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自己紹介

 翌日、眠い目を擦りどうにかベッドから起き上がった。時刻は五時半。高校生の朝は早い。目を覚ますため、まずは顔を洗う。そして、いつもの動きやすい服に着替えて、三十分のランニングに向かう。ランニングは中学生の頃からの日課だ。僕はサッカー部だった。エースまでではなかったが中学生から始めたにしてはそこそこの実力だったと思う。最初は体力をつけるために始めたが、いつしか走ることが好きになり、日課になった。お陰で筋肉もついたし、一石二鳥だ。

 その後は、シャワーを浴びて、制服に着替える。そして、いつの間にか起きて来た、母さんとのんびり朝ご飯を食べる。後は髪を整えて、七時半に家を出る。

 そして待ち合わせをしていた寧音とその友達の瀬尾渚せおなぎさのもとに向かう。僕達は他の生徒達より少し早めに待ち合わせをしている。二人の姿が見えて僕は、


「お待たせ。」


と声をかける。二人は、


「おはよう。」


と笑顔で返事をした。僕が、


「瑠偉、迎えに行こう?」


と言うと、二人が、


「はぁー。」


と呆れるような溜め息をついて僕に続いて瑠偉の家に向かった。瑠偉の家のチャイムを鳴らす。すると瑠偉の母さんがドアから出て来た。


「ごめん、太陽くん達。今日も瑠偉起こしても全然起きないの。」


と困った顔をした。渚と寧音は顔を見合わせて、


「やっぱり。」


という顔をしている。

 僕は、瑠偉の母さんに、


「おじゃましても良いですか?」


といつものように聞くと、


「うん。今日もお願いね。」


と心良く入れてくれた。僕達は玄関に入ると迷わず瑠偉の部屋に向かう。一様、寧音が瑠偉の部屋をノックして、


「瑠偉、入るよ。」


と声を掛けた。矢張り、返事がなかった。仕方なく、ドアを開けると気持ち良さそうにベッドでまだ寝ている瑠偉がいた。更には、


「お腹いっぱいだー!」


と小学生みたいな寝言まで言っている。僕はいつも瑠偉を起こしにおじゃましているが、今日という今日は流石に掛ける言葉もなかった。それを見計らってか、渚が瑠偉の机の上にあったゲーム機を手に取って、


「良い加減にしろ!さっさと起きろ!」


と瑠偉のお腹をゲーム機で殴った。頭を選ばなかったのは、渚なりの優しさなのだろう。瑠偉は、


「ごめんなさいー!」


と叫びながら起き上がると、


「なんだ。渚か。びっくりした。」


と溜め息をついた。すると寧音が、


「溜め息つきたいのはこっちだよ。高校生になっても毎朝、瑠偉を何で迎えに来ないといけないんだよ。遅刻するから早く準備しろ!」


と強めな口調で言った。瑠偉は大人しく準備を始めた。服を着替える時、


「皆に見られて恥ずかしい。」


と愚痴を言ったが、


「誰もお前の裸なんて興味ないし。」


と女子二人に論破され、そこからは黙って再び準備をした。

 こうして、瑠偉の支度が終わり家を出る頃には、時刻は八時十五分になっていた。僕は七時半に家を出たのに。いつも瑠偉のせいで気付けばこんな時間になる。だから僕はいつも、寧音と渚と早めに待ち合わせをするのだ。

 そんな朝の弱い瑠偉の唯一の救いは、瑠偉の家から高校までもの凄く近いことだ。片道五分で行ける距離にある。その近さは高校選びの際に瑠偉が一番こだわった所でもある。瑠偉より頭の悪い僕からすれば、高校が選び放題だった瑠偉が少しだけ羨ましい。

 そして、何とかギリギリではあるが、遅刻せずに教室に入れた。僕が席に着くと、先生が丁度、教室に入って来た。そして、二度目のホームルームが始まった。どうやら今日は、委員会やクラス目標決め、部活紹介などやることが盛り沢山のようだ。

