第12話 初ダンジョン
荷車に必要なものを積み終えると、一行はまた前に進み出した。
歩きながら、ルネが俺に話しかけてくる。
短髪の女性で、肩に弓を掛けている。
「さっきは助かったよ、ありがとう。今まで攻撃魔法や魔道具に頼ることはあまりなかったけど、今日はあれがなかったら、もっと大変な事になっていたかもね」
「いえ、お役に立てたのなら良かったです。でも、皆さん強いですね」
「まあ、結構長く一緒にやっているからね」
「さっきの魔物は、強かったですよね?」
「まあね。うっかりすると、誰か一人くらいはあの世行きもあったかもね。あんなのが出るから、今回の調査依頼になったんだろうね」
そうか、これがクエストレベルDなんだな。
やはり一人では、絶対に無理だ。
「でもお陰で、今日の夜は楽しみだね。食べた事のない、狼鍋とかかもよ」
「ええ? 狼って、食べられるんですか?」
「冒険者は、食べられる物は、何でも食べるよ。普段お目にかからない物に出会えるのも、醍醐味の一つよ」
日が沈んで、辺りはより一層暗くなった。
暗闇の中で動くのは危険が大きいので、一行は野宿できる場所を探して、火を起こす。
その日の夕食は、ルネの予想通り狼鍋だった。
みんなで円形に鍋を囲んで、思い思いに笑い、語る。
狼は筋肉質なせいか歯ごたえがあるが、ほどよく油がのっていて味はいい。
多少臭みもあるが、さほど気にはならない。
「いやあー、ユウヤ、お前は俺が見込んだ通りだ。お陰で俺は、傷一つ負わなかったぞ!」
ジレットは酒も入り、テンションが高めだ。
こんなクエストの最中でも酒に酔えるのだから、かなり自信があるのか、慣れているのか。
俺は両隣の野郎から酒を勧められたが、流石に今日は止めておいた。
いざという時、足を引っ張る訳にもいかないのだ。
じっと眺めてると、みんな和気あいあいでいいなと思う。 まだ1日目なので何も分ってないが、きっとティアもこんな感じの中で、楽しくやっているのだろう。
先ほどから、ジレットとイワンに挟まれて、大笑いしている。
夜も更けてきて、見張りを残して、後は眠りにつく。
ジレットが「最初はユウヤに任せようか」と言うと、ティアが手を上げ、
「私も一緒にサポートしようかな。ユウヤ、こんなの多分初めてだし」
確かに、こんな見張りは初めてだし、ティアが一緒だと心強い。
ジレットも、「ああ、いいよー」と、あっさりOKした。
みんなが横になった後、俺とティアは焚火の前に座り、火を絶やさないように見守る。
「お疲れ様。今日はどうだった?」とティアが俺に話し掛ける。
「そうだね、少し疲れたかな。パーティで動いたのは初めてだし、見たこともない敵もいたし」
「でも、うまくやってたよ。私も助けられたし。ねえ、ユウヤは今まで、何をしてたの?」
「村でずっと、父さんの仕事の手伝いと、自主トレをしてたよ。大して強くはならなかったけどね。父さん母さんに冒険者になりたいって言って、セリア行きを許してもらったんだ。今はセリアで家を借りて、一人で住んでるんだ」
「そっか。今日冒険者ギルドの前でユウヤを見かけてびっくりしたけど、思ったより早く会えて良かったね」
「本当だね。でも、あれから心配したんだよ。ティアは元気にやってるかなーって」
焚火の火が揺らめくたびに、ティアの横顔を照らす明かりも揺れ、少し神秘的だ。
ちょっと女神様のようだな。
「村を出る時、ユウヤが魔法玉とかくれたでしょ? ピンチの時すっごく助かったんだ。いいね、あれ」
「そう? 役に立ったなら良かったよ。また作ってあげるよ」
「ほんと?」
「あ、今も何個か持ってるから、あげるよ」
少し離れた場所で横になっているジレットとルネが、俺たち二人を見て、ひそひそと囁く。
「ねえ、ジレット。ティアとユウヤ、いい感じね」
「まあ、そうだな。いつもお噂していた元カレに、久々に会ったんだ」
「あれ? 元カレって言ってたっけ?」
「知らねーよ、そんなこと。でも、あの雰囲気見ると、そう思うじゃねーか」
「あら、あなたでも、そんなとこに気づくのね」
「うるせー、さっさと寝ろよ。次の見張り、お前だぞ」
その後俺とティアは、昔のように取り留めのない話で、時間を過ごした。
久々に会ったのだが、まるでブランクを感じない。
夜が明けて朝食を済ませると、一行は森の中心部にあるダンジョンを目指し出発した。
出発から少しして、大きな昆虫の群れに襲われた。
人の大きさ程もある巨大カマキリや、大きな顎を持ったバッタの集団だ。
「こいつらも新手だぞ。前衛密集、後衛は支援用意!」
ジレットは今回も、的確な指示を飛ばす。
この敵は空も飛ぶ。
魔道具を投げても当たるかどうか分からないので、俺は『フィガ』を連発したが、
「ユウヤ、魔法はいざって時のために、温存しろ!」
と諭された。
昨日の件もあってみんなアラート度を上げていたためか、アムドが軽く負傷しただけで、5体ほどを一蹴した。
「カマキリの鎌みたいなアイテム、初めて見たー」
