寡黙なメイドはしゃべらない 後編(メイド視点)
ついに、リューク様が家臣たちに集まるよう呼びかけた。
いよいよ王女様と婚約破棄をされるのだろうか。お二人の仲は決して悪いようには思えなかったけれど、結局外からはわからないものなのだ。
王女様付きのメイド達の中に悲壮な覚悟がひろがる。だけど不思議と私の中に悔いは無い。
あの日から心を入れかえ、精一杯で王女様にお仕えしている。全力を尽くした結果なのだとしたら、案外どんな結末でも落ち着いて受け入れられるものなのかもしれない。
妄想を止めた日々は少しだけ味気なかったが、仕事に打ち込むほどに周囲の評価が変わってきた。
「最近、ラウラちょっと変わったよね」
「うん、しっかりしてきたっていうか」
そんな言葉をかけられ、嬉しく思う。
王女様は色々な意味で私の恩人になった。
彼女とリューク様の関係に気持ちが行きそうになるのをなんとか我慢し、全力でやるべきことに取り組んだ。
通達があってから王女様は、当日の支度をとびきり美しく仕上げてほしいと頼んできた。もちろんそのつもりで、そのために今だってとても忙しい。
だというのに廊下を急いでいるその先で、あまり見たくない顔を発見してしまう。私たちを敵視している、エミリアたちの一団だ。
「ついに王女様の最後の日がくるわね。ねえ、こんな時ってどんな気持ちなの?」
「…………」
「全部無駄になるのに、そんなに頑張って馬鹿みたい。綺麗に着飾って婚約破棄されにいくなんて惨めよねえ」
ニヤニヤとした笑みは、私が悔しがる顔を想像しているのだろうか。
残念ながら、そんなことに構っている暇などない。無視して先を急ごうとすると、さらに回り込んでしつこく絡んできた。
「そんなに急ぐことないじゃない、結果はなにも変わらないのに」
「そうそう、なんら私たちも手伝ってあげようか?」
「あはは、王女様がお帰りになったらみんなで打ち上げしようよ」
私は、お父ちゃんの顔を思い浮かべた。
余計な事を言ってはいけない、寡黙でいなさいと。
――だけど、大切な人を馬鹿にされても放っておけとは言っていなかった。
「いいたいことはそれだけ?」
「……え?」
「どいてくれない。私、とても忙しいの」
エミリアは目をむき、わずかにたじろいだ。
「ラ、ラウラがしゃべった……? っていうか、反抗した?」
「喋ったがどうしたのよ」
今ここに鏡があったとしたら、間違いなく私の目が据わっているのをみただろう。
「口がついてるんだから当然でしょ。いつも黙っているからといって何も反抗してこないとでも思ったの。言い返すことがないと安心して好き放題言ってたのかもしれないけど、私にだって気持ちはあるのよ。知らなかった?」
「な……っ!」
(ああ、口に出した言葉ってこんなに力があるんだ)
普段は喉の奥に詰め込んでいた言葉たちを外に出せば、自分自身が勇気づけられた。こんなに思ったことをポンポン言ったことは本当に久しぶりで、不思議なくらい気持ちが良かった。
「生意気! ラウラのくせに!!」
「信じられない。言いふらしちゃおうか、普段黙ってるくせにこんな意地の悪いこと考えてたって」
「怖いよね、あたし泣いちゃう」
わざとらしく泣きまねをしたあとケラケラと笑いあう。
これまで散々黙って殴られてきた私が言い返したのがよほど気に入らないのだろう。だけど私だってやり返すと決めたのだから、当然切り札ぐらいは用意している。
「…………アネットさんの、ケーキ」
「あははは……え?」
弱いだなんて思われたくない、そう考えた時脳裏に浮かんだのは王女様の堂々とした態度だった。どこまで真似ができるか分からないが、お手本のイメージがあるならやりやすい。
ぐっと背筋を伸ばし、メイドの子たちを正面から見据えた。それだけでメイドの子たちは気圧されたように後ずさった。
