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第29話 戦い済んで

 マイン・フロストが飛び去った後、俺は晩餐の間へ直行したが、既に偽王の姿はそこになかった。

 何事かと訝しがる王妃に、俺は事の要点を手短に話した。

 王妃はその場を、まだ年少の王子とその側近にまかせると、共の者を引き連れて執政官の部屋へと向かった。


 執政官の部屋にたどり着いた王妃に、ミリエーヌが駆け寄る。

「お母様、お父様が……」


王妃は部屋の奥に眠る我が夫の姿を見て、その場にへたり込んだ。


「こんな……、こんなことって」

「お母様、お父様は生きておられます。ですが、先ほどからいくら呼びかけても、目を覚まされないのです」


 王妃は眠り続ける王に手をやり、愛しそうにじっと視線を落とす。


「王妃様、ほぼ睨んだとおりですじゃ。残念ながら、フロスト本人は、取り逃がしましたがの」

 ティアに肩を担がれたジルが、王妃に語りかける。

「王妃様、驚きとご心労のところ申し訳ありませんが、事は一刻を争います。偽の王が出した王令はやはり偽。騎士団に急ぎ知らせを送り、征討を中止せねばなりますまい」


 王妃ははっとなって我に返る。


「そうですね…… 王はこの状態ですので、ご自身では王命は下せません。王に代わって私が命じます。征討は中止して、全軍直ちに引き上げるように」

「はっ!」

 命令を聞いた王妃の配下は、足早に部屋を出て行った。


 その日の夜のうちに、各軍へ引き上げを命じる早馬が飛ばされた。

 また眠り続ける王は、本来の王の間へと移された。

 俺たちも客室へと戻り、安堵感とともにその日は眠りについた。


 翌朝目覚めた俺たちは、王妃から朝食の誘いを受けた。

 王族が普段使用している食堂へと案内されると、王妃と王子、それとその側近が出迎え、豪華な朝食が振舞われた。


 朝食を取りながら、自然と昨夜の出来事へと話が及ぶ。

「結局、あの連中は、何者だったのかなあ?」

 ティアがふかふかのパンを頬張りながら、昨夜の出来事を振り返る。


「はっきりとは分からんのう。じゃが、あ奴らの魔法は恐らく闇魔法、しかもシュバルツの弱体化を図ったということであれば、おのずと察しはつこう」

 全身包帯だらけで、治療の跡が痛々しいジルが応える。


「やはり、グルセイト王国でしょうか?」

「そう考えるのが妥当でしょうな、王妃様」


 時間をかけて潜伏して偽の王を仕立て、王女を自国へと連れ出して人質にし、王国軍に戦争を仕掛けさせて弱らせる、ものすごく手の込んだやり方だ。


「フロストは恐らく高位の魔道士でしょう。しかも、我々の攻撃にも関わらず、まだ余力があった。あの場で引き揚げてくれなんだら、わしらは今この場にはおらんかったかも知れん」

 かなりギリギリだったことを思い起こして、一同沈黙する。


「ティアさんに救われたのかもの」

「え、私?」

「左様。ティアさんの一撃がなかったら、奴があそこまで動揺することもなかったろうて。余力を残して引き上げたのも、次の一撃を警戒してのことかも知れん」

「えー、でも、私普通にしただけよ。ジルさんに習った生命力流すとかってのは、ちょっと意識したけど」

「まだ完全ではないが、奴に放った一撃には、それが宿っていたようじゃな。じゃから、奴は警戒したのじゃよ」

「でも、そんなの一回もできたことないし、何でその時だけ?」

「実戦の中での成長は、時に常時を凌駕するものじゃ。それに言うたじゃろう、お前さんは筋がいいとの」

「ええ~、そう言われても、全然実感湧かないし」


 そうなのか、俺がずっと練習してもできなかった技を、ティアはあっさりやってのけたのか。

 しかもそれが無かったら、俺たち全員やばかったのだな。


「まあまあ皆さん、今回のことでは、本当にお世話になりました。どうかしばらくここで養生なさって下さい。騎士団が戻って来ましたら、今後の話し合いにもご同席頂けましたら。ねえ、ミリエーヌ」

