第17話 セリアへの帰還
翌朝、荷馬車隊と俺たち護衛の一行は、宿の前に集まった。
ジレットはというと、明け頃に部屋に戻ってきたようで、今日も寝不足気味のようだ。
「ジレットさん、昨夜はどうされてたんですか?」
「え、どうってお前、そりゃ、野暮なこと聞くなよ」
「もしかして、ルネさんとずっとご一緒だったりして」
「お前も最近よく突っ込むねえ。ルネとは、晩飯を食って別れたよ。その後はまあ、大人のお楽しみってやつだ」
なるほど、この2人も、さして進展なしか。
「そういえばお前ももう、立派な成人だよな。今度連れてってやろうか?」
「それ、どんな所なんですか?」
「綺麗に着飾った女がいてな、一緒に酒が飲めて、それから先は交渉次第ってやつよ」
やはり、そういう系か。
「は、まあ、今度また機会があれば……」
怖さ半分、興味半分。ここはどっちでもとれるような返事にしておこう。
「何の話してるの?」
と清々しい顔で聞いてくるティアに、俺とジレットは愛想笑いを返す。
全員、空になった荷馬車に乗り込み、セリアの町を目指して歩みを開始した。
ここからまた十日間か、何ごともなく過ごしたいが、魔物と戦うとレベルも上がる。
ほどほどの襲撃イベントを期待したいところだ。
今までは魔法に頼ることが多かったが、余裕があったらもう少し剣も使ってみたい。
魔物もそうだが、昨日絡んできたような輩にも、それなりに対応できるようにはなりたいのだ。
ごとごとと馬車に揺られながら、若干の睡魔を感じ始めた時、前の方から「敵襲~!」との叫び声が上がった。
はいはい、出番か。
もう見慣れてきたゴブリンや虫に交じって、ひと際でかい人型の奴がいる。
「オーガが混じってるぞ、気を抜くな!」とジレットの檄が飛ぶ。
オーガはジレットが相手をしながら、ルネが離れて矢を放つ。1本、2本と命中していくが、怯む様子はない。
かなりの強敵のようだ。
俺は「ジレットさん、援護します!」と叫んでから、右手をオーガの方に向ける。
「ユウヤ、こいつは寒さに弱いんだ!」
俺はジレットの言葉に従い、氷呪文アイシクルを唱えるとーー
『グエア!』と叫びが響き渡り、氷に動きをはばまれて弱ったところを、ジレットが喉もとに一突き、オーガはズズーンと倒れこんだ。
その間、ティアが他の魔物を一体一体始末してまわる。
どうせならと俺もゴブリンに剣で切りかかって、どうにかこうにか一体を仕留めた。
最後に残って逃げようとする大型バッタを、ルネが弓で射貫く。
「いやあ、また助かった。やっぱ魔法って、威力絶大だな。それも何種類か使えると、色んな戦闘にも役立つな」
「そうですかね、僕の方は、もっと剣の腕を磨きたいですが」
そう言いながら、俺はたんたんと戦利品をアイテムボックスの中へ投げ込んでいく。
その後も、時折魔物の妨害を受けながらも、大した怪我人も出すことなく、一行は順調に進んでいった。
途中、行きに立ち寄ったセバストの町ではなく、そこから少し進んだところにある村で宿をとった。
そこは川魚料理が名物らしく、串にさして豪快に焼いたものや、煮込んで味付けしたものとか、どれもとっても美味かった。
宿の部屋の風呂は小さかったが、この際贅沢は言っていられないな。
王都を出発してからほぼ十日後、セリアの町が見えてきた。
やれやれ、野宿は楽しいけれど、布団の上で寝られるのはありがたいな。
