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【本編二章 連載中】傲慢王女でしたが心を入れ替えたのでもう悪い事はしません、たぶん  作者: 葵 れん
二章

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傍若無人な新米メイド 3(※辺境伯視点)

 晩餐会場のネス離宮は、色鮮やかな敷き布や魔法灯で美しく装飾され来賓を出迎えた。


 建国記念式典の行われるのは奥の中庭だが、今夜はもっと手前の晩餐室に案内される。吹き抜けで広々とした空間はどちらかというと大ホールとでも呼ぶ方がふさわしく感じた。テーブルの上には贅をこらした食事が所狭しと用意されており、座席には今回招待された中でも特に重要と位置づけられた国の代表たちが集っていた。


 これまでにも離宮は何度か案内されたことがある。現代の技術では作り出すことのできない、複雑な形の装飾が施された石造りの宮殿で、確かに見ごたえのある荘厳な建物だ。

 しかしそれでもラウチェス国の王女がメイドに扮するほどの価値があるかといえば、首をかしげざるを得ない。

(まったく、どうして私に隠し通せると思ったのだろうか)

 怒るべきか笑うべきか判断に迷うところだ。

 野営地で遠目に見かけた時、自分でも不思議だがすぐ気がついてしまった。最初は思い違いだと信じたかったが、間近で見れば彼女以外の何者でもないと確信した。隠しきれていない身体的特徴もそうだし、なにより「氷の辺境伯」とまで呼ばれている領主が突然目の前に現れたというのに怯えも動揺もせず、むしろドヤ顔でまっすぐ見つめ返してくるあの態度。

 ……あんな傍若無人な新人メイドがいてたまるか。


 なんとも困った王女様だ。

 しかし一番わからないのは、彼女に振り回されることを嫌だと思っていない自分自身かもしれない。


「皆様方と我がネス王国の栄光に、乾杯!」


 ネス国王の乾杯を合図に宴が始まった。顔を合わせたことがある貴族が何人かこちらに挨拶に来る。すぐ近くでは貴婦人たちが扇の裏で忙しく噂話を囁き合っていた。


「ごらんになって。オリバー公爵子息とエレナ伯爵令嬢があんなにぴったりと寄り添って。二人は本当にお似合いですわ」

「若いご令嬢たちを夢中にさせたオリバー様も、ついに婚約相手をお決めになったようね」

「となると、やはりデメトリア様はお可哀想に……まあ、私ったら」

「ほほ、公然の秘密ですわよね」


 興味のわかない話題を聞き流し、無難な挨拶を交わし合う。あれほど王女が見たがっていたのだから、式典後にでも見学できるよう頼んでみるか。そんな算段を考えていると、遠く離れた場所にいるはずのない人物を見つけた気がした。

 思わず二度見するが間違いない。


「リューク様はデメトリア姫をどう思われますか? 恋敵が憎いからと、王族にあるまじき振る舞いを繰り返しているらしいですが。一説ではネス国王は姫をすっかり見放しているとも言われているのですよ」


 談笑の輪の中にいた貴族が耳打ちしてきたので、私はつい思ったままを口にした。


「そうですね、なにを考えているのかと小一時間は説教をしたいです」

「え? ああ確かに、ネス国王がどうお考えになっているのか問い詰めたいところでしょうとも」


 ここはバルテリンクでもラウチェスの王都でもない。だからその振る舞いにはよく気をつける必要がある、そのぐらいは理解していると思っていたのに。

(まったく、本当に!)

 会場の出入り口辺りに『ティーネ』の姿を見つけ、自分がいかに甘かったかを痛感した。



 ――ガチャン!



 ふいにテーブルからグラスが落ち、床に落ちて四散した。


「きゃあっ! ご、ごめんなさい、デメトリア様……!」


 今にも泣きだしそうな声が人々の注意をさらにひき、会場が大きくどよめいた。


「なんてこと! エレナ様、お怪我はありませんか!?」

「お可哀想に、こちらにいらして」

「いったい何をなされるのですか、デメトリア様!」


 視界の端で起きた出来事ならあらかた見ていた。

 ただグラスが床に落ちた、それだけのことだ。しかし会場中の貴族はデメトリア姫に白い視線を向け、何人かの貴公子が詰め寄る。

 それら全部どうでもいい。騒ぎに乗じて、こっそりと会場を抜け出そうとしている、新米メイドのこと以外は。


「失礼、急用を思い出しました」


 早口にその場を切り上げると、人波をぬって後を追いかけた。



 ◇



「――何をしてるんです?」

「ひゃっ!?」


 火事場泥棒ならぬ、火事場見学をしようとしている不届き者に声をかけた。


「リュ、じゃない、当主様。一体どうしてここに?」

「それは私のセリフです。晩餐会に参加するメイドは指定されていたはず……いや、そのことはいいとしても、どこに行くのですか。使用人は指定された場所で待機して、勝手に動き回らないよう厳命されているはずですよ」


 分厚い眼鏡をかけた新米メイドは、私の出現にひどく狼狽しているようだった。

 発見したのが自分だったからいいようなものの、衛兵に見つかればそのまま地下牢行きでもおかしくないというのに。油断も隙も無いとはまさにこのことだ。


「え、えーっと、その、お手洗いを探していて……」

「…………」

「本当にどうしても我慢できなかったんです!」


 重い溜息をついた。

 どうしてもついてくるというのなら、いっそ知らぬふりをしてメイドのまま入国させようと決めたのは自分だ。王女の性格なら、正体がバレたとわかったとたんに居直り、好き放題するのは目に見えている。ならばいっそ『正体を隠す』という制約を与えた方が大人しくしてくれるかと期待したが、あまり意味はなかったようだ。


