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第5話 秋祭り

 父リカルドの仕事は、思ったよりも難しいようだ。


 集めてきた材料を適量混ぜて、他の部材と組み合わせてから、魔力を込める。

 言ってしまえばそれだけなのだが、混ぜ方が悪かったり、魔力が多すぎたり少なすぎたりすると、思ったようにならず時には破裂して怪我をしたりする。


 それでも、リカルドは毎日悪戦苦闘しながらも、魔法の力が込められた玉や、ランプ、冷凍ボックス、保温皿、歩いても疲れにくい靴とか、色々と作る。

 時には個別に注文してくるお客さんもいて、希望を聞いてオーダーメイド品を作ったりもする。


 それらを売り捌くために俺も、セリアの町へ同行した。

 冒険者ギルドへ品物を卸したり、知り合いの商店の軒を借りての商売だが、これまでの信用のせいか、「はい、いらっしゃーい」とやると、1日でほぼ全部が売れる。


 それから幾分かの珍しい食材と、エリーシャやマーガレットへの土産を買って帰路につく。

 1週間ほどの旅程だ。


 そうした間はティアには会えないが、それでもちょくちょく顔を合わせている。


 ――例えば、


「ユウヤ、そっち行ったわよ!」

 と合図されて、こっちに走ってきた大きなネズミに向かって豪快に剣を振り下ろす

 ――が、むなしく空を切ってしまった。


 付近の草原を一緒に散歩中に魔物を見つけると、「今日のおかずゲットーー!」のノリで、追いかけっこが始まる。

 でも、未熟な俺は、いつも足を引っ張っている。


「ごめん、逃がしちゃったね」

「もー、いつも言ってるでしょ。剣は大振りじゃなく、腰を入れて狙いすましてガン、とやるの」

「でも、ティアだっていつも、短剣振り回してるよ」

「わ、私はいいのよ、慣れてるから。実際、ユウヤよりも当たるでしょ?」


 いやはや、面目ない。


 他にも、一緒に山菜や魚を採ったり、そうでない時はその辺に座ったり寝そべったりして、特に意味のない話に花を咲かせる。


 一緒にいると、自然と時間が経つのが早い。

 相対性理論を地で行く感じだ。


 そんな感じでスローライフに浸っているうちに、夏は終わって実りの秋が近づいていた。


 今リカルドの家では、いつもの仕事の合間に、街燈と花火作りで忙しい。


 この地域の町や村では、秋の収穫の時期に合わせて、豊穣を祝う秋祭りが催されるそうだ。

 アイナ村では村の大人衆が祭りを運営し、そこに各家々が、それぞれの品物を持ち寄って、祭りを盛り上げる趣向だ。


 バイエル家はその特技を生かして、毎年、祭りの夜を幻想的に盛り上げる街燈と、フィナーレを飾る花火を収めている。

 そのため、朝は魔石や乾燥樹、魔物の油といった材料集めに走り回り、午後いっぱいはそれを使っての物づくりといった毎日である。


「すまんなユウヤ、ティアちゃんと遊ぶ時間が無くて。でも、祭りが盛り上がれば、きっとあの子も喜ぶと思うぞ」

 とリカルドに謝られて、少し照れくさくもあった。


 何か、少年だった頃を思いだすな、しみじみ。

 この村で父や母、マーガレットやティアと過ごしていると、何か昔に帰ったような気分にもなるのだ。

 実際この世界では、少年そのものなのだが。


 祭りの当日が近づくと、村の中心部の原っぱでは、会場の準備が佳境を迎える。

 大人衆の指示に従い、掃除から始まって、演題やテーブル、屋台の設置、街燈の備え付け等々。

俺も手伝いに参加して汗を流しているが、この村は意外と人がいたんだな、と初めて知った。

 中には、今の俺とさほど年格好が変わらない奴らもいる。


 昼頃になると、

「みんなー、休んでご飯にしよー!」

 との掛け声のもと、待ってましたの時間になる。


 村の女性方が昼食を差し入れてくれるのだが、肉や野菜、芋や果物とか盛りだくさんで、すきっ腹に染み渡る。

 欲を言えば塩むすびがあればベストなのだが、この世界ではまだ米には出会えていない。


 ティアも一緒に駆けつけてくれるのだが、他の男連中に囲まれていて近づけない。

 俺と同じ年格好の連中も、しきりとティアに纏わりついている。

当のティアも気さくに応じていて、とても楽しそうだ。


(人気者なんだな、ティアは)


