招かれざる招待客 5
わたしを迷惑だの非常識だのと罵っていたヘルト子爵とメイドのエミリアが、翌日揃って頭を下げに来た。
「申し訳ございません! 私たちが間違っておりました!!」
「どうかお許しください、ユスティネ王女様!」
ゆったりと椅子に腰かけながら二人のつむじを見つめる。
さて、どうするかな。
「え……ええええええええええ!? なんでそうなるんですか!?」
まったく事態がのみ込めていない、アンの絶叫が響き渡った。
栄えある王族の侍女としては減点対象だが、わたしは彼女のこういう純朴さも気に入っている。説明は後でしてあげることにして、まずは二人に視線を戻した。
「ふーん……。昨日の今日で反省したなんて言われても、よくわからないけど?」
頭の一つでも下げればすぐに許しを得られると思っていたであろう二人は、顔をこわばらせた。
厳しすぎる処分は望んでいないが、かといって放置するのもよくない。それは以前メイド達の失礼な噂話を放置した時に嫌というほど思い知っている。
まずい空気だと思ったのかヘルト子爵が顔をあげた。
「そ、そういえば王女殿下はネス国への同行を希望されているとか。もちろんこの私も全面的に賛成いたしますぞ!」
「それはどうもありがとう。でもあなた一人味方につけたって、リュークが意見を変えてくれるとは思えないけど」
「うっ……。そ、それは……」
これは少しだけ意地悪が過ぎただろうか。だけど話し合いがほとんど決着しているのを知らないはずが無いのに、言葉だけの賛成を口にするほうだってズルい。
本気で賛成してくれるというのなら、もっと他に……。
「…………」
急に黙り込んでしまい、二人が訝し気な視線を寄こしてくる。しかしわたしは新たな思いつきに興奮し、満面の笑みを浮かべた。
二人の近くに顔を寄せ、そっと囁く。
「ねえ、本当にわたしに協力してくれるならリュークにイベリア行きを止めるよう頼んであげる。それに上手くいったら一年間の奉仕活動もしなくていいわ!」
「な、なんですと!」
「本当ですか、王女様!?」
とたんに子爵とエミリアが勢い込む。
現金な態度だけど、今回に限ってはそのぐらいの方が扱いやすくていい。
「それで、一体どんな協力をすれば?」
「うふふ、大丈夫。誰にでもできる簡単なお仕事よ。ただし、聞いたからには絶対に協力してもらうけど」
「そ、それはもちろんです。イベリア行きを回避できるのなら……いえ、王女殿下のお役に立てるというのなら喜んで協力させていただきます」
わたしはアンをはじめとしたメイド達を下がらせると、早速二人に条件を話し始める。
説明している間に二人の顔色がどんどん悪くなっていったけど、たいして確認もせずに勢いで頷いたのはそっちだから、わたしは悪くない。
(ちょっと卑怯だったかしら? でもこれはそう、バルテリンクの貴族が軽率に頷いてはいけないと教えるための試練なのよ、うん)
わたしは後付けの理由を考え、自分を納得させた。
話を聞き終わったふたりはこの世の終わりのような顔をしていた。
◇
数日後。
いよいよ出立の朝、リュークは部屋へ挨拶に来てくれたらしかった。だけど誰が来ても絶対にドアを開けるなと厳命していたから、それは無駄足になっただろう。
やがて時間になりバルテリンク辺境伯一行は予定通りに城を出発した。
そしてわたしは……。
「ご苦労様! 今日のメニューはシチューよ」
「おっ、元気がいいな。俺のは大盛りで頼むよ」
「いいわよ。その代わり午後もしっかり働いてちょうだいね」
最初の野営地では簡単な昼食が用意された。
仲間の一人として配膳係を担当するが、配膳といっても鍋の前で立っていれば向こうから並んでくるから動かない。ニコニコ笑ってシチューをよそうだけだし、この旅に参加している様々な人たちと会話できるのですごく楽しい。
列が途切れたタイミングで、隣にいたエミリアが声をひそめて話しかけてきた。
「ほ、本当にいいんですか、王女様」
「しーっ。気がつかれたら大変だわ、王女様はやめてよ」
「大変どころじゃありませんよ、メイドに変装して紛れ込むだなんて……!」
そう。二人に提案したのは王女である身分を隠し、メイドとして同行できるよう協力してもらうことにした。エミリアはサポート役として側についてもらっている。
リュークが心配していたのはわたしの身の安全。なのでこんな風に『どこにでもいるメイドA』になってしまえば誰も狙うことはないわよね。
(しかもこれならリュークに知られずネス国に行くこともできるから一石二鳥。天才だわ……!!)
