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【本編二章 連載中】傲慢王女でしたが心を入れ替えたのでもう悪い事はしません、たぶん  作者: 葵 れん
二章

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正体不明の異邦人 5(※メイド視点)

 私、エミリアは『ティーネ』のサポート係としてネス国の旅に同行して以来、とにかく落ち着かない日々を送っている。

 あれだけ大騒ぎになった晩餐会の翌日もまた同じ。デメトリア姫の手伝いによって無事に完成した御守を早く届けたい気持ちはわかる。

 しかし、なにもこんな朝っぱらから届ける必要があるのだろうか?


「こういうのはちゃんと直接渡さなきゃ! それにリュークはいつ訪ねても歓迎してくれるわよ。……たぶん」


 不満げな顔をしてしまっていたのだろう。部屋に到着する前に断言された。それにしたってこんな早朝から人の都合を考えず訪問するなど、非常識にもほどがある。しかし王女は躊躇することなくノックした。

 すぐにドアが開き、ご当主様本人が顔を出す。


「おはよう、リューク!」


 侍従ではなくご当主様本人が扉を開けたことに、私は少し驚いた。しかしよく考えれば、こんな時間にまともな相手が訪ねてくるわけがない。だからしてきっと、開ける前から相手が王女だとわかっていたのだろう。相変わらずの無表情で喜んでいるのか迷惑がっているのかよくわからなかったが、挨拶を返す声は穏やかだった。

(何度お会いしても、考えが全然読めないのよね)

 私が慕っているフローチェ様は、いつも機嫌を損ねないように気を使っていた。不快に思っているのか、それとも喜んでいるのか。常に相手の気持ちを読みながら丁寧に対応していたというのに。


「よろしければ、中にどうぞ」

「ううん、この後もとっても忙しいの。ちょっと渡したいものがあっただけよ」


 せっかくのお誘いを、あっけらかんと断ってしまう。ハラハラしながらご当主様をうかがうけれど、やっぱり表情の変化はないように見える。


「ネス国での風習で、安全や無事を祈って作るんですって。慌てて用意したものだから見栄えは良くないけど、ちゃんと気持ちはこもってるわ!」


 目の前にずいと差し出すのは、未完成の部分を無理やり既製の完成品をつぎはぎし、伝統もなにもなく強引に縫い留めた、実に雑……いや、手づくり感溢れる『ネス国の御守』だった。

 恐ろしいまでの自己解釈で仕上げられているが、たぶんまだ大丈夫な範疇だろう。おそらく。


「わざわざ貴方が作って下さったのですか。私のために?」

「そうよ、もちろん嬉しいでしょ」


 それ以外の感想を許さないとばかりにエヘンと胸を張る。ご当主様はやはり変化のない顔で、しげしげと御守を眺めた。


「ありがとうございます。こんなに感動した事はありません」


 なら、それらしい顔をしましょう。

 私は内心つっこんだ。


「永久的に保存できるよう、強化魔法をかけて一生の宝物にします」

「もう、冗談もいい加減にしてよ。貴重な魔石をそんなことに使ってどうするのよ」


 ユスティネ王女はけらけらと笑っているが、私はご当主様の目が笑っていない事に気がついていた。

(……たぶん、あれは本気ね)

 まったく、本当に理解しがたい。

 フローチェ様は、本当に完璧な淑女だった。誰にでも優しく、平等で、いつも誰かを気にかけているような天使。私みたいな身分の低い人間でも馬鹿にせず、一人前に扱ってくださったのはあの方だけ。

 なのにご当主様はどうしてこんないい加減で適当な方を選んだのか。今は、まったくわからないでもないけれど。


「ねえリューク。昨日はその、どうだった?」


 ふいに、ユスティネ王女が気まずそうに聞いた。


「どうとは?」

「だって……『デメトリア姫』をかばったりしたから、困ったことになったかと思って」


 私は思わず吹き出しそうになった。

(そうか、だからこんなに急いでたんだ)

 あんなに大丈夫だと強気なことを言っていたが、本当は不安だったのだろう。にまにまとした笑いを堪えるのに全力を尽くす。


「いいえ、特に何の問題もありませんでしたよ」


 ご当主様はさらりと答える。

 だが私は、後ろに控えているヒリスの口元がヒクリと引きつったのを見逃さなかった。


「そ……そう。そうよね!? わたしもわかってたわ」

「はい。貴方が気に留めるようなことは、何も」


 ヒリスの苦々しげな表情に気がついてかつかないでか、ユスティネ王女様はコロコロと笑っている。ご当主様はそれを穏やかに見守っている。

(うん……。ここは余計な事は言わずに流しておこう)

 私は目をつぶり口を閉ざした。


「それにしても、こうなってはなおさら正体を言い出しにくくなりましたね」


 ご当主様の言葉に、ドキリとした。あくまでも、ラウチェス王国は後継者選びに中立。その立場を守るためにも、王女がどちらかに深くかかわっているのはよくないらしい。

(すでにがっつり手芸を教わって、部屋にまで入れてもらってましたけど)

