第30話 新たな旅路へ
翌日になっても騎士団や兵士の帰還は続き、城の内外は多くの人で賑わっている。
だが、グルセイト王国によると思われる今回の謀略や、国王が眠りについたままといった事実を知るものは少ない。
一旦表向きには、国王は重い病にかかって人に会うことができないので、当面は王妃が代行を務めるということになっている。
騎士団も帰還しつつあり、ミリエーヌに直接の危険が及ぶことはもう無いだろう。
いつ頃セリアに帰ろうかと思案を始めた矢先に、俺は王妃からお呼びを受けた。
王妃の部屋に向かいドアを開けると、そこには王妃が一人、高価な応接テーブルの脇に腰かけていた。
「よくぞ参られました。どうぞお座りになって」と勧められて、向かいの席に座る。
王妃との1on1とか、ちょっと緊張する。
「実は1つご相談があるのです。昨日の会議でも話がありましたが、我らが国王の救済のために、隣国セレスティノスにおられる大賢者様のお力をお借りしなければなりません。そのためには、大教皇様と大賢者様にお目通りを願い、助力を請わねばならないのです」
「はい」
「それには、こちらも相応の礼を尽くす必要があります。私は今国王代理としてこの国を離れる訳にはいかないので、ミリエーヌに使者として赴いてもらおうかと思います」
「なるほど、ミリエーヌ様でしたら、適任でしょう」
「つきましては、ユウヤさん、ミリエーヌの護衛として、一緒に同行して頂きたいのです」
「はい??」
何だこれは? 最近こんな予期しない展開、多くないか?
「もちろん、ユウヤさんお一人ということではありません。騎士団からも同行者を選任します」
「あのでも、何で俺なんですか、そんな大事な役目を?」
王妃は少し間を置いて、口元を緩やかに綻ばせながら、
「ユウヤさん、娘がとてもお世話になったようですね。危ないところを助けてもらったり、町でかくまってもらったり。町から抜け出した娘を追いかけて、ここまで来て頂いたとも」
「それは、何というか、たまたま俺がいましたので、そうするのが当たり前かなと……」
「直接言葉には出しませんが、娘の話しぶりからして、あなたのことをとても信頼しているようです、単なるお友達以上にね。また今回の件では、この国を救っていただきました。私自身も、あなたは信頼するに足るお方だと思っています」
「いえ、それほどでも……」
「どうかお願いです。ミリエーヌを、あの子を助けてやってくれませんか?」
う~ん、また大ごとになってきたな。
冒険者冥利に尽きる展開ではあるのだが。
しかし、「ミリエーヌについて行きます」ってティアに話したら、どんな顔するかなあ。
まあ、取って食われることはあるまいか。
「分かりました、謹んでお受けします。ただ、1つお願いがあります。もう一人連れて行ってもよろしいでしょうか?」
王妃の部屋から出たその足で、俺はティアの部屋に向かった。
こういうことは、早い方がいい。
ドアを叩くと、中から「どうぞ」と返事があった。
「ティア、入るよ」
「よっ。どうしたの、暇なの?」
「実は、おり入って相談があってさ」
「はいはい、大抵のことなら聞くわよ」
「一緒にセレスティノスに行かない?」
ティアの頭の中には?マークがいっぱい浮かんだようで、ぽかんとしたまま少しの間言葉が出なかった。
「セレスティノス?」
「うん。ミリエーヌの護衛で、大賢者様に会いに」
俺は王妃から話があったことをティアに伝えた。
「それで、ユウヤは引き受けちゃったの?」
「まあ、そうだね。もう一人連れて行くって条件付きで」
「それが私?」
「うん。だって、ティアがいないと、つまんないじゃないか」
ティアは満更でもないといった感じでうんうんと頷いてから、真顔になる。
「ミリエーヌさんのことが心配なんでしょ?」
「もちろん、それはあるよ。お父さんのことは心配だろうし、心細いかも知れないし。友達って呼んでいいかどうか分からないけど、なんか放っとけないかなって」
「友達ねえ…… 本当にそれだけ?」
「えっ、どういう意味だい?」
ティアは目を細めて、横目でじっと俺をロックオンする。
「まあいいわ、あんただけだと心配だから、ついて行ってあげるわ。そのかわり、スイーツ奢りなさいよ」
「うん、約束だよ。ありがとう」
その日の夜、俺は再び王妃に呼ばれ、ティアと共に王妃の間へと向かった。
部屋に入ると王妃とミリエーヌが並んで座り、笑顔で談笑をしていた。
そこでしばらく待っていると、部屋のドアのノックの後、凛とした風格の人物が二人入って来た。
一人は白銀長髪の若い女性、もう一人は角刈りの若年男子である。
「お呼びにより参上いたしました、王妃様」
「ありがとう、お座りになって」
(あれ? この女の人、どこかで見たことないか?)