今日は家で落ち着けそうだ。
町へ入ると、一行は冒険者ギルドへ直行した。
荷馬車隊の隊長はギルドの受付カウンターで、任務完了の報告をしている。
ジレットと俺たちは、クエストの完了報告と、報酬支払の話し合いのため、隣のカウンターへと向かう。
目の前のカウンターにいるのは、あのラモーネさんだ。
「ようラモーネ、久しぶり。クエストを完了したので、いつも通り頼む」
「お久しぶりですね、ジレットさん。クエストお疲れ様でした。では皆さん、マッジクボードを拝借です」
「それとな、ラモーネ。戦利品の鑑定もしてもらいたいんだが、ここでは狭過ぎるから、裏の倉庫でお願いしていいか?」
「あ、はい、分かりました。でしたら、こちらへどうぞ」
ラモーネに案内されて、俺たちはギルドの建物の裏手にある倉庫へと向かう。
ラモーネが倉庫の担当者に、話をつなぐ。
「ええと、引き取りの鑑定かな。物はどこにあるんだい?」
「ここにあるんだよ」
と言うと、ジレットは俺の方に目配せした。
俺は前に進み出て、「ちょっと多いかも知れませんけど」と断ってから、アイテムボックスの中の物を取り出して、積み上げていく。
最初倉庫の担当者は、「へえ~、アイテムボックスか、珍しいねえ」と感心しながら眺めていたが、際限なく積み上げられていく魔物やアイテムを目の当たりにして、だんだんと口数が減り、顔が青ざめていった。
横に立っているラモーネも、同じような反応だ。
「ちょ、ちょっとお兄さん、一体いくつあるんで?」
「すみません、魔物とアイテムを合わせて、あと100以上あります」
全部出し終えたら、倉庫の前に魔物とアイテムの山がいくつもできた。
「これで全部です」
「これは…… こんなのは初めてだ。数が多いから時間かかるが、いいか?」
「オッケーです。気長に待ってますよ」
ジレットが自慢げに答えた。
しばらくかかるという事なので、俺たちはギルドの酒場で時間を潰すことにした。
倉庫から離れる際、俺はラモーネに呼び止められた。
「お久しぶりです、ユウヤさん。こちらのパーティでお仕事されてたんですね。しばらくお姿が見えなかったので、心配してましたが」
「はい、そうなんです。王都まで行って時間かかっちゃったんですが」
「そうなんですか、王都は初めてですか? どうでした?」
「大きかったですね、人も多いし。王立学院を見て回ったんですが、圧巻でした」
「学院ですか、どんなところなんでしょう。私見たことが無いんです」
立ち話が始まって、ジレットたちは「先に行くぞ」と言い残して、その場を去っていった。
何かしら、ティアから冷た目に視線を送られたのが、少し気になったが。
「ところでラモーネさん、王都のレストランで、気になることを耳にしたんです」
「どんなことですか?」
「王家の評判が良くないって。何かご存じですか?」
俺がそう問うと、ラモーネは少し考え込んでから、
「これは噂なので、どこまで本当なのかは分かりませんが」
「はい」
「少し前から、王様の様子がおかしいらしいんです。以前は、お優しくて民衆にも人気のあるお方だったんですけど、近頃では暴言や無理な命令とかも増えてて。執政官のマイン・フロスト様が幅を利かせるようになってから、おかしくなったんじゃないかって。王様とお姫様が喧嘩されている姿も、よく見掛けられるそうです」
(なんだ、お家騒動の類か?)
