4 傲慢王女、城下町を満喫する
リュークは約束通りすぐに証言を取り直すよう信頼できるごく少数の側近に再調査を依頼してくれた。今はその結果待ち。
つまり、自由時間!
「リューク!あれは何?見たことない食べ物だわ」
「あれはこの辺りの郷土料理ですね。プレフェンという穀物をパンのように焼いたもので、一緒に付いているスープに浸して食べます」
「へえ、美味しそう。どの屋台もいい匂いがするし」
「地下資源の採掘現場で働く単身者が多いので、特に食べ物の屋台は数も種類も豊富ですよ」
城下町を見てみたいというと、なんとリュークも一緒についてきてくれた。
あの日以来、あれほど放置されていたのが嘘のようによく私の為に時間を作ってくれる。お互いラフな格好のままで朝食を一緒に食べたり、寝る前に挨拶にきたり。共有する時間が長くなるにつれ柔らかい表情が増えてきたなと思っているのだが、メイド達は私を断罪するための証言を集めている事を知っているため逆の感想を持っているようだ。
『油断させるために甘い顔をしてるけど目が笑ってない』『部屋を出た瞬間溜息をついてた』『嫌々相手してるのがオーラでわかる』
うーん、本当に先入観って怖い。意外だったのはアンが最近は私に味方してくれて反リューク派になりつつあること。うむ、美味しそうなお土産を買っていってあげよう。
ところで、こういうのは普通お忍びで変装とかするとおもうのだけれど、こんな小さい街でバレないはずはないとのことで最初から素顔。普段から見回りも兼ねてしょっちゅう城下町に出ているので大丈夫ですよという言葉を信じて外に出た私が馬鹿でした。
「おい、領主様が女性連れで歩いてるって本当か?」
「領主様になったっていうのにいつまでも独り身だから心配してたけど、ついにお嫁さんが来てくれるのかしらね」
「これまたどえらい別嬪さんじゃねぇか。一体どこの貴族様だろうな」
「……リューク。めちゃくちゃ注目されてないかしら?」
本人達は遠巻きにこっそり見守っているつもりなのかもしれないが、声が大きいので丸聞こえだ。最初は知らんふりを通そうかと思ったけど、これは無理。注目される事には耐性があるつもりだったが、なんというか熱量が違う。ねっとりしている。期待が重たい。
リュークにだって聞こえているはずなのに、こっちは全然平気そうだ。
「いいんですよ。こうやって仲良く一緒にいる所を見せておけば、じきに妙な噂も無くなるでしょう」
(妙な噂ってフローチェ子爵令嬢の事かな)
「今日あたり、貴方の素行の件についても調査が終わって報告がくるはずです」
「うん」
誰がどんな理由でやったのかは知らないが、わざと偽の噂を流したのだとしたらそれだけでも十分な罪になる。だけど今はその事は忘れて充分に楽しませてもらおう。
「それにしても、城壁の中は本当に平和そのものね」
前回は街に下りる事はなかったので初めて見たが、全体的に衛生的で治安もいい。それに他の地域からの搬入は少ないというのに、必要なものが必要な量回るように上手く統治されている。
地下資源の鉱石による収入は大きいだろうが、それだけでこの平和は成しえない。
(さすが、お父様が格別に目をかけるだけあるわね)
前当主夫妻が亡くなった直後、王都ではあまりに若すぎる次期当主に不安を感じていた。
別の当主代行を立てるべき、という声も上がったが当のバルテリンク領の有力者達はこぞってリュークを当主に推した。曰く、次期当主は彼をおいて他はないと。代行の座を巡っての内紛や、最悪外部からの派遣が来ることを嫌ってのことだろうが、それを差し引いても満場一致の推薦は異例だった。
何かのついでにその話題をだすと、彼は事も無げに答えてくれた。
「二百年ほど前に王国に統合されるまで、バルテリンクが独立した小国だったことはご存知ですか?」
「もちろん。その時の戦争の勝利者が初代バルテリンク領の領主になったのよね」
「そうです。そしてその領主の妻になった女性は実は旧王国の血筋を引いてたらしいんです」
「ええ?」
それは初耳だった。ん?もしかして世が世ならリュークは王様だったってこと?
