栗山寧音
太陽はいつも優しい。私が悪戯をしても、ウザ絡みをしても、
「やめてよー!寧音。」
と笑顔を崩さない。私が悩んでいると、いつの間にか側にいてくれる。彼が側にいると安心する。何故かはわからない。でも、確かなことは太陽と過ごす何気ない日々が好きだ。
"ねぇ、太陽。私の気持ちに気付いてよ。あの時、私を助けてくれたみたいに。"
私と太陽が出会ったのは、中学一年生の頃だ。当時、私は不登校だった。理由は単純だ。集団行動に吐き気がしたから。
女子達は皆、流行りものの話に対して、
「わかる!」
とか、
「だよねー!」
とか共感を求める会話をしている。私はそれが理解出来なかった。だって、人それぞれ価値観や考え方が違うことは当たり前なのに、自分の考えを押し付ける人達や何も考えず同意だけの会話をする人と友達になりたいなんて思えなかった。いつしか、小学校の頃仲が良かった友達もその会話に参加していた。私はその子達も避けるようになった。
仕方なく、男子と仲良くしようとも考えたけど、中学一年生の男子は精神年齢が低すぎた。くだらない下ネタや幼稚な会話について行けなかった。
一学期の半ば、私はついに学校に行く意味がわからなくなった。勉強は家や塾でだって出来る。同級生が学校に行っている間に、美容師のママのお手伝いをすることで、社会勉強だって出来る。運が良いことにママの職場は、自宅の隣の建物だ。ママは専門学校の頃の同級生二人と仕事をしている。有難いことに二人共、私のことを可愛がってくれている。学校に行くより、この日常を送る方が楽だ。何にも縛られず、自分のことだけ考えられるから。
二学期には完全に不登校になり、学校に行かないことが当たり前の日常になった。そんな、ある日のことだ。ママが突然、
「最近ね。学校の連絡事項を伝えに、毎日来てくれる寧音と同じクラスの男の子がいるの。先生に頼まれてるのかな?って聞いたら、頼まれてないってない。って言う不思議な子。」
と楽しそうに言った。私は、
「何それ。じゃあ何しに来てるの?」
と聞くとママは、
「ママも気になって聞いたの。どうして来てくれるの?って。そしたらね。その子、寧音と友達になりたいから。って答えたんだ。ねぇ、寧音。その子に会ってみない?」
と言った。
ママが私の学校の話題を出すのは久しぶりだった。夏休み開けにあった筈の、文化祭や体育祭のことも口にしなかったし、小学校の頃、仲が良かった友達の話題もしなかった。そんなにママが言うなら、友達になるかどうかは置いておいて、会ってみようかなと思った。だから私は、
「うん。」
と頷いた。
翌日の夕方、私はママに玄関に来てと呼ばれた。学校帰りの彼がやって来たのだ。彼は私の顔を見て、
「栗山さん、こんにちは。同じクラスの浅木太陽です。」
と笑顔で挨拶した。私は、
「どうも。」
と挨拶するとママは、
「こら!寧音。もうちょっと愛想の良い挨拶しなさい。太陽くん、ごめんね。」
と言った。その変わった名前の奴は、
「大丈夫です。栗山さんと二人で話をしても良いですか?」
と笑顔を崩さずに言った。ママは、
「もちろん。じゃあ私は仕事に戻るね。」
と余計なことをした。私は話すことなんかないんだけどな。この人もめんどくさい人かもな。それに、彼の上機嫌な口調が気に食わない。
ママがいなくなった後、先に口を開いたのは彼だった。
「ねぇ明日、予定ある?ないならさ、買い物付き合ってくれない?」
と言った。私は彼の突拍子のない提案に驚いた。私は、
「何企んでいるの?しかも、明日も平日だよ。学校あるんでしょ?」
と返事をした。彼は、
「明日、英語の小テストあってさ。どうしても行きたくないんだ。だから、お願い。一日だけで良いから付き合って。」
としょうもない理由で私を巻き込もうとして来た。私は、
「嫌だ。くだらない理由で休もうとするな。」
と言い返した。彼は、
「そのくだらない理由でも良いじゃん。ただ、君は昔の僕と似てる気がする。ねぇ、君はどうして下を向いているの?」
と真っ直ぐ私を見つめた。私はハッとして、顔を上げて彼の顔を見た。初めてじっくりと見た彼は癖っ毛のある髪をしていて、背も私と同じ位だ。チャラチャラしたイケメンとは程遠い見た目に驚いた。そんな彼はやっぱり笑っていて、
「じゃあ、また明日。駅の改札前に十時。」
と手を振って私の前から立ち去った。
私は、絶対行かない。平日だから、警察に補導される恐れがあるし、よく知らない相手と出かけたところで気まずいだけだ。でも彼が、
"私と似ている"
と言った言葉がどうしても引っ掛かった。正直、私は話していて似ているとは感じなかった。
"どういうつもりで言ったんだろう?"
