第15話 途中の町にて
再び荷馬車隊が出発して少し経ってから、前の馬車から「止まれ、何かいるぞ!」と声が響いた。
ジレットの声だ、何か見つけたのかも知れない。
俺たちパーティの4人は荷馬車から降り、辺りを伺う。
すると、前方脇の草むらががさがさと揺れ、緑色で人のような形をした者の集団が現れた。
人の子供より少し大きく、手には棒のようなものを握っている。
10体程はいるだろうか。
「ゴブリンね」
ルネは背中の矢束から一本引き抜き、弓につがえる。
ティアも短剣を抜き、前方のジレットの近くへ移動し、中腰で身構える。
俺も、この日のための準備した魔法をいつでも打てるよう、じっと身構えた。
一体のゴブリンが雄たけびを上げて突進を始めると、他の連中もそれに続く。
「でやあ!」
掛け声ととものジレットが剣を一閃すると、先方のゴブリンが血しぶきを上げて吹っ飛ぶ。
だが、2番手、3番手がジレットに襲いかかる。
ティアが一体に短剣を切りつけて応戦する間に、隣の一体の胸元にルネが放った矢が命中した。
俺は前の二人に当たらないように注意しながら、遠くから襲いかかろうとする敵に向かって、「ボルテラ!」と叫ぶ。
すると右手から放たれた光球が高速で敵の足元で炸裂し、辺りに電撃が走り、3体ほどがばたばたと地面に倒れこむ。
ジレットとティアがすかさず止めを刺す。
ルネが2発、3発と矢を放つ間に、俺はもう一発準備する。
相手に向かって神経を集中して、「アイシクル!」と唱える。
すると、キラキラと輝く光りの粒が敵に降り注ぎ、それは氷の結晶へと変化して、敵の体を包む。
動けなくなったゴブリンをジレットとティアが仕留めると、残りの連中はたじろいで、草むらへと逃げていった。
「みんな、怪我はないか?」
ジレットが辺りを見回すと、ティアが左肩あたりを抑えている。
「大丈夫か、ティア?」
「うん。ごめんなさい、一発もらっちゃた」
「すぐに手当てをしよう」
荷馬車隊から、救急箱を抱えた男が降りて来て、ティアに駆け寄る。
(もしかして、これでいけるんじゃない)
と思った俺は、アイテムボックスから回復玉を取り出し、「みなさん、ちょっとすみません」とお断りしてから、ティアに向かって軽く放り投げた。
回復玉は姿を消し、かわりに淡い緑色の光がティアの体を包み込む。
「あれ、痛くなくなった。治ったみたい」
「回復玉だよ。トリートの魔法と、同じような効果があるんだ」
「ありがとう、もう大丈夫」
「おまえ、色々便利なもん持ってるなあ」
ジレットが感心したように頷く。
「はい、一応、魔道具職人の息子ですから」
有り金叩いて準備しておいて良かったかな。
それから荷馬車隊一行は、王都を目指して更に進んでいく。
更に3回ほど、ゴブリンや大きな蛾のような魔物の集団襲撃を受けたが、絶好調のジレットを中心に、無難に撃退していく。
後ろに攻撃兼回復のサポートがいると、心置きなく突っ込めて、やりやすいとのことだ。
そのうち日が暮れてきたので、野営地を探して野宿の準備をする。
今日の討伐のお陰で、アイテムボックスの中には、既に30体ほどの魔物の亡骸がストックされている。
魔物は魔石の他に、毒牙の粉や小鬼の棍棒といったアイテムを落としていった。
これらは薬や武器の材料にもなるのだという。
火を起こして、一行全員がそれを囲んで座る。
火の上では野菜と肉の入ったスープが煮込まれていて、みんなで舌鼓を打つ。
夜も更けていって酒も入ると、みんなご陽気になる。
ジレットのように大声を張り上げて歓談する者や、笛の音に合わせて歌を歌う者もいる。
ティアはここでも人気者で、荷馬車隊の隊長とその部下に両脇を固められて、酒の入った碗を片手に赤い顔をして笑っている。
