはないな。
どうやら、大なり小なり色んな依頼があるようだ。
『薬草の調達を頼みたい/医師』とある。
最近このあたりで質の悪い風邪が流行ったらしく、解熱剤の材料になる薬草が不足しているのだという。
クエスルレベルF、ひとまずこれかな。
材料の調達は、リカリドと一緒に山や原っぱで、やってきた経験もあるし。
俺はその依頼書を掲示板から剥がし、受付カウンターへと向かった。
お読み頂きありがとうございます。