「今回セレスティノスには、この二人に同行してもらいます。どうぞ、自己紹介なさって」
「は、私は近衛騎士団第一旅団副官のシシリー・アンデルセンと申します。どうぞお見知りおきを」
「同じく、シシリー第一旅団副官配下のルイス・フォークナーです。どうぞよろしくお願いします」
(この髪もお顔も綺麗なスレンダーな人、確か――)
「シシリー先生?」
俺が思わず口にすると、シシリーは不意打ちを食らったようにはっとなった。
「あら、お知り合い?」
「あの、王立学院で剣術課を見学している時に、助けてもたったことが」
「……! ああ、あの時の。確か悪ガキ三人組に絡まれてたやつか」
「ええっ、あの時の先生!?」
ティアも今気づいたようだ。
「まさかあの時の君たちが、救国の英雄とはな。これは、私が助けに入る必要など、なかったのかもな」
「いえそんな。今回はほとんどジルさん、あ、いや、ジルドレイさんのお陰なので」
そんなやり取りを見た王妃が、
「ユウヤさんは謙虚ですのね。あなたの作った魔道具があったから何とかなったと、アーサーランド卿が申されていましたよ。そのアーサーランド卿は、残念ながら闘いの傷が癒えておられないので、今回はご同行頂けません。その分、この二人に頑張ってもらいます。ミリエーヌもいいわね?」
「はい、皆さん、よろしくお願いします。ユウヤとティアさんにも、またご厄介になります」
どうやら、いつものミリエーヌに戻ったようだ。
その笑顔がこぼれると、やはり反則級だと思う。
その時、俺の懐がモゾモゾと動いて、子猫のルーシャが顔を出した。
「にゃ~お」
「あ、こいつも連れて行きます」
「可愛いお仲間さんね。ところで、私からユウヤさんとティアさんに、お渡しするものがあります」
王妃はそう言うと席を立ち、執務机の引出しから大きな布袋を取り出し、俺たちの目の前に置いた。
「どうぞお納め下さい。些少ですが、今までのお礼です」
引き寄せて中を覗くと、金色銀色に輝く大量の硬貨が目に映った。
「これはお金ですか、これを全部……?」
「五百万クローネほど用意しました」
「「五百万!?」」
俺とティアは、同時に同じようなリアクションをして、顔を見合わせる。
おいおい、些少って額じゃないぞ、これ。
「では皆さん、出発は明後日でお願いします。ご機嫌よう」
話が終わって王妃の間から出てから、俺はミリエーヌとティアを呼び止めた。
「あのさ、ミリエーヌ。ちょっとお願いがあるんだけどさ」
「はい、何?」
「このお金置いていくからさ、誰かにお願いして、学院にアイテムを返しておいて欲しいんだ」
「あっ……」
「あちゃ~、そういえば、そんなこともあったわね」
そうなのだ。変身ローブを作るための材料が必要で、夜の王立学院に忍び込んで、こっそり拝借したままなのだ。
「このままじゃ、俺たち泥棒なんだよね。別のやつ探して謝りたいけど、そんな時間もなさ気だし」
「分かった。私もその場にいたし、お母様に事情を話して、お願いしておくわ。だから、このお金はいいわよ」
「いや、そうはいっても、変身ローブはここにあるし、元にも戻せない。だから、お金は返すよ」
「ふふっ、ユウヤらしいわね。分かった」
「ティアもそれでいい?」
「いいわよ。別にお金が欲しかったわけじゃないし。でも、山盛りスイーツが食べられると一瞬夢見た私って……」
「その分、俺がごちそうするからさ」
「約束よ。それと、ミリエーヌさん」
ティアはミリエーヌを横目で見ながら、おすましして話しかけた。
「はい、ティアさん」
「あなた、ユウヤのことをユウヤって呼んでるわよね」
「え、ええ、そうですけど……」
「じゃあ、私のこともティアって呼んで。私もミリエーヌって呼ぶから」
―― 一瞬時間が止まったが、直ぐにミリエーヌはくだけた笑顔になって、
「ありがとう。よろしくね、ティア!」
と応じた。
翌日、旅支度と部屋の片づけをしながら、俺はつらつらと考えていた。
今度の旅も、少し長くなりそうだ。
いい節目だから、一回地球にも戻ってみるのもいいな。
結構、ここムーンガイアでの暮らしは楽しい。
剣に魔法に魔道具の世界で、知り合いも沢山できた。
このままだと、地久に帰りたくなくなりそうで、少し怖くもあるのだ。
俺はマジックボードを手に取る。今のステータスは、
氏名 ユウヤ・バイエル・サオトメ
レベル(LV) 23
最大生命値(HP) 355/355
魔力値(MP) 193/193
習得済魔法 フィガ、アイシクル、ボルテラ、トリート、プロテクト、マテクト、
デポイズ
スキル 魔道具創造 成長加速、アイテムボック(大)、
サーチ(大)、変身、必中
ログオフの表示に触れてYESを選ぶと、俺は意識が遠くなっていった。