「実際、急に税金が上がったり、罪のない人々が投獄されたりもしてるようでして」
「そうなんですか。何か穏やかじゃないですね」
「そうですね、ここセリアは王都からは少し離れてますし、領主のソト様はお優しい方なので、まだそれ程変なことにはなっていませんが。でも少しずつ、冒険者の方達から色んな噂は耳にします」
なるほどなあ、少しつながったな。
どこの世界でも、政治というものは、一筋縄ではいかないものなのだろうか。
ラモーネとの話を終えて、俺はパーティメンバーと合流した。
「俺もビアをお願いします」とウェイターに注文すると、ティアがじっとこちらに視線を向けていた。
「何? ティア」
「いえ、別に何も」
「ははは、ユウヤ、ティアはお前がラモーネと話し込んでたから、気にしてんだよ」
「なっ!? ちょっとジレットさん、何を言うの。そんなんじゃないわよ!!」
(え、そうなのか? 別に普通の話をしていただけなのだが)
「ラモーネさんには、冒険者登録の時からお世話になってるんだよ。さっきは、今回の旅はどうだったってことで」
「ふーん、そうなんだ」
「おやおやユウヤ君、君も隅に置けないねえ。いつの間に、セリアギルドの女神、ラモーネと仲良くなったのか? これはティアも、うかうかとはしてられないねえ」
「ちょっと……ジレットさん、いい加減にしてよ!」
ティアは顔を真っ赤して反論している。
「何なのよ、もう。ルネさん、何とか言ってやって下さいよ」
その横でルネは、腹を抱えて笑っている。
「ご注文のビアです」
ウェイターが注文品を持ってきてくれたお陰で、この話題は一旦止んだ。
それからかなりの時間が経ち、結構退屈だ。
ジレットとルネは会話に花を咲かせているが、俺とティアは何か気まずく、いつものように話が弾まない。
なんでなんだろうなあ、そこまで気にすることかなあ。
「ジレットさん、準備ができました」
ラモーネがお呼びなので、俺たち4人はカウンターへ向かった。
「お待たせ致しました。今回のクエストと討伐報酬、持ち込み品の鑑定ですが、クエスト報酬が40000クローネ、日当がお一人一日で800クローネで合計64000クローネ、魔物241匹の討伐報酬が合計45100クローネ、持ち込み品の魔物とアイテム161個の鑑定が66200クローネ、合計で215300クローネになります」
「そうか、まあ上出来だな。なあ、みんな?」
ジレットはにこやかにそう言うが、俺には相場や金勘定の知識はないので、そんなものかと思うしかない。
金貨銀貨がぎっしり入った袋を受け取ると、山分けタイムが始まった。
「一人53825だ、間違いないな?」
「意義なーし」
「うん、OK」
「はい、大丈夫です」
小分けの袋で分け前をもらったが、ザクザクとして結構重い。
「ユウヤとティアは、これからどうするんだ?」
「俺は、家に子猫がいて心配なので、餌を買ってとりあえず帰ります」
「私は、叔母さんにただいまとご報告」
「そうか。ユウヤは、いいとこに行きたくなったら、いつでも言ってくれよな」
「はは……」
「何よ、いいとこって?」
ティアが怪訝そうな眼差しを向けてくる。
冒険者ギルド前でさよならを言って、パーティメンバーと別れた。
別れ際にティアが「今度遊びに行っていい?」と聞いてきたので、大体の家の場所は教えておいた。
家で20日ほど放置している、子猫が心配だ。
お土産の魚だけ買って、早く帰ろう。
魚屋で大きな鯛の様なのを2匹仕入れて、速足で家に向かう。
家に着いてバタンとドアを開けて、「ただいまー」と声を掛けるも、何も反応がない。
何歩か中に入って、「おーい、帰ったぞー」と呼びかける。
暫くして上の方から「にゃ?」という声がした。
「お、いたか。今戻ったぞ」
「にゃあー」
黒の子猫は、上の柱から飛び降りて来て、右前足で顔をくしゃくしゃしている。
なんだ、寝てたのか?
そういえば、こいつのこと何と呼べばいいのかな。
今度名前を考えようか。
家の窓を開けて、荷物を下ろしてひと息つく。
ステータス確認してみるかな。
氏名 ユウヤ・バイエル・サオトメ
レベル(LV) 15
最大生命値(HP) 188/188
魔力値(MP) 98/98
習得済魔法 フィガ、アイシクル、ボルテラ、トリート
スキル 魔道具創造 成長加速、アイテムボックス(大)
うん、少しは強くなったかな。
子猫に留守番のご褒美をあげてから、一風呂浴びる。
ベッドの上で横になると、心地よい疲れも手伝ってか、睡魔がにじり寄ってくる。
明日からまた、どうしようかな。
うつうつ考えていて、ふと、地球のことが気になり出した。
こちらの世界に来てから、2年半ほど帰っていない。
(確か、行ったり来たりできるんだよな。ライラ姉さんに、もっかい確認してみるか)
お読み頂きありがとうございます。