第22話 気が利きませんが
グリンスタンは無言で俺の後ろを通り過ぎ、大きな湯舟の反対側、一番離れた場所に身を浸した。
流石に気まずいな。さっさと上がるか。
俺が立ち上がろうとすると、グリンスタンが吐き捨てるように、
「全く、お前はなんなんだ。王都の時と言い、今といい」
何だと言われても、何なのだろう。
「あの娘といいミリエーヌ様といい、なぜ貴様がそこにいる!?」
あの娘ってのはティアのことか?
なぜと言われてもなあ。
「俺が目を付けた女の横で澄ました顔しやがって。しかも今日は親父の前でも、恥をかかせてくれたな」
え、どういうことだ? それ全然俺のせいじゃないし。
「お前がどっか行っていなくなりゃ、俺がその場に立てるんだよ!」
……言ってる事がよく分からないが、つまり気に入った女とお近づきになる邪魔をするなって事か?
まともに取り合うのも馬鹿らしいが、ちょっとからかってみるのも面白そうだ。
「別に答える義務は無いが、どちらも俺にとっては大事な人かな」
「★#! くう~、いい気になるなよ。今はこの家の客人だから手は出さんが、このままでは済まさんからな。俺は今まで、欲しいものは何でも手に入れて来たんだ」
「公爵家の威光を傘に着てか?」
「な、なにおう!?」
自分の支離滅裂さを棚に上げ、奴は顔を真っ赤にして激高している。
「別に俺はお前の相手なんかをするつもりはないよ。だが、降りかかる火の粉は、払わなきゃな。それに、イチモツの大きさは、公爵家の力をもってしても、どうにもならなかったようだな」
「何、どういう意味だ?」
「短小野郎。俺に負けているようでは、女を喜ばせることはできないぞ」
「お、おまっ…! ふざけるな、何なら比べてやろうか!!」
「やめておけ。イチモツというのは、大きさもさることながら、その仕事ぶりが物をいうのだ。お前は実際に、使ったことがあるのか?」
「な、なにを~~!!」
奴は興奮して戦慄いているが、言い返せない。
やはり未経験か……
とはいえ、俺もほぼそれに近くはあるのだが。
「世間知らずの童貞野郎には、あの子たちの相手は無理だ。その点俺はな……」
自分で話していて恥ずかしくなるが、はったりをかますなら、多少誇張した方がいい。
「おま、お、俺だって、そ、その内にだな……」
水没し掛かりながらぶつぶつ言っている奴をしり目に、俺は立ち上がり、鼻歌を歌いながら浴場を後にした。
少しだけスッキリした。
部屋に戻り、今後のことを考える。
ジルとの相談が必要だが、とりあえずミリエーヌがセリアで暮らすことに支障はないだろう。
アーデルシア・ソト公爵の息がかかっていれば、多分外野は簡単には手出しはできまい。
それにまあ、ミリエーヌとは暫く一緒かも知れないが、飽きたら彼女の方から、どこか別の場所を探すだろう。
て、あれ?
そうえいば、ジルはどうしているんだっけか。
しまった、外で待たせているのを、すっかり忘れていた。
一夜明けて、俺とミリエーヌはソト卿に礼を言うと、屋敷を後にした。
屋敷を出る際に、心づくしですと金貨の詰まった重たい袋が、ミリエーヌに渡された。
ミリエーヌは申し訳ないと断っていたが、ならユウヤ殿にということになり、俺も断ったのでしぶしぶミリエーヌが受け取ることになったのだ。
ジルはいるかなと思いながら帰路につくと、元来た道の途中で座って待っていてくれた。
「ジルさん、すいません、遅くなりまして」
「はっは。その様子じゃと、首尾よくいったようじゃな」
「はい、多分。ジルさんは、どうされてたんですか?」
「野宿じゃよ。腹が減ったんで、その辺で鳥と山菜を調達したがの」
全くこの人は逞しい。心配は無用だった。
「ジルさん、ありがとうございます。無事にソト公爵に母の手紙を読んで頂いて、お話ができました」
「良かったですなあ、ミリエーヌ王女。これでお母上もご安心でしょうて」
「はい、ありがとうございます」
そこから約2日かかって、セリアの町にたどり着く。ジルと別れた俺とミリエーヌは、俺の家に向かった。
家に入るなりミリエーヌが、
「お洗濯物が溜まってるので、ぱっと洗っちゃいます。ユウヤさんも出してください」
「いや流石にそれは、申し訳ないですし……」
「お互い別々にやってると、非効率ですよ。気にしないで、任せて下さい」
と、反則級の笑顔で応えてくる。
金の髪の色とも相まってとても眩しい。
でも、お姫様に俺のパンツとか洗わせていいのかなあ。
逆に俺があっちのパンツ洗う方が、犯罪的ではあるのだが。
とりあえず全部出して置いていたら、ものの見事に全部洗濯し終わった。
それが終わると、「お夕飯の買い出しに行ってきます。ルーシャちゃんのご飯もですよね」
と言い残して、いそいそと出かけていった。
家のことは全部ミリエーヌがやってくれたので、暇な俺はマジックボードでステータスを確認してみる。
