招かれざる招待客 1
本編再開です! よろしくお願いいたします。
不思議な夢を見た。
自分で自分の葬儀を眺めている夢。教会の祭壇の上の方にふわふわと漂い、執り行われている葬儀をぼんやりと眺めていた。泣き崩れるお父様やお母様、それに兄弟たち。
『あの時もし婚約破棄をしなかったなら』
そんな気持ちがわき上がる。
やり直したい、なにもかも間違っていたのだ。こんな悲しい未来を回避するためならなんだってする。
だから神様。お願い、もう一度だけチャンスを!
強く願ったとたんにぐいっと意識が引っ張られるような感覚がきた。
周囲の景色がぐんぐん遠ざかっていく。断片的にいくつかの場面が過ぎ去り、どんどん過去にさかのぼっているのだとわかった。加速度的にスピードを上げた果てに、なにか柔らかい壁のようなものを突き抜けたと思ったら……大勢の視線が集まるあの場所で、わたしは再び意識を取り戻した。
「ユスティネ・デ・ エルメリンス・ラウチェス王女。貴方との婚約の話は白紙に戻させて頂く」
◇
はっと目を覚ますと婚約破棄の場面……ではなく、真っ暗になった自室の長椅子の上だった。
いつの間にか眠り込んでしまっていたらしい。
(今のは夢……?)
夢、というよりは過去の記憶という方が正しいのだろうか。死に戻る直前のことについてはおぼろげにしか覚えておらず、どこまでが記憶で夢なのかはっきりしない。
「ベッドではない場所で眠り込んでいることがバレたら、またアンに叱られてしまうわね」
口やかましく、親切で可愛いらしい侍女の姿を思い浮かべ苦笑する。普段は絶えず誰かがいるはずの自室に、今夜は人の姿が無い。部屋の外では護衛の兵士たちがいるのだろうが、彼らの数だって今日ばかりは少なめになっているかもしれない。
その理由は夜だというのにいまだ熱気に包まれている窓の外にあった。まだまだ騒ぎはおさまりそうになく、遠くの方から楽しそうな明るい音楽や人々の笑い声が聞こえる。
今日はバルテリンクをあげて春の訪れを祝う、お祭りの日。
本当ならわたしも参加している予定でとても楽しみにしていた。あれこれ制約の多い首都と違い、最初の挨拶さえ終われば好きに参加していいと言われて張り切っていたのに。
「まさか土壇場で風邪をひくなんて。まったく、ついてないわ」
よりによって一番楽しみにしていた日に体調を崩し、留守番するはめになるとは。
わたしが欠席すると知ったアンたちは、一緒に残ると申し出てくれた。気持ちは嬉しいが彼女たちが祭りにあわせて衣装を用意していたり、意中の相手と約束をして心底楽しみにしていたことを知っている。留守番をしていても問題ない程度には回復しているからと、少々強めに送り出した。
リュークも不参加を残念がってくれたが、開会の宣言やどうしてもはずせない領主としての挨拶があるらしく、夕方ぐらいに申し訳なさそうに出かけて行った。
「いいなあ。今頃みんな楽しんでいるのかしら」
いくら豪華な広い部屋に居ても、こんな時はポツンと一人でいることがつまらない。
ふと小さい時の、病気がちでしょっちゅう風邪をひいて取り残されていた頃の記憶がよみがえる。体調がよくないせいか、気分まで落ち込んできた。
(今回はリュークを驚かせようと思って、仕掛けまでしてきたのに……)
本当に、本当に残念だ。
コンコン。
なんとか明るい気持ちになるべく、頭の中で面白いことを想像しようと苦戦しているとノックがあった。
侍女長だろうかと思ったが、顔を見せたのは別の相手だった。
「遅くなってすみません。具合はいかがですか」
「リューク! お祭りに出席しているんじゃなかったの?」
予定では祭りの最後までいるはずだったのに。
疑問に答えるように、リュークが悪戯っぽく微笑んだ。
「大事なのは最初の挨拶ぐらいですから。後のことは任せて戻って来たんです」
「えっ、大丈夫なの?」
「はい。貴方だっていってたじゃないですか。なんでも自分で済ませようとするなと」
「それは確かに言ったけど……」
リュークはあまり苦手な事がない器用なタイプで、やろうと思えばなんでもできてしまう。一見いいことのようだが全部を背負いこみ、オーバーワークになりがちだった。もっと他人を信じて仕事を振り分けなくてはいけないと伝えたのは私自身だ。
とはいえ長年の癖などそうすぐに抜けるものではない。実際、結局自分で片をつけてしまう姿を何度か見かけたので、これはもう長い時間をかけて少しずつ矯正していくしかないと考えていたのだが……。
「人に任せるのは少し勇気がいりましたが、こうでもしないと戻ってこれませんからね」
そう言って隣に座り、わたしを抱き寄せた。
気恥ずかしいけれど今は側にいてくれて嬉しい気持ちの方がずっと大きい。黙ってされるままにしていると頬のあたりに柔らかく口づけが落とされる。
ああ、部屋が暗くて本当に良かった。
「もう気分は悪くありませんか」
「すっかり大丈夫よ。今日は病み上がりだから大事をとっただけだもの」
「……もう少し起きているなら部屋の明かりをつけますか?」
明かり、と言われて思い出した。
「あっ、今何時!?」
リュークを驚かすつもりで用意していた仕掛け。
最初は一緒に見るつもりで、だけど今日は行けなくなってしまったから、せめて彼だけでも見てほしいと準備していたものがあるのだ。
「時間ですか? ええと……」
リュークが時間を確認しようと胸ポケットのあたりを探った瞬間に、パッと窓の外が明るくなる。
ドーンッ……!
