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交差する想い

 瑠偉を送り届けた僕は、久しぶりにお婆ちゃんの眠るお墓に寄った。何故か無性にお婆ちゃんに会いたくなったからだ。

 お婆ちゃんはあれから僕が中学二年の夏まで生きた。お医者さんもびっくりする位、余命を全うした。僕はお婆ちゃんのお墓に手を合わせて、


「天国で、お婆ちゃんが幸せで暮らしていますように。」


と祈った。

 この街に引っ越す前は、母さんが仕事で家を空けることが多かったので自分のことは自分でどうにかするのが当たり前だった。例えば、夜ご飯をスーパーで買ったり、服を洗濯をしたりして最低限の生活を送っていた。

 しかし、引っ越してからはお婆ちゃんが何でもやってくれた。僕が、


「体調悪いんだから無理しないで。」


と言っても、


「子供は遊んで、勉強するのが仕事。家のことは気にしなくて大丈夫。」


と言ってよく僕の頭を撫でて可愛がってくれた。お婆ちゃんは自分の体調より母さんと僕のことを心配してくれた。そんなお婆ちゃんがくれた言葉や愛情は僕の大切な宝物の一つだ。

 その日、僕が家に帰ったのは結局、六時半頃になった。家に帰ると仕事終わりの母さんが居て、


「寄り道したの?青春してるねー!」


と何故か嬉しそうにしていた。母さんは現在、母さんの同級生がやっている会社で正社員として事務の仕事をしている。だから、昔に比べたら比較的、僕達は規則正しい生活を送っている。

 僕はこの生活が当たり前のことではないことを知っている。だからこそ、母さんに少しでも親孝行をするため、高校では部活に入らず、アルバイトをすることを視野に入れている。なので今日は、そのことを相談するため、台所で夜ご飯の準備をしている母さんに、


「あのね、母さん。僕、アルバイトしたいんだけど。」


と切り出した。母さんは、一瞬だけ驚いた顔をして、


「何言ってるの?太陽、高校も部活をしなさい。中学の頃と同じサッカー部でも吹奏楽部でも何でもいいから。部活は社会を知るための第一歩。厳しい先生と先輩に揉まれて来なさい。」


と言った。僕は、


「別に、入りたい部活ないんだよなー。てかさ、僕が楽器音痴なの知ってる癖に、わざと吹奏楽部を勧めてくるのやめてよ。」


と少し反抗すると母さんは、


「バレたかー。」


と笑って今度は、


「なら高校もサッカー部に入れば良いじゃん。太陽、才能あったみたいだし。子供はお金の心配するな。この話は終わり。」


と言い放った。どうやら、母さんには僕の考えはお見通しのようだ。矢張り、幾つになっても母さんには敵わない。"母は強し"とはこのことだろう。高校生までは母さんに甘えよう。僕が子供である特権を使える、おそらく最後の三年だ。今は母さんの言うことを聞いて、高校生活を楽しむことが僕が出来る親孝行のようだ。

 僕は仕方なく話題を変えた。


「母さん、美月ちゃん覚えてる?」


と聞くと、


「えっと…。あー!太陽が好きだった可愛い子!その子がどうしたの?」


と言った。僕は、


「同じ高校にいた。しかも同じクラスになった。」


と母さんの質問に答えた。そして、


「何で僕が、美月ちゃんのこと好きだったって決めつけるんだよ。」


と僕が美月ちゃんのことを好きだと知らない筈の母さんが知っていたことに少し動揺した。母さんは、


「照れるなよ。母さんに隠し事しようだなんて百年早いわ!それで、美月ちゃんと何かあったの。」


とニヤニヤしながら言って来た。僕は言わなければ良かったと少し後悔した。とりあえず、


「何にもない!」


と母さんを適当にあしらった。そんな僕に母さんは、


「美月ちゃんのこと大事にしなさいよ。」


と言った。僕はよくそんな恥ずかしいことを息子に言えるなと思いながら、


「うん。」


とだけ返事をした。

 翌日、いつも通りのルーティーンをこなして、寧音と渚との待ち合わせ場所に向かった。すると目を疑う光景が待っていた。朝が弱く、今まで自分で起きられたことのない瑠偉がいたのだ。僕は驚いて、三人の顔が見えた瞬間、立ち止まってしまった。瑠偉は、僕に気付くと、