"彼は何故、私に構おうと思ったのだろう?"
彼の行動の意図がどうしてもわからない。その夜、私は彼のせいで余り眠れなかった。
ジリジリと鳴り響く目覚まし時計の音を手を伸ばして止めた。ふと、窓から外を見ると明るく陽が差していた。時刻は午前八時。いつの間にか眠りについていたようだ。
私はまだ眠たい腰を上げ、リビングに向かった。朝食の準備をしていたママに、
「おはよう。」
と話しかけた。ママは、
「おはよう。丁度、朝ごはん出来たよ。」
と言った。私達は席に着いて、
「いただきます。」
と言ってご飯を食べ始めた。するとママが、
「今日、塾休みだよね?せっかくだから、ママのお店の手伝いもしなくて良いよ。久しぶりにゆっくり過ごしな。」
と言った。私は手伝いをしたかった。だから不服そうな顔をするとママは、
「あっ!洗い物とか、家事は手伝ってね。」
と私の頭を撫でながら、朝食の洗い物を押し付けた。そして、そのまま仕事場に向かった。
それから私は、身だしなみを整えてひたすらに家事をした。部屋中の掃除を終えた頃、時計を見ると、針は午前十一時を差していた。彼と約束した時間は十時。もう一時間も過ぎていた。私は、
「まさか、待ってないよね…。絶対、いないと思うけど、少しだけ…。」
と呟いて待ち合わせ場所に走った。家を出る時、たまたま常連さんのお見送りをするために店の外にいたママに、
「どこ行くの?」
と心配そうに聞かれた。私は、
「すぐ帰るから。」
とだけ伝えて走り続けた。何でだろう?このまま忘れていたと嘘を吐くことも出来たのに。今日、彼に合わない方が気が楽なのに。そんな心とは裏腹に私は待ち合わせ場所に行くことを選んだ。彼の意図を知りたい。その一心だった。
この田舎町の駅にある改札は一つだ。だから行くべき場所はわかっている。待ち合わせ場所に着くと、一人佇む子供がいた。私には、彼が置き去りにされた子犬のように見えた。飼い主を探すように周りを見渡している。暫く彼を離れた場所から観察していると、彼は私に気付いて近づいて来た。彼は、
「良かった!来てくれてありがとう。遅かったから事故に遭ってたらどうしよう?って心配したんだよ。」
と言った。私はてっきり怒られると思ったから、彼が優しい言葉をかけてくれたことに驚いた。彼は、
「あー!また下向いてる。今日は下向くの禁止ね。次の電車の時間まで、ホームで話そう。」
と言って、
「行くよ!」
と私の手を掴んで優しく引っ張った。
私は正直、恥ずかしかった。男の子と手を繋ぐのなんて幼稚園の頃以来だったから。
"普通の中学生の男子が何の躊躇いもなく、手を繋ごうとするか?"
"この人は思春期というものを知らないのだろうか?"
そんな疑問が私の中で生まれた。
ホームに着くとすぐ私は、
「あの…。浅木くん?手を離して欲しいんだけど…。」
と流石に耐えられなくて先に口を開いた。彼は、
「あっ、ごめんね。嫌だった?」
と聞いてきた。私は、
「嫌っていうか…。浅木くんは、どうして平気なの?」
と聞いた。彼は少し考えて、
「うーん。平気っていうか…。僕、この街に来てから人との正しい距離感わからなくなったんだよね。僕、小学四年生の時に引っ越して来たんだ。最初に仲良くなった友達と何でも言い合ったり、手を繋いだり普通にしてたから。」
と彼が少し切なそうな顔をした気がした。しかし彼は、
「それよりさ。栗山さん、浅木くんって呼び合うのなんか硬くない?僕、寧音って呼びたいんだけど良い?僕のことは太陽って呼んで!」
といつも通りの笑顔で言って来た。だからさっきの違和感は私の気のせいだと思うことにした。私は、
「わかった。良いよ。」
と返事をした。そして、その直後にやって来た電車に私達は乗り込んだ。
私はいつの間にか彼…、いや太陽のペースに呑み込まれていた。電車の中で太陽は沈黙が続いて私が下を向かないためなのか、私に沢山の質問をした。好きな食べ物や趣味、特技を話した。太陽は私の話を真剣に聞いてくれた。最初は帰りたくてたまらなかった筈なのに、久しぶりに同級生と話せたことが楽しいと感じていた。
太陽は他の同級生と違うように思えた。流行りものより私の趣味趣向に興味を持ってくれるからだ。私の話に共感したら何故、共感したかを述べてくれる。私は知っているけど太陽は知らないような話でも楽しそうに聞いてくれた。電車には二十分ほど乗っていたが、私の感覚では五分位だった。