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第32話 初渡航

 ブルジア共和国にある取引先の地域本部での、プレセンの日が迫ってきている。

その準備のため、超多忙な日々を送っている。


 姫宮さんとは連日のように濃密な会議を重ねていて、なにか一緒にいるのが自然になってきた。

 最初色々と突っ込みを入れてきた職場連中も、近頃は何も言わなくなった。


 何回も上司に確認し、手直しを受けてやり直す。

 時に仕事は深夜にも及んだ。


「やれやれ、今日も遅くなったなー」

 と、周りに誰もいないオフィスで一人ごちていると、姫宮さんから社内チャットが入った。


『まだお仕事ですか?』


『いえ、もう帰ります。』


『じゃあ、一緒に帰りませんか?』


『はい、御意です。一回のロビーにでもいましょうか?』


『はい、よろしくです!』


 一階で待っていると、エレベーターから姫宮さんが降りてきた。

 二人並んで、駅の方向へ歩いていく。


(姫宮さんは今日もいいなあ。パンツスーツも良く似合う)


「ユウヤさん、良かったら、お好み焼きでも行きませんか? 私お腹が空いちゃって」

「あ、いいっすねえ。行きましょうか」


 俺たちは、最寄り駅から少し離れた場所にある、老舗の店に向かう。

 一体いつできたんだと思うほど店構えは古いが、そこのおかみさんが焼いてくれるお好み焼きが絶品で、社内でも人気がある。


 店に入って、大きな鉄板の前の席に座る。

 おかみさんが直接、目の前で焼いてくれるのだ。


 豚玉とミックス玉を注文してから、ビールで乾杯。

 やっぱり何回やっても、この瞬間はたまんないねえ。


「いつも遅くまで大変ですね」

「いや、姫宮さんこそ。俺英語が苦手で時間かかってるから、足引っ張って申し訳ないよ」

「そんなことないですよお。ユウヤさんの作る資料、とっても見やすいです」

「資料はまだいいけど、実際に向こうへ行って喋んなきゃいけないんだよな。自信ないなあ」

「大丈夫、私がついてます!」


 姫宮さんの笑顔には癒しの効果があるのか、下手な魔法よりもがHPが回復するようだ。


「そういえばこの前の野球、凄かったですね。どこかで練習してたりとかですか?

「いや全然。恥ずかしながら、学生の時から運動は皆無で」

「じゃあ、お休みの時とかは、どんなことを?」

「え~と、何してるかな? 朝起きて飯食って、買い物に行って、たまに掃除して……」

「もしかして、彼女さんとデートとか?」

 姫宮さんの目つきが、若干意地悪魔女っぽく映る。


「いやいやいや、そんなの無いですよ、ほんと。あ、本読んだりするのが好きかな」

「へえ、私も好きなんです。どんな本読まれるんですか?」

「まあ、色々かなあ。歴史、ノンフィクション、化学…… それと、物語の小説が好きなんだ」

「物語?」

「うん、冒険ものとか。魔法使って魔物と戦ったり、お姫様を助けたり、とか」

「へえ、そうなんだあ。私もたまに読みますよ。女子高校生が貴族のお嬢様に生まれ変わる話とか」

「そうそう、そんな感じのやつだよ!」


 目の前の鉄板の上では、野菜が練りこまれた生地とトッピングが、香ばしい匂いを立ち昇らせる。


 何だか今日は、話が弾んでいつもより楽しい。

 姫宮さんも、同じように思ってくれていたらいいが。


「はい、お待ちどお」

 おかみさんが焼きあがったお好み焼きを、俺たちの方へ寄せる。


「わー、美味しそう。どっちにしようかなー?」

「濃厚な豚の味か、海鮮の旨味か、悩むところだねえ」

「じゃあ、こっちから」

「はい、じゃあ、取り分けるよ」

 俺はヘラで切り分け、小分けにしたものを小皿に乗せて、姫宮さんに手渡す。


(うん、やっぱ美味い。ビールとも黄金コンビだな)


「ユウヤさん、私、もう一杯頼んじゃいます!」

「じゃあ、俺も!」


 結局その日は、終電間際まで一緒にいて、同じ電車に乗って帰路についた。


 ―― 翌日、オフィスで追い込みの仕事に没頭してると、見知らぬ人からメールが入った。


「広報部、来栖玲か。どこかで30分時間を…… 何だろ?」


 午後から時間を設定して、社内のカフェで待ち合わせになった。時間通りに店内に入ってキョロキョロしてると、「早乙女さんですか?」と声をかけられた。


 声のした先には女性が一人で座っていて、こっちへ手を振っている。


「来栖さんですか?」

「はい、お忙しい中、お時間頂いてすみません。何になさいます?」

「あ、じゃあ、コーヒーを」


 やはり知らない人だ。

 それにしても、この人も綺麗だな。

 淡いピンクの上下スーツが、彼女の見栄えを引き立てて、華やかな空気を纏っている。


 正面の席に腰かけると、軽く笑みを浮かべてから、彼女は話を始めた。


「どうも初めまして、広報の来栖です。早速なのですが、今度の社内報で先の球技大会を特集することになりまして。そこに早乙女さんのインタビュー記事を載せたいと思うんです」


 え、何ですって?


