第20話 王女様
ジルはすっと立ち上がると、カップを2つ用意して、お茶を入れてくれた。
ミリエーヌはジルの脇の椅子に座り、受け取ったお茶を口にして、はあっと息を吐く。
俺は相変わらず床に座って、目を2人の間で泳がせて、様子を見守る。
王女ってことは、王国のお姫様か?
何でそんな人がこんなところに?
「何かご事情がありそうじゃの」
ジルがゆったりと口を開く。
この人、やけに落ち着いてるな。
普通お姫様が目の前に急に出現したら、胸ドキドキで慌てふためくんじゃないか?
「はい、少し込みいったお話になりますが、聞いて頂けますか?」
小鹿のような目で見つめてそう申されると、いやいいです、の展開はありえない。
ジルも俺も、うん、と頷く。
ミリエーヌはほっとした笑みを浮かべてから、ゆっくりと語り出す。
「実は、城を抜け出して来たんです。一月ほど前に国王である父から急に、グルセイト王国の王子の元の嫁ぐようにと言われまして。私は何がなんだか分らず、父と何度も話そうとしたんですが、全く相手にしてくれません。それでも婚姻の準備はどんどん進んでいって、式典の日取りを決める直前まで行ってしまったんです」
ミリエーヌはまたため息をついてから、話しを続ける。
「国と国とのことは色々ありますし、王女である私が結婚相手を自由に選べないことも理解しているつもりです。今回も国同士の親交を思えば、あり得ない話ではありません。でも、この国とグルセイト王国は長年、関係が良くなくて、正式な国交もありません。そんな中で唐突に出たこの話は、私にはどうしても違和感があるんです」
急な展開で俺は頭の中が雲丹状態で理解が追いついてこないが、ジルはうんうんと頷いてと平然としている。
「昔の父は大らかで優しく国民思いで、尊敬できる方でした。でも1年ほど前から急に様子が変わって、人と話すことがあまり無くなって、無理な命令をいくつも出すようになりました。娘である私とも、まともに口を利いてきいてくれません。唯一、執政官のマイン・フロストを除いてはですが」
「執政官、王を補佐して政務を取り仕切る側近じゃな」
ここでジルが口を開いた。
「はい。毎夜自室に彼呼んで何か話しているみたいですが、その中身は全く分かりません。そんな中で、異議を唱えたり諫めたりする家臣もおりましたが、みんな追放になったり投獄されたりして、今では誰も、何も言えなくなりました。困った私は王妃、母に相談しまして、そうしたら『しばらく城を離れなさい』って申されたんです。今回の婚姻の件は母も納得されておられないようですが、今の国王にはどんな話も通じないだろうから、一旦逃げなさい、とのことで」
「それで、城を抜け出したと?」
「はい。母は、この辺り一帯の領主であるアーデルシア・ソト公爵を頼りなさいと申されて、手紙を持たせてくれています。ずっと以前から王室と親交があって、今の状態を憂いておられる一人だから、悪いようにはしないでしょう、と」
「公爵家ですな、王国貴族の最上位であれば、確かにこの国で頼る術としては、これ以上はないでしょうな」
「はい」
ここまで話してから、ミリエーヌはふうっと息をついて俯いた。
沈黙の時間が流れる。
「あの、従者の方々、ご無事だといいですね」
何を話していいか分からないので、俺はとりま頭に浮かんだことを口に出した。
「そうですね、皆無事だといいんですが」
「ミリエーヌ様、ご事情は分かりました。よければ、この一臣民の話を、聞いて頂けますかな?」
「はい、是非」
「城から出られたのは、正しいご判断でしょう。そのままグルセイトに行かれても、ミリエーヌ様が幸せにお暮しできるかどうかは、はなはだ疑問がありますじゃ。ただ、ソト公爵のところへそのまま向かわれるのは、いかがなものかの」
「? どういうことでしょう?」
「ソト公爵は確かに、この国の実力者で、大きな権限をお持ちじゃ。じゃが、あくまで国王の臣下であることには変わりない。もし王命で、娘を引き渡せと言われたら、断りきれますかの。もしソト公爵がそれを断れば、国内で内乱が起こりかねません」
「……そうですね、おっしゃる通りです」
「他の隣国に行かれても同じじゃな。シュバルツ王国との友好国であれば、王国からの正式要請があれば、あなたを捕らえるかも分かりませんな」
「その通りですね。やっぱり… 城を抜け出したのは、わがままだったですかね……」
ミリーエヌは落ち込んだらしく、更に下を向く。
ジルの爺さんは、魔法といいこの言動といいしっかりしている。
元気だなといった普通の形容を超えている。
「しばらく身を隠してはいかがじゃな。ソト公爵には水面下でご相談されるのがよろしいのではないかな。様子を見ながら、お見方を増やされるのがよろしかろうて」
「そうですね、でも、どこへ行けばよいやら」
「ユウヤさんの家ででも、しばらくご厄介になっては」
うんうん、と黙って納得しかかっていったが、 ……? その一言は何だ?
