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第19話 いつもの森で死にかける

 姫宮さんの様子が気になったので、翌日も会社に出向いた。

 昨夜のことについては、俺も少し責任を感じている。

 一緒にいながら、あんな事になってしまうとは。


 階段を昇って、1つ上のフロアあるマーケティングの島に向かう。

 あまり来たことがないので、どこだろうとキョロキョロすると、少し離れたところに姫宮さんがいた。

 男性社員と、何やら楽しそうに談笑しているようだ。


(あれ、あいつ、高野じゃないのか?)


 道理で、遠めでもイケメンと分るオーラが噴き出している。

 身長も高く180センチくらいあるだろうか。

 姫宮さんと並んでいると、大人と子供じゃないかと思ってしまう。


 普通にやってるようだ、心配はいらなかったな。


 自分のオフィスに帰ろうとすると、姫宮さんがこっちに気づいたようで、右手を大きく振ってくる。

 こっちも軽く手を振り返すと、小走りで俺の方へ向かってくる。


「おはようございます、昨日はありがとうございました」

「おはようございます。こちらこそありがとうございました。お酒美味しかったですね」

「はい。どなたかと、お約束ですか?」

「いや、そういう訳でもないんだけど、ちょっと通りがかったんで」

「そうなんですね。あれ、でも、早乙女さんのオフィス、下の階じゃ? ……もしかして、私の様子を見に?」

「いや、そういうんじゃ。このフロアに用事があって、通りかかってみただけなんです」

「なーんだ、そっかあ」

 姫宮さんが、少しふくれっ面になる。


「あ、でも、大丈夫かなって、心配はしてたんですよ」

「大丈夫です。早乙女さんに送ってもらって、大分落ちつきました。まだちょっと、外にでるのが怖いけど」


 そりゃそうだろうな、あんなことがあった後だし。


「どうもー、始めまして」

 気が付くと、高野が脇に立って、俺に話し掛けてくる。

 同期だし、確か初めましてではないはずなのだが。

 とりま返事をしておくか。


「ああどうも、お久しぶり」

「あれ、どっかで会ったっけ?」

「高野だろ? 同期会でね、かなり前だけど」

「ああ、そうだっけね。すまない、よく覚えていないな」


 まあそうかな。

 入社間もなく大きな仕事で成果を上げた期待のホープからしたら、俺など眼中にないのだろう。


 「君たちは、知り合い?」との問いかけに、姫宮さんが答える。

「今度ユウヤさんと、新しいプロジェクトをやるんですよ」

「そうか、ユウヤ、さんとね。何かあったら力になるから、いつでも言ってよ、カスミ」

 高野はそう言い残すと、颯爽とフロアの向こうへと消えていった。


「ユウヤさん、高野さんとお知り合いなんですか?」

「ああ、一応同期なもんでね。もっとも向こうは、全然覚えてなかったようだけど」

「そうなんですね。同じ同期の先輩でも、全然タイプが違います」

「そりゃそうだろうね。ゴメン、邪魔したね。そろそろ戻るよ」

「あ、はい。あの、ユウヤさん、私下の名前、霞っていうんです。よろしくです」

 上目使いでモジモジしながら、姫宮さんはそう呟いた。


 そういえば、高野もカスミって呼んでたな。

 俺が会社でそんな呼び方したら、周りの先輩同僚連中から、猛烈な集中砲火を浴びるだろうなあ。


 しかしあの二人、本当に付き合っているんだろうか。

 そんな雰囲気でもなかった気がするがなあ。

 まあ会社の中だからな。


 でも、ひとまず大丈夫そうだ。

 今日は出張の準備とかをやって切り上げて、そろそろあっちの世界へ向かおう。


 一日の仕事を終えて、いつもの通りコンビニで買い物をして、家に向かう。

 部屋に入ってパソコンを立ち上げて、買ってきたシャケおにぎりを頬ばって噛み締める。

 残念ながら、お米は向こうの世界には無いもんな。

 一応、風呂にも入っておこう。


 風呂上がりに一杯引っかけてから、リテラサイトのログインボタンを押す。

 すると、意識が薄れてきて、深い眠りに落ちていった。


 ーー 気が付くと、

 俺は自分の部屋のベッドの上で横になっていた。

 ムーンガイアでの自分の部屋のベッド、で。


「やった、本当にまた戻れた」

