第21話 公爵家
この数日間、俺とミリエーヌは、毎日ジルの家に通っている。
俺の目的は、ミリエーヌについてジルと相談する事と、魔法についてジルに教わることだ。
ジルは快く迎えてくれたが、意外だったのは、ジルが魔法だけでなく、剣についても造形があったことだった。
今俺は、その教練をジルから受けている。
全く、この人は、一体いくつなのだろうか?
全部白くなった髪の毛は、肌の皺具合からして70、80歳ほどの風貌に見えるが、元気な事この上ない。
「前にも申したがな、剣とは単に相手に当てて切るだけの物ではなく、もっと奥が深い。神経を研ぎ澄ませ、一本一本の太刀筋をイメージし、一撃に全てを乗せる。更に、魔力や生命力を剣に流せば、鋼や岩をも断ち切れる力となる」
「ジルさん、そんなこと言っても、全然できないんですけどー!」
「そう簡単にできれば苦労はせん。イメージじゃよ、イメージ。剣に己の力を流して切るイメージじゃ」
そう言われてイメージしながらがんがん素振りを繰り返すが、一向に変化が見られない。
それともう一つ意外なことがあった。
少しだけだが、ミリエーヌが魔法を使えることだ。
王都の学校で聖魔法を学んでいたようで、回復魔法や身体防御魔法とか、基本的なものはいくつか使えるようである。
なので、魔法の教練は、俺とミリエーヌの2人で受けている。
俺としては風の攻撃魔法を学びたいが、まず基本が大事とのことで、初歩の聖魔法の練習をしている。
ミリエーヌ自身、この教練を自分からやりたいと言い出した。
多分、自分も少しでも強くなりたいと思っての事だろう。
故に、訓練にも力が入っている。
数日前にギルドに立ち寄って必要な材料を揃え、携帯ゲーム機に似た形の探索機を造り、それと同時に『サーチ』のスキルを手に入れた。
自分が思う対象、敵、味方の居場所が分かるように。
これを使って『ミリエーヌを狙う敵や魔物』で検索すると、俺の目の前に地図が浮かび、検索対象が赤や青の点で表示されるのだが、幸い今のところそれらしい反応はない。
この魔道具とスキルのことをジルとミリエーヌに見せて話すと、ジルが唖然とした表情を浮かべ、
「……こんなサーチ、見た事がないが……」
同じようなスキルを使う者は他にもいるようなのだが、検索の範囲が町を超えて半径10キロヘクト(大体半径11キロメートル)と伝えると、普通より2桁程検索範囲が広いと仰天された。
これも父から教わったものだと誤魔化したが、なんとも怪訝そうな目線がしばらく止むことはなかった。
教練の合間にミリエーヌが料理を作ってくれる。やはり絶品で、ジルも大満足のようだ。
今日の昼食後、俺たちはジルに、今後の事について問いかけた。
「ジルさん、ソト卿には、いつ頃相談したら良いですかね?」
「そうじゃな、しばらく様子見と思っとったが、差し迫った危険はなさそうじゃの。一度会ってみるのも良いかも知れん。ただし、あくまで非公式にじゃ」
「分かりました。では明日にでも早速まいりましょうか」
「ミリエーヌ様お一人では、何かの時に危うかろう。良かったらユウヤさん、同行してもらえぬか。わしはいざという時のために、離れて待機しておるでな」
ジルの教練が終わって町に帰ってから、その日の夕食の材料を買って家に戻る。
申し訳ないのでたまには俺が作ると申し出たが、ミリエーヌは「お料理は好きなので、やらせて下さい」と譲らない。
出てくる料理はいつも、見た目と味が想像を超える。
お嫁に行こうが独り立ちしようが、全然困らないだろうな。
ずっと置いてけぼりのルーシャだが、あまり気にしている様子もなく、毎夜ミリエーヌに抱っこされて「にゃんにゃん」鳴いている。
翌日朝、俺とミリエーヌは身支度を整えて、ジルと合流した。
ソト家の邸宅まではセリアから徒歩で2日ほどかかるとのことで、しばらくは3人での旅程となる。
「行ってもすぐに会えるんですかね?」
「分からん、その時次第じゃな。もしかすると、しばらく待つことになるやも知れん」
老人とは思えない軽やかな足取りで歩きながら語るジル。
そうだよな、実質この国のナンバー2みたいなものだからな。
貴族にも位はあって、上から公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵になり、ソト家は唯一の公爵家なのだそうだ。
ソト家に向かう途中でも何度か魔物に遭遇したが、「これも修行」とのジルの指示で、攻撃はほぼ俺、ミリエーヌがサポートに付いて、何とか退治していった。
西へ2日ほど歩くと、ソト家の邸宅が見えてきた。
村の一角にあり、遠目で見てもかなり大きく立派だ。
