第7話 始動
ティアと別れてから、季節が一巡して今は春、俺は14歳。
今年の夏の前には、15歳で成人となる。
この世界の俺の誕生日がいつかは不明なので、家族で話し合って、とりあえず今の父さんと出会った日にしている。
父さん母さんと出会う前のことは、とりあえず記憶がないことにしてある。
地球から転送されて来ましたなんて言うと、またあらぬ心配もかけそうだし。
マーガレットは、俺の過去のことをほとんど突っ込んでこないし、俺も彼女が俺と出会う前の事には触れない。
きっと、辛い記憶が蘇るだろうから。
この1年の間に、俺は冒険者ギルドで登録を済ませ、自分なりに自分を鍛えてきた。
あくまで、自分なりに、であるが。
―― 少し遡ったある日、セリアの町で、いつもの行商を終えた後、俺は父リカルドと別れて、一人で冒険者ギルドに向かった。
セリアの町はそれほど大きくはなく、1時間も速足で歩くと、町の端から端へついてしまう。
しかし町の活気は、俺のいる村の比ではない。
通りに面して多くの商店や露店が立ち並び、その前を馬車や色んな人々が行き来している。
色んな人々、それは文字通りそういうことだ。
いわゆる人の中でも個性はあるが、ここはそれよりもっと広いようだ。
頭の上に耳があってお尻に尻尾がある男、金髪の超絶美形で耳の長い女性、トカゲのような風貌だが店の店主と普通に話している者等々――
本で読んだ獣人族、エルフ、竜族…… といったところなのだろう。
シュバルツ王国は代々の国王より、人はその種族、過去の経緯を問わず、だれでも平等である、との王令が出されている。
配下の1つであるセリアの町もそれに習い、行き交う人々も実にバラエティ豊かだ。
セリアの冒険者ギルドは、そんな町のほぼ中心部にある。
建物は歴史を感じさせる重厚なオーク調の造りで、広い通りに面している。
両開きの扉を押して中に入ると、広い空間が広がっている。
一階は受付兼酒場で、等間隔に置かれたテーブのいくつかには、冒険者と思しき装いの面々が、傍らに剣や槍を置いて、食事や酒に興じている。
奥には受付カウンターがあり、その向こう側ではギルドの職員が、忙しそうに動き回っている。
さて、どこの受付に話をしようか。
こういう場合気弱な俺は、見た目で話しかけやすい相手を選ぶようにしている。
小柄で黒髪の女性のいるカウンターへ。
「あの、すみません」
「あ、はい。どうされましたか?」
女性は、それまで両手に抱えて睨んでいた紙束を放し、俺と向き合った。
「冒険者登録をしたいんです」
「はい、ありがとうございます。では、この申し込み書に、ご記入いただけますか? 登録料は、500クローネになります」
提示された申込書には、名前や年齢、住んでいる場所、これまでの冒険経歴、使える魔法やスキルといった記入欄があった。
年齢は定かではないが、14歳と記入した。
冒険経歴やスキル等は、無論書くことがない。
少し気後れしながら手渡し、銀貨5枚を支払う。
「ありがとうございます。初心者の方ですね? 少々お待ち下さい」
と言い残して、受付の女性は奥へと消えていった。
きょろきょろしながら待っていると、その女性は片手に木の板を携えて戻ってきた。
「では、マジックボードとの紐づけを行います。手を翳して頂けますか?」
「あ、はい。こうですか?」
言われた通りに板の表面に手を翳すと、それは薄青く光り出し、表面にスクリーン画面が表示された。
以前にリカルドに見せてもらったのと同じだ。
「はい、完了です。よろしければ、簡単にご説明しましょうか?」
(え、もう?)
画面を覗き込むと、俺のステータスらしきものが表示されている。
これある意味、凄い魔道具だよな。
氏名 ユウヤ・バイエル・サオトメ
レベル(LV) 3
最大生命値(HP) 50/50
魔力値(MP) 20/20
習得済魔法 なし
スキル なし
直近討伐数 なし
まあ、最初はこんなもんなのかな。
ほとんど更地だ。
その後一通り説明をしてもらったが、ステータス関係はリカルドから聞いた話と大差はなかった。
魔物を討伐してから冒険者ギルドにマジックボードを提示すると、それに応じた報酬が支払われて、表示がリセットされて0になる。
他にも、魔物の死骸やアイテムとかを持ちこむと、鑑定して買い取ってもらえるとのことだ。
説明の最後で、
「クエストには難易度に応じて、SSからGまでのランクがあります。基本どれでも受けて頂けますが、レベルがあまりに違うような時は、こちらからお断りする場合があります。命は大事ですのでね」
と諭された。
やはり、危険とも隣り合わせなのだな。
あ、折角だから、1つ質問しとこうかな。
「このマジックボードって、結構すごいですよね。こんな短時間で持ち主のステータスが分かるし、魔物の討伐なんかも自動記録されるんですよね?」
「そうですね。ずっと昔、マジックボードがなかった時代には、レベル認定の試験なんかがあって、結果をカードに書いていたようです。魔物も実際に持ち帰った分だけ、報酬が支払われていたみたいですね。ある時、ギルド組織の魔道具師の一人がこのボードを考案してから、世界に広まったと言われています」
「へえ、凄い人もいるんですね。分かりました。どうもありがとうございました」