「はい、お母様」

 ミリエーヌは頷きながら、俺の方を見やった。


 今のミリエーヌは昨日までとは違い、白い高級そうな布地にレースをあしらった、お城のお姫様風の衣装を身に着けている。

 やはり彼女は王女様なのだと思いつつ、つい見とれてしまう。


 でもそうか、ミリエーヌが無事に城に戻れたということは、護衛としての俺の役目も終わるということなのだな。安堵と寂しさとが入り混じった複雑なものが、俺の心を埋めていく。


 それから騎士団が帰還するまでの間は、俺たちは城で至れり尽くせりの扱いを受けた。

 時間も自由に使えるので、ティアは養生中のジルの元を度々訪れ、剣の指南を受けている。


 俺もそちらに顔は出しながらもその合間に、1つの約束を果たすために城を出て、王都の目ぬき通りから少し外れた所にある小さな商店へと向かった。


 その店に入ると、「いらっしゃいませ」との元気な挨拶とともに、オルンが現れた。

「よう、オルン、元気?」

「あ、ユウヤさん。今日は」

「お陰で一仕事終わったよ。そっちはどう?」

「あまりお客さんが来ないから、暇してるよ。どう、上に上がらない?」


 店の奥には六畳くらいの部屋があり、脇に2階へと続く階段がある。


「一人暮らし?」

「うん、おじいちゃんが病院に入ってからは、ずっとね」

「そうか、寂しくないか?」

「少しはね。でもお店もあるし、他にもやることはあるから、そんなのすぐ忘れるよ」

「やることって?」

「これだよ」


 オルンは、部屋の真ん中の円形テーブルの上に山積みにされた紙を指さす。

 紙の上には横書きで、細かな文字が沢山並んでいる。


「なんだい、これは?」

「小説を書いてるんだよ」


 その懐かしい響きに、俺の心は大いに揺さぶられた。

 部屋に上がって、膝を曲げて床に腰を下ろす。


「へえ、オルンって、小説家なの?」

「違うよ、まだ。でも将来は、そうなりたいと思ってるんだ」

「へえ、じゃあそのために、今から書いてるんだ?」

「うん。この王都では、毎年『国王杯文学コンクール』てのがあって、ジャンルを問わずに応募できるんだ。もうじき募集が始まるから、今度応募してみようかなって思うんだ」


 おお、こっちの世界でも、そういうのがあるんだな、感動だ。


「いいじゃないか。どんなのを書いてるんだ?」

「冒険ものだよ。良かったら、読んでみてくれる?」

「もちろん。俺こういうの大好きなんだよ!」


 オルンはこぼれるような笑顔を見せながら、最初のページはどこだっけとがさがさと紙の山をひっくり返す。

 俺は手渡された紙の文章を、丁寧に読み進めて行った。


 ―― なるほど、馬小屋で生まれた貧しい家の子が、教会で神の啓示を受けて、そこのシスターと一緒に旅に出る話か。

 剣に魔法、そして魔物が出てくるんだな。

 冒険もののファンタジー小説のようだが、こっちのムーンガイアでは、現代小説のような扱いになるのだろうか。


 しかし、結構面白いな。

 しばらくの間、無言で読み耽る。


「ユウヤさん、どうかな?」

「うん、面白いと思うよ。言葉の表現も工夫されてて読みやすいし」

「そう? ありがとう!」

「そのコンクールって、沢山書かないと応募できないのか?」

「ううん。短編でもいけるし、未完成の作品でも大丈夫だよ。入選すると、本にしてもらえるんだ」


 おお~、無茶苦茶いいな。

 読むのも楽しみだし、書く方も楽しそうだ。


「いいなあ。俺も応募考えようかな」

「え? ユウヤさんも、小説興味あるの?」

「うん。昔から読むのは大好きだし、書く方にもなれたらなって思ってたんだ」

「そうなんだ、じゃあ、一緒に頑張ろうよ!」


 オルンとの話が弾んでしまって、すっかり遅くなってしまった。

 『万年樹の皮』の御礼も兼ねて、店に並べてあった蛇の置物を買って店を出た。