氏名 ユウヤ・バイエル・サオトメ
レベル(LV) 18
最大生命値(HP) 251/251
魔力値(MP) 131/131
習得済魔法 フィガ、アイシクル、ボルテラ、トリート、プロテクト
スキル 魔道具創造 成長加速、アイテムボックス(大)、サーチ
ジルとの特訓の成果かな、また少し強くなって、物理防御魔法プロテクトを覚えた。
ミリエーヌが作ってくれた夕食を食べながら、俺は思い切って、今後のことを聞いてみた。
「あのさ、ミリエーヌさんは、ここで居てもらっていいのかな?」
「え?」
「今は、ソト公爵の援助もあるし、多分どこへでも行けます。俺と一緒にいるよりも、もっと安全で暮らしやすい場所もあると思うんですが」
ミリエーヌの顔がさっと曇り、テーブルの上にフォークを置き、俯いて黙り込む。
まずいことを言ったかなと恐縮していると、
「ユウヤさん、明日の夜、時間空いてますか?」
「ええ、多分」
「では、ちょっと付き合って頂きたい所があります」
「はあ、わかりました」
どこだろう、と疑問に思いながら、さっきの話題はこれ以上は進まなかった。
翌日、俺はまだ寝ているミリエーヌとルーシャを起こさないように、そっと家を出て冒険者ギルドへ向かった。
ティア達はいるかなと探してみたが、見当たらない。
今日の夜はミリエーヌと約束があるので、簡単に終わるクエストが無いかどうか物色して、南側外壁修繕の護衛の依頼を受けた。
町を囲んでいる壁の傷んだ部分を、町の外側から修復する。その脇に立って、修理工を護衛するのだ。
町の超近くというだけあって、弱い魔物が数えるほどしか現れず、楽な仕事だった。
夕方に家に帰ると、ミリエーヌが普段と違った格好をしていた。
胸の空いたブラウスに、体の線がくっきり出る短いスカート。
以前、洋服屋で悩んで買ったものだ。
ミリエーヌは清楚系だが、意外と着やせするタイプのようだ。
出るところはしっかり出ていて、太過ぎず細過ぎない生脚がとても魅力的だ。
何だか扇情的ですらあり、目のやり場にとても困ってしまう。
「お疲れ様でした。どうでした、今日は?」
「いや、全然普通でした。それ、何というか、その…」
「はい?」
「よく似合ってますね、その服」
「ありがとうございます。ちょっと恥ずかしいんですけど、そう言ってもらえると……」
ミリエーヌは、耳を赤くして、モジモジしている。その所作が、またなんとも……
「それで、今日はどうしましょう?」
「あ、レストランを予約してあります」
俺は冒険者装束から、ミリエーヌに合わせ少し見栄を張った装いに着替える。
ルーシャに軽く挨拶をしてから、2人で家を後にした。
目指すのはセリアの中心街にほど近い場所にある、最近評判のいいレストランである。
よく予約がとれたものだ。
「お店に行ってお願いしたら、オーナーさんと相談してもらったみたいで、そしたらOKになったんです」
それ、ミリエーヌの隠しきれないオーラが後押ししたのかも知れない。
こんな娘がいるとそれだけで、店の空気が華やぐというものだ。
2人並んで歩いていると、周りからぼんぼん視線を飛んでくる。
その全部は、言うまでもなくミリエーヌに向けられたものだ。
今日の彼女は仙姿玉質が妖艶の衣をまとってパワーアップしたようなものなので、男と言わず女と言わず、どうしても目が奪われてしまう。
この俺自身、どうしてもチラチラ横に目が行ってしまい、意外と豊かな胸元と縊れた腰、すっと伸びた脚元を意識してしまう。
煩悩を抑えるための理性の喚起に必死だ。
緊張感と満足感の鬩ぎあいの中で店に到着すると、ウェイターに席へと案内された。
店内は全体的にシックな色調でまとめられて、精密な技巧が施された照明が、ゲスト達を照らしている。
「今日はようこそおいで下さいました。当店は初めてでしょうか?」
中年の男性ウェイターが、気さくに話しかけてくる。
「はい、お噂を聞いて、是非一度来たいと思ってたんです」
「ありがとうございます。こちらがメニューですが、本日はウォールフィッシュと子メツジを使ったコースがお薦めとなっております」
「ユウヤさん、折角だから、それでいいかしら?」
「ええ、是非それで」
「じゃあ、それを2つでお願いします」
「かしこまりました。お飲み物は、いかがなさいますか?」
「えと、ユウヤさんは、ビア、ワール、それか……?」
「えーと、この雰囲気だと、ワールが合うんじゃないんでしょうか?」
「そうですね、じゃあ、お薦めのワールをお願いします」
「かしこまりました。では失礼します」
こういうのは全く慣れてないので緊張するな。
周りは男女の組み合わせが多く、ほぼ満席だ。
思い思いに芳醇な香りが立つグラスを傾けたり、お喋りに花を咲かせたりしている。
