怪しい薬を飲んだ親友が女になってしまった!?
「俊二、一緒に帰ろうぜ!」
「おう」
夏の足音がすぐそこまで来ている放課後の教室。
いつものように隣のクラスからやって来た律に肩を組まれた。
本当にこいつは、人との距離感が近いよな。
「なあなあ俊二、昨日の『転生したら妹の息子だった件』観たか?」
「もちろん。まさか元カノもお兄ちゃんの娘に転生してたとはな。流石にあの展開は読めなかったわ」
「アハハッ、これだからオリジナルアニメはおもしれーよな!」
隣を歩く律は、コロコロと屈託なく笑う。
ふふ、律を見てるとこっちまで楽しくなってくるな。
高校に入学して間もない頃。
昼休みに中庭で一人、スマホでアニメを観ていた俺に話し掛けてきたのが律だった。
律も生粋のアニメオタクらしく、俺たちはたちまち親友になった。
それ以来、毎日放課後は律と一緒にアニメの話題で盛り上がりながら帰るのが日課になっている。
「あ、そーだ。そういえば俊二に見せたいものがあったんだ」
「?」
おもむろに律はバッグの中から、白い錠剤が入った透明な瓶を取り出した。
「何だそりゃ?」
「へっへーん、これはな、『女になれる薬』だよ!」
「――!?」
女になれる……薬!?
「いやいや、そんなのあるわけないだろ。アニメの観すぎでおかしくなったのか?」
「オイオイ夢のないこと言うなよ俊二! それでもアニメオタクか!?」
「俺は二次元と現実はちゃんと区別するタイプのアニメオタクだ」
「アハハッ、まあそんなところも俊二らしいけどさー」
「……百歩譲ってそれが本物だったとして、何でそんなものをお前が持ってるんだよ」
「それがさ、昨日一人で歩いてたら、魔女みたいな格好をしたおばあさんに突然声を掛けられて、この薬を貰ったんだよ。多分あのおばあさんは、本物の魔女に違いないぜ!」
「本物の不審者に違いないぞッ!」
普段からポヤポヤしてるところはあったが、まさか律がそこまでのポヤンチン(造語)だったとは!?
「ま、まさかお前、その明らかに怪しい薬を飲んだりしてないだろうな?」
「もちろんまだだよ。どうせ飲むなら、俊二の前で飲んだほうがおもしれーだろ?」
「俺はおもしろくねーよッ!」
そんなんで律にもしものことがあったら、俺が病院に連れて行くハメになるんだぞ!?
「まあまあそう言うなって。オレたち親友だろ?」
「ぐっ……!」
ここでその言葉を出すのはズルいだろ……。
むしろ俺は、親友だからこそ止めているというのに。
「絶対大丈夫だからさ! じゃあ早速飲んでみるぜ」
「オ、オイ!?」
俺の制止も聞かず、律は錠剤を一つ取り出しそれをゴクンと飲み込んでしまった。
律うううううう!!!!
「……うっ!」
「律!?」
途端、律は胸を押さえて苦しみ出した。
だから言わんこっちゃないッ!
ああ、どうする!?
救急車を呼んだほうがいいか!?
「う……うぅ……うあああああああ!!」
「っ!!?」
その時だった。
律の胸が見る見るうちにムクムクと膨れ上がり、制服がはち切れんばかりの豊満な双丘が出来上がったのである。
ぬおおおおおおおおおおお!?!?!?
「おお、スゲェ! マジで女になったぞ俊二!」
「……!」
律は自分の双丘をモニモニと揉んではしゃいでいる。
「いや何でお前はそんなに冷静なんだよ!?」
「え? だって、オレはこの薬が本物だって信じてたもん。この世には、奇跡も、魔法も、あるんだよ、俊二」
「……」
そんな名作アニメの台詞を引用されても、俺にはまだ現実が受け入れられないよ……。
「なあなあ俊二! ところでオレ、可愛いか? なあなあ!」
「っ!」
律はその場でクルリとターンし、両拳を顎に付けてあざといポーズをした。
……くっ!?
元々女顔だった律の胸が大きくなったことで、最早完全に女の子にしか見えない……!
――俺の胸が、ドキリと一つ跳ねた。
いやいや、何ドキドキしてんだよ俺!?
律はあくまで男だぞ!?
今は薬で、一時的に女になってるに過ぎないんだぞッ!?
