第4話 出会い
翌日、港町バーサムから出発した俺たち三人は、東南の方角へと向かった。
町を出発してすぐ、見たことのない犬のようなものに襲われた。
「魔物だ、気を付けろ!」
「きゃああー!!」
俺は反射的に、悲鳴を上げるマーガレットの前に立ち、そいつを遮る。
リカルドは剣を抜き、懐からピンポン玉のようなものを取りだして敵にぶつけて、返り討ちにしていく。
その玉は敵に当たると大音響と共に火柱を上げ、その体を焼いたのだ。
(魔法か? それか、手りゅう弾のようなものか?)
どうやらそいつらのことは魔物と呼ぶそうだ。
魔物が落とす綺麗な石や骨や、何か分からない物とかを、俺たちは丁寧に拾っていった。
その後も不定期に魔物が襲ってくる。
人の大きさ程もあるとかげ、異様に大きいバッタやうさぎ、ぷよぷよしてゼリー状の球体、急降下して爪を向けてくる大型の鳥……
どれもまともに攻撃をくらったら大怪我しそうで、気が抜けない。
リカルドは剣と、炎や氷や雷を生み出す玉を使って、巧みに切りぬけていく。
もしかしてこの人、俗にいう冒険者なのでは?
リカルド曰く、魔物を倒したり、その死骸や落としたアイテムを冒険者ギルドに持っていくと、金に換えてくれるそうだ。
ただ、大きな魔物の死骸を持ち運ぶのは嵩張るので、高価そうなものから見繕って拾っていくのだという。
マーガレットも、白く細い手指を汚しながら、せっせと落ちたものを拾って袋に詰めていく。
一週間程かかって、無事アイナ村に着いた。
広い草原と緑豊かな山々に囲まれた集落で、丸太の木でできた家々が点在する。
小川には澄んだ水が流れ、鳥が囀る声が遠くから響き渡り、吹きそよぐ風が心地よい。
集落の中で、リカルドの家は、かなり大きい方だ。
他よりも広い家屋の周りには畑があり、奥の方には小屋のような建物もある。
家に入ると、古着を着ていながらも、上品な雰囲気を醸す女性が出迎えてくれた。
リカルドの奥さん、エリーシャだ。
「お疲れ様。さ、上がって」
そう促されて家に上がり、4人で卓を囲んで紅茶を啜る。
しばし歓談した後、リカルドが少し真剣な表情に変わり、「ユウヤ君、君を養子に迎える件だが」と話を始めた。
「私たち夫婦には子供がおらず、寂しい思いをしていた。そんな中半月ほど前、夢の中でリテラ様のお告げがあったのだ。リテラ様曰く、左肩に英知の紋章を象った痣のある13歳少年が西の港町にいるので、その者を迎え入れて欲しい。私の力の継承者になれるかも知れません、とな。急なことで半信半疑でもあったが、丁度行商に行く予定もあったので、その町の中で探す中、君を見つけたんだ」
「はあ、なるほど」
「実際に君と私たちはこうして会えた。これは本当に、リテラ様のお導きかも知れん。おまけに、マーガレットという娘まで賜ることができた」
マーガレットが申し訳なさ気に口を開く。
「あの、リテラ様のお告げがあったのって、ユウヤ…… 兄さんのことですよね? ごめんなさい、私までくっついて来て」
「何をいうの、良く来てくれたわ。この年になって息子と娘が同時にできるなんて、夢のようだわ」
「……ありがとう、エリーシャ……母さん」
マーガレットは右手で涙を拭いながら、はにかんだ笑顔を見せる。
リカルドが喋った中で、俺として確認したい言葉があった。
「リカルド父さん、リテラ様は、『私の力の継承者』という言い方をしたんだよね。それっってどういう意味かな?」
「それはな…… ユウヤお前は、この世界の歴史を知っているか?」
「ごめんなさい。俺は色んなことを覚えてなくて、文字も読めないんだ」
「そうか、では細かくはおいおいとして。リテラ様は古の大乱、ハルマゲドンを沈めた後、神になったといわれる少女だ。ここムーンガイアの世界に平穏が訪れた後、過ちを繰り返さないよう、人々は神の啓示により、神から授かった強力な加護を封印し、神々はその後1000年争わぬ誓いを立てたという。リテラ様の力は、その当時の加護のことではないかと思うのだが……」
リカルドは紅茶を一口啜ってから、話を再開する。
「実は良く分からんのだ。この家はリテラ様の直系の子孫に当たると言われているし、他に分家もある。だが長い歴史の中で、リテラ様の力に行きついた者は誰もおらん。だが夢の中のリテラ様は、お前がそれを承継できるかもと申されていた。もしかすると、どこかでそれに目覚めるのかも知れんな」
ううっ、前提知識の無い俺としては、うまく頭の整理ができないが、リテラの力の継承者が俺かも知れないということか。
やっとチート能力者の仲間入りが見えてきた気がするが、バクっとしていて実感が湧かないな。
それにしてもだが、今聞いた話も、俺が考えて物語にした内容とそっくりだ。
その中にも、ほぼ1000年前に、神々から強力な加護を受けた人間や種族が数十年に渡って戦い続け、世界が破滅する一歩手前で、一人の少女の活躍によってそれが回避された記述が出てくる。
奴隷のことといいこの世界のことといい、これだけ似た異世界があったのだとしたら、何と言う偶然なのだろうか。
いや、それこそが、異世界を旅するというプランの一環なのか?