と、ルネとティアがはしゃぎながら回収している。
昆虫も食材になるそうで、緑の体液に若干「おえっ」と思いながら、荷車に積み込む。
昨日からの収穫もあって、結構パンパンになってきている。
物を運ぶのって、大変なんだな。
その後も狼や昆虫の襲撃を撃退しながら、一行は進む。
荷車に乗り切らなくなってきたので、高価そうなものから選んで、持ち運んでいく。
昼過ぎ頃、目標のダンジョンに到着した。
岩山の一角に大きく黒い穴が開いている。
このダンジョンは、セリアの町からは一番近いものらしく、既に沢山の冒険者によって調べ尽くされているが、今回は改めて調査依頼があったのだ。
ジレットから、
「ダンジョンに入るのは、俺とアムドとバーナント、それにユウヤ。イワンとルネとティアは、ダンジョンの外を警戒してくれ」
と指示があった。
攻撃と守りのバランスを考えてのことだろう。
とにかく、冒険者になって初めてのダンジョン突入だ。
入る前に振り返ると、ティアが少し心配げに俺を見詰めていた。
心配してもらえるのは嬉しいが、今はその程度の実力値と信用しかないって事でもあるんだよな。
ジレットを先頭に、暗闇をランプで灯しながら、注意深く進んでいく。
「このダンジョンは、今までに何度か入った事があるので、迷うことはない。どんな魔物がいやがるのか、確認するのが目的だ」
さすがに日が当たらない迷宮だけあって、空気が澱んでいてじめじめ感がある。
ランプの灯の範囲以外先は見通せず、シーンとしていて俺たち一行の足音だけがこだまする。
1階のかなり奥まで進むと、前方で何やら空気が動いた気がした。
即座にジレットの足が止まる。「来るぞ…」
奥から黒い影が近づき、ランプの灯に照らされて、輪郭が徐々に明らかになる。
そいつはウネウネしていて、細長い。
これって、蛇?
「グレートスネークだ。こいつは毒があるぞ!」
ジレットの一声とともに、全員が戦闘態勢に入る。
蛇は素早く飛びかかり、ジレットの横を通過して、アムドの左腕に嚙みついた。
「畜生!」
アムドは蛇の頭に槍の穂先を向けるが、スッと身を躱されて届かない。
「ユウヤ!」
と、ジレットの声が響き渡る。
俺は察して、蛇に手のひらを向けて「フィガ」と叫ぶ。
吹き出した炎が蛇を包む。
怯んだ隙に、ジレットとアムドが襲い掛かり、剣と槍の横殴りで、蛇の魔物は三分割にされた。
何とかやっつけてひと息つこうとすると、「まだだ、来るぞお!」とジレットの怒号が飛ぶ。
通路の奥から、空中を飛んで何かが近づいてくる。
大きなコウモリの魔物が、同時に三体だ。
「おいおい、デビルバットじゃねえか? こんなの聞いてねえぞ!」とアムドが叫ぶ。
ジレットとアムドが武器を振り回すが、魔物は空中でひらひらと身を躱し、中々当たらない。
俺は懐から雷玉を取り出すと、魔物が舞っているあたりの天井に向けて投げつけた。雷玉は石天井に当たると、眩い光と大音響とともに、小さな雷をまき散らした。
雷の衝撃で魔物たちは床へと落下し、そこを剣と槍で止めを刺すことができた。
辺りに魔物がいないことを確認してから、バーナントがアムドの毒の治療を開始する。
治療を受けながらアムドは、「おい、冗談じゃねえ。もう帰ろうぜ」と毒づく。
それを聞いたジレットは、
「ああ、そうだな。戻ってギルドに報告しよう」と頷いた。
急いで引き返した俺たちは、入り口で待っていた他のメンバーに、事情を説明する。
「ダンジョンの中で、いきなり見慣れない魔物に出くわした。魔法の力がなけりゃ、多分切り抜けられない。奥にいけば、もっと強力な奴もいるかも知れない。一旦引き上げて、ギルドへ報告しよう」
ジレットの判断に異議を唱える者はなく、一行は帰路につくことになった。
帰りの道は、大量の戦利品もあって、動きが遅い。
そんな中、相変わらず魔物も出現する。
何度か狼や昆虫の群れの襲撃を受けながらも、何とか退けていく。
俺の魔法ももう限界かと凹んでいたが、パーティの雰囲気はいたって明るい。
「今度襲われたら、そろそろやべえんじゃね?」
「心配いらないさ、あんたを置いて、全員逃げればいいんだから」
「そんな、ルネさん、冷てえよう~。そんなんじゃ、わりに合わねえよう」
「こっちは、あんたがいなくなれば、取り分が増えて万々歳さ」
「そんなこと言わないでくれよう~」
アムドは臨時メンバーには見えないほど、パーティに溶け込んでいる。
イワンが俺とティアに話し掛けてくる。
「二人ともお疲れさん。今回は、結構骨が折れただろ」
「全くよ。見たこともない魔物いっぱいだし。ギルドに言って、報酬上げてもらわなきゃ」
「はは、違いないな。ユウヤ、君はどうだ?」
「はい、まあ、魔法があったから何とかなりましたが、結構きつかったですね」
「まあ、気にするな。今回は俺たちにとっても、かなりのイレギュラーだ。次はもっと気楽にやれるさ」
遠くに、森の出口が見えてきた。
良かった、何とか全員無事に、町へ帰れそうだ。
お読み頂きありがとうございます。