「アネットさんが作った、マーリヤの果実の特製ケーキ! 貴方達が間違えて食べちゃったこと知ってるんだからね!!」
「は……はああああっ!?」
「な、なんであんたがその事……むぐっ!」
慌てて口をふさいでも、もう遅い。
料理婦長のアネットさんが厨房から出て休憩している隙に、この子たちがよくサボってお菓子を食べているのを何度も見かけていた。アネットさんが試作品のケーキがないと騒いでいた日は、なにやらコソコソと妙にしおらしかった事も覚えている。
言わなかっただけだ、余計な事を。
それが今になってこの人たちを追い詰める切り札になるとは夢にも思わなかったけど。
「それ以上王女様を侮辱するなら、言ってやるわ! 全部ぶちまけてやるんだから!」
ちなみにアネットさんは先代様からずっとバルテリンク城に仕えてくれていて、使用人達の間でもとても信頼されている。そして少々短気で容赦がなく、一度怒るとあの侍女長ですら手を焼く要注意人物だ。だけど料理の腕は一流で、彼女にへそを曲げられると城中の料理の質が落ちるから誰も逆らえない。
もし彼女の腕によりをかけたケーキを間違えて食べてしまったと知られたら。ううん、それよりもその場で素直に謝らず、知らんふりしてやり過ごそうとした事がバレたなら……。
「今後この城でまともなご飯にありつけると思わないことね」
「わわ、ま、待ってよ!! ちょ、ちょっとした冗談じゃない!? あは、ごめんね」
アネットさんが怖いのはもちろんこの子たちだって一緒だ。顔色を変えてすぐさま謝ってきた。
「そ、そうよあたし達そんなつもりじゃなかったから。誤解しないでね」
「ご、ごめんね。また今度!」
あれだけしつこく絡んできた彼女たちは、とうとう逃げていった。
「……はあ……」
まだ胸がドキドキしている。
王女様も普段あんなに堂々とされているけど、実は内心はこんな風に緊張していたりして。
……まさかね。
「ラウラ、今のって」
「!?」
振り向けば、そこにいたのは王女様だった。
(い、今の、聞かれてた? 王女様付きメイドとして、品位に欠けていた!?)
思わず身構えたが、王女様は目をキラキラとさせていた。
「今のなあに? ラウラってもしかしてスパイなの? ひっそり弱みを握って脅しつけるなんてカッコイイ!!」
私は全力で首を横に振った。
いまのはたまたま上手くいっただけで、半分はカマかけの危ういものだった。色々な事を観察するのが好きで、妄想癖もあるからたくさんの仮説を持っている。だけどその大半は全然見当外れの役立たず……どころか、かえって火種を作ってしまう。
王女様にしどろもどろ説明すると、彼女は事も無げにウインクした。
「つまり……あなたの思いつきがあってるのかどうか、ちゃんと精査してから使えばいいってことでしょう? いいわ、もっと話してみて、もっと!」
(え……えええ!?)
私は請われるまま、ぽつりぽつりとちょっとした思い付きや発見の数々を話して見せた。
もちろんそれらは多く推測や妄想を含んだものだと言い含めていたけれど……。
「すごい、面白いわ! もっと聞かせて!」
機嫌よく話を聞いてくれる王女を前に、次第に気分が良くなっていく。
仕事を褒められた時だって嬉しかった。だけど思いついたことを披露できることはそれを上回る高揚感があった!
言葉に出すことによって考えが整理され、また別の仮説や新しい発見が湧き出てくる。しびれをきらした侍女長がやってくるまで、私は水を得た魚のようにしゃべり続けたのだった。
◇
思う存分、考えていたことを話しきったおかげだろうか。久しぶりにすっきりした気分の私は、これまで以上に集中して仕事に取り組んだ。やっぱり私はあれこれ考えるのが好きなのだ。それを無理に抑え込んでいた結果、かえって色々な事が気になり散漫になっていたのかもしれない。
(まさか王女様はそのことを私に教えるために……? ううん、今は仕事をやりとげなきゃ!)
