招かれざる招待客 2
執務室は、緊迫した空気が満ちていた。
周囲にいるメイドたちはオロオロし、リュークの周りにいる家臣や貴族たちも同じようにどうしたらよいかと顔を見合わせる。
しかしわたし達はお互いに一歩も引かず、睨みあっていた。
「リュークばっかりズルいじゃない。わたしだって行ってもいいでしょ!」
「ズルとかではなく、招待されてもないのに非常識です」
「うん、そこはたしかに非常識よね。リュークを招いておいて、このわたしを招待しないだなんて」
バルテリンクの周囲にあるのは、長年敵対関係にあるキウル国だけではない。いくつかの小国が近隣にあり、そのうちの一つにネス国がある。今しがたもめているのは、そのネス国で開催される記念式典についてだ。
「招待客をリストアップする段階では婚約していなかったわけですし、事前準備もあることですから仕方ないでしょう。貴方は予定していなかったのに急きょ席を作るには、少々重すぎる立場なんですよ」
リュークはふっと眉を下げ、優しくわたしの髪を撫でた。
「ほんの二週間ほど留守にするだけです。あまり寂しがらないで下さい」
「え? 別に寂しいからついていきたいわけじゃないわよ?」
首を傾げると、何故かリュークの眉間にしわが寄った。
「ああそうですよね。貴方ってそういう人です」
後に控えていたアンが慌てたようにわたしのドレスの裾を引っ張る。リュークと同じように眉間にしわを寄せながら小声で耳打ちした。
「ユスティネ様、せめてもう少し言い方を考えた方がいいですよ」
「そうですよ。後でご機嫌をとるこちらの立場にもなって下さいって」
どういうわけだがリュークの従僕のヒリスまでが文句を言ってくる。むむむ、みんな向こうの味方ってわけ? おもしろくない!
会議の終わり際を狙って突撃したため、二人のさらに後ろには貴族や有力者たちまでが居合わせている。まさかこんなに抵抗にあうとは思わず、盛大に喧嘩を始めてしまったが仕方がない。悪いのはすべてこの石頭領主だ。
「異国の文化に触れる貴重な機会であることは認めますが、今回は諦めてください」
「別にいいじゃない。行ってしまえば向こうだって追い出しはしないわよ」
むしろ、わざわざ王族が顔を出せばいい拍付けになる。わたしはそういう価値がある立場だ。
「ネス国側はそうかもしれません。無理をおしてやってきたとなれば多少の手落ちは許されますし、最小限の労力で最大の効果をあげることが出来ますから」
「ならいいじゃない。決まりね?」
「私は貴方の安全面を心配しているんです!」
珍しくリュークの語気が強くなる。
周囲にいる者たちは彼を諌めることも、わたしを庇うことも出来ずに事の成り行きを見守っていた。
「道中や向こうの国でなにかあったらどうするんですか。行くというのならば最低でも一年、出来れば三年は計画を練り、水も漏らさぬ完璧な警備を用意しなければ……」
「そんなのいつまでたっても、どこにも行けないじゃない!」
もともと慎重な性格の彼だが、特にわたしのことになると異常なほど心配性になる。
気持ちはありがたいけど、正直うっとおしい。
「リュークの馬鹿! ちょっとぐらいいじゃない、なんで駄目なのよ!」
「はあ……。貴方こそ危機管理能力というものが欠如しているとしか思えません。駄目なものは駄目です、絶対に」
バチバチと二人の間に火花が散りる。
(このままじゃ埒があかないわね。……そうだ、いい手があるわ)
わたしは周囲で困り顔をしている貴族たちの中の一人に目線を送った。抜け目のない彼はすぐにわたしの意図に気がついたらしく、意を決しておそるおそる手を上げた。
「い、いや、リューク様。それほど神経質に考えなくともよいのではないですか」
「なんだと?」
「ひぇっ、そ、その……」
「よくぞ言ってくれたわ!」
部屋の温度がいくぶん下がった気がしたが、わたしは構わず賞賛した。
「素晴らしい意見よ! 臆せず、勇敢な決断を下せる人物こそ評価されるべきね!」
「あ、ありがとうございます。そのようなお言葉をかけて頂き、恐縮でございます」
「当然だわ。あなたのような柔軟な頭を、どこかの誰かにもわけてあげたいくらいよ」
これみよがしな視線を送ると、リュークの眉間の皺はますます深くなった。
この貴族は王都にいくつかの輸出産業を持っていたはずだ。おそらくその販路や取引相手の顔つなぎなどを期待してのおもねりだろうが、出された助け船にありがたく乗っかった。
「あなたのように機転がきくうえに選択を間違えないような人物ならば、ほんの少しチャンスを与えれば十二分に成果をあげることができるのでしょうね」
「は、はい、王女殿下! それはもう、ご期待以上に答えてみせますとも!」
「まあ頼もしいこと。ほっほっほ」
傍から見れば完全に悪徳商人と悪領主とでもいうような黒い微笑みで笑いあっていると、リュークが周囲まで凍りつかせそうな冷え切った視線を投げてきた。
(ほほほ。これだから権力者は止められないわ。おーっほっほほほ!)