「あれあれー? どうしてそんなに赤くなってんのかなー、俊二? もしかしてお前、オレに惚れちゃったか?」
「そっ、そんなわけねーだろッ!?」
「アハハッ、お前、ボーイッシュで巨乳の女の子がタイプだって言ってたもんな! うんうん」
「……」
よくそんな話覚えてたな……。
「さてと、じゃあ俊二、今夜はお前の家に泊めてくれよ」
「――!!?」
ハァッ!!?
「な、何でだよ……」
「だってこんな姿じゃ、オレ家に帰れねーもん。俊二は一人暮らしだって言ってただろ? 多分一晩寝れば元に戻ると思うからさ。今夜は俊二の家に泊めてくれよ」
「そ、それは……!」
確かに自分の息子がある日突然娘になって帰ってきたら、2012年キングオブコント決勝のバイきんぐのコントみたいになってしまうだろうが……(なんて日だ!)。
「なあなあ俊二~、頼むよ頼むよ~」
「――!」
またしても律は、あざといポーズを決めて上目遣いで俺を見つめてきたのである。
…………くっ!
「へえ、ここが俊二の家かぁ。アハハッ、メッチャ散らかってんな。いかにも男の一人暮らしって感じ!」
「うるせーな。あんまジロジロ見んなよ」
うおおお、初めて女の子を家に上げちまったよ……!
い、いやいや、待て待て。
だから律は男だって何度も言ってるだろ!?
いくら今の律がボーイッシュで巨乳という、俺の性癖にドストライクな美少女になっているとしても、あくまで幻想に過ぎないんだ……!
気を確かに持て、俺ッ!
「うわぁ、コンロの上にTシャツ積まれてんじゃん。さては全然自炊してねーだろ、お前?」
「……悪いかよ」
一人暮らしを始めた当初は見様見真似で料理を作ってみたこともあったのだが、バイオテロ並みのクソマズ料理しか出来なかったので、早々に諦めた。
「しょうがねーなー。一晩泊めてもらうお礼に、今夜はオレが手料理を振る舞ってやるよ」
「え? お前、料理とか作れんのか?」
実家暮らしの男子高校生なのに?
「ああ、実は料理が趣味なんだ、オレ!」
「へえ」
顔だけじゃなく、趣味まで女子っぽいんだな、律は。
「ほい、これがオレ様特製の、麻婆茄子だぜ!」
「おお……!」
スーパーで手際よく食材を買ってきた律は、あっという間にお店で出てくるみたいな、見ているだけで胃がグルリと刺激される麻婆茄子を作ってしまった。
クタクタになるまで炒められた茄子と挽肉がトロトロの餡と交ざり合っており、豆板醬のツンとした刺激臭が鼻孔をくすぐる。
一瞬で口の中が涎でいっぱいになった。
これは……!
「さあさあ、お前のために愛情込めて作ったからな。よく味わって食べろよ」
「あ、愛……!?」
律はまたしても、あざとくウィンクを投げ掛けてきた。
「そ、そうやってからかうの、マジやめろって……」
「アハハッ、また赤くなってら! ホント俊二は、おもしれー男だな!」
「……」
クソッ、悔しいけど、さっきから動悸が止まらねー。
俺マジで、どうしちまったんだ……!?
「ふわぁー、いいお湯だったぁー」
「っ!!?」
風呂上がりの律は、何とバスタオル一枚というあられもない姿であった……!
上気した桃色の肌に薄いバスタオルが心もとなく巻かれているだけで、今にもツインマウント富士がセカンドインパクトしそうになっている……!
「うおおおおおい、律!?!? いくら何でもそれはマズいだろうッ!?!?」
「えー、何でだよ? だってオレたちは男同士だろ? それとも俊二は、男であるオレの身体に欲情しちゃってんのか? ホレホレ」
「――!」
律はバスタオルの隙間をチラチラと見せようとしてくる。
……くっ!!
「す、すすすすすするわけねーだろッ! 冗談はよし子ちゃんだよッ!」
思わず目を逸らす。
「アハハッ、昭和生まれかよお前! なあなあ、ところで俊二の下着とパジャマ貸してくんねー?」
「…………え?」
そ、そうか、当然律は着替えなんか持ってないもんな。
で、でも……。
「アハハッ、ぶっかぶかだー!」
「……」
男にしては小柄な律が大柄な俺のパジャマを着ているので、完全に萌え袖になっている。
「でもやっぱ、胸は苦しいなー」
「……」
その割には胸の部分だけはパッツパツで、今にもボタンが弾け飛びそうだ……。
オォフ……。
これって所謂、彼シャツってやつなのでは?