夜空に鮮やかな光の花が咲く。
部屋の暗さが、そのきらめきをより際立たせた。
「花火? そんな予定はなかったはずですが……」
お祭り会場に比べれば少し遠いが、それでも窓からよく見える。長椅子がちょうど窓の正面にあることもとても具合がいい。というか、そういえば花火が打ちあがるのを待っているうちに寝込んでしまったのだった。
次々に打ち上げられる花火は一般的なものよりもずっと大きなものだった。色や形も様々で、どの花火も見事だ。観客たちから歓声があがるのが聞こえ、さらに気持ちが嬉しくなる。
「すごいですね。こんな大きな花火は初めて見ました」
「そうでしょう!?」
わたしは振り向き、満面の笑みを浮かべた。
「実際に打ち上げがどうなるか心配だったけど、大成功だわね!」
「なるほど、貴方が仕掛け人なんですか。会場の設営準備に関わりたいと言ってきたのでなにか企んでいるのかと思っていましたが……」
「内緒にしてリュークを驚かそうと思ったのよ。本当はお祭り会場の特等席で見てもらうつもりだったんだけど」
普段あまり感情の起伏が見えないリュークにあえてちょっかいをかけるのが、最近のライフワークだ。ここが祭り会場ならこの倍は大きな花火をみせることができたのに。そう思うと少し悔しい。
しかしリュークは嬉しそうに微笑んで、少しだけ強くわたしを抱きしめた。
「ここでも十分すぎるくらいよく見えますよ。それに二人で一緒に見るほうがずっと綺麗です」
「そう? ……そうかな」
そんな馬鹿なと思いつつ、だけど後でどんなに驚いたかを聞くよりも、今一緒に同じものを見ているこの瞬間の方がずっと大切なことのような気もした。
うん、たしかに綺麗だ。
「……って、いくらなんでもさっきから近すぎる! 風邪がうつるわよ」
「大丈夫です。子どもの頃から冬の湖に落ちても平気だったぐらい、丈夫なのが取り柄ですから。それにいつも『人前でベタベタするな』と言っていたでしょう? 今なら誰もいません」
「そ、それは! 人前でないならベタベタしていいという意味じゃ……」
反論して引きはがそうとしたけれど、言葉の最後の方は口の中で消えた。
強がっていたけれど、一人ぼっちで寝ていた寂しさの反動だろうか。誰かに抱きしめられるぬくもりにとても安心してしまう。そしてその誰かが、誰でもいいってわけじゃないことにもちゃんと気がついている。
「……早く帰ってきてくれてありがとう」
「ふふ、私が会いたくて戻ってきただけですよ」
普段の公務では滅多に感情を出さず『氷の辺境伯』などと呼ばれている彼が、わたしの前ではたやすく相好を崩す。そんな事実がどうしようもなく胸の奥をくすぐった。
「リュークは……少し変わったね」
「どうでしょうか。もしそうだとしたら貴方の影響でしょうね、間違いなく」
「え?」
「私にとって貴方はとても特別な存在ですから」
「…………」
確かに彼はいつでもわたしのことを優先してくれるし、大事に思ってくれていることが伝わってくる。自分はとても幸せ者なんだと、心からそう思う。
だけど。
だからこそ時々、大きな秘密を抱えていることを苦しく感じることがある。
「リューク、もしわたしが……」
「なんですか?」
わたしが一度未来で死んでいて、婚約破棄のあの日に時間が巻き戻ったのだと言ったら。一体どんな反応があるのだろうか。
「……ううん、なんでもない」
まあいい。もう終わったことなのだから。
悲劇の元凶だったキウル国に対しては、その先兵となるはずだったモンドリア伯爵を失脚させた。以前とは比べ物にならないほど防衛に力を注ぎ、確実に『かつての未来』とは違った道を歩んでいる。
だからきっと、大丈夫。
「やっぱり、一緒に見れてよかったわ」
「ええ。これからもずっと、私の隣にいて下さい」
また一つ大きな花火があがり、夜空に大輪の花が咲いた。
◇
それにしても人間というのは本当に業が深く、罪深い生き物だ。
なぜ人は争うのか。
憎しみあうことをやめ、ただ慈しみ合うということがこれほど難しいものなのか。
どうしてあれほど幸せを噛み締めていた数日後に、真っ向から対立しているのか、その答えは誰にもわからない。
「リュークの馬鹿! ちょっとぐらいいじゃない、なんで駄目なのよ!」
「はあ……。貴方こそ危機管理能力というものが欠如しているとしか思えません。駄目なものは駄目です、絶対に」
念押ししておくが、これは人類共通の果てしない難題であって、もちろんわたしがわがままで傲慢な王女様だからという理由ではない。
絶対に違う。




