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第27話 過ぎ去りし時間

 俺たちは、王都の中心部から少し離れた、あまり人通りが多くなく目立たない場所で宿をとった。


 俺は部屋に入ると、早速マジックボードを立ち上げ、皆で苦労して集めた材料を、テーブルの上に並べた。


 いつものように、作りたい魔道具をイメージする。するとマジックボードに『別の者に変身できるローブ』と表示される。

 よし、決行と念じると、材料の塊が青い光に包まれ、1着の薄い青色のローブへと変わった。


(使い勝手はどうかな)


 試しにローブを被る。そうだなあ、とりあえずジルに変身しよう。


 頭の中でジルをイメージすると、俺の体が眩い光に包まれる。眩しさにし暫く目を閉じてしまったが、目を開けると、年季の入った皺皺の手が見えた。 

 鏡の前に移動すると、そこにはジルがいた。顔や体つきだけでなく、服装までジルそのものになった。


 「あ、あ――」と声を出すと、それは俺の声ではなく、聞き覚えのあるジルの声だった。


 ほお、凄いなこれは。苦労した甲斐があったってもんだ。 

 あ、これって、女の人にも化けられるんだろうな。

 ティアに化けたとしたら、俺はティアの体になるのか?


 ……興味深々だが、本人に無断でやったら、張り倒されそうな気がするな。


 そうだ、魔法かスキルは増えたかな。

 マジックボードを確認すると、スキル欄に『変身』が追加されていた。


 ローブを脱いで、ひとまず元に戻る。皆に、うまくいったことを知らせなければ。


 俺が声をかけて、全員ジルの部屋に集まった。


 俺が目の前でジルに変身して見せると、皆一様に驚きを隠せなかった。

「ええ~、本当に変わっちゃった」

「なるほどのう」

「ジル様がふたり……」

「皆のお陰で、変身ローブは完成しました。俺も『変身』スキルを覚えたので、二人変身できますよ」

「ユウヤ、スキル覚えたって、それ一体どういう仕組み?」

「よく分からないけど、魔道具作ると、たまにそうなるらしいんだよ」

 ティアは半ば呆れ、ジルは驚き、ミリエーヌはへえっといった表情だ。

「これで、作戦立てられますね」

 

 4人のわいがやは続き、夜は更けていった。


 翌朝、俺たちは宿を出発して、途中冒険者ギルドに立ち寄ってから、城へと向かう。

 近づくにつれ、その大きさと荘厳さに圧倒されそうになる。

 大通りに面して大門があり、そこから周囲に、見上げる程の高さの古い城壁が彼方まで伸びる。

 その後ろには、壮麗で巨大な石壁の建物が鎮座し、いくつかの背の高い塔がそびえ立つ。


 王国を統べり、1000年を超える悠久の王都を守る城として、文句なく圧巻である。


(ここに入るのか、広そうだな)


 昨夜の宿で、今日どうするかを、皆で話し合った。

「私は、母に化けて入るのがいいと思うの。どこへ行っても怪しまれないし」

「執政官というのもありじゃな」

「ユウヤと誰かが、その二人に化けて入ったら?」

「それ、かえって目立ち過ぎなんじゃ……」


 どうするのがよいのか中々難しいが、こういうのはどうだ?

「最初、ミリエーヌに王妃に化けてもらって中に入って、途中で執政官か誰かに化けて、王妃のところに向かうってのは?」

「王妃様のところへじゃと?」

「はい。王妃の姿であれば、確かにどこへでも行けるでしょう。ただ、近づくと本人に近い人と鉢合わせする可能性も高くなるから、途中で別の人に変わるんです」

「それ、いいかも。母なら話を聞いてくれるし、味方になってもらったら、城の中で動きやすくなるかも」

「なるほどねえ」


 城門の前の物陰に隠れて、ミリエーヌが変身ローブを被り、王妃に変身する。

 俺は、街中で見た適当な兵士に化ける。

 護衛の一人もいないと、不自然だからだ。


 王妃がどこにいるのかサーチのスキルで確認してから、城門へと向かう。

「こ、これは王妃様、いつの間に城外に出られていたので?」

 城門を守る兵士が、驚きの声を上げる。


「忍んでの散歩です。変わりありませんか?」

「は、特に何もありません! その後ろの方々は?」

「私の連れです。部屋まで一緒に参ります」

「では、周りの者を呼んで参ります」

「無用です。自分で戻れますので」

 

 変装もミリエーヌの演技も完璧だったのか、城門は怪しまれることもなく通過できた。

 後はミリエーヌの勝手知ったる庭、すいすいと奥へ進む。

 