 一人で感激していると、傍らで子猫が「にゃああ?」と首を傾げている。

 そういえば、お前に名前を付けてなかったな。

 何にしよう…… そうだ、ルーシャにしよう。


 俺は子猫を抱き上げて、じっと目を見ながら、

「猫っ子よ、君の名前は今日からルーシャだ。俺が好きな、黒の衣装がとっても似合うアーティストの名前と同じだよ」

「にゃん!」

 と子猫が甲高い鳴き声で応える。

「よろしくな、ルーシャ」


 さて、明日は何をしようか。

 ジレットさん達は、長旅の後ということで、2,3日はお休みだったな。


 散歩でもしてみるかな。

 久々に地球で仕事して、ちょっと気持ちパラメータは下降ぎみだ。

 一日のんびり過ごすのもいいだろう。


 一夜明けて、風呂に入ってから身支度を整えた俺は、散歩に出た。

 町の周りを巡ってみて、魔物が出たら、トレーニングがてら討伐してしまおう。


 まだあまり馴染みのない南側から町を出て、東、北とぐるっと回ってみることにした。


 町の南側にも、平原が広がる。ただ、遠くに見える景色は、北側と少し異なる。

 山はもっと遠くにあって、地平も見渡せる大平原。

 この先は、遠くの隣国である獣王の国へとつながっているのだろう。

 今日は少し曇り空、灰色の雲がゆったり流れていく。


 東の端を行き過ぎて北へ向かうと、クエストでお馴染みの森が見えてくる。


 時間はあるから少し森林浴でもするかなと思い立ち、森の中へと進む。


 気分よく歩いていると、陽の光がまばらになった辺りで、人の声のようなものが聞こえた気がした。

 他に冒険者でもいるのかなと思いながら足を進めると、「キャー!」と甲高い声が、今度は間違いなく聞こえた。


 どうしようか、誰かが魔物か何かに襲われているのかも知れない。

 とりあえず、声がした方向に行ってみよう。

 一応俺は冒険者なのだし、人助けも仕事のうちだよな。


 鬱蒼と茂る草木を掻き分けて奥へと進むと、やや開けた場所へ出た。

 そこに、黒い塊がいくつか蠢いていた。


(やっぱ魔物か)


 剣に手をかけてよく観察すると、4,5匹の黒い魔物の群れの中に、人が倒れている。

 金色の長い髪が見える、どうやら女性か。

 魔物たちはその女性を取り込み、牙をむき出しにして唸っているのだ。


(これは、助けなきゃな)


 女性に当たらないように気を付けながら、氷魔法アイシクルを唱える。

 と同時に剣を振りかざして、魔物の群れに突っ込む。


 魔法は当たったはずなのだが、魔物はひるんだ様子はない。

 よく見ると、大型の犬か狼のようだが、体が大きく真っ黒で、今まで見たことの無い種類だ。


 まずは女性と魔物とを引き離さなければ。

 俺は剣を振り回して威嚇しながら、至近距離から雷魔法ボルテラと火魔法ティガを連発した。

 しかし、当たった魔物は『ギャオオー!!』と雄たけびを上げながら、俺に飛びかかってくる。


「まずいな、魔法が聞かないのか、タフなのか」

 魔物の同時攻撃で牙と爪を受け、俺は肩や足を負傷した。

 左腕に生暖かいものが伝い落ちるのを感じる。

 精一杯剣で身を守りながら、魔法で応戦するが、魔物の勢いは収まらない。


「ぐわっ!」

 今度はわき腹と右腕をやられた。

 回復しようにも、そんな暇は見いだせない。

 出血と痛みのせいか、だんだんと動けなくなってきた。


(まずいぞ、これ。もしここでやられてしまったら、どうなるんだ?)


 だんだん絶望的になっていったが、俺がやられている間は、この女性には被害が及ばない。

 できるだけ時間を稼いで、誰かがたまたま来てくれるのを願うしかないのか。


 前後左右から攻撃されて全身に傷を受け、意識も朦朧としてきて、地面にへたり込む。

 いかんな、ここまでかーー


「ウィ×デ××!」

 誰かが何かを叫んだような気がした。

 と同時に、俺の上に猛烈な風が通り行くのを感じた。

 魔物がそれに吹き飛ばされて、周りの木や地面に叩きつけられるのが、薄れゆく意識の中でぼんやり見えた。


(これ、幻じゃないよな、助かったのか…? ……)



 ーー ここはどこだ? 

 目がぼやけるな、あれは、天井か? 

 俺は、寝てたのか。


 そうだ、森で女性を助けに行って、魔物に囲まれて、それからどうなった?