「太陽ー!遅い。」


と愚痴を言いながら近づいて来た。その後に続いてやって来た寧音が、


「信じられないでしょ。瑠偉が私達の待ち合わせ時間覚えていたこと。」


と笑いながら言った。僕が、


「うん。」


と頷くと瑠偉は、


「失礼だな。ちゃんと覚えてるに決まってるじゃん。」


と得意げな顔をした。それを見た渚は、


「そのドヤ顔ムカつく。」


と瑠偉を睨んだ。瑠偉は、


「今日は、作戦会議するんだから早く行くぞ!」


と言って寧音と渚の、


「作戦会議って何の?」


言葉を無視して、僕達の背中を押した。

 こうして、僕達はいつもより三十分ほど早く学校に到着した。四人でB組の教室に入ると瑠偉が、


「皆、黒板の前の席に着いて下さい。作戦会議を始めます。」


と僕達を席に座るよう誘導した。僕達が席に着いたことを確認して瑠偉は、


「では、まず女子の皆さんにご報告があります。何と浅木太陽くんが恋をしました!」


と言って一人で拍手をした。二人は、


「は?」


とびっくりした顔をした。僕が、


「勝手に話を進めるな!」


と睨みつけると、


「まぁまぁ、照れなくて良いんだよ。太陽くんの恋を叶えるために、女子がされて嬉しいこと教えて?」


と言うと渚は、


「誰が二人に教えるか!寧音、教室行くよ!」


と寧音の手を取って明らかに怒った顔をして教室を出て行った。瑠偉は、


「何だよ、あいつら。仕方ないな。太陽、俺らだけでどうにかしよう。」


と言って来た。その顔があまりにも真剣で僕は瑠偉の案を仕方なく聞いた。しかし、瑠偉の案は小学生が考えそうな作戦だった。それを次に登校して来た生徒が来るまで聞かされた。

 昼休みになって渚と寧音が、僕達のクラスに普通に遊びに来てくれた。なかなか口を開けないでいる渚の代わりに寧音が、


「朝はごめんね。」


と謝った。僕は、


「気にしないで。」


とだけ伝えると瑠偉が話題を変えるように、


「それより皆、部活決めた?決まってないならさ、皆で中学の頃みたいにサッカー部入ろうよ!太陽と俺は選手、寧音と渚はマネージャーとして。」


と言うと寧音が、


「良いね!マネージャーやりたい!」


と前向きな返事をした。きっと瑠偉は、渚が気にしないよう話題を急いで変えた。瑠偉は、僕達がミスをしても何も言わず、助けてくれる。人との繋がりを大切にする人だ。こうして瑠偉の一言で僕達は、同じ部活に入部した。

 瑠偉はその日以来、僕達の待ち合わせ場所に来ることはなかった。だから僕達の間で密かに、


"奇跡の日"


と呼んでいる。

 それから暫く何日も、僕は美月ちゃんを観察していた。もちろん、学級委員長という口実を利用して話し掛けたりもした。

 僕は美月ちゃんのことで、三つわかったことがある。一つ目は、空手を辞めたこと。空手部の先輩が美月ちゃんをスカウトしに来ていたが断っていた。どうやら引っ越してからは空手をやっていないようだ。二つ目はずっと桜井剣心さくらいけんしんというA組の同級生と行動を共にしていること。登下校だけでなく、休み時間も一緒にいる。まるで僕達、四人の関係性に似ている。三つ目は、女子から余り好かれていないこと。桜井くんはかなりのイケメンだ。しかし、美月ちゃん以外の女子には塩対応らしい。更には、僕が美月ちゃんのことを気にしていることも気に食わないようだ。それに嫉妬した女子達は、


「美人だから調子に乗ってる。」


とか、


「男に媚を売っている。」


とかあることないこと言いたい放題だ。女子の妬み恨みは恐ろしい。それを見つける度に僕は、


「美月ちゃんの悪口言わないでくれる?」


と注意するが、完全に抑えることは難しそうだ。

 そして、美月ちゃんと僕が通った小学校からこの高校に入学した人は、僕を含めて五人しかいない。この学年の生徒数は約二百人。美月ちゃんのことを知らない人が多いことも問題だ。

 僕は美月ちゃんが悪口を言われていたその日から、更に注意深く様子を見ていた。美月ちゃんに気持ち悪がられないように、バレないように観察した。

 どうにかして、美月ちゃんは良い子だということを伝えたい。皆の誤解を解きたい。もう一度、君が皆の前で本当に楽しそうに笑った姿を見たい。

 僕は授業中も部活中も君のことを考えている。その証拠に今日も僕が部活中に桜井くんと帰っている美月ちゃんの姿を見つけた。君は僕と再会してから見せたことのない笑顔で笑っていた。桜井くんだけに見せる笑顔は、あの頃のように無邪気で幼かった君のままだ。

 すると僕の名前を呼ぶ声が聞こえた。


「太陽ー!サボるな。」


と寧音が近づいて来て、僕の前に立った。寧音は、


「そんな寂しそうな顔しないでよ。私ならそんな顔させない。」


と言って僕の顔に両手を当てた。僕は驚いて、


「えっ…。」


と声を出すと寧音は、手を離して、


「笑ってよ。冗談だよ。ほら、戻らないと先輩に怒られるよ。」


と歩き出して手招きをした。寧音は、僕を励ましてくれたのかな?そう思った。

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