 豪華に飾られたいくつもの廊下や階段を通り過ぎて、かなり奥まで進んでから、ミリエーヌは執政官に変身する。

 なるほど、見たこと無いが、執政官とはこんな顔をしているのか。


 また暫く進むうちに、執政官もどきのミリエーヌが、何か落ち着かない様子でもじもじしている。

「ミリエーヌ、どうかした?」

「その、何というか…… ちょっと歩きにくくって、男の人の体って」

 真っ赤になりながら、ミリエーヌが小声で話す。


(そうか、ミリエーヌにとって、男の体って未知だよな。ましてや自分がそうなることなんか、普通あり得ないし。普段無いものがあるだけで、超違和感なのだろう)


「ねえねえ、男の人になるって、どんな感じ?」

「そ、それは、えっと……」

(ティアさん、そこはそっとしておいてあげようよ)


 途中で出会う使用人や兵士、文官の面々の挨拶や敬礼をいなしながら、王妃の間の前へとたどり着いた。

 金銀で装飾された重厚なドアをノックすると、中から女性のしわがれた声で「誰か?」と返事があった。

 「執政官のマイン・フロストです。内密の要件にて、王妃様にお目通り願いたい」


 ほどなくドアが開き、中へと招き入れられた。


 広くて清潔感が漂う部屋の正面の大きな窓からは陽光がさし、大理石のような床の上には絨毯が敷かれ、ソファやテーブルといった調度品が綺麗に並べられている。

 窓を背に座ってこちらを見ている人物が、恐らく王妃だろう。年老いた女性が一人、ドアの取っ手を握って立っている。


「王妃、内密なお話です。どうかお人払いを」

「そこの者は私の側近です。いつも通り気になさらずに、どうぞお座り下さい」


 王妃はすっと席を立つと、手前のテーブル脇のソファへと進む。

 やはり、ミリエーヌに顔立ちが似ていて、立ち姿に洗練された気品がある。


「それで、どういったご用件でしょうか?」

「王妃、驚かずにいて下さい」


 ミリエーヌはそう言うと、変身ローブを脱ぎ去り、もとの清楚な姿に戻った。

「お母さま、私です。お久しぶりです」

「え…… ミリエーヌ? ……これはどういうこと?」

 何が起こったわからない王妃は、目を見開いて硬直している。


「驚かせてごめんなさい、昨日ここへ戻ってきました。お母さまとこっそりお話がしたくて、変身してここまで」

「まあ…… まあ、何てことでしょう。でも、よく無事に戻ってきてくれたわ。本当にミリエーヌなのね?」

「私ですよ、お母さま。ただいま」

 ミリエーヌはそう言うと王妃へと歩み寄り、両手で抱きしめた。


「ああ、良かった、ミリエーヌ。心配したのよ」

 王妃は涙声になりながら、しっかりと娘を抱き返す。


「お母さま、大事なお話があるの」

「……分かったわ。ギャレット、ドアの鍵を閉めてちょうだい」


 そう言われて、脇に立っていたギャレットと呼ばれた老女は、ドアの鍵をカチリと回した。

 ギャレット以外の全員がソファに腰掛けてから、

「お母さま、私は今までセリアの町にいました。

 でも先日、ソト公爵から手紙をもらったのです。そこには、王命によりこの国はグルセイト王国を討伐するということと、私が王都へ帰還していうことを聞けば、討伐を中断する、とありました」


 それを聞いて王妃は唖然として、中々言葉が出ない様子だ。


「そう……なのね、あの人が。このところ私にも分からないことばかりでしたが、まさかあなたを呼び戻すために戦争を……?」

「そうなのでしょうか? それだけのために、お父様はここまでのことを?」

「元々私は、あなたがグルセイトの王子と婚姻するのは反対でした。だから城から出て行ってもらったのだけど、だからって……」


 驚きと落胆に見舞われた王妃とミリエーヌは、そこから言葉を発しなくなった。これを見ていたジルが口を開く。

「全く、今回の事は筋が通っておりませんな。

 仮にミリエーヌ王女様の婚姻が発端になったとしても、それを恨むのはグルセイトの方で、こちらからわざわざ打って出る理由は無いはずなのですが」

「そうですね、その通りです」

 王妃はジルの方に目を向ける。


「僭越ではありますが王妃様、今回の件はそんな単純なことだけではないかも知れませぬ。何やら陰謀めいた匂いも致します」

「どういうことのなの?」

「この者、ユウヤが作り出した魔道具によれば、この城には王が二人おられます、うち一人は、一か所から全く動く気配がありません。

 もしかすると、監禁されているか、眠らされている可能性があるのではと考えます」

「王が二人? 今朝あの人とは、朝食で一緒だったわよ」

「もしそちらが、偽の王だったとしたら?」

「そんな。私も周りも、ミリエーヌでさえ、そんなこと全く考えていないわ。そんな馬鹿げたことが……」

「まだ詳しくは分かりませぬ。ただ、今戦争をしてもこの国の利とはならず、仮に平和共存を望んでのミリエーヌ王様女の婚姻だったならば、相反する動きともなりましょう。それをこの国の王が望んで行うとは、どうしても信じられませぬのじゃ」