村の脇を通り抜けて周囲の白壁に沿って暫く進み、荘厳な構えの門の前に立つ。
門の両横には衛兵が立っていて、鉄の柵状の扉の遥か向こうに建物が見える。
かねてからの打ち合わせ通り、まず俺とミリエーヌが門へと向かい、俺は衛兵に話しかける。
「あのお、すみません」
「何だ貴様、何用か?」
「火急の用件で、ソト公爵閣下にお目通りしたく」
「何か約束か、紹介状のようなものはあるか?」
「シュバルツ王家からの手紙がございますが、詳細はここではお話できません」
横に立っているミリエーヌが、懐に忍ばせていた手紙を手に取り、表紙を見せる。
そこにはシュバルツ王家の紋章が刻印されている。
「しばし待たれよ」
衛兵はそう言うと、門にいた他の衛兵に耳打ちして、邸内へと走らせた。
その場で立ちんぼに興じていると、衛兵が駆け足で戻って来た。
「お会いになるそうです。中へどうぞ」
俺とミリエーヌは衛兵に先導されて、芝生と色とりどりの木々や草花に彩られた広い庭園を進む。
邸宅に着くと一室に通されて、そこでしばし待つようにと指示された。
「なんとかなりそうですね、ユウヤさん」
「そうですね、そう願いたいです」
コンコン、と部屋のドアがノックされて、黒の正装に身を包んだ男性がドアを開ける。
「アーデルシア・ソト公爵様がお会いになられます。どうぞこちらへ」
執事らしいその男性に引率されて、玄関の広間から奥へと続く廊下に出て、邸内を進む。
フカフカの赤絨毯が引かれて、通路の両側にはずらっとドアが並ぶ。
奥まった所で正装の男性が立ち止まり、部屋のドアをノックする。
「お連れしました」
「お通ししなさい」
ドアが開けられ、「どうぞ」と入室を促される。
ミリエーヌに続いて部屋に入ると、高価そうな装飾の応接セットが置かれ、その左手に初老の男が座っていた。
「お待ちしておりました、お客人方。どうぞこちらへ」
「お時間を頂戴して恐縮です。アーデルシア・ソト卿」
ミリエーヌが前に進み出る。
「! これは、どなたかと思えば、ミリエーヌ王女様ではありませんか」
「はい。ご無沙汰をしております」
「お会いするのは、半年ぶりですかな。わざわざ起こし頂き光栄の至りです」
「王国会議で、上級貴族の方々にお集まり頂いた際以来ですかしら」
「相変わらず、お美しいですな。どうぞお座り下さい。今、お茶と菓子を持って来させましょう。そちらのお方も、どうぞ」
このアーデルシア・ソト卿からは、貴族によくある威圧感とか高圧的な雰囲気は感じない。何も知らなければ、普通に初老の男に見える。
執事が茶と菓子を運んできたところで、ソト卿が口を開く。
「それで、今日はどういったご用件でしょうか?」
「これを見て頂けますか? 私の母が、あなたに当てた手紙です」
ソト卿は手紙を受け取ると封を切り、無言で目を通していく。
沈黙の時間が流れ、手紙がカサカサと立てる音だけが耳に入る。
ソト卿は手紙から目を上げ、
「ミリエーヌ様、大変ご苦労をされていたようですね」
「お言葉痛み入ります、ソト卿。恐らくその手紙には、私が王都を離れてここにいる理由が書かれているのだと思います。王室の問題に巻き込むようで申し訳ないのですが、是非ご助力を賜りたいのです」
「状況は理解致しました。今はどうされておられるので?」
「今はセリアの町で、こちらのユウヤさんのお世話になっています。王都からの移動中、魔物たちに襲われて危ないところを、救って頂いたのです」
(いや、だからそれは、俺じゃないってば)
「それは、私からもお礼を申し上げる、ユウヤ殿」
「いえ、俺は、たまたまその場に通りかかって、魔物に突っ込んだだけですから」
「いや、ミリエーヌ様にもしものことがあったら、取り返しがつきません。誇って頂いてしかるべき功績かと。それでミリエーヌ様、しばらく王都からお離れになるとして、今後どうされるおつもりでしょうか?」
「私は……、もうしばらくセリアの町に留まり、民衆の方々と同じ生活に身を置いてみたいと思っています、もう少し状況が変わるまで。どうかその旨お許し頂ければと」
「分かりました。この屋敷にご滞在頂くこともできますが、その方がよろしいので?」
「はい、折角のこの機会です。城や屋敷の外に身を置きたいと思っています」
ソト卿はしばらく考えこんでいたが、優しい目をミリエーヌに向けて、
「分かりました。当家からも、できうるだけのご支援は致しましょう。極力ミリエーヌ様のお邪魔にはならないように」
「ご理解頂き、感謝致します」
「ユウヤ殿、ミリエーヌ様のこと、くれぐれもよろしく頼みましたぞ」
(結局今のままって事…… え? この流れって、良かったのか?)