これが、最後かもしれないのだから。
今日はいよいよ多くの貴族や家臣たちが一同に集う日だ。かつて王女様が婚約破棄を言い渡されたという、あの日のように。
(私たちの王女様への大仕事。絶対完璧に仕上げてみせますからね!)
決意に燃えて仕事にとりかかる。
私だけじゃない。みんなも終わりの時が近づいているのを心のどこかで感じながら、だからこそ全力で王女様の支度を整えているようにみえた。決して心残りがないように。
(もしかして私以外のみんなも、王女様との交流の中で何かをみつけたのかもしれない。でも……一体なにがあったらあんなに文句を言っていた彼女たちの心を掴むことが出来たのかしら)
私は思わず苦笑した。
あの王女様だけは、この私の想像力をもってしても読み切れない。
「でき……ました……!」
その時の感動を何て言えばいいんだろう。
普段あれだけ騒がしい私たちが、誰も何も言わない。
もともとお綺麗な方だったけど、全員が一丸となって作り上げた王女様は芸術品のようだった。
ううん、そんな言葉じゃいいあらわせない。この方の支度に携われた、ただその誇りで胸がいっぱいになる。誰かが鼻をすする音が聞こえたけど、それは私のものだったかもしれない。
王女様は鏡を確認した後、ゆっくり私たち一人ひとりの顔をご覧になった。
そして……
「よくやってくれたわ。大丈夫、これまでのこと全部ひっくり返すぐらいバッチリ決めてくるから!!」
強気に微笑んだその顔は世界で一番強くてかっこよくて。
……涙が出そうなくらい、綺麗だった。
こうして私の王女様付きメイドとしての最後の仕事が終わった。
……そう思っていたのだけれど。
結末は私たちの想像とは全く違う方向に転がっていった。堂々と全員の前に姿を現した王女様のその後を、どう説明したらいいのかわからない。
最初は驚いて、それからじわじわと怖くなっていって。もしかして仕えるべき人を間違えたのかもしれないってちょっぴり疑ってしまうぐらいとんでもないことが起きて、それから。
確かに、ひっくり返った。
その場の全員が腰砕けになるぐらいの爆弾をぶち込んできた。
すべてが想像もしなかった方に向かったが、その中でもとびぬけて想像を超えてきたのは、私があれほど気になっていたリューク様と王女様の関係についてだった。
「私は彼女を愛してる」
(え? え? 私の妄想が極まって幻聴が聞こえたわけじゃないよね!? リューク様が、あのリューク様が『愛してる』って……えええええええええええっ!?)
メイド一同、王女付きもそれ以外も関係なく。
侍女長様が口を開けて固まっているのを、初めて見た。
きっとこれからも末永く語り継がれる伝説となるであろうことは間違いない。
王女様は恥ずかしがってそっぽを向いているから、きっとあんなに蕩けるような笑顔を向けられていることに気がついていらっしゃらない。態度も、言葉も、全てが私たちが存じているリューク様とは違っていて、一体なにが起きればこうも激変するのだろうかと驚いた。
――ああもう、作戦か何だか知らないけど、なんて人騒がせな!!
(もうこんなの、こんなの……!!)
みんなの気持ちを代弁するかのように、ナナがくるりと振り返ってこぶしを上げた。
「みんなっ!! 今日はもう……徹っ底的に飲むわよ!!!」
「「「おーーっっっ!!!」」」
嬉しいんだか悔しいんだか。
なにがなんだかわからないけど、とにかくもう、大騒ぎせずにはいられない。
ナナの号令に、負けじと精一杯の声を張り上げた。
城中で急遽開かれた宴は、その日の深夜になっても終わることなく続いた。
◇
――その後。
私は後から、大勢を呼び出した日の前日にヘルト子爵と事務官が処罰されていた事を知った。
(まさか、私の妄想のせいで!?)