この世界にはリテラという神がいるようだ。
俺が話したリテラは確かに神がかった美しさはあったが、しかし神と言えるほどの威厳や神聖さは感ず、ちょっと頼りない感じの女の人だったな。
一体何がどうなって、俺は今ここにいるのだろうか。
分からないことだらけだがひとまず、マーガレットがどこかで死んでしまうというクソシナリオは回避できそうだ。
こうして俺とマーガレットは、バイエル家の養子になった。
俺の名前は、ユウヤ・バイエル・サオトメ。
マーガレットは、マーガレット・バイエル・サオトメ。
最初は慣れなかったが、ここでの暮らしは悪くはない。
むしろ快適だ。
穏やかな口調で俺に色々と教えてくれる働きものの父と、何かと俺の世話をやいてくれて料理が美味しい優しい母、それにお兄ちゃんお兄ちゃんと慕ってくれる可愛い妹。
専用の部屋も与えてもらった。
俺は父リカルドの仕事を手伝い始めた。
リカルドの仕事は、何と魔道具職人だった。
山や森、川や野原、色々な所から材料を探し、時には魔物が落とす物を回収して、家の中の工房で魔道具を作るのだ。
集めた材料の分量を調整して炉に入れて溶かし、金属や木でできた土台や骨組みを浸して、作りたい魔道具をイメージしながら魔力を込める。
すると材料が徐々に魔道具へと形を変えていく。
目指すものに仕上がるまで、魔力注入によって調整を繰り返す。
体力もかなり使うし、分量や魔力のかけ方がうまくいかないと、失敗作になることもある。
以前見た火や氷が出る玉も、その1つらしい。
できた魔道具は、周りの町に持って行って売りさばくのである。
とはいえ、今の俺にできることはほとんど無い。
まだ剣を振れないので魔物は倒せず、地理にも疎いので一人で山や森にも入れない。
ほとんどは荷物持ちや片づけだ。
マーガレットは、母エリーシャの仕事を手伝っている。
家事全般に加えて、庭の畑や鶏小屋の手入れとかだ。
畑にはトマトやキャベツのような野菜が実り、小屋の中の鶏はコケッコケッと鳴き声を上げる。
水やりや肥料の仕込み、餌やりや卵の回収等々、やることに事欠かない。
俺は手伝いの合間に、この世界での文字や歴史とかの勉強もしている。
居間の書棚には数多くの本が並んでいて、しばらくは事欠かないだろう。
地球にいつ帰れるか分からない以上、この世界でずっと生きていくために、準備しておく必要もあるのだ。
この村の郊外にも魔物は出るので、外へ一人で出る時は、護身用に父の作った魔道具を持ち歩いている。
迷子になると怖いので遠くには行けないが、牧歌的な雰囲気のこの村は実に落ち着く。
原っぱに寝そべり、川のせせらぎに耳を澄ませていると、時間が経つのを忘れてしまう。
―― そんなある日
この小さな村にも市場はある。
常設ではないが、近隣の町であるセリアから行商人がやって来て、3日に1回ほど市が立つ。
そこでは、普段村では手に入らない物も手に入ったりする。
今日はその市場の日だ。
俺はエリーシャから買い出しを頼まれたマーガレットに付き添い、背中に籠を背負って村の真ん中を通る街道を行く。
幸い、街道沿いは人の往来もあり、魔物もほとんど出ない。
街道の脇に、古い小さな小屋のようなものが建っている。
街道に面した側が吹き抜けになっていて、その奥に白い石造りの像が見える。
この村に古くからある、リテラ神を祭る祠なのだそうだ。
像の前には、お供え物の食物や酒が置かれ、村人の一人が膝まづいて両手を胸の前に組み、祈り事をしている。
「マーガレット、リテラって、本当に偉い神様なのか?」
「もちろんよ。この国の人のほとんどは、リテラ様を信仰してるのよ。この国を作った英雄とも言われているし」
「なあ、そのリテラって、そそっかしそうで綺麗なお姉さんだったのか?」
「え? ちょっと何言ってるか分からないけど」
そこから少し歩くと開けた場所に出た。
何人かの行商人が野菜や肉といった食料品や、酒、調味料、衣類等を並べ、大勢の村人たちが品物を手にとって品定めをしている。
「マーガレット、何買うんだっけ?」
「えっとねえ、お魚と穀物とお酒と……」
マーガレットが魚を売る商人の前で、どれにしようかと迷ってると、
「おや、これは綺麗なお嬢さんだね。今日はこのプリなんかがお薦めだよ」
