第16話 悠久の都
翌朝、俺たちの一行は、王都を目指して出発した。
ジレットは結局早朝まで部屋に戻らず、目が半分寝ている。
何でも、荷馬車隊の面子とカードゲームに興じて、かなりの負けを喫したようだ。
王都までの道のりもあと半分、このまま順調にいけばよいな。
と思った矢先に、すぐ脇の沼地から、大きなカエルとワニが襲い掛かってきた。
まん丸な親豚ほどの大きさのカエルに体当たりされて、馬車が大きく揺らぐ。
ジレットとティアは素早く剣を構え、敵に向かって切りかかる。
ルネの矢も的確に敵を捉えていく。
俺は近くまで寄ってきたワニに剣で切りかかったが、硬くて中々刃が通らない。やはり剣では、ティアにはまだ及ばないな。
至近距離でフィガの呪文を叫んでまる焼けにしてから、喉元に剣を突き立てる。
その後森の脇を抜けようとすると、今度は大猿やゴブリンの群れが来襲してくる。
このあたりは、かなり魔物が濃いのかも知れない。
だが、ジレットとティアは、順調に敵を屠っていく。
昨夜英気を養ったためか、絶好調のようだ。
倒した魔物や落ちしたアイテムは、相変わらず全部俺がアイテムボックスへ放り込む。
保管数は既に100を超えているが、残容量はほとんで減らない。
王都に近づくにつれて、すれ違ったり追い抜いて行ったりと、他の旅人や冒険者が目に付くようになった。
それだけ沢山の人が行き来しているという事だろう。
幾たびも魔物の妨害にあいながら、順調に道程を重ね、一行はとうとう王都へとたどり着いた。
平原が途切れて多く建物が立ち並ぶ。
外から見ただけだが、セリアや他の町が何個も合わさったほどの大きさだ。
遠くの山間の上の方に、荘厳な塔や城塞が起立しているのが、やや霞んで見える。
シュバルツ王国王城だろう。
正面の道から街中へ入ると、一般の人々が暮らす家や商店が並ぶ。
それを超えてさらに行くと、大きな建物が目立ってくる。
重厚で古びた石造り、どれも歴史を感じさせる佇まいだ。
「千年の都といわれていますからね。何回かの騒乱で、焼けたりもしたみたいですが」
同じ馬車に乗る商人が、そう教えてくれた。
何があったのかは細かく知らないが、長い時の中で、数々の歴史ロマンが展開されたのだろう。
そう想像するだけで、何だかゾクゾクする。
「まずは王立学院へ行って、それからギルドに向かいましょう」
荷馬車隊の隊長の指示に従って、一行は街中を移動していく。
シュバルツ王立学院は、街の中心部、王城の麓に位置する。
野球場が何個か入るような広大な敷地は壁に囲まれ、中にはいくつもの庁舎や訓練場がある。
一行が目指す事務棟は、その一角にあった。
荷馬車隊の隊長が中へ入り、お届け物の到着を告げる。
すると中から事務員の男が出て来て、品物の保管場へと案内した。
全ての積み荷を降ろして、引渡書にサインをもらう。
これでクエスト完了だ。
隊長は全員を集めて、その労を労う。
「皆さん、長旅お疲れ様でした。お陰様で、無事に品物を届けることができました。このすぐ傍に宿をとっていますので、今日はそこで寛いで下さい。出発は、明日の朝にしましょう」
「ようし、久々、王都の美味い酒でも飲むかな、ルネ」
「全くあんた、体が酒でできてんの?」
そうか、明日の朝まで自由時間なのか。
ジレットとルネは、二人きりでどこか行きたいのかな。
「ユウヤにティア、お前たちはどうする? 一緒に来るか?」
とのジレットのお誘いだが、邪魔はしたくないし、実は俺には他に見たいところがある。
「すいません、ちょっと俺、他に見たいところがあって」
「そうか、んじゃ仕方ないな」
「ユウヤ、どこ行くの?」
とティアが聞いてくる。
「折角だから、この学校の中を見て回りたいな。学校ってどんなのか見た事がないし。それと、本屋があれば行きたいな。多分他の町よりも、色んな本があると思うし」
「あ、それいい。私もこの学校に興味があるんだ。よかったら、つきあうよ」
「もちろん、是非是非」
「じゃあ、決まりだな。明日の朝合流ってことで」
俺とティアは、ジレットとルネとは別れて、別行動になった。
さきほどの事務員さんに、学内を見学していいかどうか尋ねると、立ち入り禁止の場所以外なら、日没前まではどうぞ、とのことだった。
「広いね、どっから見ようか?」
何だかティアも嬉しそうだ。冒険者になりたいと決めたのは自分自身だが、やはり学校で学ぶことにも興味があったのだろう。
「まずは剣術じゃない? ティアも興味あるでしょ?」
「うん!」
案内板で剣術庁舎を探して、そこへ向かう。途中で、工学庁舎の横を行き過ぎる。
(ここは、魔道具作りの授業とかもあるんだろうな。時間があったら、ここも見てみたい所だ)
剣術庁舎は、座学を行う建屋に、屋内外の訓練場、食堂や事務棟、それに学生のための寄宿舎からなる。
