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大切な思い出

 僕と美月ちゃんが出会ったのは、僕がこの町に転校生としてやって来た十歳の頃だ。僕のお婆ちゃんが体調を崩したことがきっかけだった。僕のお爺ちゃんは僕が産まれる三年前に他界した。そのため、お婆ちゃんは一人暮らしだった。一人っ子である母さんは必然的に面倒を見なくてはならなかった。

 母さんは、僕が五歳の頃に父さんと離婚した。母さんはシングルマザーだ。朝から晩まで僕のために仕事を転々としている。そんな家族にお婆ちゃんを老人ホームに入れるお金はない。

 僕は都会のアパートに住んでいたため、田舎の海と田んぼしかない学校になんて本当は転校したくなかった。何より、仲良しの友達と離れることが嫌だった。でも、お婆ちゃんのことを本気で心配している母さんの姿を見ると我儘なんて言えなかった。男らしく我慢しようと無理矢理腹を括った。

 しかし、僕は転校初日にそのことを後悔した。僕は転校初日の朝は職員室に登校した。この田舎では転校する子はいても、転校生が来ることは珍しいようで職員室前には子供達が集まっていた。僕は人から無駄な注目をされることが凄く嫌だった。

 そして、新しい担任の先生に連れられて、新しいクラスに入った。そのクラスに入って驚いた。クラスメイトの数が少なく感じたから。後で知ったが、同級生は二十人しかいなかった。先生が、


「クラスの皆に挨拶してね。」


と僕の背中を押した。僕は、


「浅木太陽です。よろしくお願いします。」


とシンプルに挨拶をした。すると、他の子達は、


「太陽だって、変な名前。なんか太陽なのに下ばっかり向いて暗そうだし。」


と僕を笑いものにした。僕は今まで名前を揶揄われたことなんてなかった。前の学校の友達は、


「太陽って名前かっこいいよな!」


と名前を褒めてくれたからだ。僕は悔しかった。それ以上に辛くて、悲しくて言い返す言葉も出なかった。僕の名前も、前の学校の友達も同時に否定されたように感じたから。それと同時に僕はこの学校の人と仲良くなんてしたくないと思った。先生が、


「静かに。」


と注意してもクラスのどよめきは余り収まらなかった。

 しかし、その時だった。天使のような子が声を上げたのは、


「太陽!素敵な名前だね。皆、名前を馬鹿にするのは止めよう。だって、名前って凄いんだよ!産まれ初めて貰うプレゼントだもん。」


と僕の味方をしてくれた。教室に入ってからずっと下を向いていた僕はいつの間にか前を向いて彼女の顔を見ていた。僕は、彼女の前に行って、


「君の名前は?」


と聞いた。君は笑顔で、


「深海美月!良い名前でしょ?」


と教えてくれた。僕が、


「とっても良い名前だね!」


と言うと美月ちゃんは照れているのを隠すように、


「ありがとう。」


と一言だけ返して口元を触りながら僕を見つめた。

 彼女の一言のお陰でクラスの雰囲気はガラッと変わった。先生も安心したように、


「浅木くん、そろそろ席に着こうか。」


と僕の席を指差して教えてくれた。僕はさっきまでとは一転、嬉しかった。僕を認めてくれる子がいることが。美月ちゃん、本当に君は良い名前だね。僕は小学生ながらに心からそう思えた。

 その日の昼休み、僕は何人かの男子に誘われて校庭に向かった。まだ校庭までの行き方がわからなかった僕は男子達の輪の真ん中にいた。僕は真ん中に自分から入ったことを後悔した。

余り人目につかない一階の階段の端に追い込まれたからだ。僕が、


「校庭に行くんだよね?」


と質問すると、そのグループのリーダーみたいな男子が、


「お前なんかと遊ぶわけないじゃん。お前、今は美月ちゃんに気に入られているみたいだけど、その内すぐ愛想を尽かされるだろうな。その時は覚えてろよ!」


と笑いながら言うと他の取り巻きの一人が僕の腹を思いっきり殴った。タチが悪いのは服の着ている部分を攻撃されたこと、そして本気の一発を出して来たことだ。彼らは頭が良いのか悪いのか、いまいちわからない。

 それからも彼らは、僕が美月ちゃんと親しくする度に、嫌がらせをして来た。もちろん、あれから、彼らに呼び出されてもついて行ったり馬鹿な真似はしていない。僕がされた嫌がらせは極めて幼稚なものだ。靴を隠されたり、ノートに落書きをされるぐらいだ。