「え、そんな…… じゃあ、それ下さい」
初心なマーガレットはセールストークにすら顔を赤らめる。
だが商人は決して嘘は言っていない。
彼女は着ている物こそ高級な物ではないが、中身はどこかのお偉いさんのご令嬢といっても、だれも疑わないだろう。
一通り買い物を終えて、ずしりと重くなった籠を背負って、元来た街道で帰路につく。
買って来た物を家の中にしまい、俺はもう一度玄関へ。
「またどっか行くの? お兄ちゃん」
「ああ、まだ日が高いから、ちょっと散歩してくるよ」
今日はもうリカルドの手伝いも終えていて、あとは暇なのだ。
この辺りは空気も景色もいい。
地球にいた頃には敵わなかったのどかな散歩が、俺の日課になりつつある。
川べりを歩いていると、水の中に大きな魚影がいくつも映る。
もしかして、釣って食べたら美味いのか?
遠くの山々の稜線が青い空に映えて、目を奪われてしまう。
初夏の太陽が少し肌を刺すが、流れる風は心地よく、暑さはそれほど感じない。
今日はもう少し、遠くまで行ってみるか。
のほほん気分で暫く歩くと、いつもとは違った光景が広がる。少し背の高い草が生い茂った平原が、目の前に現れた。
辺りをのらりくらりと散策していると、茂みの中から『ガサガサ』と音がした。
やばっ!
と思ったが遅かった。
俺の目の前の茂みから、一匹の蛇が現れた。
長さは4,5メートル程だろうか。
こげ茶に黒の紋様が入った胴体は人の腕よりも太く、絡まれたらただでは済みそうにない。
(とりま逃げよう)
そう気弱な決意を固めてから、俺は猛ダッシュで走り出した。
だが蛇は、それを超える速さで追いかけてくる。
蛇って、そんなに走るの早かったかあ!?
(仕方ない、火玉を使って……)
懐から取り出して一発投げつけてみたが、父のように上手くは当たらない。
蛇が俺めがけて飛びかかってくる。
(うわー、ゲームオーバーかあ!!)
と咄嗟の覚悟を決めようとしたところ、
「頑張ってー! 加勢するから!!」
と乾いた声と共に、一人の少女が横から飛び出した。
茶髪のポニーテールを靡かせて、短剣をぶんぶん振り回しながらその蛇に飛びかかる。
何度か蛇に切りつけてから、蛇の体の一部に短剣を深々と突き刺した。
「今よ、お願いできそう!?」
と、こちらを向いて。
短剣は蛇の体を貫き、地面に突き刺さっている。
蛇はその場所にくぎ付けになった。
「あ、うん!」
俺は懐から氷玉を取り出すと、蛇めがけて投げつけた。
蛇の胴体近くに命中すると、その場所から氷が沸きだし、あっと言う間に蛇の全身を覆った。
(助かったのか、一応……)
息が切れてまともに動けない俺に向かって、少女は声をかけた。
「大丈夫? 危なかったね」
「ああ、ありがとう、助かった。俺一人だったら、どうなっていたか」
「どっか噛まれて、血だらけだったりしてね」
「ぐえっ、怖いこと言ってくれるなあ」
「今日はたまたま、こっち方向に用事があって良かったな。とりあえず、この蛇から短剣抜くの、手伝ってくれる?」
少女の短剣は、蛇とともに氷の塊に覆われている。
近くに落ちていた石で、二人してガンガン氷を叩いて砕き、何とか短剣を回収した。
それから少女は、短剣で蛇の体をいくつかに切り分けていく。
結構手慣れた手つきだ。
見た感じ、今のこの世界での俺と同い年くらいだろうか。 目鼻立ちが整っていて、ハイレベルな美少女の域に軽く入るだろう。
アイドルグループのオーディションがあったら、他薦で推したいくらいだ。
白のタンクトップに赤い短パンが良く似合う。
少し陽に焼けて適度に肉付きのいいおみ足が、健康的で水水しい。
胸の谷間が……
いかん、見とれていると、ついおっさん思考にハマってしまう。
しかし、健康的美少女な見た目と、両手を真っ赤に染めてがしがし大蛇を捌く姿との、ミスマッチが甚だしい。
(こっちの世界の美少女って逞しいのかなあ。同じ美少女でも、マーガレットとはちょっとタイプが違うかな)
「これでよし。二人で倒したから、半分こしようか? 今夜は御馳走だね」
「え、これ食べられるの?」
「そうよ。ジャイアントスネークは煮込んでもいいし、濃い目のタレを塗って焼いても美味しいんだから」
濃い目のタレを塗って焼いて……
かば焼きか?