「ありがとうございます。いいお店ですね」
「そうですね、お料理も楽しみです」
「ミリエーヌさんは、好き嫌いとかは無いんですか?」
「基本、何でも食べますね。あ、でも、蛇とかはちょっと苦手かも。あの見た目が」
「そうですか? 焼いたり煮込んだりすると、結構いけますよ」
「えぇ~?」
すこし経つと、ワールと前菜が運ばれてきた。
「キングサーマの燻製と野菜のさわやかソース仕立てです。ワールは赤、キエスの1900年をお選びしました」
早速美味そうだし、多分結構な銘柄のワールなんだろうな。
グラスにワールを注ぎ、乾杯して口に含むと、果実っぽいいい香りが鼻に届く。
料理も流石、サーマって、鮭に似た魚なのかなあ。
ミリエーヌも結構いける口だな。
二杯、三杯と進み、頬を紅に染めながら、陽気にはしゃいでいる。
メイディッシュが終わったころ、ミリエーヌがこちらを向き直して、少しあたらまった調子で口を開く。
「あの、ユウヤさん、実はですね…」
「はい?」
「森で私が魔物に襲われて倒れていた時、少しだけ意識があったんです」
「……はい」
「お城から出る時、正直不安な気持ちでいっぱいでした。お父様に逆らってお城を出たりして大丈夫なのか、皆困ったりしないか、これからどうなるんだろう、とか…… そんな中で、魔物に襲われて皆と逸れて、あんな事になって」
「……」
「ああ、もう駄目だなーってぼんやり思ってたら、どこからか声がして、私の前に立って魔物を防いでくれて、何度も何度もはね返して。ああ、もしかして神様が助けに来てくれたのかなって本当に思って、何か暖かい感じがして。それで、もうこのままでいいや…… って目を瞑ったら、気が付くとジル様のお家にいて」
(……)
「そこに、私を庇ってくれていた人影と同じ人がいて、にこやかに笑ってたんです。その人も傷だらけでしたが、そんなになりながら私を助けてくれたんだと思うと、とても嬉しくて安心できて」
(う~ん、途中まではその通りなんだが、結局その後俺もボロボロになって、ジルさんに助けて貰ったんだよな。神様というなら、ジルさんじゃあないのか?)
「ジルさんも仰ってましたけど、もしあの時守ってもらってなかったら、今こうしてお話することも無かったんだと思います。まるで、生き返らせてもらったか、新しい命を頂いたようで」
ミリエーヌはひと息おいて、
「だからその、何と言うか、私はユウヤさんに傍にいて欲しいんです、それが、今は一番安心できて、ほっとします。ご迷惑かも知れませんが、もう暫く一緒にいさせて頂けたらと……」
―― ずいぶんと美化してもらったな。
ミリエーヌにとっては、それなりに勇気のいる告白だったのだろうか。
だからわざわざここを予約して、特別なシチュエーションにしたんだな。
「あの時は何も考えずにブンブン、バシバシやっただけで、結局俺もやられて、一番のヒーローはジル爺さんなんです」
「はい、分かっています。でも、そんなユウヤさんが見ず知らずの私を庇ってくれたのは事実で、ユウヤさんがいなかったら、私は今ここにいなかったです」
「それはそうかもですが、俺はまだまだ駆け出し冒険者で、頼りないですよ?」
「大丈夫、それでもいいです」
「結構ズボラで、気は利かないですよ」
「そんな事はないです」
「……たまにスケベですよ?」
「……そうなんですか? ……大丈夫、気にしません」
最後のは多少ウケ狙いで喋ったのだが。
不安な気持ちがあるのか、ミリエーヌはおずおずと俺を見つめる。
「………だめ、ですか?」
「…いえ、だめじゃないです。ただ、1つ条件があります」
「なんでしょう?」
「お互い、敬語を使うのは止めませんか? 兄弟とはいいませんが、親戚同士で住んでるってのなら、おかしな話です。俺のことは、ユウヤって呼んで下さい」
ミリエーヌはちょっとだけポカンとしてから、いつもの屈託のない笑顔を咲かせて、
「ありがとう。じゃあ私のことは、ミリエーヌって呼んでね、ユウヤ」
「わかったよ、ミリエーヌ。俺は王女様の護衛役かな」
「ふふっ。良かったら、私の第一の護衛になって」
うん、これでもう少し、緊張の糸が解れるといいな。
レストランを出る頃にはすっかり暗くなり、人影もまばらになっていた。
俺とミリエーヌはほろ酔い気分で家路につく。
「家に着いたら飲みなおそうか、ユウヤさ、いえ、ユウヤ」
「そうしようか、ミリエーヌ」
なんかまだぎこちないが、おいおい慣れてくるだろう。
夜の風が少し冷たい季節になった。
ミリエーヌのために、上着でも持ってくればよかったな。
家まであとちょっとの所で、後ろから「ユウヤ?」と呼び留められた。
驚いて振り返ると、そこにはティアの姿があった。
俺の中で、なぜか言いようのない緊張感が走る。
お読み頂きありがとうございます。




