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【本編二章 連載中】傲慢王女でしたが心を入れ替えたのでもう悪い事はしません、たぶん  作者: 葵 れん
二章

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正体不明の異邦人 2

 *誰でも簡単、ネス国風御守の作り方*


 ①小さな木枠に縦横に糸を張る。

 ②縦糸ぬうようにさらに横糸をつたわせ、端までいったら折り返す。

 ③模様が上手く出るように目を数えて色糸を出したら、簡単に……。


 簡単に……。

 …………。

 ………。


「あーもう! 面倒くさい、飽きちゃったわ」


 延々とした繰り返し作業に嫌気がさし、思わず作り途中で木枠を放り投げた。限界まで頑張るなんてとても偉いのに、エミリアはどうしようもないダメ人間を見るような視線を向けてくる。


「またですか。こらえ性がなさすぎますよ」

「そうは言われても、こういう単調な作業は眠くなるのよね」


 心優しいわたしは、婚約者のためにネス国の御守をプレゼントをしてみようと考えた。それは単なる思いつきで、別にリュークの態度に不安になったからではない。しかし思いつきで始めてみたものの、数分ですぐ飽きてしまった。

 それによく考えたら、リュークはこういうゲン担ぎに興味などないような気がする。


「せっかくここまで作ったではないか。なかなか筋がいいし、もう少しだけ頑張ろう」


 根気強く励ましてくれるのは、黒のベールを脱いだデメトリア姫だ。公式の場でもひたすらベールを被り続けているのだから、なにかよっぽどの事情があるのかと思いきや、意外にもあっさり素顔を見せてくれた。まあ、手芸をしながらベールを被っていたら危ないものね。

(それにしても、肖像画の前王妃様とそっくりね)

 特別な美人でも、驚くほどの不細工でもない。ごく平凡ながらもどことなく品のある顔立ち。それが私の彼女の素顔に対する感想だった。


「そうですよ、ティーネ! 恐れ多くもデメトリア姫が教えて下さっているんです。もう少し粘りましょうよ」

「うう……。わたしはただ、できるだけ簡単にすませるやり方を教えてもらえればそれでよかったのに」


 御守を作ってみたいと相談すると、デメトリア姫は手持ちの道具を貸してくれるばかりでなく部屋にまで招待してくれた。そのうえ丁寧に編み方を教えてくれた上に、こうして投げ出しそうになる度に声をかけてくれている。おかげでなんだかんだと小休止を挟みながらも半分ほど完成させることができていた。


「デメトリア姫様は本当に教え方がお上手です。なんだか教えるのに慣れていらっしゃるみたい」


 つき合いで同じような御守を作っていたエミリアが、うっとりとデメトリア姫を見た。まあ、確かに彼女の教え方は丁寧でわかりやすい。意外なことに。

(……ふむ)

 苛烈で手がつけられない性格と聞いていたデメトリア姫だが、実際に言葉を交わしてみるとかなり印象が違う。むしろ周囲に甘やかされ、わがまま放題になりがちな令嬢達と比べれば、かなり善良な部類に入るのではないだろうか。だというのに彼女につきまとう悪い噂は、父親であるネス国王との不仲が原因なのか、それとも……。

 思わずデメトリア姫をとりまく状況について考えを巡らせていると、姫は部屋の奥で少しごそごそやったあと、飲み物を持って戻ってきた。


「それほど良い銘柄ではないが、休憩に紅茶でも飲むか?」

「やった! 休憩は大好きよ!」

「まったく。ティーネは周囲に甘やかされて、わがまま放題ですね」


 エミリアが呆れたように肩を竦めた。


「あら、みんなにだって休息が必要よ。今日は色々なことがあったもの」

「それはそうですね。今日の午前中はまだ王都にも到着していなかったっていうのに。こんなに濃密な一日になるとは思いませんでした」


 そこはわたしも同感だ。

 まだいつもの就寝時間には少し早いが、すでに強烈な睡魔の気配を感じている。


「本格的に眠くなる前に、なんとしても仕上げなくちゃね」

「ちょっと待て、そこは一つ目が多いぞ。色を変えなくては……」

「このさいちょっとぐらい間違ってても構わないわ。ようは気持ちよ、気持ち!」


 わたしはもう完成させることだけに集中して、多少の間違いは気にせず先に進めることにした。美術館に寄贈するわけじゃなし、ちょっとしたプレゼントになればそれでいいのだ。


「そこは糸を強くしすぎだ。目が飛んでるし、表と裏が違うぞ」


 デメトリア姫があわあわと指摘するが、完璧をめざして作りかけよりも、とにかく完成品にした方がずっといい。構わず勢いで指を動かした。


「うわあ、もう少し丁寧に仕上げればいいのに。デメトリア姫の作ったものを見てくださいよ」


 エミリアはお手本として借りているデメトリアの作品をぐいぐい見せつけてきた。それは繊細で丁寧で、素晴らしい出来栄えだった。昼に売り物として売られていた商品も目にしたが、それと比べても遜色ない……どころか、上をいく完成度ではないだろうか。