「いえ。冒険、頑張って下さいね」
とりあえず登録はできたから、一旦リカルドの元へ引き上げよう。
「父さん、登録したよ」と、リカルドに俺のステータスを見せところ、「まあ、最初はそんなもんだ、気にするな」と、お慰めを頂いた。
セリアは、ティアがいる町でもある。
もしかして会えるかも知れないなと微かな期待もあったが、どうやら甘かったかな。
今頃どうしているかなあ。
そこから家に帰ってからは、少し凹む毎日だった。
分かってはいたが、俺は弱いし何のスキルもない。
多分ティアは俺よりは強いだろうし、リカルドは更に強い。
普通の冒険者とは、一体どれだけの強さをもっているのだろうか。
とはいえ、何もしないでいても、弱小のまま何も始まらない。
とりあえず、あまり手にしたことのない剣の素振りを、日課にしてみた。
庭へ出て、頭上から下へ、「えいや!」と剣を振り下ろす。
何十回か繰り返したところで、手の表面が痛くなった。
基礎体力も必要なのだろうと、腹筋と腕立て伏せも日課に加えてみた。
しかし、10回もすると、筋肉が痙攣を起こしそうになる。
リカルドと一緒に山へ入る時は、率先して重た目の荷物を担ぐようにした。
これは素直に喜ばれたが、背中と両腕で荷物を担いでのアップダウンは、無茶苦茶こたえる。
最初は全身筋肉痛に悩まされ、疲労困憊で朝起きるのが辛く、つい日課をスキップしたい気分に見舞われた。
それでも、弱い自分に鞭打って何とか続けていると、だんだんと体が動くようになってきた気がした。
期待をこめてステータスを確認してみたが、レベルに変化はない。
やっぱり一人でちまちまやるのでは、限界があるのかなあ。
魔物相手にでもしなきゃだめか。
そう考えた俺は、リカルドに回復玉を何個かもらい、家から少し離れた原っぱで、弱そうな相手を探した。
弱いものいじめみたいで気が引けるが、実際俺も弱いのだ、許せ。
とはいえ、元々ティアと一緒の時に取り逃がしていた連中ばかりなので、中々剣が当たらない日々が続く。
ある日、
「お兄ちゃん、手伝おうか?」
魔物退治に向かう俺に、マーガレットが声を掛けた。
「マーガレットはお淑やかなんだから、無理しちゃだめだよ」
「お兄ちゃんだって、全然強そうには見えないわよ」
と、無垢な目で俺を見詰める。
「あのなあ、だから努力してるんだよ」
でもまあそれじゃ、ご好意に甘えて、魔物の追い出し役でもお願いしてみるか。
俺たちは見通しの良い平原で、大声で声が届くくらいの距離をとった。
マーガレットは、拾った木の棒を携えている。
「魔物がいたら、こっちに向かって来るように誘導してくれ!」
「分かった!」
俺たちは付かず離れず距離を維持しながら、草の上をそろそろと歩く。
「いた、トカゲ!」
マーガレットが獲物を見つけたようだ。
「よし、こっちに向かってくるように、追いかけてくれ!」
マーガレットは木の棒をバンバンと地面に打ち付けて威嚇している。
しかし、何か様子が変だ。
「お兄ちゃん、こいつ全然逃げない、どうしよう、近寄ってくるよ!」
(何? トカゲのやつ、マーガレットを全然怖がってないのか?)
よく考えたら、当たり前か。
弱そうな相手なら、魔物だって逃げずに向かって行くだろう。
「お~い、走ってこっち来いよ!」
「そんなこと言ったって……」
マーガレットはゆっくり2,3歩後ずさりしてから、クルリと向きを変えて、俺のいる方向に走り出した。
しかし、大トカゲは俊敏な動きで、マーガレットとの距離を一気に縮めて跳躍した。
「マーガレットーー!!」
「キャー、フィガあーーー!!」
マーガレットがそう叫ぶと、咄嗟に大トカゲに向けて突き出された右手から、人の2,3倍はありそうな炎の塊が轟音と共に噴き出し、大トカゲを直撃した。
(なんだあれは? あんなでかい炎、見たこと無いぞ……)
『ギャエアアアー!!』
大トカゲは断末魔の叫び声を上げ、黒焦げになってその場で絶命した。
地面にへたり込んで半泣きになっているマーガレットの元へ駆け寄る。
「マーガレット、大丈夫か?」
「うん、平気」
「マーガレット、今のは……?」
「……出来た、魔法」
「魔法!?」
「お父さんに習ってたの。今日初めて出来た……えぐ」
マーガレットは涙で声を詰まらせている。
おいおい、こいついつの間に。
しかもさっきの炎、やたらとデカくなかったか?
もしすると、俺こいつとやりあったら負けるんじゃ?
並んでの帰り道、俺はマーガレットの頭をナデナデしてやる。
「お兄ちゃんはやっぱり、冒険者になりたいの?」
「まあ、そうかな」
「セリアに行きたいの?」
「そうだなあ。セリアには冒険者ギルドもあるし、ここよりはやることが多そうだ」
「……ティアさんもいるしね」
少し拗ねた顔をしながら皮肉るマーガレット。
普段あまり突っ込んでこないくせに、今日は核心を突いてくるな。
―― 妹よ、それは否定しない。中々言うようになったな、綺麗に賢く成長しているようで、血のつながらない兄としては感慨深い。
そんな日々の甲斐もあってか、この春になってやっと1つレベルが上がったのだった。
喜びは一塩だが、先は長い。
これからも、かなり苦労しそうだな。
お読み頂きありがとうございます。