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儚い月

 こうして、僕に平和な日常が訪れた。そんないつもの学校帰り、美月ちゃんが突然、


「太陽は私がいなくなってももう大丈夫だね。」


と言った。僕は、


「何言ってるの?僕は美月ちゃんがいたからこの学校に馴染むことが出来たんだよ。それに美月ちゃんがいないと寂しい…。」


と素直に僕の気持ちを伝えた。美月ちゃんは、


「太陽は甘えん坊だね。太陽の影帽子はいつも小さいし。」


と僕を見て笑った。美月ちゃんの表情を見て僕は揶揄われただけだと思った。だから僕は、


「僕の方が大きいもん!」


と背伸びをした。美月ちゃんは、


「背伸びは、ずるいよ。」


と再び笑って僕達は競い合った。

 しかし、僕達の日常は一瞬で崩れた。四年生の三学期の終業式の日。四年生、最後のホームルームで、先生は美月ちゃんの名前を呼んで前に来るように言った。先生が、


「深海美月さんは、お家の都合で明日、引っ越すことになりました。五年生からは寂しいですが、違う小学校に通います。」


と言った。僕は先生の声と頭が追いつかなかった。僕は椅子から立って、


「美月ちゃん、嘘だよね?嘘って言って、僕怒らないから。」


と泣き出しそうなのを我慢しながら言うと、


「本当だよ。やっぱり太陽は泣き虫だな。私は笑ってお別れしたいのに。」


と言う美月ちゃんも、泣き出しそうだった。僕は、その時はそれ以上何も言えなかった。

 僕は帰り道に、


「美月ちゃん、今日僕の家に泊まって?」


と美月ちゃんに提案をした。美月ちゃんは嬉しそうに、


「泊まりたい!親に聞いてくる。」


と言って走って帰った。それから、しばらくして、美月ちゃんは僕の家にやって来た。


「お泊まりして良いって!」


と嬉しそうに鼻歌を歌いながら。それから、僕達は一緒にご飯を食べて、ゲームをして、何気ない会話を楽しんだ。明日お別れする二人とは思えない位いつも通りに過ごした。寝る時間になって、僕達は並び合うように布団を引いた。僕は、


「美月ちゃん、最後の我儘言っても良い?」


と聞くと、


「何?」


と僕の顔を見つめた。


「また一緒に海が見たい。」


と言うと、


「また会えたらね。」


と君は笑った。


「また、会えるかな…?」


と僕が悲しい顔をすると、美月ちゃんは話題を変えるように、


「そうだ。今日は満月なんだって。月でも見よう!」


と僕達は手を繋いで月がよく見える縁側に座った。美月ちゃんは、


「太陽?あのね、太陽に空手教えたけど、絶対に暴力は駄目だからね。大切な人を守るために使うんだよ。あとね…。」


と話を続けようとした。美月ちゃんは自分のことより、僕のことばかりだ。僕は、


「もう喋らなくて良いよ。大丈夫。ちゃんとわかってるから。」


と言って君を抱きしめた。君も僕を抱きしめ返してくれた。そして、


「綺麗な満月だよ。」


と僕の耳元で呟いた。僕が、


「そうだね。」


と抱きしめたまま言うと美月ちゃんは、


「見てないじゃん。」


とツッコんだ。僕は見なくてもわかる。君は月より綺麗だ。月より君を抱きしめていたいと思った。

 何分かこのままでいると、美月ちゃんが、


「そろそろ寝よう?」


と僕の手を無理矢理離して布団へ戻った。僕達は、


「おやすみ。」


を言い合って眠りについた。

 次の日、僕が起きると美月ちゃんの姿がなかった。母さんに聞くと朝早く、僕の家を出たらしい。何で起こしてくれなかったのか。少しの怒りを感じながら、僕は急いで君の家に向かった。

 しかし、既に君はこの町に居なかった。僕は、泣いた。ひたすら泣いた。でもいくら泣き叫んでも、


「太陽は泣き虫だな。」


という聞き馴染んだ君の声が、言葉が聞こえることはなかった。僕は君の面影が思い出に変わったことを思い知った。君の笑顔が脳裏に浮かぶ。

 


 僕にとって君はヒーローだった。僕を助けて守ってくれた。僕が泣いている時、君はいつも誰よりも早く気付いて駆け寄ってくれた。君は慰める訳でもなく、ただ優しい空気で僕を包んで側にいた。僕は君から沢山の優しさと幸せをもらった。

 なのに、僕はあの時、君の手を掴めなかった。


「行かないで。」


って素直に言えれば良かった。信号が赤に変わるように、口実を作って君を引き留められたら良かった。僕は君にもらった心の中の宝物を何一つ返せなかった。僕は君に似合う男ではなかったんだ。

 君に似合う男はきっとかっこよくて、人気者で何をしても完璧な恋愛漫画に出て来る主人公みたいな奴だろうな。そんな奴、現実で見たことも聞いたこともないけれど。でも、君に似合う男ってそれ位しか思い付かない。

 


 僕は小学生ながらに、君に似合う男になりたいと思った。そのために泣き虫を卒業して、君の笑顔を思い出しながら笑顔でいることを心がけた。そして、誰にでも優しく振る舞った。昔の僕のような嫌がらせをされている人がいたら助けた。すると、僕の周りは気付けば優しい人で溢れていた。

 そして、僕は大きくなるにつれて気が付いた。もう君に会える奇跡は起こらないかも知れないことに。だから、君の幸せを願うことにした。

 なのに、君はどういう訳か僕達の思い出が詰まった町に再び現れた。僕は嬉しくて、つい取り乱してしまった。でも、君は困った顔をした。だから今度はどれだけうざがられても、僕から君に歩み寄ろうと思う。あの頃の君のように。瑠偉のお陰でその覚悟が出来た。

 僕の儚い初恋は間違いなく、深海美月。君だけだよ。



 この話を終える頃、瑠偉は何故か泣いていた。僕は恥ずかしくなって、


「何で泣くんだよ。」


とツッコんだ。瑠偉は、


「だって、太陽くんがドラマみたいな恋してるんだもん。今まで彼女の気配なんてなかったのに。親友として、太陽がちゃんと恋してて安心したんだよ。」


と泣き叫んだ。僕は周りの痛い視線に気が付いて、


「僕、帰るわ。僕の話、誰かに話すなよ。」


と告げて、瑠偉に自分のジュース代を渡した。しかし瑠偉は、


「太陽ー!置いていかないで。」


と涙でグチャグチャな顔で追いかけて来た。仕方なく、瑠偉を家まで送り届けて一日を終えた。


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