私は慌てて王女様に尋ねた。しかし王女様は、あの後きちんと裏を取り、証拠を取ったうえでの摘発だから心配しなくていいと笑った。そして自分に敵対心を持っていたヘルト子爵を事前に排除できたのは、あの日に支持を受ける流れを作るために、とても役に立ったと褒めて下さった。
「聞いたことがあるのだけど、状況や証拠ではなくて人物像から犯人を推測するという調査法があるらしいわ。あなたは多分これまでの人間観察から得たするどい洞察力を持っているんじゃないかしら。もちろん今は専門知識をもっているわけではないし、外れてしまうこともあるだろうけど……私はとても面白い特技だと思うわ」
そして王女様は不正を暴くきっかけを作った事をとても褒めてくれた。長年の困りごとを解決してもらった貴族たちは王女の力を認め、さらに後押ししてくれる大きな要因となったと言ってくれた。
「あなたのその特技、もしかしたらとんでもない才能を秘めてるかもしれないわね!」
(私が……? お父ちゃんには迷惑で人を混乱させるだけだと怒られていた、私の想像力が?)
もし本当に役に立てたのだとしたらこれ以上なく幸せだ。だけど……。
すっきりしない表情の私が気になったのか、王女様がどうしたのかと聞いて下さった。
私は恥ずかしながら人に褒めてもらえるのがすごく嬉しくて、もし、私が特別に力を発揮できることがあるなら、それを目指したいと思うと伝えた。
口にするのは恥ずかしかったけれど、王女様は決して私を馬鹿にしたりなんかしなかった。
「下らなくなんかないわ。周りの人に評価されるのが嬉しいのは当然よ。それをきっかけに努力しようと思えるならとても素晴らしいことだと思うわ」
私は少しだけ安心し、さらに言葉を続けた。
それでも今は余計な事を考えず、仕事に集中している方が周囲の評価がいい。だからどちらを選んだらいいのか、わからなくなると。
私の性格上、どちらも全力……というのはかえってうまくいかない感じがする。だけど想像を巡らせることが特別な役に立てるのは今回がたまたまだっだけで、やっぱり本来の仕事を優先するべきなのか。
だけどどんなに仕事で評価されても、これほどの高揚感を味わえることはないかもしれない。
「いくらわたしだって、そんなのわかんないわよ」
うう。
それはそうですよね……と答える前に、王女様は言葉を続けた。
「結果的に何が良かったのなんて、最後の最後までわからないじゃない。だから本当に自分にとって後悔がないのはどれなのか。ずっと選択し続けるしかないの」
「……」
「だから私は未来の自分が後悔しないように生きてるつもり。……今度こそ、ね」
なに一つ悔いや未練などないようにみえる王女様にも、かつて間違った道を選んでしまったことがあるのだろうか。光の中を歩いているような、彼女にも。そう思うと少しだけ気が楽になり、肩の力が抜けた気がした。
私が、本当に選びたいことはなんなのか。
じっくり向き合って考えるべき時なのかもしれない。
コンコン。
その時ノックのあとに扉が開き、リューク様が顔を出した。何かの打ち合わせなのか、王女様は話を中断して駆け寄った。何やら二人で相談しあっている姿が、また一段と私の興味をかきたてる。
(…………)
そしらぬ顔で様子をうかがい、二人の間に漂う空気を観察した。
(ふむむ……。リューク様はすっかり王女様しか目に入らないようだけど、王女様はそれがいまいちよくわかってないみたい。このままお二人が妙な勘違いや横やりがなく結ばれればいいのだけど……)
私の根拠のない勘は、そうすんなりと上手くいかないのではと告げていた。
――やっぱり、まだまだこのお二人からは、目が離せない。
小さく頷き、引き続き観察の続行を強く決意した。
「寡黙なメイドはしゃべらない編」、最後までお読みいただき本当にありがとうございました!
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