 城に戻って、俺は自分の部屋に向かう。

 今は俺たち一人一人に、豪華な個室が与えられているのだ。


 今日は楽しかったなーっと思い起こしながら横になっていると、部屋のドアがノックされた。

 どうぞ」と答えると、バタンとドアが開いて、勢いよくティアが入ってきた。


「ちょっと聞いてー、ユウヤ。今日ちょっとだけ、剣が赤色に光ったのよ。それにね、レベルが3つも上がったのよ。これも修行のお陰かなー」

「へえ、凄いじゃない。ティアはやっぱり、剣の才能があるんだよ」

「へっへー。ところでユウヤは、今日は何してたの?」

「オルンの店に行ってたんだ」

「オルン? ああ、万年樹の皮をくれた、あの子のとこね?」

「うん。あ、そうだ。良かったらこれあげる。オルンの店から買って来たんだよ」


 俺は今日買った蛇の置物を手渡した。


「ありがとう…… でも、何で蛇なの?」

「そういうの、ティア好きでしょう?」

「なっ!? 何でそうなるのよ。別に蛇なんか好きじゃないわよ。私のことどんな奴だと思ってんの?」

「じゃあ、カエルの方がよかった?」

「どっちも好きじゃないわよ!!」


 俺がティアをからかっていると、もう一度ドアがノックされて、今度はミリエーヌが入ってきた。


「あ、あの、ごめんなさい。お邪魔だった?」

「いや、そんなことないよ。なに?」

「夕食の用意ができたので、呼びに来たの。ティアさんもどうぞ」

「ああ、もうそんな時間かあ」


 三人連れだって部屋を出て、食堂でジルと合流した。


「実は今日は、私が夕飯を作ったんです。せめてもの御礼の気持ちを込めて」


 なんて心を揺さぶる子なんだ。


 ミリエーヌが料理上手なのは分かっていたが、城にある高級食材を使っての手料理は、今まで食べた物よりも数段レベルが上だった。

 よく煮込まれたシチューの具材はほくほく、ほろほろで、上質の肉が口の中でとろけていく。

 チーズと魚介がトッピングされたピザも絶品だ。


「どうでしょう、皆さん?」

「うん、絶品だよ!」

「うむ。美味いのう」

「……凄く美味しい。ホントに」

 ティアは料理を頬張りながら、親指を立ててミリエーヌに向ける。


「そういえば王妃様のお話しでは、明後日頃には、騎士団の第一陣が帰ってくるそうじゃ」

「そうなんですね、無事に争いが回避できたみたいで、良かったです」

「これで一安心ねー。騎士団が帰ってきたら、私たちもセリアに帰れるのね」


 何気なくティアが言った一言で、ミリエーヌが笑ったまま凍りつき、口数が減ってしまった。

 でも実際そうなんだよな、ずっと城に居候する訳にはいかないし、俺達の家はセリアにあるんだから。


 それから数日間は何事も無く過ぎていったが、ミリエーヌの表情はどこか冴えないままだった。

 その日の午後、騎士団の第一弾がついに王都ファルバートに帰還した。


 重厚な鎧を纏い、剣や槍、盾を携えた騎士達が、長蛇の列を作って街を行進し、王城へと入場していく。

 その先頭に位置するのが、近衛騎士団長キリル・ローゼンバーグだ。

 見事な髭を蓄え、煌びやかな装飾を施した銀の鎧で身を包み白馬に跨るその姿は、正に壮麗だ。


 謁見の間で王妃ミザリエンヌ・ド・シュバルツと再開し、ねぎらいを受けたローゼンバーグは、早速に配下を集めての会議を提案した。


 その日の夕刻の会議には、王妃、ミリエーヌとその側近の他、近衛騎士団の上級指揮官と参謀長クラスのみが参加し、その一角に、ジル、俺とティアが陣どっている。


 冒頭に王妃から、この城で起こったことについての説明があった。

 執政官が王を幽閉して影武者を操っていたこと、その王は目を覚まさないこと、昨今の無理な王令はそれらによって仕組まれたものであるらしいこと、その真相をここに座るかつての大騎士としがない冒険者が暴いたこと、云々である。

