入学式
新学期。幾つになっても、その日はワクワクする。クラス替えとか、担任の先生は誰だろうとか。少しの緊張より大きな期待がある。更に今年から僕は高校生になった。新しい制服、新しい鞄、新しい通学路、全てが新鮮で心が踊る。
黄昏ながら、新しく通う校門の前で咲き誇る桜を見て立ち尽くしていると、
「太陽ー。浅木太陽!」
と耳元でしかも大声で僕の名前を叫ぶ面倒な奴がいた。僕は、
「うるさい。耳元で叫ぶなよ。」
と少し呆れた顔で言うと、
「だってさっきから俺、呼んでるのに太陽が無視するんじゃん。」
と拗ねた顔をして抱き着こうとした。僕が、
「わかったから。ごめんね?」
と言うと、今度は嬉しそうな顔で頷いて、
「それより太陽くん、やっぱモテモテじゃん。感じてる?さっきから女子の視線すごいよ。」
と言うと、
「ほら、手を振って。」
と僕の手を掴んで右へ左へと動かした。僕は必死に作り笑いを浮かべた。僕は、彼の耳元で、
「後で覚えてろよ。」
と声を掛けた。
さっきから鬱陶しい位、僕にお節介を焼く彼は、柏木瑠偉。一様、中学からの僕の友達だ。彼によるとどうやら僕は中学生の頃からモテているらしい。確かに身だしなみには気をつけている。髪型は僕が一番かっこいいと思っているマッシュにしているし、瑠偉が去年の誕生日にくれた、聞いたことのない名前の柑橘系の香水もつけている。でも、これ位のこと当たり前だと思うんだけどな。女子の方が身だしなみを上手く整えていて綺麗なメイクだってしているのに。矢張り、僕は普通の男子だ。僕にモテる要素なんてない。
そんなことを考えながら、また黄昏ていると、
「太陽!また黄昏ないでよ。ほら、クラス見に行くよ。」
と左右に振っていた僕の手を止めて今度は引っ張った。僕の腕はまるで玩具のように操られている。僕は、
「瑠偉、手離してよ。」
というと、
「じゃあ、ちゃんと着いて来いよ。」
と言い僕の手を離してクラス表を確認しに向かった。靴箱の前に貼られたその表の前には多くの新入生で溢れていた。その中を掻き分けながら瑠偉が、
「ごめんねー。」
と言って進む。僕のクラスは瑠偉が教えてくれるだろうと思い、人混みから少し外れた所で瑠偉が戻って来るのを待った。その間、数名の女子が、
「おはようございます。」
と僕に話しかけて来た。その度に僕が、
「おはよう。」
と笑顔で返すと、
「キャーッ。」
と言う悲鳴のような声が聞こえてきた。僕は芸能人でもなければ、インフルエンサーでもない。別にモテたい訳でもないし、普通に皆と話したいんだけどな。
思い返すと中学二年生になった位から急に女子の態度が変わった気がする。今日のように。心当たりは全くない。
それにしても瑠偉、遅くないか?まだかな。そう思い瑠偉を迎えに行こうとした時、急に視界が真っ黒になった。
「誰だ?」
笑い声と共に聞こえる聞き馴染みのある声がした。周りからは再び、
「キャーッ。」
という歓声。
「寧音でしょ?」
というと彼女は、
「驚いた?」
と少し背伸びをして後ろから僕の顔を覗き込んだ。栗山寧音。彼女もまた中学からの僕の友達だ。
周りの歓声に気付いた瑠偉が、
「こらー!そこイチャイチャしない。二人は目を離すといつもこうなんだから。太陽、何で着いてこなかったんだよ。」
と愚痴を言いながら戻って来た。このままでは瑠偉の愚痴は長くなる。僕はそう思って、
「瑠偉、遅かったけどクラスわかった?」
と聞くと、
「そうだった!太陽、よく聞けよ。今から俺らが何組だったか発表します!何と、何と、何と…。」
ともったいぶってなかなか言わない。僕は痺れを切らして、
「前置きはいらない!」
と言うと、
「二人共、B組でした!」
と嬉しそうに笑った。僕は、
「またかよ!これで四年連続、瑠偉と同じクラスじゃん。」
と愚痴りながらもホッとする自分がいる。瑠偉は、
「そんなこと言うなよ。あっ、寧音は隣のクラスだよな?」
と言った。寧音は、
「そうだよ。C組だった。二人同じクラスとかずる過ぎる。まぁ、渚とか連れてB組遊びに行くわ。」
僕は、
「他の友達も作れよ。」
とツッコむと、
「良いの。私は、二人と渚がいれば楽しいから。」
と言った。寧音は嘘を吐けないタイプだから本気で友達を作る気はないのだろう。瑠偉の、
「あっ、そろそろ教室行こうか。」
という声と共に僕達は歩き出した。教室まで行く最中も他愛のない会話をした。
こうして寧音と教室の前で別れを告げてB組の教室に入った。教室ではほとんど揃い掛けている生徒が静かに自分の席に座っていた。僕も黒板に貼ってあった座席表を確認して自分の席に座った。
こうして三分位経った頃には他の席は全て埋まった。五分経った頃には、担任の先生らしき人が教室に入って来て、
「おはようございます。皆、偉いね。ちゃんと自分の席に座って。では、ホームルーム始めます。」
という掛け声の後、高校生になって初めてのホームルームが始まった。そこでは主に今日の入学式の流れが伝えられた。
どうやら僕の担任は比較的若い優しそうな女の先生のようだ。
先生がホームルームでひと通り説明を終えると、
「今から、入学式が始まるのでお手洗いを済ませて体育館前に集合して下さい。」
と言って、先生は教室の戸締まりを始めた。
僕は、瑠偉と体育館前に行くと、
「出席番号順に並んで。」
と叫ぶ僕の担任とは違う先生の姿があった。僕は、出席番号が一番だったのですんなり並べたが、瑠偉は少し迷っていた。
そして、体育館に入場して式が始まった。校長先生の話は有難いお言葉の筈なのに、矢張り、長くて退屈だった。
何より、僕がこの式で一番驚いたのは、瑠偉が新入生代表挨拶をしていたことだった。瑠偉は頭が良い。中学の頃の成績は殆どの教科で最高評価だった。受験の時もいつも瑠偉に勉強を教えてもらっていた。お陰で、地元でそこそこの学校に入学出来た。こんな大役を任されていたなんて知らなかった。春休みに言っていた気もするが、こんなことなら瑠偉の話をちゃんと聞いてやれば良かったと少し後悔した。
式が終わった後、
「瑠偉、僕は聞いてないよ。代表で挨拶するなんて。」
と言うと、何処からかやって来た寧音も、
「そうだ!聞いてない。」
と参戦して来た。瑠偉は、
「はぁー!俺は二人に春休みに言ったじゃん!二人が俺の話聞いてなかっただけでしょ。」
と反論した。寧音は納得いかないようで、
「絶対、言ってない!」
と言い張った。
このまま今日の終わりまで瑠偉と寧音は、言った、言ってない論争を続けた。僕は段々と、どうでも良くなって二人を微笑ましく見つめていた。しかし二人共、頑固だから最後はイライラし始めた。僕は仕方なく、喧嘩にならないように話題を変えて必死に止めた。こうして初日から騒がしい高校生一日目が終わった。