ちなみにアンたち城のメイドにはちゃんと置き手紙をしていった。
『しばらくヘルト子爵の屋敷でお世話になります』
これでわたしがいないからといって騒ぎになることはない。バルテリンクに残るヘルト子爵には質問や疑いの目が向けられたり、直接面会したいという要求がくるだろうが、まあそこはうまいこと誤魔化してほしい。
居留守を使うだけの簡単なお仕事なのに、子爵は『絶対に無理です、お許しください』と青い顔をしていた。しかし『もし不在がバレたら、リュークから聞いたこれまでの発言、全部お父様に伝えるからね』と言ったら静かになった。
納得してもらえたようでなによりだ。
「それにしても、意外と器用でいらっしゃるのですね。失礼ながら慣れない配膳などを任せては、もっとひどい惨状になるかと思いました」
「ふふん、上手いものでしょ? 炊き出しのボランティアは何度もやったことがあるんだから」
「ただの盛り付けでそこまで威張られても」
エミリアと話し込んでいる最中に、リュークや他のお偉い人達が天幕から出てきた。彼らは一般の兵士たちとは別に食事が用意されている。給仕用の人間もついているから、こちらの列に並ぶ必要もない。
「ご、ご当主様……!」
「あんな遠目だもの、ビクビクすることないわよ」
わたしは今の変装に絶対の自信があった。
髪を平凡な茶色に染め、顔がわからないような分厚い眼鏡をしている。さらに念には念を入れて声を変える魔法薬まで使用しているので、今だって誰も気がついていない。そのうえ遠くなのだからいくら婚約者でもわかるわけがない。
「じゃあなんでこっちに来るんですか!?」
「あら、ほんとね」
「ああもう、バレたらちゃんと言ってくださいね。王女様が無理に協力させたって、私は何も悪くないって!」
エミリアが言うとおり、ちらりとこちらを目にしたリュークが一団から離れ、ズンズンとやってくる。
まさか正体がバレている……?
(いや。まさか、そんなはずないわ! 下手に動揺するから怪しまれるのよ。堂々としていればわかりっこない)
ならばと開き直り、探るような視線を見返す。
万が一、見破られたとしてもその時はその時と微笑んでみせた。
「お目にかかれて光栄です、ご当主様。わたしの顔になにか付いているでしょうか?」
「あまり見かけない顔ですね」
「ええ、新入りなので」
少しの沈黙があった。
「貴方の、名前は?」
ユスティネ……はさすがにまずいな。ええと。
「ティーネと申します」
「……ティーネ、道中は長いですからくれぐれも無理をしないように」
それだけ言うとリュークは立ち去った。
(ほっ……。や、やったわ!)
わたしは隣のエミリアに勝ち誇った顔を見せた。
「ほらね、大丈夫だったでしょ?」
「し、心臓に悪すぎます! ああもう、ネス国に到着する前に心労で倒れそう」
「大げさねえ。第一、あなたが倒れたらわたしはどうなるの? 一人でメイドのフリなんて出来るわけないじゃない。料理も掃除も、生まれてこの方やったことがないのよ」
「え?」
「というかこの服の脱ぎ方もわからないし。全部、手伝いが必要だわ」
たぶん、わたしがまともに出来そうな仕事ってこの配膳係くらい。正直に自分の能力を告げると、エミリアは虚空を見つめだした。
「は……? ということは私、この旅の最中ずっと王女殿下の面倒を見るの? しかも周囲は正体を知らないから、全部一人でフォローしながら!? 」
エミリアはまだなにかブツブツ言っていたけれど、気持ちはすでにネス国に向いていた。
(気づかれなくて本当に良かったわ。いざとなったら別ルートでもと考えていたけど、やっぱりリューク達に紛れて同行するのが一番安全だもの)
見上げると、幸先の良い晴天が頭上に広がっている。
「ふふっ、素晴らしいわ。とても楽しい旅になりそう」
「いや、無理無理、途中で死んじゃう……。どう考えても私、旅の途中でバレて処分されるか、バレなくても過労死するっ……! こんなことなら大人しく一年の奉仕活動の方が……ううん、いっそもう今すぐイベリアに送って!!」
背後でエミリアが何かを呻いていたが気にしない。
新天地を前に、わたしはわくわくと胸をときめかせていた。
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