「それは、そうね…… あなたは一体、どなた?」

「……」


 ジルが口をつぐんでいると、脇に立っていたギャレットが静かに語りかけた。

「ご老人、私は、あなたをどこかで見たような気がいたします」

「……」

「私の記憶が正しければ、ずっとずっと昔、私がプレセナ王女にお仕えしていた頃のことになりますが」

「……」

「プレセナ……先代国王の第一王女、私の義理の姉にあたる方ですわね?」

「はい、王妃様。私はほぼ生涯に渡って、この城にお仕えして参りました。私が若かりし頃、プレセナ・ド・ショバルツ王女に、最初にお仕えしたのです。プレセナ王女には、仲睦まじい殿方がおられましたが、身分の違いもあって、お悩みのご様子でした」


 この部屋の一同、ギャレットの話に聞き言っている。


「プレセナ王女はお優しく武勇に長けたお方でしたが、よく申されておられました。騎士としての時間は、あの方と一緒にいられる時間も多いのよ、と。それもあって日々研鑽を積まれ、あれだけの騎士になられたのだと思います」


 ジルは何も言葉を発しないが、次第に柔らかな表情に変わり、穏やかな遠い目をした。


「過の戦役の際、プレセナ様はその御仁とともに勇敢に戦われ、重い傷を負われました。そして戦役後は、その御仁と共に過ごされる事を望まれ、ご一緒にいずこかへと向かわれました。数十年の時を経ましたが、私はそのご両名の面影を、今もはっきりと覚えております」


 ギャレットはジルの方をじっと見つめ、感慨深気に言葉をつなげていく。


「ご老人、あなたには、その面影があります。その機知にとんだ物言いと真摯な振舞も、昔からお変わりありませんね。恐らくあなたは、ジルドレイ・アーサーランド卿ではあられませんか?」


 俺にはそれが誰なのかすぐにピンとは来なかったが、王妃とミリエーヌは、驚きをもってジルの方を凝視している。


「ご老人、あなたは本当に……?」

 王妃の言葉に、

「これ以上、隠しておく利もございませんな。左様、臣はジルドレイ・アーサーランドと申します」

「ジル様が、あの……?」

 ミリエーヌが、両手を口にあてて、目を見開いている。


「そうですか、あなたがあの。プレセナ王女と共にこの国を救った英雄、元シュバルツ王国近衛騎士団第一旅団長、大騎士アーサーランド卿ですのね。この国難の折、よくぞ参られました」

「プレセナ様と共に城を離れて以来、もう俗世に顔を出すこともないものと思うておりました。しかし、偶然ミリエーヌ王女とこちらの若者に出会い、老骨に鞭打ってのこのこやって来ましたわい」

「お姉さまは、プレセナ王女はお元気?」

「残念ながら、既に亡くなっております。あの時城を出てから、お互い深い傷を負ったもの同士、肩を貸し合いながら諸国を旅しました。プレセナ様は、『お城のことも大事だけど、やっと自分の夢が叶った』とお喜びでした。ですがだんだんお体を悪くしてそれも叶わなくなった時、最後を過ごすのはやはりこの国がいいと申されて、それでひっそりとこの地で暮らされ、臣の前で天に召されていきました」


 ジルのすぐ脇に立つギャレットが、ハンカチで目頭を押さえる。

「お姉さまは、きっと、幸せなご生涯だったのでしょうね」

 と、王妃も目を潤ませる。


「どうでしょうか。ただ、最後は笑っておいででしたなあ」


 なんということだ。

 俺は王女様のみならず、かつての大騎士と一緒に、今まで過ごしていたのか? 

 まあ、ミリエーヌと偶然会ったことで免疫もあるので、今更さして驚きはしないのだが。


 でもティアはそういう訳にもいかないらしく、予想外の展開に目を点にしてあわあわしている。


「王妃ミザリエンヌ様、事は一刻を争います。速やかに騎士団を呼び戻さねば、取り返しがつかぬことになりますぞ」

 ジルは昔を懐かしむ老人の顔から、かつての救国の英雄としての威厳を湛えた騎士の顔に変わった。

「それは分っています。しかし、一体どうしたら?」

「それは、こちらの若者がご説明いたしますじゃ」

 

 え、俺? 

 ジルが俺の方をじっと見て、頷く。

 この流れで振られて、どう話したらいいんだろう。


「あの、先ほどありましたように、この城には今王様が二人いると思います。なので、もう一人の王様がおられる部屋、執政官の部屋に忍び込んで、どちらが本物かを確認してはどうかと思います」

「執政官… あの人が、執政官の部屋にいるというのですか?」

「はい、探索機の反応によるとですが。ただ、正面切って乗りこむと混乱が大きいので、まずはこっそり行って見てこようかと」

「こっそりって、どうやって?」

「執政官マイン・フロストに化けて、部屋に入れないかと思います


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