「その女性が旧王家とどの程度の関わりがあったのかはわかりませんが、自国を滅ぼした憎むべき相手に嫁ぐとは。血を感じますね」
「理解できちゃうの、その心境……」
「そのおかげでバルテリンク領は旧王家の末裔が統治してますからね。あ、ごく限られた一族の当主だけに口伝で伝えられている秘密なので、他言無用でお願いします」
「そんな重大な秘密あっさり話さないで貰えるかしら!?」
私はつい大きなため息をついた。領地に来てそろそろ一か月。ずーっと放置同然だったのに、ここ数日でリュークの警戒心がなさすぎる気がする。極端すぎだ。
「どうしました?疲れましたか」
リュークの声掛けに頭が現実に戻った。
「あ、うん大丈夫。それより、そろそろ夕方になってきたので兵士の訓練所と詰所がある場所まで案内してもらってもいい?」
私の言葉に、リュークは顔を曇らせる。
そもそも今日はバルテリンク領の有力者達が定期的に会合を開く日だと聞きつけて挨拶しに来たのだ。彼等は代々この領土の防衛を担当してきた私兵で、この辺りでは下手な貴族よりもよほど敬われている。
「出発前にもいいましたが、本当に行くのですか?根はいい人たちですが、普段は荒くれもの達を相手にしていますから短気で荒っぽいです」
「平気平気!まあ任せてよ」
「言っておきますが彼らは頑固なまでの現場主義です。王女様相手でも遠慮するような人達じゃないですよ」
「リューク、しつこい」
「……貴方が無駄に傷つかないか心配なんです」
心配?リュークが私を?
思わず振り返ると、確かに心配そうな顔をした耳の垂れた犬のような青年がいる。
「いえ……それも正確には違いますね。貴方が嫌な思いをして、やっぱり婚約を解消したいと言い出すのではないのかと心配なんです。すみません、避けて通れる相手ではありませんし、彼らと上手くやっていけるかどうか早めに見極めた方がいい事を、頭では理解しているのですが」
(………………ん?それって……)
「……リューク。婚約解消、したかったんじゃないの?」
「最初からしたくないですよ。ただ貴方が帰りたがっていたから……」
リュークが珍しく言いづらそうに言葉を濁す。
「じゃあ、私ここにいていいの?」
「貴方がそう思って下さるなら、ずっと」
「それって、ついにリュークが私の有用性を認めてくれたって事!?」
私はキラキラと目を輝かせた。しかしリュークは何を下らない事を、と言いたげに鼻で笑った。
ちょっと!私、王族ぞ!?
「そんな事は貴方が来る前から分かっていますよ。例えどんなに性根が悪く捻くれきった性格破綻者でも受け入れる覚悟はありましたから」
「そこまで覚悟しても婚約破棄を言い渡されるって、どんだけ性格悪いと思われてたの!?」
しかし、リュークは首を振った。
「いいえ。こちらも良心の呵責を感じないような方であればどうとでも言いくるめて利用してやろうと思っていました」
「爽やかな顔して結構腹黒い」
「私は領主としての判断を曲げてまで、貴方の望む通りにしてあげたかったんです」
「…………。嘘だあ、責任感と領土愛だけで生きてるような存在なクセに」
「そんな風に思ってらしたんですね。まあ間違ってもないですけど」
「じゃあなんで」
「わかりませんか?」
まさか、という気持ちともしかしたら、という気持ちが入り交じり心臓が高鳴った。
「……わから、ない。はっきり言ってくれないと分からない」
「好きだからですよ。生まれ育ったバルテリンクよりも何よりも、たった一か月前に来ただけの貴方の事が」
そう言って笑うリュークの瞳は、初めて会った時と同じ冷たいアイスブルーの色をしているのに。どうしてか、ひどくあつい熱を感じて、とても見ていられなくなって目を逸らした。
(好きなんて、それこそ飽きるほどに何度も言われた言葉だったのに、なんで)
それは今までのどんな言葉よりも私の胸を締め付けた。
だって私はリュークがどんな人なのか知っているから、その言葉がどれだけ真摯なものかわかっている。何か言葉を返そうと思うのに、胸が詰まって言葉が出ない。
……私は……私も……。
突然、どわっと周囲から歓声やら拍手やらが鳴りひびいた。
ハッとなって周囲を見回すと、気のよさそうなおじ様が頷きながら拍手をしていたり、顔を赤くした少女達がそれでも食い入るように見入っていたり、長年リュークを見守っていたであろうご老人方が涙を滲ませてたりした。
え、ちょっと待って、なんだコレ。
「待ってこれ、今までの全部……」
「全部聞かれていたでしょうね。道の往来ですから」
いまの今まで意識の外にあった私と違い、リュークは平然としている。
待って。さっきの、これだけ大勢の前でてらいも無く言ってたの?…………人生で初めて、ツラの皮の厚さで敗北した!!
私は無言でリュークの腕をとり、その場を逃げるように退散したのだった。
ちなみにあれだけ心配された有力者のおじ様達との初対面は無事になんなく終わった。
まあ、リュークとの事を相当に冷やかされまくったけれど。辺境地、噂まわるの早すぎる…………。
◇◇◇
その夜、リュークの言った通りに調査の結果報告がきた。
人づてに聞いた話や単なる思い込みによるエピソードは除外。結果、特に強烈な悪評を言いふらしていたのは、一人の侍女だった。そしてその侍女の周辺をさらに探ると、浮かび上がるのはとある人物。
これは、やはり間違いないだろう。
「……フローチェ子爵令嬢を呼び出してください」
よくも今まで好きにやってくれたわね。今度はこちらの番よ、覚悟なさい!