その時、ドアをノックする音が聞こえた。
「何か?」
「グリンスタン様が、ご到着されました」
「そうか、折角の機会だ。ミリエーヌ様、我が愚息にも、会ってやって下さいませんか?」
「ええ、喜んで」
「では、グリンスタンに、ここに来るように言ってくれ」
「かしこまりました」
(ちょっと待てよ、グリンスタン、どっかで聞いたような――)
出された紅茶を啜っていると、廊下の方から騒々しい声がする。
その声はだんだんと大きくなったかと思うと、いきなりバターンとドアが開いた。
「お父上、どうも暫くぶりです。グリンスタン、王都より戻って参りましたぞ」
「馬鹿者、お客様がいらっしゃるのだぞ。静かにせんか」
「おや、これは失礼。おーこれは、何とお美しいお嬢様だ。よろしければこの私めが、この屋敷の中をご案内致しましょう」
「お気遣い感謝致します。でも、それには及びませんわ、グリンスタン様」
「そんなつれないことを申されるな。どうせ2,3日は御滞在いただくのでしょう。ねえ、父上?」
「馬鹿なことを言っとらんで、頭を下げんか」
「頭を下げる? 一体この方はどなたで……」
その時不意に、グリンスタンと俺の目が合った。
(……やっぱりそうか。ティアに絡んで来た奴)
「おや、君、どこかで見たことがあるような… あ、お、お前、まさかあの時の……!!」
俺は無言のまま目を逸らす。
「お前、あの時の野郎かあ! お前のお陰であの後、シシリーにさんざん絞られたんだぞ。どうしてくれるんだコラ~!!」
(面倒くさいなあ。よりによってこんな時に会っちまうか。とりま一番良さげなのは――)
「いや、人違いでは」
と胡麻化して笑おうとしたが、顔が強張ってどうしようもない。
「ふざけんなよお。その目その面、忘れてねえぞお!」
「何があったか知らんが、いい加減にせんか。ミリエーヌ王女様の御前であるぞ」
ソト卿があきれ顔で諭す。
「え、父上、ミリエーヌ王女……?」
「そこにおられるのは、王女様とご側近のユウヤ殿だ」
「ええっ!?」
グリンスタンはその場でかなりの時間固まり、俺たち2人に目を泳がせてから、ゆっくり頭を下げる。
「こ、これは大変な失礼を、ミリエーヌ王女様に、……ユウヤ……殿……」
「この通り、困った息子でしてな。どうかこの私の顔に免じて、許して下さいませ」
「いいえ、気にしませんわ」
(全く、気にもしないし、して欲しくもない)
それからグリンスタンも席に座り歓談タイムになったが、俺とグリンスタンは全く目を合わせなかった。
もうじき日も沈むので、ソト卿のご厚意で、その日は泊まらせてもらうことになった。
メイド、いや、屋敷に仕える侍女に、屋敷の2階にある、俺の家の3倍ほどの広さの部屋に案内してもらった。どう見ても高そうな豪華な絵や華麗な花束で装飾され、3人くらい横になれそうな大きなベッドが置かれている。
「お食事の準備ができましたら、またお迎えに上がります。ご入浴の際にはご案内しますので、家の者にお声がけ下さいませ」
「ありがとうございます、凄いお部屋ですね」
一人になって、やっと少し落ち着ける。どうやら、ソト卿は敵ではなさそうで、安心だ。
そういえば、このところ冒険者ギルドの方には顔を出してないな。
ティアやジレットさん、ルネさん達は、どうしているだろうか。
安堵感に誘われて、睡魔が舞い降りてきたようだ。
浅い眠りでうつうつしてると、ドアがノックされた。
案内されて晩餐の場に向かうと、既にソト卿とその奥方、それにあの息子野郎が席に着いていて。少し遅れてミリエーヌも現れた。
「王都とは比ぶべきもありませんが、この家の者たちが腕によりをかけた料理です。どうぞご堪能下さいませ」
見たことのない料理が乗った皿が、次々に運ばれてくる。
しかもどれも超美味く、舌が歓喜の声を上げる。
「ワールも一応取り揃えておりますが、何かお好みの物はございますかな?」
ワール?
ワインか何かのことか?
そう申されましても、この世界のワインのことなんか、全く分かりませんが。
「では、折角なのでお言葉に甘えて、ヴォルナの銘柄はございますか?」
「1800年物がございますので、持って来させましょう」
流石王女と公爵の会話、全くついていけない。
「ミリエーヌ様、何かあれば、このグリンスタンに何なりとお申し付けください。どこへなりとも駆けつけますので」
この男は、もう普段の調子を取り戻したようで、何事もなかったように振舞っている。
相変わらず俺とは目を合わせないが、その方が面倒くさくなくて丁度いい。
食事も終わったので、風呂に入ろう。
侍女に案内してもらって、浴場へと向かう。
脱衣して浴室に入ると…… おお、何て広く壮麗なんだ。
まるでローマ時代の大浴場のようだ。
これ一人で入るの、滅茶苦茶気が引けてしまうのだが……
「しかし、やっぱ気持ちいいな~。足伸ばして入る風呂は最高だな」
一人の至福の時間を謳歌していると、もう一人浴場に入って来る。
そいつによって、そんな時間は見事に打ち破られた。
「お前……」
グリンスタン、あの野郎が睨んでいる。こいつと素っ裸で二人きりか。
お読み頂きありがとうございます。