屋外訓練場には学生の一団がいて、講師らしい人物の指示に合わせて、対戦形式で打ち合いをしていた。
素人目でも、皆体の動きは速い。
剣が滑るように空を舞う者や、一撃の破壊力で押そうとする者、一人ひとり同じではないが、ただ者ではない集団だとわかる。
ティアが目を輝かせて、
「あの人たち、上級クラスかな。流石だなあ。王国の騎士って、この学校の出身者が多いらしいよ」
「冒険者になる人もいるのかな?」
「中にはいるみたいだけど、ここで優秀な成績を収めると、王国からスカウトされるみたいよ。冒険者もいいけど、騎士って響きも素敵よね」
ティアの目尻が緩んで、視線が宙を舞う。
訓練生たちの教練に見入った後、屋内訓練場の見学に向かった。
入ってみると、人はおらずシーンとしている。
「ここは、誰もいないみたいね」
とそこへ、向かい側のドアが開き、男子三人組がへらへら談笑しながら入って来た。
皆高級そうな衣装に身を包み、光る装飾を身に着け、剣を腰から下げている。
恐らく平民ではないのだろうと、容易に察しがつく。
真ん中の男が俺たちに気づき、ニヤニヤしながらにじり寄って来た。
「あれえ~、君たち、見ない顔だね、ここの学生?」
急に話し掛けられて俺は少々引いてしまったが、ティアが気さくに、
「いえ、あの、見学させて貰ってます」
「そうかいお嬢さん、でもここは、部外者立ち入り禁止なんだよ」
「そうなんですね、ごめんなさい。知らなくってー」
「でもせっかく来たんだ。僕が一緒ならどこへでも行けるから、案内してあげよう。君は素敵だから、特別だ」
「え?」
「遠慮はいらない。よかったらその後、食事にでも行こう。とびっきりのレストランを用意しよう」
「いや、その……」
男のニヤケた顔が、目を逸らしたティアの横顔の間近に迫る。
明らかに困っている様子だし、俺としては助け船を出さずにはいられないな。
「あの、すいません。俺たちこの後用事があるんで」
「ああ? お前はいいんだよ。神聖な訓練場に勝手に入ったのは見逃してやるから、早く失せな」
(うーん、なんだこの、絵に描いたような絡まれのシチュエーションは)
「だから、二人で消えますので、ではまた」
俺はティアの手をつかんで、その場を去ろうとした。すると、左右にいた男たちが口を挟む。
「ふざけんじゃねえよ貴様。どこの誰か知らねえが、身の程をわきまえろよ!」
「この方はな、ソト公爵家のご子息、グリンスタン・ソト様だ」
(なんだ、やっぱり貴族のガキか、注文通りの設定だな。公爵って結構偉いんだろうが、外の世界から来た印の俺には、響かないな)
「はいはい、偉いのはわかりましたから、俺たちはもうこの辺で」
「ふざけんな。お前、その目気に入らねえなあ。何ならこの場で、お前に教育してやってもいいんだぜ?」
グリンスタンと呼ばれたご子息様が、イラついた目で俺をねめつける。
横でティアが、心配そうな眼差しであたふたしている。
「こんな風にな!」
グリンスタンは余裕ぶった話し方をしながら、己の拳を俺の右頬辺りに放って、寸止めにする。
(1対3、しかも向こうは剣術学科の訓練生か。魔法ぶっ放しまくって、ティアだけでも逃げる隙を作るか)
腹を決めてタンカを切ろうとしたら、
「やめなさい!」
と、凛とした声が鳴り響いた。
声の主は、三人組が入ってきたドアの前に立っていた。
白いローブを纏い、長い銀髪が印象的な女性だ。
「シシリー先生…」
三人組の顔色がさっと変わる。
「相変わらず,お痛が過ぎるわよ、グリンスタン。さっさと教練の準備をなさい」
「はーい、了解っす」
「ちっ、騎士団だからって、平民上がりの女が偉そうに。覚えてろよ」
グリンスタンは俺にだけ微かに聞こえるトーンでそう言い残すと、俺をじっとりと睨みつけながら残りの二人と共に、俺たちが入って来たドアから去っていった。
「大丈夫、あなた達?」
「あ、はい。ありがとうございます」
「ごめんなさいね、どこにでもああいうヤンチャさんはいるから。今日は見学?」
「はい、用事で王都に来たので、そのついでに」
「そう、ゆっくり見て行ってね。誰かに何か言われたら、シシリー先生にOK貰ってるって、言ってもらっていいわ」
「ありがとうございます!」
俺とティアは、何度もシシリー先生に頭を下げると、その場を後にした。
「はー、どうなるかと思ったわ」
と、ティはもう何事もなかったかのように、平然と口を開く。
「そうだねえ。シシリー先生のお陰で助かったね。まだ若い感じなのに、剣術科の講師って凄いな」
「ねえ、もしシシリーさんが現れなかったら、どうしたの?」
「まあ、まともにやりあって勝てるかどうかも分からないし、相手の本拠地だしな。魔法ぶっ放して、ティアだけでも逃げてもらおうかと思ったよ」
「私は、二人なら何とかなるんじゃないかって思ったよ」
(おいおい、ティアさんてば、やる気だったの?)