このまま多数決でおしきってやろうと勢いこむ。しかし何故かリュークはいやに落ち着き払っていた。
嫌な予感を感じるより先に、ウォッホンと水を差すような咳払いが響く。
「あー……いやいやいや。それはどうでしょうかねえ」
含みのある笑顔で話にならないとばかりに首を振るのは、とある名家の有力者だった。
「王女殿下はこの国にとって大切なお方。安易に危険に晒すような真似をするのはいかがなものか。万一なにかが起きた時、貴殿が責任をとることが出来るのでしょうな?」
「ぐっ。そ、それは……」
味方してくれていた貴族は思わず黙り込む。
リュークの肩を持った有力者は、この辺り一帯の中では無視できないほどの力を持っている。長年の確固たる地位を確立している彼は、むしろ自分の立場を盤石にするためには若き辺境伯にアピールする方がいいと判断したらしい。
リュークは有力者に向かって深く頷いた。
「常日頃から的確な意見をくれるが、今日の発言はいつにもまして頼もしい。軽薄な意見に流されない忠義者がいてくれるかぎりバルテリンクは安泰だ。この事はよく覚えておこう」
「いえ、当然のことを申し上げたまででございます。そしてリューク様が家臣に対し正当な評価をなさる方だということも、一瞬たりとも疑っておりません」
(い……いやらしい!! なんて汚い大人たちなの!?)
自分のことは一旦棚上げし、腹黒く手を組む二人をきつく睨んだ。
「うむ、確かにおっしゃるとおりですな! なあ、皆さん」
「いいや、これは外交問題でもあるのですぞ。ネス国との友好を優先することが一概に悪いとは言い切れますまい」
わたしが味方についた貴族に恩恵を与えるような発言をしてしまったことを発端に、途端に熱がこもった意見が交錯しはじめた。そして議論が加熱していくにつれて、段々その場の空気が悪くなっていく。
「まったく、そんな意見は馬鹿げている。そもそも貴公はいつもくだらぬことばかり心配して、決断力にかけているのだ」
「なんだと!? それを言うならそちらは考えが足りないのだ!」
「むっ、もう一度言ってみろ!」
(あ……あれ。なんだか話が思っていたのと違う方に……?)
ちらりとリュークの方をみたが、『はじめたのは貴方でしょう?』と言わんばかり無視を決め込んでいる。ああもう、ほんっとうに意地が悪い!
止めなきゃいけない。
でもネス国は行きたい。
ぐじぐじと迷っていると、見かねたアンがつめ寄ってきた。
「もう、ユスティネ様。早く事態を収拾してください!」
「ううー……。だ、だってぇ……」
「だってじゃありません! 一致団結して領地を守るべき方々を煽って、ギスギスさせてどうするんです!」
第四王女を怒っていい人物などそう何人もいないはずなのだが、アンはそんなことまったくおかまいなしだ。そしておはようからおやすみまで面倒をみてもらっているわたしは、彼女に非常に弱かった。
「どうにかしないなら、当分の間就寝前のマッサージはなしですよ!」
「ええ!?」
まずい。『マッサージの拒否』は彼女の中でかなり上位のお仕置きだ。このまま意地を張っていたら、あの恐ろしい『おやつの禁止』まで発動されかねない。それにこの言い合いを長引かせていても、とてもリュークが首を縦に振るとは思えなかった。
「わわ、わかったわよ! みんな、この話はいったんおしまい。リュークもそれでいいわね?」
そう宣言すると、リュークは白々しく礼をとった。
「もちろんです。これ以上の議論が必要ないとおっしゃるのでしたら、王女殿下のご命令のままに」
わたしとリュークの意見が一致すれば、それ以上ぐだぐだ言うような愚か者はいない。全員がかしこまり、すみやかに退室していく。結局わたしの同行が決まっていないのに、まるでもうこの話は終わったとばかりの空気だ。
(最初は有利にすすみ始めたと思ったのに、いつの間にかこちらが折れたみたいになってる……!?)
わたしは自分を全肯定してくれる王宮で生まれ育ったため、策略だとか戦略だとかはあまり必要としてこなかった。対してリュークは諸外国の海千山千の猛者たちとやりあってきた相手だ。こうなってくるとアンが怒りだしたことまで計算されていたかのように思えてくる。
すっかりやり込められたわたしは、こぶしをワナワナと震わせた。
(ふ……ふんだ! いざとなったら別行動になってでも必ず……)
「ユスティネ王女」
次の悪だくみ……ではなく、アイデアを練っているとリュークが呼び止めてきた。
嫌味の一つでも言ってやろうかと思ったが、その顔は思いのほか真剣だ。
「貴方はなにをそんなに焦っているんです?」
「え? 別に焦ってなんて……」
「まるで今行かなければネス国に何か起こるかのようです」
ドキリとした。
「そ、そんなわけないじゃない……」
そう言いながら思わず視線をそらす。
相変わらず、するどい。
リュークはじっとわたしの顔を見た。見透かされそうな気がして、慌てて踵を返す。
「あー忙しい、忙しい! さっ、行くわよ、アン!」
わたしはやや強引に話を切り上げ、その場を退散することにした。