「わ、わかりました。今すぐ持ち場に戻りますってば」

「それより他に謝るべきことはないのですか」

「え!? ななな、なんのこと!?」


 むしろここまで追い込まれてもまだ本当のことを言おうとしないのは何故なのだろう。

 なにかネス離宮に固執する理由があるのかもしれないが、王女から知らされていない私にはわからない。そして彼女の秘密主義は今回に限った事ではなかった。


 悪意があるわけではないとわかっている。

 何かどうしようもない事情があるのかもしれない、だが。


「私はそんなに信頼に値しないでしょうか」

「え……?」


 打ち明けてもらえない事を寂しいと思う。

 確かに自分は融通の利かない人間ではあるが、それでも出来る限り力になりたいのに。


 今回だって本当は王女が同行出来るように手配していたのだ。出発の朝、迎えに行くつもりだったのに断固顔を見せないので、とても心配させられた。

(結局、自分でなんとかしてしまう。だが、その後始末はいつもこちらがするのだと、本当にわかっているのだろうか?)

 じわじわと湧いてくるのは、理不尽に対する憤りだった。

(今回だって陰で協力していなければ、どんなひどい目にあっていたかわからないというのに性懲りもなく。……こちらの気も知らないで!)

 

 秘密主義など、百年早い。

 意地でも正体を暴いてやろうと決めた。


「私が何も気がついていないと、そう思っていますか? 他ならぬ貴方のことなのに」


 ティーネは、いやユスティネ王女は動物的本能で危機を感じたのか一歩下がる。

 だけどもう遅い。

 壁に両手をつくと、小さな体は簡単に閉じ込められた。


「ひえ……!?」


 過度に怖がらせまいと微笑むと、何故か彼女は涙目で悲鳴を飲み込んだ。


「貴方はあくまでバルテリンクの新米メイド。そう言い張るんですね?」

「……っ」


 戸惑っている彼女の手をとる。

 ゆるく指を滑らせ、わざと音を鳴らして口づけた。


「それにしては、随分綺麗な手をしていますね」


 真っ赤になった顔に少しだけ満足感を得る。恥ずかしがって手を離そうとする気配を感じるけれど、逃がしてあげない。彼女といると私は時々、とても意地が悪くなる。


「し、新入りだからです! 仕事を覚えていくうちにメイドらしい手になりますから」

「そうですね。ですが私は、この手がいつまでも綺麗なままでいてほしいです」

「え……?」


 王女が顔を上げたので、ようやく目が合う。

 責めるつもりはない。

 ……ただ、いまだ信頼に足ると思われていない自分が情けないだけだ。


「貴方が傷つくのは嫌なんです。私自身が傷つくよりも、ずっと」


 どんなも事があろうと必ず味方でいると、一体どうしたら信じてもらえるだろうか。言葉に出来ない願いを込めてみつめていると緊張で固まっていた手が解けた。

 眼鏡を外して素顔を見せる。


「……ごめん、リューク」


 頑なに白を切るだろうと思っていたのに。意外に思ってまじまじと見返すと、照れくさくなったのか頬を膨らませる。


「あーあ、気合を入れて変装したのに手を見てばれてしまうだなんて! こんなことなら、泥か何かで汚しておくべきだったわ」


 軽口を叩いて悔しがる王女に、思わず笑みがこぼれた。

 

「やっぱり何もわかっていない。手だけを隠したって無駄ですよ、いくらでも貴方を見分ける方法があるのに」

「ええ!? う、嘘でしょ」


 例えば容易には変えがたい背格好や体つきは、目をつぶったって思い出せる。……いや、それだけじゃない。


「きっと別の人の体に入ったとしてもわかる自信がありますよ。歩き方や話し方、しぐさのや癖の全部を変えてしまわない限りは」

「そ、それって冗談よね……?」

「さあ、どうでしょう」


 閉じ込められ逃げ場を失ったままのユスティネ王女が身を縮こまらせる。

 彼女が正体を素直に認め、当初の目的を達成した以上は解放しなくてはいけない。わかっているのに離れがたい。これは恥ずべきことだが、普段は強気な彼女が為す術なく腕の中に収まっている姿を見下ろすのは非常に気分が良かった。


「ちょ、ちょっと。もう離してってば……」


 王女の対応は間違っている。虚勢を張って睨みつけても、ただ可愛らしいだけで全然効果がない。こと私に対して、本気で拒絶したいのなら力まかせに殴るべきだった。


「……はぁ……」


 本心に逆らって手を引きはがすと息が漏れた。柔らかそうな首元に頭を預け、瞼を閉じる。くすぐったいのか、少し身じろぎをするが気にせずそのぬくもりを堪能した。

(どうして彼女はこんなに甘い匂いがするのだろう)

 頭の奥が痺れ、なにもかもどうでもよくなってしまいそうになる。しかしその時の私は自分を律することが出来たことに油断していた。だから顔を上げた先にすぐ近くに彼女の顔があることにとても驚いた。

 瞬間、私は先に後悔する。


 あの衝動が再び私を支配した。

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