 王妃の話しを聞き終わると、ローゼンバーグは席を立ち、俺たちの座る方へと歩み寄った。


「偉大なる大騎士ジルドレイ・アーサーランド様、この度はご助力に感謝致します。また、本来王を守る立場である我々がおりながらこの度の不始末、お詫びの言葉もございません」

 ローゼンバーグは深々と頭を下げる。

 ジルはすっと席と立つと、いつもの穏やかな口調で応じる。

「何の、ローゼンバーグ卿。あれほど時間をかけて周到に謀られた事、何人であっても見抜くことは困難じゃったろう。それに、刃を交えたわしの感じるところによれば、マイン・フロストはただの魔道士ではない。多分これも、偽の名前じゃろうがな」

「アーサーランド様がこれほどの深手を負われたのですから、相当の手練れであったのは間違いないでしょう」

「まあわしも今となっては、しがない爺じゃがの。じゃが、このユウヤさんとティアさんのお陰で、今回の件は明るみにできた。見事な魔道具を作り、勇気をもって事を進めてくれたので、無用な争いを回避できたのじゃ」


 ローゼンバーグは俺とティアの方に向き直り、再び一礼する。

「この度は、誠にかたじけない。シュバルツ王国全騎士団を代表して、御礼を申し上げる」

 俺とティアは、恐縮して立ち上がる。

「い、いいえ。俺はミリエーヌ…王女様と知り合いになったので、それで助けようと思っただけで」

「私も、ユウヤと幼馴染だから、くっ付いてきて剣を振り回してただけなので……」

「そのティアさんは、剣の天才かも知れんぞ。今日扱う者が絶えつつある生魔奏術を剣に乗せることができる者じゃ」

「なんと、そのような!? かつてアーサーランド様とその奥方様のみが扱え、王国広しといえどその継承がかなう者が目下皆無である、あの技を?」

「そうじゃ、それを習って2日目で具現化し、執政官に直接叩き込んだのじゃ」

「ちょ、ちょっと待ってよ。私何にも分かってないし、深呼吸して剣を振ったらたまたま出来ただけなんだから」

 

 ティアは恐れ多いとばかり全力で否定するが、もしそれが無ければ、今のこの場も無かったのだ。


 会議室全体がざわつく中、ローゼンバーグは席へと戻り、会議は再開された。


 出席者から、次々と意見が述べられる。

「王妃様、皆様、今の最優先事項は、国王の回復であると考えます。一日も早くお目覚めになられるよう、策を講じるのが肝要かと」

「左様ですな。しかも王が寝たままということは、当面は秘するべきでしょう。国内外に、無用な混乱を生みかねません」

「その国王様について、申し上げたきことが」

 ローゼンバーグの隣に座る魔術師風の男が手を上げた。


「何ですか、コルネウス師団参謀長」

「実はここへ来る前に、国王様をお見舞いに伺いました。その際に拝見したところ、重い呪いにかかっているように拝察いたしました」

「呪い? どのような呪いです?」

「強力な悪魔が王に取り付き、眠りから覚まさぬようにしていると思われます。恐らく呪詛師が召喚し、王に仕向けたものではないかと」

「ではその悪魔を払わなければなりませんね。どのような悪魔なのです?」

「睡鬼ゴルゴレナ、人に取り付きその夢を食らい続ける悪魔です」


 また会議室全体がざわつく。

 そんなに強い悪魔なのか?


「払う方法は大きく2つです。1つはこの呪いをかけた者を倒すこと、もう1つは悪魔自体を倒すことです」

「それは、できそうなものなのですか?」

「それが、正直申し上げて困難です。呪いをかけたものは先の逃亡者と思われますが、行方知れずです。また悪魔の力は計り知れず、戦えば国王様自身に危険が及ぶ可能性もあります。お恥ずかしながらこの程度の知見しか持ち合わせませんが、もしかすると大賢者様であれば、何かよいお知恵をお持ちかも知れません」


 会議室がシーンと静まり返る中、王妃が口を開く。

「つまり、王の身の安全を考えて、大賢者様にお知恵をお借りしようということね。しかも目立たぬように」

「は、仰せの通りにございます」

「分かりました。では大賢者様へのお願いについて、進め方を考えましょう。今日はこのへんにして、皆、旅の疲れを癒して下さい」



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