 あくまでデメトリア姫と交流があったのはメイドの『ティーネ』。この正体は、今まで以上に隠さなければならないだろう。


「わかってるって。離宮の中を見せてもらったら、今度こそ本当に大人しくしてる」

「…………」

「本当だってば!」


 ご当主様は難しい顔でそうではありません、と続けた。


「あまり、デメトリア姫と懇意にし過ぎない方がいい」

「どうしてよ」

「ネス国王は恐らく、次期後継者をオリバー子息に指名するつもりでしょう。そうなればデメトリア姫はその先でどんな扱いを受けるかわかりません。あまり心を移すと、貴方自身が辛くなりますよ」


 相変わらずご当主様は、ユスティネ王女以外の心配はしないらしい。というより氷の辺境伯とまで呼ばれていたこの方が、誰かを心配するだなんて。少し前なら誰も考えなかったことだろう。


「デメトリア姫はきっと、ウラガノに行くことになるわ」


 ユスティネ王女はふと、ネス国の領地の名前を口にした。ラウチェス王国ではあまり有名ではないその地名を、何故彼女が引き合いに出したのかはわからない。

 ご当主様は不思議そうに、軽く首をかしげた。


「ウラガノですか? いいえ、いくらなんでもあんな場所には行かせないでしょう。イベリアと大差ない、極寒の酷い土地ですから」

「えっ……?」


 王女は何故かひどく狼狽した。


「どうして!? 王位継承権を放棄した元王族が、領地を与えられて余生を過ごすのはよくあることじゃない」

「ああ、あなたはウラガノを、どこかのリゾート地かなにかと勘違いされていたのですね。あの場所はとても危険な土地なのですよ」

「そ、そんなはずはないわ」


 ユスティネ王女は青天の霹靂だと言わんばかりに驚いた顔をしている。ご当主様は王女の勘違いを笑わず、真剣に検討しているようだった。


「……ふむ。しかしありえない事ではないかもしれませんね。デメトリア姫はとにかく民衆からの評判が悪いですから、なんらかの罰を与えれば王室の支持は高まるでしょう」

「罰だなんて……」


 ご当主様の反応をみるに、相当に恐ろしい場所のようだった。

 王女はよほどショックだったのか、なにやら小声でブツブツと呟いている。もちろん本当にそんな場所に行くことになれば、私だって平静ではいられない。だがそんな噂すら聞いたことが無いのに、どうしてか強い確信を持っているようにみえた。


「どういうことなの? デメトリア姫の口調だと、二人は協力関係だったはずなのに……!」

「まだ彼女が、その場所に行くと決まったわけではないのでしょう?」


 ご当主様は心配そうに王女の顔を覗き込む。

 しばしの沈黙の後、彼女はがばっと顔をあげた。


「リューク! 例えば彼女の評判の悪さが、誤解からくるものだったらどうなの!? 彼女が本当はこの国のためを考えてる立派な人なら、そんな酷い場所に送られたりはしないわよね!?」


 ご当主様は王女の剣幕に驚いているのか、いつもと変わらぬ無表情ながらもわずかに息を飲んだ。それから少し思案し、これまたいつも通りの平坦な口調で返答した。


「そうですね。たとえば民衆から多くの支持を得ているのなら、王家もそれを無視して流刑にも近い場所に送り出すことは出来ないでしょう」

「民衆の支持……」

「もっとも今のデメトリア姫の評判では、天地がひっくり返るほどの何かがない限り無理でしょうけれど」


 王女は顔を青くしたまま黙り込んだ。


「……落ち着いて下さい」


 ご当主様はそっと王女の髪を撫でた。


「なにを心配しているのかわかりませんが、一つずつ問題を整理すれば、必ず最悪の事態は避けられます」

「…………」

「私も一緒に考えます。きっと大丈夫です」


 王女の目にすこしずつ生気が戻ってくる。

 そしてパンと自分の頬を張ると、にっこりと微笑んだ。


「そうよね。リュークもいるし、まだ二日もあるじゃない! 弱気になるなんてわたしらしくないわ!」


 彼女のこの切り替えの早さだけは見習うものがある。すでに何かを思いついているのか、キラキラとした瞳の輝きを取り戻していた。


「あなたと二人だけで話したいことがあるの。やっぱり部屋に入っていいかしら」

「二人だけで、ですか?」


 ご当主様の声がわずかに低くなったような気がした。


「ええ、誰にも聞かれたくない相談があるから人払いして欲しいの。あっ、エミリアも先に戻ってくれててかまわないわ」

「まあ、いいのですか!?」


 急にふってわいた自由時間に飛び上がりたいほど歓喜した。

 デメトリア姫様との約束の時間まで、まだ少しある。今から全力で湯を張れば、朝風呂も出来るかもしれない。


「いいでしょ、リューク?」

「…………………………ええ、もちろんです」


 なんだか返事までに時間がかかったが、機嫌のよいユスティネ王女は気がついていないようだった。

 もちろん、有能な私は気がついていたが、余計な事をいってせっかくの休憩時間がチャラになってはいけない。私は再び目をつぶり口を閉ざした。

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