「インタビュー、ですか?」

「はい。あの時活躍した若手社員の方々に、その時思ってたことだとか、普段はどんな仕事をしてるのかとかをお聞きして記事にします。イキイキ活躍されている方々の言葉をお借りして、社内風土の向上につなげるのが狙いです」


 それって滅茶苦茶目立つやつじゃないですか。正直ご勘弁願いたいな。


「あのお、何で俺なんでしょうか?」

「また、ご謙遜を。野球の試合では、投打に大活躍だったじゃないですか。社内ではかなり噂になってますよ。あの人は誰だって」


 そうなのか? いかん、調子に乗って、ちょっとやり過ぎたか?


「でも、他にも活躍した人もいましたし、そうだ、縁の下の力持ちの実行委員とかにスポットを当てるのもいいのでは?」

「流石ですね、申される通りなので、他にも何人かお願いしています。それと、すでに上司の方には、許可を頂いてますので」


 あー、外堀埋められたな、こりゃダメだ。


 どうも断り切れそうにないので、せめてお願いして、出張明けに落ち着いたら、で納得してもらった。


「ところで早乙女さんは、この会社でのキャリアはどのくらいですか?」

「大学卒業してから、技術畑で5年ほどです」

「そうなんですね、じゃあ、私より2年先輩になりますね」

「来栖さんは入社3年目ですか。それにしては、落ち着いて見えますね」

「ふふ、よく言われます」


 軽く雑談してから一緒に席を立って分かったが、こんなに脚が綺麗だったんだな、この人。

 きゅっとしまった脚に黒のストッキングは、魔性の存在だ。

 入社3年てことは、姫宮さんとタメか。


 なんかややこしいことになってきたのだが、一先ず目先の大事に集中しつつ、その後準備は進んだ。

 ブルジア共和国への出発前日、関係者一同で会議室に集まり、最後の確認を行った。

 その中で上司の田山さんから、注意事項があった。

「最近の報道でもあるが、現地の反政府組織の動きが少し活発になっている。十分注意して行きましょう」


 そうかあ、そんな不穏な国なのか。

 やっぱり日本は平和でいいな。

 いや待て、日本ほど平和じゃないムーンガイアは、それでも楽しいぞ。

 正直、どっちがいいんだろうな。


 そんなことを考えていると、急にムーンガイアが恋しくなってきた。

 でも、やっかいな仕事片づけてからの方が、気持ち的に楽に行けるんだよな。

 うーん悩む。


 翌朝早くに家を出た俺は空港へ向かい、国際線のロビーで田山さん、姫宮さんと待ち合わせた。

 航空会社でのチェックインを済ませ、必要な外貨を両替えする。


 出国手続きを終え、搭乗時間を待つ。

 ここから直行便で出発して、現地到着は夕方頃になる予定だ。


「いよいよですね、ユウヤさん」

「ああ、そうだね」

 姫宮さんは何度も海外へ行ってて慣れているだろうが、実は俺は初海外だ。

 長時間の飛行機にも慣れていない。

 ちょっと緊張してきたな。

 とはいえ、もうまな板の上の鯉だ、なるようにしかならない。


 出発時間を少し過ぎてから、俺たちを乗せた飛行機は滑走路上を移動し、テイクオフを開始する。

 さらば日本、しばしのお別れだ。


 離陸後飛行機は順調に空の中を進むが、それにしても窮屈で長い。

 寝ちまおうと思っても、揺れが気になってなかなか寝付けない。

 この辺も慣れなのだろうかな。


 時間を紛らわせるために、目の前のパネルを操作して映画を探し、言葉の分かる日本映画をチョイスする。


 囚われの身のような時間を経て、飛行機は無事にブルジア共和国の首都にある空港へと着陸する。

 そこからタクシーで1時間ほど移動した先に今夜の宿があるが、到着する頃にはすっかり日が暮れていた。


 このブルジア共和国の首都は歴史が古く、至る所に歴史遺産が点在していて、観光地としても人気がある。

 時間があったら見て回りたいところだが、今はそんな余裕はない。


「部屋に荷物を置いたら、ご飯いきましょうか?」

「そうだな、どこがいいかな」

 田山さんと姫宮さんがあーだこーだとお話しているが、慣れない移動でへろへろの俺の頭はついていっていない。

 結局その日の夜は、宿泊先のホテルにあるローカル料理のレストランでの食事になった。

 見たことのない料理の数々だったが、どれもそれなりに口に合った。


 その夜は早々に部屋に引き上げ、明日の本番へと備える。


「お休みなさい、ユウヤさん。また明日」

「うん、また明日」


 部屋で若干水圧が低めのシャワーを浴びてベッドに横になり、リモコンでテレビをいじっているうちに、日付が変わった。

 そろそろ寝るか。


 翌朝、ホテルのバイキングで朝食をとってから、ネクタイとスーツ姿で、待ち合わせのロビーへと向かう。


「おはようございます」

「あ、ユウヤさん、おはようございます」

「よう、眠れたか?」


 ホテルの前に待機しているタクシーに三人で乗り込み、姫宮さんがドライバーに行先を告げる。


 いよいよだ。

 ここ数週間の努力が、身を結ぶといいがな。


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