「あの真ん中の男、ソト公爵家って確か、セリアの領主よ」
「は、そうなの? 俺たち、領主様の息子に睨まれたってこと?」
「そうかもね。でも多分もう会うことは無いわよ」
是非そうあって欲しいものだ。
でも、事実は小説よりも奇なりっていうからなあ。
何もなければいいが。
それから二人で学院内をぐるっと見て回ってから、王都市街地へと繰り出した。やっぱり人は多い。
ついよそ見をしていると、冒険者風の獣人っぽい男にぶつかりかけた。
「ねえティア、ちょっと本屋に寄ってもいい?」
「うん、私も行きたい」
街は広く本屋がどこにあるのか分からないので、屋台の店主に場所を尋ねた。
教えられた場所へ向かうと、1件の石造りの立派な建物の中に、書棚が並んでいるのが見えた。
中に入ると、まさに本の山だ。
「うわあ、大きいなあ」
「ユウヤは、何の本が見たいの?」
「物語の本とかかな」
「そう、じゃあ一緒に探しましょ」
建物は2階建てになっていて、1階は商業、工業、地図や剣術、魔法書といった、実用的なものが目立つ。
2階に上がると、物語や神話の本の一角があり、何人のもの人が立ち読みしながら、物色していた。
俺はいつものように、タイトルをざっと眺めながら、ピンときた本を手に取って、パラパラとめくっていく。
竜の神様と世界を旅する物語、冒険者がお姫様を助けて結婚する話、悪い魔王と戦う英雄譚…… この世界そのものが俺にとってはファンタジーなので、どれも心惹かれるものばかりだ。
しばらくティアをそっちのけで探索していて、1つ「おや?」と思った。いわゆる異世界転生ものが、1つも見当たらないのだ。
よく考えると、この世界自身に魔物がいて、魔法があって冒険者がいるので、魔法や剣を使って冒険するために転生するといった発想が、必要ないのかも知れない。
魔王や精霊が実在するというのが事実なら、その世界もここでは現実なのだろうし。
なるほどなーそうかもなー、と勝手な推論を巡らせていると、ティアが書棚の一角をじっと眺めているのに気づいた。
「何か気になる本あるの?」
「いえ、気になるというか、昔母さんに、よく聞かされたお話」
そこに目をやると、『英知・文学と慈愛の神リテラの伝記』と背表紙に書かれた本があった。
「リテラ様って、強くって頭がよくて、慈愛の神様でもあるのよ。憧れるなあ」
リテラよ、君はやっぱり、すごい人だったのか?
地球で喋った感じでは、普通の勧誘担当くらいにしか見えなかったが。
ひとまず、俺は何冊かの物語と、ティアが見ていた伝記を買い入れて、伝記はティアに渡した。結構時間が経ったのか、本屋を出ると、辺りはもう薄暗かった。
どうせだから、どこか外でご飯を食べようかという事になり、夜の王城を目の前で眺められるレストランに入った。
座った席から眺める王城は、夜の闇に包まれた外壁の所々に、煌々と輝く光が散りばめられ、あたかも星空を間近で眺めているようだ。
店のお薦めを注文して少し待つと、大きな魚料理に、表面に野菜や肉のトッピングのあるピザ、肉料理、それに野菜と海老の入ったスープが、テーブルの上に並ぶ。
ちょっと興味があったので、店員の女性に、「あのお城って、王様やお姫様とかが住んでるんですよね?」と聞いてみた。
「ええ、そうよ。王様とお妃様、それにお姫様と王子様。でも最近、あんまりいい噂聞かないんだけどね」
「え、それってどういう?」
「ああ、ごめんなさいね。あまり気にしないで。じゃ、エンジョイ!」
そう言い残して、店員は店の奥に去っていった。
満足のいく夕食の後、俺とティアは、ひとまず宿に戻った。
ジレットはまだ帰って来ていない。
ルネさんと一緒に、大人の夜を満喫なのだろうかな。
念のためマジックボードでステータスを確認する。
レベル13か、また2つ上がったな。
王都から帰ったらどうしようか、とかつらつら考えていると、部屋にティアが訪ねて来た。
「あのね、ユウヤ。下に酒場があるみたいなの。もう少し一緒に喋らない?」
「うん、喜んで!」
俺はいそいそと、部屋を後にする。
こうして、王都ファルバートでの夜は更けていった。
お読み頂きありがとうございます。