「こういう作業は好きな方でな。……しかし、ティーネもすごいぞ。確かに完璧ではないかもしれないが、短時間でよく頑張ったな」

「えへへん。エミリア、聞いた?」

「デメトリア姫様、気を使わなくていいのですよ」

「いや、本当に感心したぞ。大した集中力だ」


 ふふん、わたしにかかればこんなもの……。


「ここからが一番、模様が複雑になるぞ。この調子なら今夜と明日一日頑張れば、明後日の狩猟大会になんとか間に合うだろう」

「よし、完成させるのは諦めましょう」

「ティーネ!!」


 すでに作業に飽ききっていたわたしは、勝てない戦いに挑むことを止めた。というか明日いっぱいこの作業をこなしていたら、楽しみにしていたネス離宮の案内をうけられないではないか。やる気をなくしてソファに沈み込む。メイドが冷たい視線を送ってきたが、無理なものは無理だ。

 姫は早々に説得を諦めたのか、エミリアの作ったものをチェックしはじめた。進みは遅くまだ五分の一ほどだが、完成度は高い。


「エミリアは本当に仕事が丁寧だな。時間をかけてきちんと基本を守っている。最初は手間取っても、何度も完成させていくうちにスピードは上がっていく。最終的には一番上達しやすいタイプだぞ」

「あ、ありがうございます」


 エミリアは戸惑ったように視線を外した。しかしその口元は笑みを我慢できずにピクピクと上がりそうになっている。褒められて嬉しいなら素直に喜べばいいのに、難儀な子だ。

(それにしても、デメトリア姫は本当に教えるのが上手いわ)

 姫は出来上がりのチェックに気を取られているようだったので、チャンスとばかりに率直な質問をぶつけた。


「あなた、人に教えるのは初めてじゃないでしょう」

「ああ、時々だが孤児院の子ども達にやり方を教えている。室内遊びにもなるし、上達すれば売り物にもなるからな」


(……うん?)

 彼女の言葉に、内心首をかしげた。

 エミリアは自分も子ども好きらしく、姫の言葉に顔を輝かせる。


「素晴らしいですわ。子どもって本当に可愛いですものね」

「ああ。それに親を亡くしたという共通点があるせいか、見捨てておけなくてな。お父様は生きているが、本当の意味の親はお母様だけだったから……」


 しんみりとした空気など気にせず、わたしはさらに質問した。


「待ってよ、あなたは『引きこもり姫』じゃなかったの?」

「ユ……ティーネ!」

「孤児院で子どもたちを励ますことは、国民に希望を与えるよい行いだと思うわ。なのにどうして周囲はそれを知らないのよ」


 姫はたじろいだ。


「そ、それは……そんなことはどうでもいいではないか!」

「でも気になるわ。この様子だと、一度や二度、気まぐれに行ったものではないのでしょう?」


 姫はギュッと口を閉ざした。

 ふむ。本人が言いそうにないのなら、推理してみるしかない。


(姫は孤児院で子どもたちに手芸まで教えていた。だけど誰もそれを知らないでいる。……第三者の誰かが故意に事実を隠したのかしら? もしそうだとしても、孤児院の子どもたちをどうやって黙らせたのかしら)

 子どもは無邪気で、自慢したがりだ。いくら口止めしてもつい誰かに漏らしてしまうだろう。それも孤児院にいる全員に秘密を守らせるなんて不可能に近い。

(……逆に考えたらどうかしら。黙っているのではなく、そもそもデメトリア姫だと知らずに面会していたのなら……)

 そんなことがありえるだろうか、と考えてからハッとした。

 姫は公式の場でも黒のベールを被り、喪に服した姿をとっている。その彼女がベールを脱いだ姿でこっそりと孤児院を訪れたとしたら?

 孤児院の子どもたちは黙っているのではなく、彼女の正体をしらないのではないだろうか。


「あなた……もしかして、ベールを脱いで孤児院にいったの?」

「なっ……! お前、何故その事を!?」


 ズバリ指摘すると。デメトリア姫は驚き慌てた。

 が、私だってまさか当たるとは思っていなかった。エミリアも目を皿のように大きくして驚いている。顔を見せずに正体を隠すのではなく、逆に見せて正体を隠すとは。


「せっかくよい行いをしているのに、どうして正体を隠したりするのよ」

「……ティーネ、エミリア。このことは誰にも言うでないぞ」


 デメトリア姫は観念したように顔を上げた。


「わたくしはこれまでほとんど役に立たったことのない、嫌われた存在だからな。孤児院の子ども達だって『引きこもり姫』から親切にされたいなどとは思うまい」


 そんな事はないだろうが、とにかくデメトリア姫はそう思っているようだった。

 しかしわたしは説明を受けてもなお、疑問が解消されない。


「本当にそれだけが理由かしら。評判の悪い自分が何かをしても喜ばれない、それだけの理由で正体を隠していたの?」

「…………」

「むしろ評判が悪いこそ、善行を行ったならアピールするべきよ。今さら言い出しにくいというのなら、協力してあげ……」

「――余計なお世話だ!」


 強い物言いに、その場がシンとなる。

 姫はすぐさま口元をおさえたが、やがて諦めたように息を吐いた。


「これでいいのだ。わたくしが王位にふさわしくない『引きこもり姫』でいた方が、この国のためになるのだから」

「え?」

「……オリバーが王になった方が、この国のためなのだ」


 思わず目を見開き、まじまじと姫を見つめた。


「まさかあなた……オリバー子息を王位につけるために、わざと?」


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