傍若無人な新米メイド 2
平和だったはずのバザールの一角にピリピリとした空気が流れている。
深く布をかぶった人物は声高に叫んだ。
「お前の目は節穴か! その指輪はお前の店では勿体ないほどの高級品。それをこんな値段で引き取ろうなんてひどいではないか!!」
声の感じからして女性、というより少女に近い年齢に感じた。顔は隠れているが、体つきや手足の感じから見ても間違いはなさそうだ。
「いや、そう言われてもなあ。うちは見ての通り庶民が相手の露天商なんだよ。これでもうちの引き取り価格としては破格だし、不満ならもっと表通りの高級店にでも売り込むしかないと言っているだろう」
弱り切っていた様子の店主は、ふと訝しげな視線を向けた。
「それとも表通りの店には行けない理由でもあるのかい?」
「そ、それはっ……! もういい、こんな店ならその程度なのだな。そのはした金で我慢してやるから、早く代金を支払え」
買取を希望していたらしい少女は汚いものでもみるかのように、むき出しで商品を売る露店を一瞥した。それまで低姿勢で対応していた店主もさすがにカチンときたらしく、これまでなんとか絞り出していた愛想を引っ込めた。
「お嬢ちゃん。親切心で言っておくが人と取引をしたいなら、もっとモノの言い方ってもんを勉強しろよ。うちの店に不満があるなら帰ってくれて結構だ」
「なっ!? そ、そんな……」
本人は店主が何故取引を止めたのかを理解していないようだった。最初は驚き戸惑った彼女は、次第に怒りを滲ませていく。
「わたくしはお前の言った値段でいいと言ってる! その上まだ買い叩く気なのか!?」
「こんな店でも俺にとっては命より大切な店なんだ! その中で精一杯の金額を提示してやった。それをはした金だのなんだの馬鹿にされてまで取引したくなんかない!」
「こちらが譲歩してやったのに、なんだその態度は! 本当の事を言ったまでだろう!?」
「商売の邪魔だ、あっちにいけ!」
カッとなった店主が掴みかかろうとする直前、わたしは二人の間に入った。
「お待ちなさい!!」
思わず手を止めた店主が気まずそうにわたしを睨みつけた。
ついでに少し離れた場所でエミリアが気絶寸前の顔をしていたが、そっちは一旦置いておこう。
「ちっ……。な、なんだよ。止める気か!」
「いいえ? あなた方の諍いには興味がないから勝手にやってちょうだい。それよりも」
少女側に向き直り、その手にある指輪に顔を近づけた。
「ふうん。持ち主はひどい性格だけど、持ってきた品物は悪くないじゃない」
「な、なんだお前は!?」
「その指輪、とても綺麗ね。なんの石なのかしら」
古いデザインの指輪だが、近くで見るといっそう美しい燃えるような赤い石が台座にはまっている。色が澄んでいて傷もない。
(うん、いいわね!)