 ゆっくり身を起こすと、「おや、目が覚めたかの」と声を掛けられた。

 声の方向に目をやると、一人の老人がゆったりと椅子に座り、穏やかな目で俺を見ていた。


「ここは?」

「わしの家じゃよ。森の中のな」

「そうだ、俺、森の中で魔物に襲われて、それで。あ、一緒にいた女性は?」

「そこに寝ておるよ」


 指をさされた方向にはベッドがあり、女性がスースーと気持ちよさそうに寝息を立てている。


「すまんのう。わしの家にはベッドが1つしかないから、お前さんには床の上に布を敷いて寝てもろうた。女性優先じゃでの」

「それじゃあ、あなたが助けて下さったのですか?」

「まあ、そういうことになるかのう。何にせよ、間に合って良かった」

 老人は、テーブルに置いてあったカップを持ち上げ、一口啜る。


「ありがとうございます。何とお礼を申し上げたら良いか。でも、あの魔物たち、強くなかったですか?」

「ヘルハウンド、魔犬種の中でもかなり上位じゃな。北の辺境に住んでおって、この辺にはいないはずなのじゃがなあ」

「一体どうやって?」

「ウインディア。風の上位魔法じゃよ。お前さん達が地面に臥せっておったから、使いやすかったかのお」


 どうやら俺たちは、本当にこの老人に助けられたらしい。 

 自分をよく見ると、服は至る所が破けて血まみれだが、どこも痛くない。

 きっとこの老人が手当てをしてくれたのだろう。


「本当に、助かりました。あ、俺はユウヤといいます。セリアの町に一人で住んでまして」

「そうか、セリアには、たまにわしも行くがの。わしは、ジルとでも呼んでもらおうかのう」

 

 改めて周りに目をやると、ここはそれほど広くない、木の家のようだ。

 ベッドに椅子とテールとタンス、シンプルな家具が部屋の中に点々としている。


「ジルさんは、ここでお一人で住んでおられるのですか?」

「うむ。ばあさんに先立たれてからは、ずっと一人じゃの」

「森の中でお一人って、ご不便だったりしませんか?」

「いや、なんの。この年になると、一人でのんびり、気を遣わんのが一番よい」


 そうだな、あの魔物の群れを追い払って、俺たち二人を運んでくれたのなら、若者以上に元気かも知れない。


「ユウヤさん、じゃったかの。お前さんもようやりなさった。勝てそうにない相手にしっかり向かっていって、大怪我をしながら娘さんを守ったのじゃ。そこは、胸をはってよいぞ」

「いやあ、でも俺の方は、ほとんど魔物に歯が立ちませんでしたからね」

 全く、世の中上には上いるものだ。


「おや、娘さんも気づいたようじゃの」


 ベッドの上で、金色の髪の女性が身を起こして、こちらを眺めている。


「あの、すみません、ここは?」

「わしの家じゃ。気にせんでええ、もう心配はいらん。どれ、お茶でも入れるかの」


 ジルは立ち上がると、壁際に置いてある魔道具コンロに火を入れ、ポットを上に乗せた。


「すみません、助けて頂いたんですよね?」

「ああ、こちらのユウヤさんが、血まみれになりながらなあ」

「ちょっとジルさん、俺はやられただけで、結局何もできてませんから」

「はっはっは」

「お二方とも、本当にありがとうございました。私一人では、今頃どうなっていたか」

「この森は普段は穏やかな方じゃが、それでも娘さん一人で歩くのは、いささか珍しいのう」


 女性は少し間を置いて、息を整えている。

 端麗な容姿で黄金色に輝く髪が眩しいが、着ている服はボロボロで、血の跡がいくつもある。

 かなり魔物にやられたのだろう。


「はい、普通ならこんなことはしないと思いますが、事情がありまして。従者と一緒に西を目指していたのですが、途中で魔物の群れに襲われてちりぢりになったんです。一人で逃げているうちに、森に迷い込みまして」

「ほう、なるほどのう。旅の途中でおられたか」


 なるほど、普通の敵ならまだしも、さっきの奴らに目をつけられたら、ただじゃすまないだろうな。

 従者とかいったな、貴族のお嬢様か何かかな。


「申し遅れました、私、ミリエーヌと申します」

「ミリエーヌさんか、ミリエーヌ…… はて、どっかで聞いた気がするのう」

「ミエレーヌ・ド・シュバルツです。今までは王宮におりました」

「シュバルツ、王宮、そうか、お前さん、ミリエーヌ王女じゃな」

「はい」


(………… はあ???)




お読み頂きありがとうございます。

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