 改めてそう気づくと、今まで一緒に過ごせていた時間が、とても大事なものに感じた。


 それと、マーガレットがティアに負けないくらいの人気ぶりなのには、正直驚いた。

 ティアに比べると細身でおっとりして大人し目なのだが、美麗な黒髪とみずみずしい美白の肌も手伝って、清廉と言う言葉がよく似合う。

 家でいつも一緒なのであまり気にしていなかったが、一体いつの間に村に知れ渡ってしまったのか。

 あたふたと給仕をしていると、とりわけ用の無い連中がへばりついて、離れようとしない。


 そうして秋祭り当日。


 祭りの開始は夕方からだが、事前の準備のために集まった大人衆は、昼から酒が入って出来上がっている。

 俺はリカルドとともに花火の打ち上げ担当かと思っていたのだが、


「お前は屋台担当だ。花火は俺と母さんでやるから、お前はしっかり見物しろ。盛り上がるぞ~」

 と、リカルドから申し渡された。


 他二人の担当男子とともに、串焼き屋の仕込みと焼きの準備を整えてから、着替えのために一旦家に戻る。


 家に着くとエリーシャが出迎えてくれた。

「お疲れ様、ユウヤ。お風呂に入って、これに着替えて」

「え、母さん、これは?」

「お祭り用の衣装よ。私が縫ったの」


 エリーシャに言われるがまま風呂で汗を流して、渡された着物に着替えた。

 それは上下のつなぎで、腰に帯を結ぶ、日本のいわゆる浴衣に似ている。


「似合うわね~。自分の息子娘に作って着せてあげるの、夢だったのよ」

 とまじまじ見つめられると、ジーンとして言葉に詰まってしまう。


「それからね、これ。父さんがユウヤに渡せって。自分で作ったことにしろってね」

と、こっそり手さげ鞄くらいの袋を手渡してくれた。


「しっかり楽しんできてね。私とマーガレットもこの後出るから」

「ありがとう。行ってくるよ」


 日が傾くと、祭りの会場には多くの人が集まった。

 皆、色々な衣装に身を包んでいる。

 普段着のような男もいれば、浴衣風の着物の男女もいる。

 中には竜の被り物をした輩もいて、思い思いだ。


 街燈に火がともる。赤、青、黄のほのかな光が辺りを照らし、祭りの会場全体で幻想的な雰囲気を作り出す。

 リカルドと俺(?)との力作だ。


 祭りの開始時間になると村長が演題に上がり、祭りの準備へのお礼と、豊穣の神メルベに感謝を述べる口上が、しばし続く。

 村長の挨拶が終わると、司会の大人衆代表が音頭をとって、音楽の吹奏や出し物が催される。


 祭りに合わせて夕食を抜いて来ている人々がほとんどなので、所狭しと立ち並ぶどの屋台も大盛況だ。


「おい兄ちゃん、鳥の串約焼き4つ、早くしろ~!!」

「ワイルドラビットの焼き、まだかしら~?」

「ジャイアントスネーク、まだですか……?」

「はいはい、すみません、只今―」


 と、てんてこまいで、とても祭りの雰囲気を味わうどころではない。

 屋台では、少しだけお金を払ってもらうしくみになっていて、その売り上げが翌年の運営費になるらしい。

 それもあって煩雑で忙しく、目が回ることこの上ない。


「お兄ちゃん、大丈夫?」

 俺とお揃いの浴衣を来たマーガレットが、屋台を覗きに来る。

「大丈夫、楽勝ぴ、だよ!」と、親指を立てた右手を突き出すと、マーガレットは後ろに控えていた若年男子二人に即されて、隣の屋台へと行ってしまった。


 宴もたけなわになると、大人はあちらこちらに屯して、酒に浸って話に花が咲き、屋台への行列も少し緩んだ。


 一息つきながら周りを見回していると、向かいの屋台の前にティアの姿が見えた。

 白地に赤の紋様の入った浴衣風の着物に、赤く光る髪飾りといった装いで、いつもとは違ったちょっと大人びた雰囲気だ。

 女性は事前の下ごしらえを担当することが多いので、ティアも自分の役目を終えてからの参加なのだろう。


 周りに3、4人の若い男らがいる。

 かなり盛り上がっていて、みんな楽しそうだ。


 俺はというと一人で、

「兄ちゃんー、酒が足んねえようー」

「すみません、お酒は向こうの屋台でして……」

 と飲んだくれの相手をしながら、他の担当二人が戻ってくるのを待っている。

 交代で祭りを見ようと言って出て行ったのだが、なかなか戻ってこない。

このあたり、最若年層の悲哀なのだろうか。


 腹も減ったので、串焼きのつまみ食いで気を紛らわせる。


 そんなこんなで、年に一度の秋祭りも終盤に差しかかる。

 演題で二人組の男が何かを喋っているが、喧騒の中でよく聞こえない。

 酔って大声で笑っている男、楽しそうに語らっている女性、縦横無尽に走り回る子供達…… 

 たまにはめを外すとは、こういうことなのだろうな。


 結局祭りにはほぼ参加できないままぼっちに興じていると、向こうからティアが一人で近づいてきた。


「お疲れ様、ユウヤ。お祭り楽しんでる?」

「あ、まあまあかな。結局、他の屋台はどこも回れなかったけど」

「そうなの? じゃあ、はい、これ。」

 ティアは手に持っていたデザートを差し出した。

 果物を甘く固めて冷やしたものだ。


「ごめんね、食べかけだけど、良かったら」

「あ、いえ、はい、ありがとう。全然良いです」

「あはは、何かユウヤ、面白い!」

 差し出されたデザートを一口かじると、甘酸っぱさが口いっぱいに広がる。


 その笑顔は、やはり反則だなあ。

 どんな疲れも、いっぺんにぶっ飛んでしまう。


 とそこへ、『ドーン』という爆裂音が響いた。


「あ、始まったよー」

 と言いながら、ティアは空を見上げ。


同じ方向に目をやると、満天の星々を一瞬かき消すような、赤、白、青、色鮮やかな光の大輪が、一面に広がっては消えていく。

 一つが消えてもまた二つ、三つと夜空を明るくし、見上げる人々を照らす。


「これ、毎年楽しみなんだ」


(これは、父さんが準備していたものか)