「ユウヤさんの家で、ですか?」
「左様。ユウヤさんは、確かセリアで一人ぐらしじゃったな。兄弟で一緒にいますとの理由でのう。周りに人がいた方が、王国も下手に手出ししにくいかも知れんし、ソト公爵家も援助しやすかろう。それに…」
ジルは少し考えてから、神妙な面持ちで話を続ける。
「あの魔物には少し引っかかる。どういう理由かは分らんが、普通ではない何かが起こっているのかも知れんな。町にいた方が安全じゃ」
「そうですね、ジルさんの申されることは、よく分かります。でも、ユウヤさんは?」
「あ、いえその、俺とお姫様が二人って、それは流石にまずいんじゃないでしょうか?」
「ずっとということではない、しばらくじゃ。それにわしは、君は信用に足る人物だと思うておるよ。見ず知らずの煽れた女性を、己が死ぬかも分からん事も顧みず、体を張って守っておった姿からも、おのずとな」
いやいやそれは、自分も死にたくはなかったので、必死にやってただけなのだが。
「ユウヤさん、私からも是非お願いします。できるだけご迷惑はかけませんし、城に戻れたら相応のお礼もしますので」
いや、お礼は別にいらないんだけれども。
「でも、本当に俺ん家でいいんですか? そんなに広くもないですし」
「はい、一度町の暮らしも見てみたかったですし、よろしければ是非」
ミリエーヌは、ジルの言葉を信用しきったようだ。
何かに意図的にしくまれでもしないと、こんな展開あるのかなあ?
しかもこれ、断れる流れじゃあないな。
俺に何ができて、この先どうなるか全く分からないが、しかし考え様によっては、魔法の国でお姫様を守る英雄的なシチュエーションは、悪くないかな。
折角この世界に来たのだし。
「わかりました」
と返事すると、ジルは相好をくずし、ミリエーヌは緊張が解れたのか、子供っぽい笑顔を咲かせた。
俺とミリエーヌはジルの家で一夜を明かし、セリアの町へと向かった。
ミリエーヌが元々着ていた洋服がズタボロだったので、今はジルの奥さんが着ていた古着を拝借している。
年齢に不相応な仕立ての古着に身を包んで、念のため頭にはフードを被っているが、それらの間から覗く美白の肌と美貌までは隠し切れない。
お姫様だと知っているからかも知れないが、立ち姿にも気品のあるオーラが感じられる。
庶民の恰好をしてても、どうしったって人目は惹くかもなあ。
ジルは別れ際に、餞別だといって、少なくない額のお金をくれた。
また、「ユウヤさん、良かったらまたいつでも訪ねて下され。この老骨にも、教えられることはまだあろうてな」と声を掛けられた。
あの風の魔法、教えてもらったら、俺にも出来たりするだろうか。
「あの、すみません、ユウヤさん。ご迷惑をお掛けして」
「いや、いいっす。乗りかかった船ですし」
「ユウヤさんは、冒険者なんですか?」
「まあ、一応そうです。始めてからまだ、1月ほどですけどね」
「そうなんですか、それにしては…」
「はい?」
「いえ、何でもありません。おいくつなんですか?」
「少し前に、15歳になりました」
「じゃあ、私と1つ違いですね」
1つ違いということは、16歳ということか。
婚姻の話も出るくらいだから、年下ということはなかろう。
「王女様は…」
「ミリエーヌでいいですよ、しばらく一緒に過ごすのですし、お気遣いづかいなく」
「え、と、ミリエーヌさんは、ずっと王宮暮らしで?」
「ええ、生まれてからずっと。15歳になってからは、王都の学校にも通ってますが、それ以外はずっとお城の中です。外に出る時は外交や行事事ばかりで、自由に動いたことはあまりないんです」
「そうですか、お姫様なら、どうしてもそうなるんですかね」
「そうですね。でも本当は、もっと外に出て、いろんな事がしたいです。だから今回のことは、ちょっと楽しみでもあるんです」
ミリエーヌは少し楽し気にそう話す。
状況が状況だけに凹んでしまわないかと心配にもなるが、ひとまずは大丈夫そうだ。
「町についたら、洋服とか買い物しましょうか?」
「はい!」
こうして見ていると、普通の女の子と変わらないな。
白く端正は顔立ちと、スッと伸びる肢体が極めて修逸なのは、決して普通ではないが。
町へついて、とりあえずミリエーヌの身の回りのものを見て回る。
何せ魔物の襲撃で、大事な手紙以外、何ひとつ手物に無いのだ。
洋服店に入って、好きな洋服をいくつか選んでもらう。
明るい色調の店内は、大人っぽいフォーマルなものからカジュアルなものまで、種類が豊富だ。
こういう経験もあまり無かったのだろうか、ミリエーヌはきゃあきゃあ言いながら、興味津々で目を輝かせている。
それにつられてか、接客する店員も、妙に弾んでいるようだ。
「ん~、お嬢様はスタイルもおよろしいから、何を召されてもお似合いでございますねえ。こちらなんか、大人っぽく見えて素敵だと存じますねえ~」
「でもこれ、胸元が開き過ぎじゃないかしら。それにスカート丈も、短いような……」
「何を言われます。最近結構流行りのモデルでございますよ。それに、あなたのようにお美しい方のために、デザインされたものでもあります。洋服も、着られて幸せというものでございます。彼氏様も、そうお思いでございましょう?」
何、俺に話しかけているのか?