いや、律は俺の彼女じゃないし、そもそも女ですらないのだが……。
ええい、マズいぞ!
さっきから完全に俺の中で、律を女として見てしまっている自分がいる……!
あくまで律は男なんだ……!
しかも親友だぞ!?
親友に対してそんな感情を持つなんて、絶対ダメだぞ、俺ッ!
「ふわぁ、何だかもう眠くなってきちまったなー」
はふはふと欠伸をする律。
「ああ、じゃあもう今日は寝るか。律は俺のベッドを使ってくれ。俺は床で寝るから」
「えー、そんなん悪ぃよー。このベッド、詰めれば二人で寝れんだろ? だから一緒に寝よーぜ」
「――!?」
律と……二人で……!?
「い、いや、それは……」
「あれあれー? 一緒には寝れないってのかー? つまり俊二は、オレのことが好きってことー?」
「な、何でそうなるんだよッ! ……わーったよ、一緒に寝ればいいんだろ、寝れば」
「アハハッ、そうこなくっちゃ」
クソッ、もう、どうにでもなれだ。
「お邪魔しまーっす」
「……!」
俺の横に潜り込んできた律は、俺の身体に自らの身体をピットリとくっつけてきた。
律のツインジャンボプリンが俺の腕にむにむにと当たっている……!
ふおおおおおおおおお……!!
「オ、オイ律、あんまくっつくなよ……」
「えー、だってオレ寝相悪ぃから、これくらい寄ってないとベッドから落ちちまうもん。それともオレがくっついてたら、何か問題でもあるのかな? んん?」
「べ、別に問題はねーけど」
「アハハッ、ホント可愛いなー、俊二は!」
「……」
クソッ、可愛いとか言うなって……!
ああもう、マジで本格的にヤバいかもしんねー……!
さっきからもう、頭の中が律のことだけでいっぱいだ……!
許されるなら今すぐにでも律のことを抱きしめて、その柔らかそうな唇を無理矢理にでも奪いたい……!!
これだけ無防備なうえ、むしろ律のほうから誘ってきてるんだ……。
これはほぼ、合意と言ってもいいのでは……?
――い、いやいやいや、何を考えてるんだよ、俺ッッ!!
「……なあ、俊二」
「――!!」
その時だった。
律が俺の指に、自分の指を艶めかしく絡ませてきた。
り、律……!?
「俊二はオレのこと、どう思ってる?」
「……!」
律は頬をほんのりと染め、上目遣いでそう訊いてきた。
……くっ!?
「ど、どうって……、いつも言ってるだろ。親友だと思ってるに決まってるじゃねーか」
本当のことを言うと今は、女としてしか見れてねーが……。
「そっか……。オレは好きだぜ、俊二のこと」
「――!!?」
律!?!?
「そ、それって……」
「もちろん男としてって意味だぜ。……ホントのこと言うとさ、実は前からずっと、俊二のこと好きだったんだ、オレ」
「……なっ」
なにィイイイイイ!?!?!?
つまり俺たちは、両想いって、こと??
い、いや、でもでも……。
「だからこうやってズルい手を使ってでも、俊二のこと誘惑したんだよ」
「……は?」
ズルい手、とは??
「……今まで黙っててゴメン。本当はオレ、元から女なんだ」
「――!!!」
はああああああああ!?!?!?!?
「前から胸が大きかったのがコンプレックスでさ。高校ではサラシを巻いて、胸を隠して生活してたんだよ。うちの学校制服は自由だから、ついでに男装してたら後に引けなくなっちまってさ……」
「……律」
「でもお前のことを好きになって、お前がボーイッシュな巨乳が好きって話を聞いたら、本当の自分をさらけ出してもいいんじゃないかって思えて……。ただのビタミン剤を飲んだ隙にサラシを緩めて、女になったフリをしたってわけさ」
「……そうだったのか」
そういうことなら、素直に言ってくれればよかったのによ。
「ホントゴメンな! ……なかなか打ち明ける勇気がなくてさ。と、ところでさ、俊二はオレのことは、その……」
さっきまでの勢いはどこへやら。
途端に女の子らしくなってモジモジし出す律。
ふふ、むしろ、今の律が本当の律なのかもしんねーな。
「――そんなの決まってんだろ」
「え? ――んふぅ!?」
律の柔らかい唇を、俺は強引に奪った。
――このあと滅茶苦茶セ(ry