 ある日の放課後。この日は美月ちゃんと一緒に下校する約束をした日だ。僕は、いつものように靴箱を開けた。案の定、靴は入っていなかった。僕は、


「あー!忘れものしちゃった。美月ちゃん、ごめん。先に帰ってて。」


と伝え、靴箱を後にした。美月ちゃんは、


「待って…。」


と何か言いたそうだったけど、僕は逃げた。美月ちゃんにかっこ悪い姿は見せたくなかった。僕はそれからいつものように必死になって自分の靴を探した。


「何で僕がこんなことしなきゃいけないんだよ。」


と隠しきれない怒りを露わにしながら。僕はその日に限って隠された靴を見つけるのに時間がかかった。もう一時間は探している。だからか、悔しいからか、辛いからかわからない涙が溢れる。

 すると聞き覚えのある声が後ろから聞こえて来た。


「やっと見つけた。ほらこれ、太陽の靴でしょ?」


美月ちゃんだ。彼女は僕の横にしゃがんで僕に靴を渡した。僕は驚きを隠せていなかっただろう。先に帰ったと思っていた美月ちゃんが目の前にいるのだから。僕が、


「どうして…。」


と言葉を絞り出すように声を出すと、美月ちゃんは、


「だってあの時、太陽の様子が変だったから。もしかして、と思って靴箱を開けたら靴がなかったし。それに、今日は一緒に帰ろうって約束したじゃん。太陽は先に帰っててって言ったけど、私は先に帰るとは言ってないよ。」


と言って僕の頭を撫でてくれた。僕が、


「ありがとう。」


と美月ちゃんの目を見て涙を溜めて感謝を伝えると、美月ちゃんは小さく頷いて、


「太陽は泣き虫だな。でももう大丈夫だよ。私が太陽を守ってあげる。」


と僕の手を取った。僕達は立ち上がって夕日に向かって手を繋いだまま通学路を歩いた。

 それから、僕と美月ちゃんは遊ぶ時も登下校する時も一緒に過ごした。美月ちゃんはこの町中を知り尽くしていて、一緒に町を歩く度に大人達に、


「美月ちゃん、こんにちは。」


と話しかけられていた。僕のお婆ちゃんも美月ちゃんのことを知っていて、


「あの子は将来、美人になるだろうねー。」


と僕が美月ちゃんの話をする度にそう言った。美月ちゃんは、学校でも町でも人気者だった。

 学校が休みだったある日のことだ。美月ちゃんが、


「太陽ー!」


と叫びながら僕の家にやって来た。僕は、


「どうしたの?」


と驚きながら彼女に近づいた。美月ちゃんは僕の耳元で内緒話をするように、


「海までの抜け道見つけた!」


と無邪気な笑顔で僕の手を取った。


「ついて来て!」


とそのまま僕を家の外に連れ出した。僕達は走った。美月ちゃんが見つけたと言った道は道とは言え難い草むらだった。今までの都会育ちの僕だったら絶対に気にすることもない道なき道を僕達は進んだ。すると本当にあっという間に海が見えた。

 砂浜に着くと美月ちゃんが、


「私、凄くない?さっきの道、絶対に誰も知らないよ!ねぇ太陽。あの道、私達だけの秘密の抜け道にしよう!」


と楽しげに砂浜に寝転んだ。僕も、君の横に寝転がって空を見上げた。美月ちゃんが空を見て、


「今日も海も空も綺麗だね。」


と言った。今日は雲がかかっていて青空ではないけれど、君が綺麗だと言えばこの世界の全てが美しいと感じる。僕は、


「そうだね。」


とだけ呟いていつの間にか離してしまった手を再び繋いだ。この日々が永遠に続くことを願いながら。

 それから毎日、僕達は海に行った。そこで美月ちゃんは僕がいじめられないように作戦会議をした。美月ちゃんは、


「太陽は、特技とかないの?皆がびっくりするような。」


と言った。僕は少し考えて、


「ないな。でも運動神経は良い方だと思う。」


と言った。美月ちゃんは、


「それだ!私ね、空手を習っているんだけど、その技、太陽に教えてあげる。」


と少しだけ意地悪な笑みを浮かべた。それから、僕と美月ちゃんの海での秘密の特訓が始まった。僕は、君が意地悪な笑みを浮かべた理由がすぐにわかった。君はそれはもうもの凄くスパルタで、空手が初心者の僕に容赦なかった。でもそのお陰で、僕は簡単な空手の技を一カ月もしない内に覚えた。

 そして、美月ちゃんは、


「太陽は空手が凄く上手なんだよ。私もね、投げられちゃったんだ。」


と嘘の情報を学校で流した。すると、クラス中がどよめいた。僕は当時どうして皆がこそこそしているのかわからなかった。しかし後からお婆ちゃんに聞いた話では、美月ちゃんは、全国大会に出場するほど空手が上手いそうだ。

 美月ちゃんの嘘のお陰で僕に近づくのは危険だと思ったのか、嘘のように嫌がらせはなくなった。最初は簡単に収まりすぎて警戒していたが、美月ちゃんが、


「ウチのクラスの男子達は怖がりだから、そんなに警戒しなくても大丈夫だよ。」


と言った。僕は美月ちゃんの言葉で少しだけ安心した。

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