俺はといえば、隣で歌を歌っている髭のおっさんに肩を組まれながら、酒をちびちびやっている。
泥酔するとまずいので、軽めが良いかな。
でも、こういうのは嫌いじゃない。
どこに魔物がいるか分からない原野のただ中でも、みんな実にご陽気だ。
これがこの世界で旅を楽しむ者たちの、流儀なのだろうか。
宴が終わって、交代で火の番をしながら見張りをするのは、俺たち護衛の役目だ。
今夜は俺が最初だが、みんな肝が据わっているのか、寝つきが早い。
こうして出発1日目は終わろうとしていた。
夜が明けて2日目、相変わらずな感じで一行は進んでいく。
途中で村の傍も通ったが、そこはそのまま通り過ぎる。
行程の中間あたりにあるセバストという町で、小休止をするとのことだ。
そこでは風呂に入れて、ベッドの上で寝られる事を期待したいな。
今日もそれなりに、魔物の襲撃があった。
以前苦汁を飲まされた大蛇も混ざっていたが、今度は火魔法と剣の一撃で、軽く葬ってやった。
俺もそれなりには強くなっているのだ。
ちょいちょい怪我人も出たが、その都度俺の回復魔法と魔道具は重宝された。
それからも順調に日々は過ぎていって、一行はセバストの町へと無事たどり着いた。
「やったー、これでお風呂に入れるー」と、ティアは歓喜している。
一行は一件の宿屋を訪れ、俺たちパーティは2人一組で部屋を借りた。
無論、俺はジレットと同室である。
野宿以外久々の夕食の後、「ユウヤ、風呂に行こうぜ、風呂! ここは大浴場が売りみたいだぜ」とジレットからお誘いを受けて、俺達は浴場へ向かった。
ジレットはかなり酒も入っているが、このまま風呂に入っても大丈夫なのだろうか。
浴場は銭湯に似ている。
服を脱いで浴室に入り、かけ湯をしてから湯船に体を浸す。
(うおお~、気持ちいい!)
地球にいた頃から俺は温泉が好きで、近所のスーパー銭湯は言うに及ばず、たまに友人達と一緒に、温泉宿に泊まったりしていた。
そういえば、あいつら元気かな、と、少しセンチな気分にもなる。
一人至福に浸っていると、ジレットが近寄ってくる。
「ところでユウヤ君、ティアとはどうなんだ?」
「え? 別に何もありません、普通に友達です」
「ええ? もったいねえなあ。あんな娘、俺だったら放っとねえけどなあ。がばっと行ったらどうだ、がばっと」
「ちょっとジレットさん、酒飲み過ぎですよ」
「でも、お前もいいな、とか思ってんだろ?」
「え、まあ、そこはノーコメントということで……」
確かにティアは悪くない。と言うか、めちゃくちゃいい。
とっても可愛くナイスバディでもあるけど、何か、あの天真爛漫な感じが、癒されるんだよな。
戦いになったら、そのギャップは小さくないのだが。
「そういえば、ジレットさんとルネさんは、知り合って長いんですか?」
「まあ、そうだな。5年ほど前、俺がやらかしちまって、瀕死で魔物に囲まれてたのを、あいつに助けられたんだ。それ以来、頭が上がんなくなっちまってよ」
そうなんだな、俺が最初にティアに助けられたのと似てるかも。
「結婚とか、しないんですか?」
「はあ!? おま、馬鹿言っちゃいけねえよ。俺とあいつは冒険者仲間で、ずっと一緒にいるけども、でも信頼できる仲間で、それだでな……」
ジレットは顔を赤くしながら、しどろもどろで語る。
顔が赤いのは、多分酔ってお湯につかっているせいだけではないだろう。
ジレットは俺を若輩と思っているのだろうが、実は俺も中身がアラサーのおっさんだ。
君の気持は、痛いほど分かるぞ。
なかなか思いは伝えられないよな。
でも、ふと思うんだよな。
実質アラサーの俺とフレッシュなティアとでは、つり合いが取れないんじゃないかって。
年の差いくつだ?