即決すると、戸惑っている顔の前に数枚の硬貨を見せた。
「これでわたしが買い取ってあげる。あの商人が提示したより多いはずだけど、どうかしら」
「こ、これは金貨……!? い、いいのか!?」
店主は思わず口を挟んできた。
「おいあんた、その石は綺麗だが宝石じゃないぞ!」
「宝石じゃなくてもかまわないわ。わたしが気に入ったかどうかが一番大事だもの」
「ええっ!? き、気に入ったからって、どんなガラクタかわかりゃしないのに……」
店主は宝石でないというだけで価値を見限っているようだった。しかし宝石であろうがなかろうが、どこか謎めいた輝きを持つ指輪に強く興味を引かれたのだ。
少女は思わぬ高額がついたことに驚いているようだ。わたしはにっこりと微笑み……そしてリュークを真似た冷たい視線を投げた。
「それにあなた、とってもお金に困ってそうだし」
「……っ……!?」
「あら、気に障ったかしら? でも『本当の事を言ったまで』、よ」
先ほどの発言の意趣返しをしたのだと気がついたのだろう。怒りでこぶしをブルブルと震わせている。斜め後ろでエミリアがくいくいと袖を引っ張っているが、今は気がつかないふりをした。
悪意がなくとも彼女の物言いはとても危険で、荒療治だとしても即刻直す必要がある。
それから、もう一つ。
「あなた、さっきわたしにぶつかって来たわね。まずはそのことを謝りなさい」
当然の要求だというのに何故か少女は黙り込んだ。そして決意したように顔をあげると、キッと睨みつけてきた。
「……らぬ……!」
「え?」
「わたくしは謝らぬ! お前たちのような何も背負っていない人間とは違うのだ。安易に頭をたれて媚びへつらうような真似などしてたまるか!」
「は? へつらうって……」
彼女は憤然と立ち上がると、事態を見守っていた店主に顔を向けた。
「おい。先ほどお前が提示した値段から一枚銀貨を抜いて構わない、それで買い取ってくれ」
「な……なんですって!?」
わざわざ安い値段で売りつけるとは思わなかった。驚いて声をあげるが、彼女は構わず商人に指輪を押しつける。
「毎度あり、是非またご贔屓に!」
「ちょっと! あなたもさっきまであんなに怒っていたくせに、なにを平然と取引しているの!?」
「いやあ、もともと最初に提示していた金額でいいと思っていたんだ。それをさらに値引いてくれるなら買い取るのは当然だろう?」
(くっ……! この仁義もへったくれもない手のひら返し。これだから商人は抜け目がなくて嫌なのよ!)
少女は悔しがるわたしをみてニヤリと笑った、ような気がした。彼女は布を深くかぶりなおすと人ごみに消えていった。
「あーもう、あーもうっ! なんって生意気な子なの!?」
「王……じゃなくてティーネ、落ち着いて下さい。そろそろ本当に戻りましょうよ」
「うー……。そうね、長い時間つき合ってくれてありがとう、エミリア」
「その分これからたっぷりと休ませていただきますからね!」
彼女は勝気に微笑んだけれど、次のセリフは聞き逃せなかった。
「晩餐会場は王宮ではなく、少し離れた離宮で行われるそうですから、私たち居残り組の出番は全然なさそうですよ。お陰で今夜いっぱいは何の気兼ねもなく休めそうです」
「なんですって!?」
「え? ですから、今夜は気兼ねなく……?」
「そこじゃないわ。離宮で催しをするのは最終日じゃなかったの!?」
想定外の食いつきに、エミリアは戸惑っているようだった。
「ええと、最終日にはもちろん一番奥の中庭で大々的なお祝いをします。だけど今日の夕食会では来客用の晩餐室を使用して丁重におもてなしをして下さるようですよ」
わたしは頭を殴られたような衝撃を覚えた。
そうだ、なにも最終日に使用するからといって、最終日以外で使用してはいけないわけではない。式典まではあと三日もあるのだから、今日も離宮で晩餐会を開催したとしても何の不思議もない。
「ね、ねえ。もちろんわたし達も同行できるのよね!?」
「いいえ? 今日は少人数での交流会になりますから、メイドの中でも特に厳選された子しか連れていかないですよ。彼女たちはもう身支度を終えているはずです。だからこそ私たちはこんな風に自由に出歩けるんじゃないですか」
「なんてこと! 今すぐ王宮に戻るわよ!」
「えっ? ど、どうしてです!?」
エミリアは露骨に嫌な顔をした。
「だって、今日はあとはゆっくりお風呂につかるだけって……」
「お風呂なんて入ってる暇はないわ! なんとしてでも晩餐会に参加するわよ!」
「ええっ!? い、嫌ですよ!! せ、せめてお風呂、お湯につかるだけでもっ……。いやああああっ!」
嘆くエミリアを無視し、駆け出した。