 一時間目。まずはクラス全員が自己紹介をする。僕は出席番号が一番のため、必然的に一番最初になった。こういう時、"あ"から始まる苗字が嫌になる。僕は、


「浅木太陽です。中学ではサッカー部でした。一年間よろしくお願いします。」


と当たり障りのない挨拶をして終わらせようとした。なのに、


「太陽くん。それだけ?みんな太陽のこともっと知りたいでしょ?特に女子!好きなタイプとか言ってよ。太陽くーん!」


と僕は目立ちたくなかったのに、悪目立ちしてしまった。クラス中がどよめいている。こうなったら、瑠偉を無視することは不可能だ。僕は、仕方なく、


「好きなタイプは、しつこくない人です。瑠偉みたいに。」


と言った。クラスから笑いが起こって瑠偉が、


「太陽くん、ごめんって!今日、昼ご飯奢るから許して。」


と謝ってきた。先生が、


「仲良いんだね、二人は。じゃあ次の人。」


と自己紹介を進めた。瑠偉は誰これ構わず気になる話や知っている子がいると話を盛り上げた。

 ある女子の番になった時だった。彼女は、


深海美月ふかみみづきです。趣味は…。」


僕は彼女が話しているにも関わらず、


「え!」


と思わず声を上げて彼女に近づいて抱きしめた。彼女は少し驚いていたけど、僕はお構いなしに、


「美月ちゃんだよね?僕のこと覚えてる?小学校四年生の頃、同じクラスだった太陽だよ。会いたかった。」


と早口で言葉を放った。だって嬉しかったから。どうして昨日、入学式の日に気づかなかったのだろう。君の顔を忘れたことはなかったのに。僕のこんな姿を見たことのなかった瑠偉は唖然としていた。他のクラスメイト、特に女子達は、


「キャーッ。」


と黄色い声をあげた。

 しかし彼女は、僕の手を離して僕を睨んだ。


「私と貴方とは住む世界が違うの。二度とこんなことしないで!」


何かに怯えるようにそう言い放った。僕は訳がわからなかった。君は僕を避けた。その事実だけが僕の胸に魚の骨のように引っかかり、絡まった。

 その日の後の記憶は殆どない。僕が次に、確かな記憶は、


「先生ー!学級委員長は、浅木太陽くんと深海美月さんが良いと思います!」


という瑠偉の声だった。僕は、


「何でよ。そう言う、瑠偉がやれよ。」


と反発したが、瑠偉が、僕の側まで来て耳元で、


「美月ちゃんと話せるチャンスじゃん!」


と言った。僕は、


「やります!」


と返事をした。いつの間にか僕は、瑠偉の足元で転がされていた。

 しかし、本当にチャンスだと思った。美月ちゃんと関われるチャンス。この五年で美月ちゃんに何があったのか知るチャンス。僕が知っている美月ちゃんは明るくて眩しくてそして美しい。まるで、月みたいに。


"月が綺麗ですね。"


その言葉は美月ちゃんのためにある言葉だと思っていた。そんな彼女は、雲がかかったような暗い顔をしている。まだ、再会したばかりだが僕が知っている彼女と違う。違和感しかない。その雲を僕が取りたいと思った。

 だから、彼女が仕方なく女子の学級委員長をやると嫌そうだけど頷いた時は、心の中でガッツポーズをした。

 その後の帰り道、僕は瑠偉と二人で寄り道をした。最近出来た新しいカフェ。そこで瑠偉は案の定、美月ちゃんのことを聞いてきた。


「今日は、太陽が美月ちゃんとどういう関係なのか話すまで帰らないから!そのために寧音達撒いたんだからね。」


とニヤニヤしながら脅された。僕は正直、寧音達と帰りたかった。だって、今みたいに問い詰められることは目に見えていたから。なのに矢張り、瑠偉には頭で勝てない。僕が放課後、寧音の所に行く前に、誘拐されるように、無理矢理連れ出された。僕は仕方なく話すことにした。僕と美月ちゃんの過去の儚い思い出話を。

 

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