そういえば、リカルドが山で魔物を仕留めた際、魔道具の材料になるアイテムの他に、魔物の体を切り取って持って帰ったりしていた。
あまり気にしてなかったが、今までそれを食べていたのか。
蛇の体を袋に詰め終わると、俺たちは並んで歩き出した。
「初めて会うよね。村の人?」
「うん、少し前から、この村に住んでるんだ」
「どこの家?」
「リカルドさん、僕の父の家だよ」
「え、リカルドさん、子供いたの!?」
少女はビックリして、目を丸くさせた。
リカルド一家に子供がいなかったというのは、どうやら本当らしい。
「最近養子になったんだよ、妹と一緒に」
「へえ。じゃあその前は、どっか別の所に?」
「うん、まあそうなんだけど、そこは聞かないで欲しいな」
「そっか、ゴメンね。私、ティア・フレミング。このすぐ先の家に住んでるのよ」
「そうなんだ。俺はユウヤ・バイエル・サオトメ」
「よろしくね、ユウヤ!」
「ティアは、ずっとこの村に?」
「うん、生まれてからずっとね。今のところは」
それにしても可愛い。
ぱっちりした目が澄んでいて、白い歯を時折見せながら、屈託なく笑いかけてくる。
この若さにしては胸もなかなか……
あ、いや、それはいい。
大人になったらきっと、沢山の男の目線をくぎ付けにすることだろう。
ティアの家の前で、蛇の肉を半分もらう。
「今日は本当にありがとう、助かった」
「どう致しまして。こっちも、ご馳走にありつけて良かったわよ」
「……ティアって、蛇好きなの?」
「へっ? 別に、蛇が好きって訳じゃないわよ。鳥でも兎でも猪でも、食べられるものは何でもね。その方が、栄養のバランスが取れるのよ」
成程、一理ある。
逞しいなあ。
「じゃあ、またね~!」
別れ際、ティアは俺に向かって、ブンブンと手を振ってくれた。
家に帰って母に蛇の肉を差し出すと、「大丈夫? どこも怪我はない?」とあたふたさせた。
一人で外へ出て、獲物を持って帰ったのは初めてなのだから、仕方ないか。
今日の出来事を軽く伝えると、
「まあ、ティアちゃんね。あの子はいい子よー。確か13歳、あなたと同い年ね。仲良くなれるといいわね」
と上機嫌だ。ティアは村では評判の美人さんで、明るく気立てもいいので、大人から子供まで大人気らしい。
ちなみにマーガレットは1つ下の12歳なのだが、すぐ傍にいながらティアの話には全く突っ込んで来ず、俺の呼びかけを無視してスタスタとその場を離れて行った。
その日の夕食には、俺が持って帰った蛇も並んだ。
煮込んで食べると、鶏肉のような味がして、結構いける。
「いやあ、美味いなー」
リカルドも何か満足気で、いつもより酒が進んで、話が弾む。もしかして、息子がとってきたもので食を囲ったりするのが、夢だったりしたのだろうか。
次の日から、俺はちょくちょく、何か理由があってもなくても、ティアの家の前を行ったり来たりするようになった。
もしかしたら、バッタリ会えるかも知れないし。
だが、ティアはティアで忙しいらしく、最初は中々会えなかった。
でもそのうちに何回か顔を合わせていると、だんだんと会える頻度が増えていった。
お互いにタイミングが分かってきたからかも知れない。
とりあえず、避けられてはいないようで良かった。
この世界でやっとできた、女友達候補第一号なのだから。
お読み頂き、ありがとうございます。