彼氏様って、一体誰のことだ?
「ユウヤさん、これどう? 似合うかしら?」
そうだなあ、俺としては、その露出度が高く男心をそそる服を着た姿は、是非見てみたい。
でもそれ着て外へ出たら、絶対男どもの目を引くなあ。
「似合うと思うけど、まあ、好きなのを選んでもらえたら」
「分かりました、じゃあ、これ貰います!」
おいおい。
ま、楽しみではあるけれど……
「ユウヤさん、ちょっと、あっちの方見てきますね」
ミリエーヌが少し照れくさそうに言う。
そうか、下着は、一緒には選べないよな。
買った洋服は、俺のアイテムボックスに収容する。
「ユウヤさん、それアイテムボックスですか? 珍しい物をお持ちですね。王宮でも、数えるほどしかありません」
「そうなんですかね、父からの譲受品なんですが。次は、化粧品とかですかね」
この前のクエスト報酬と、ジルからもらった軍資金で、結構余裕はある。
買い物で気を紛らわせてあげられるなら、安い物だ。
後は食材と雑貨屋、それにミリエーヌが本を見たいというので、本屋に立ち寄ってから家に着いた。
「すみません、狭いでしょう?」
「いいえ、そんな事ありません。町のお家って、こんな感じなんですね」
「にゃお」
ルーシャが俺たち二人を出迎えてくれる。
「こいつはルーシャ、俺の飼い猫です」
「きゃー、猫ちゃんですか、私猫大好きなんです」
そういって、ミリエーヌはルーシャをなでなでする。
「にゃお?」
「ルーシャ、その人は、今日から一緒に暮らすミリエーヌさんだ。仲良くしてくれ」
「にゃおお!」
「ルーシャちゃん、よろしく!」
ミリエーヌはルーシャを胸元に抱きしめて、頬ずりしている。
「にゃおおぉ…」
多分ルーシャは、少し困惑気味かな。
夕方近くになってからミリエーヌが、「晩御飯、私が作っていいですか」とさらっと話すので、気が引けながらも任せることにした。
俺はといえば、部屋や風呂場の片づけをしながら、マジックボードを眺めたりする。
ヘルハウンド戦で死にかけたせいか、レベルが16に上がっていた。
ミリエーヌを隠すのに良いかと思い、透明になれるマントの創造を検索してみたが、『発動に必要なHPとMPが足りません』と表示された。強力な魔道具の創造のためには、俺自身も強くならないといけないのだったな。
ミリエーヌによって並べられた食卓は、感動的に素晴らしいものだった。
決して贅沢な食材は使ってないが、パンに挟んでいる材料のアレンジ、魚料理の加減、野菜料理への手の加え方などなど、俺には思いつかない心遣いが満載だ。
ルーシャもいつにない雄たけびを上げながら、料理にかぶり着いている。
「ミリエーヌさん、凄いですね。どれも美味しいです」
「ありがとうございます。昔からお料理は好きで、たまに自分で作って、家族に食べてもらったりしてたんです」
「ところでミリエーヌさんは、明日からどうされますか?」
「そうですね、まだ、考えがまとまってないんです」
「もし良かったら、ジルさんの所に行きませんか? 俺はジルさんから習いたいことがあるし、今後について色々と相談もできると思うんです」
「分かりました、ご一緒します」
ミリエーヌが俺のベッドの上で眠りに着いてから、俺は魔道具を1つ作ろうかと思い立ち、マジックボードと向き合った。
これからミリエーヌを狙って、どんな連中が手を出してくるか分からない。
なので、周囲の敵味方を検知できる能力、できたらどこに誰がいるかが分かる能力を持った探索機を造りたい。
頭の中でイメージして、表示された魔道具の性能にOKと答えると、必要材料が表示された。
魔石5個に大コウモリの耳、小鬼の骨2本、それとテングの遠眼鏡。
さて、どう揃えようか。
何か持ってたかなとアイテムボックスを覗いてみると、魔石とテングの遠眼鏡は既にあるようだ。
そうか、リカルドに貰ったんだな。
明日ギルドへ行って、他の材料がないか物色してみよう。
お読み頂きありがとうございます。