 地球でいう打ち上げ花火なのだろうが、こちらの世界のものも綺麗で壮観だ。

 魔法が込められているせいか、単なる円形だけでなく、絵や文字も形作る。

 確かに盛り上がるなあ、これは。


 うっとり花火を見上げているティアに向かって、俺は少し気合をいれてから、話しかけた。


「あ、あので、ティア」

「ん? なあに?」

「もし良かったらだんだけど、この後少し時間いいがだ……」

「何か喋りが変だけど、ユウヤ。いいよ」


 この雰囲気も手伝ってか、何かいつもより緊張して、ろれつが回ってなかったようだ。

 とにかくこれで、少しティアと話せるかな、久々に。


 感激のフィナーレも終わり、今年の秋祭りは幕を閉じた。

 皆家路につき、一人、二人と人が減っていく。

中には飲み足りない大人もいるようで、どこかの家で飲みなおすのだという声も聞こえる。


 俺はというと、ティアを家に送っていく途中で何人かの輩にからまれたが、「ごめん、このあとちょっと用事があって」とのティアのいなしで、皆すごすごと退散していった。

 去り際に俺に向けて鋭い視線を感じたのは、多分気のせいではないだろう。


 ティアの家の傍で二人きりになってから、俺はエリーシャからもらった袋の中身を取り出した。


「ティア、これやらない?」

「なに?」


 俺は細い棒状のものの先っぽに、魔道具ろうそくを使って火を付けた。

 するとその棒の先から、先ほど夜空を彩っていたのと同じような光が沸きだした。

 パチパチと音を立てながら、二人だけを照らした。


「これ花火?」

「うん。今日のために、父さんに教わって作ったんだよ。一緒にやりたくて」

「わー、ありがとう。初めてだよ、こんなの。すっごく綺麗! わっこれ、花の形よね?」

 ティアは嬉しそうに、純真無垢な笑みを向けてくる。

 暗闇の中で明滅する光彩が、いつも以上に彼女を引き立たせる。

 いや、それが無くても実際、とても綺麗で可愛いのだが。


(こんな笑顔、多分一生忘れないだろうな)


「今日のお祭り、屋台全制覇しようって思ったんだけど、半分しか回れなかったな」

「あはは、それは無理だよ。本当にそれやったら、ぶティアって呼ばれるようになるって」

「は? それどういうこと?」

 

 二人でいろんな色の光を見つめながら、いつものように話に花が咲く。


 花火の残りが少なくなった頃、ティアが少し目を逸らしながら呟いた。


「ねえ、ユウヤは、将来どんな風になりたいの?」


 突然の風に吹かれたような錯覚を覚えて、俺はしばし硬直した。


 将来か。

 この世界に来てまだそれ程時間も経っていないし、今後もここにいるのか、地球に帰るのか、それもはっきりしない。

 正直、あまり考えたこともないのだ。


「いや、どうかなあ」

「私はね、もう少し経ったら町へ出て、冒険者になろうかと思うの。色んなところを見て、強くなっていっぱい稼いで、父さんや母さん、弟に楽をさせてあげるんだ。あと2年で15歳、成人だしね」


 そうか、15歳で俺たちは成人になるのか。

 俺自身もどうなりたいのか、考えないといけないのだな。


「そうなんだ、しっかり考えてるんだね。でも、冒険者って、危なくないの?」

「危険はあるかもだね。でも、私はこの村以外の世界も色々見てみたいんだ。父さんは学校に行けとか言ってくれるけど、お金かかるし。学校以外でも、いっぱい知ることはできると思うんだよね、きっと。それに、村の道場で鍛えてるし、きっと大丈夫」


 何か、ティアが急に大人に見えてきた。


 俺はどうだろうか。

 確かにここへは、思いがけずに来ることになった。

 何か特別な取り柄があるわけでもなく、今のところ村人Aだ。


 でも、元々ファンタジーが大好きで、剣や魔法の世界には憧れていた。

それが今目の前にある。

これからどうなるのか全く分からないけど、それを思う存分満喫できたら楽しいだろう。

 そうだな、折角のこの世界、色々と見てみたいな。


「俺はまだ決まったものはないんだ。でも、俺もこの世界を、色々見て回りたい。いつかティアと一緒に旅をするのとか、悪くないな」


 と、自然にそんな言葉が湧き出た。

 よく考えると、べらぼうに照れる発言だな。


 ティアは少しの間、暗がりでも輝きを失わない瞳でじっと俺の目を見ていたが、すぐにいつもの笑顔に戻って応えてくれた。


「そうね。いつかそうなるといいね」



お読み頂きありがとうございます。

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