でも、一回り違うくらいなら、許容範囲と思っても、道義的に許されるだろうか。
ジレットとの掛け合いもあって少しのぼせ気味の俺は、グリーンカウから絞った乳飲料を飲みながら、通路の椅子に座り涼んでいた。
するとそこへ、湯上りのルネとティアがやってきた。
「おや、ユウヤ、湯上りかい?」
「はい、いいお湯ですねえ。久々のんびりできました」
「ははっ、もしかしてジレットと一緒か? だったら、そんなにのんびりできなかったんじゃないか?」
うん、図星だな。
「まあいい、ティア、私は先に、部屋に戻ってるよ」
と言い残して、ルネは去っていった。
ティアが俺の横にちょこんと座る。湯上りで顔がほんのり赤い。
ほてりがやんわり、こっちにも伝わってくる。
「いいお湯だったね、ユウヤ」
「うん、足を思い切り延ばして湯に浸かれたのは、久しぶりだ」
「ジレットさんと一緒だったの?」
「あ、うん。あの人お話好きでしょ。色々と聞かれてまいったよ」
「ふーん、何聞かれたの?」
それは君のこと、とはまさか言えないなあ。
「まあ、色々ね。男同士の話だよ」
と言いながら、先ほどジレットと雑談していた中で、1つ思い出した。
「そうだティア、この宿からちょっと行ったとこに、噴水とかが綺麗な場所があるみたいなんだ。見に行ってみない?」
「そうなの? いいね。行ってみようか」
俺とティアは宿を出た。日も暮れて辺りはひんやりしていて、湯冷ましにはもってこいだ。
通りの両側の家々にはほんのり明かりが灯って、まるで光の道ができたようだ。
二人並んでしばらく歩くと、道が広がって広場のようになっている場所に出た。
真ん中に女神を象ったような像があり、その上から水が噴き出している。
円形に囲われた周囲は青、黄、赤のイルミネーションが灯り、水面に反射して幻想的な雰囲気を演出する。
周りには何組か、散歩したりお喋りを楽しんでいる人たちがいて、思い思いの時間を過ごしている。
「わー、綺麗ね」
「うん、そうだね」
流れる水の脇に立って水面に揺れる光を見ながら、ゆったりと時間が流れる。
「ねえ、ユウヤは、強くなったよね」
「へ、そう? いやあ、そんなに変わった気はしないけど」
「私と、ウサギやネズミを追っかけてた時と比べれば、だけどね」
「はあ、まあ、その頃に比べれば、確かにね。でも、まだティアの方が強いとは思うよ。それにティアだって……」
「何?」
「えー…、綺麗になったよ」
「えっ?」
後ろから急に『ワッ』とされたように、ティアはビクッとして固まった。
「な、何よ、急に。びっくりするじゃない」
「いや、ほんとにそう思うよ。村を出た時より、大人っぽくなったし」
「へえ~、ユウヤって、そんなこと言う人だっけ?」
ティアは、少し意地悪そうな目をして、俺の顔を覗き込む。
確かに、普段ならこんな事、平気では言えないかな。
多少ジレットの毒にあたったのと、この雰囲気のせいかも知れない。
「いやまあ、深い意味はないから、気にしてくれなくもいいよ」
「あー、じゃあ、ほんとはそうは思ってないの?」
「いや、そういう意味じゃなくて、あのね… あ! そろそろ帰ろうか、あんまり遅いと、みんな心配するかもだし」
「あ、でもほら。綺麗だからもう少し……」
半ば強制的に誤魔化して、強引に宿の方へ向かった。
俺ももう少し一緒にいたかったが、あの甘い雰囲気のままだと、もっと余計な事を喋ってしまいそうな気がしたので。
ティアは横であれこれと話してくるが、照れくさくて顔がまともに見れない。
こういうシチュエーションはあまり経験がないから、緊張するな。
宿について部屋に上がると、ジレットはいなかった。
多分どこかで飲んでるか、それか、ルネさんと一緒にいるのかな。
絡まれるとまた長そうだから、早く寝てしまおう。
お読み頂きありがとうございます。