寡黙なメイドはしゃべらない 中編(メイド視点)
王女様とリューク様は、急速に仲を深めているようにみえた。しかしメイド仲間の同僚たちは変わらず「王女様を油断させる作戦」と考えているようだった。
だけど私は見たのだ。
真夜中に辺境騎士団から戻った王女様が、すっかり寝入ってリューク様におぶられて帰ってきた場面を。それだけでも十分刺激的だったが、問題はその後だ。
部屋のベッドに運び込まれ、すっかり眠っていると思われた王女様が苦し気に呟いた。
「リューク……ないで……」
そのつぶやきは今にも消え入りそうな小さなものだったけど、私は聞き逃さなかった。
(えっ! ゆ、夢の中でも出てきてしまうぐらいリューク様の事を考えてるの!?)
無意識下の中でも現れるほど相手を考えているというのは、もう好きと同義語でいいのではないだろうか。私は手に汗にぎるほど興奮した。
(もう、いつも傍若無人な態度の裏で、いつのまに!? リューク様の一方通行かと心配していたけど、王女様もリューク様を憎からず思っていたのですね! わかりますよ、リューク様は味方につけると意外と面倒見いいし、頼りがいあるし、顔しか知らないうちは好きになっちゃうメイドもたくさんいますしね! まああの冷たい態度で全部台無しなんですけど、王女様は全然気にされてないみたいなんで、とってもお似合いだと思います!!)
なお自分の夢の中で家族や友達、その他どうとも思っていない人物が夢に出てくることはままあるが、そこは考えないものとする。
リューク様はちょうど枕元の、私からは顔が見えない位置にいた。だからその時一体どんな表情をしていたのかは拝みそこなってしまった。本当に悔やまれる。
ただ彼は出口に向かおとしていた足を止め、一度王女様にそっと何かを囁いた。どこか苦し気だった王女様の表情がふっと緩み、今度こそ深く眠りについたようだった。
◇
あの夜の事を考えると、今でも悶絶死しそうになる。よくぞあの場で叫びださずに我慢したものだと、自分のことながら感心するほどだ。
何あの、わかってるよ感。
何あの、全力で守られてて安心してますよ感。
(~~~っあああああ! なんだろう、この気持ち! もう一生二人の行く末を見守りたい!!)
通りかかった同僚のナナに、掃除の粗さを指摘されてしまったけど聞こえない。そんな事に注意を払えないぐらい、二人の関係にどっぷりと興味を持っていかれてしまっていた。
そんな風に浮ついた気持ちがいけなかったのだろう。私は廊下の向こう側からお客様が歩いているのに気がつかず、ぼんやりとしてしまっていた。
「おい、来客に挨拶も無しか」
「!」
相手は天敵、ヘルト子爵だった。
太い脂ぎった体に、狡そうにキョロキョロとよく動く目の中年男性。彼に泣かされ、密かにやめていったメイドの数は一人や二人じゃない。
私は慌てて頭を下げた。無視して通り過ぎてしまったのならともかく、少し挨拶が遅れただけなのに。他の方ならそのまま通り過ぎてしまうようなミスだったが、しかし彼は弱いもの苛めが大好きな性格だ。
そして私はメイドの中でも大人しく、特に反抗してこない相手だと認識されているらしい。
「ひどいメイドだな、我が家ならすぐにクビにしているぞ!」
周囲が何事かとジロジロ見てくるのを楽しむように、彼は大声で嘆いた。
彼に城の使用人を教育する権限などないが、気持ちを入れてしっかり取り組んでいればもっと早く掃除を済ませられたかもしれない。そうしたらヘルト子爵に叱責されることもなかっただろう。一切自分に非が無いわけではない、という引け目から思わず黙り込む。
「まったくなんてだらしのない。王女殿下の教育がなっていないのだろうなあ」
廊下はお掃除係や警備の兵士など、大勢の人目がある場所だ。そこで大っぴらに叱られ、長々とお説教を受ける。
私はただ縮こまり、黙ってその場をやり過ごすしか無い。それでも王女様のことまで言及され、強く握りしめた拳が震えそうになった。
「やだあ、なにあれ」
「またラウラじゃない。やっぱり主がああだと、下も行き届かないんでしょうね」
「どうせじきにフローチェ様が呼ばれるわよ。私、その時は担当メイドに立候補するわ」
クスクスとした嫌な笑いに目を向けると、別の担当のメイドの子たちが私を嘲笑っていた。彼女たちは王女様付きのメイドを選ぶ際に選考から漏れている。そのこともあって、あまりこちらにいい感情は無さそうだ。
その中心にいて、特に大きな笑い声を上げているのはエミリアという子だった。
可愛らしい顔立ちで仕事も良くできるが、あまりにもフローチェ様に同情的だったため王女様のお世話係には選ばれなかったのだと噂されている。彼女は特に私たちを敵視していた。
彼女達だってお客様の前であからさまな私語をしていて、とても相応しい態度とはいえない。だけど彼女たちに叱責が飛ぶことはない。エミリアはヘルト子爵の遠い親戚なのだ。
(くっ……!)
私は奥歯を食いしばり、黙って頭を下げ続けた。
◇
悔しい。
悔しい、悔しい、悔しい。
こんな時はやっぱり妄想の中の出来事で自分を慰めるに限る。
(はあ……。子爵ってあんなに嫌な性格をしてるんだから、どうせならもっと悪いことしてても違和感ないよね。例えば横領とか、賄賂を差し出されたら平気で貰いそう。馬鹿ね、そんなのいずれ発覚して処罰されるのに。……されちゃえばいいのに)
(でも、あの人は意外と臆病だからそんな大胆なことはしないかな? ……あっ、そういえば以前、事務官の人と仲良さそうにしてたっけ。あの人も女性の使用人にはすごく態度が悪くて、嫌いなんだよね。結構偉い人だったはずだし、あの人と二人で手を組んだら不正できちゃったりするのかな)
(そしたら二人まとめて処罰されちゃうわよね。いい、それすっごく面白い。今まで散々見下してた奴らがまとめていなくなったら、スッキリするだろうなあ!)
自分の中のヘルト子爵を、本人の性格に照らし合わせた上で不幸になる妄想を組んでいく。我ながら性格が良くないが、この下らない妄想は私を大いに慰めた。現実では何をされても文句も返せない相手なのだから、このぐらいの抵抗は許していただきたい。
暗い趣味で薄笑いを浮かべていると、目の前の侍女長がいぶかしげにしている。
おっといけない。どうやら私が廊下で叱責を受けたことは侍女長にまで伝わってしまったらしく、呼び出しを受けていたのだ。
「ヘルト子爵と一悶着あったようですね?」
髪をキッチリと結い上げた侍女長が聞いてきたが、答えは必要としていないようだった。
お叱りを受けるのかとビクビクしていたが、その割には彼女の空気が優しい。どうやら一方的にしかりつけるために呼んだわけではないようだ。
「なんでも以前から何度も言いがかりをつけてきたとか。この事は抗議しておきましたが、貴方を辛い目に合わせてしまったわね」
私は慌てて、そんなことはありませんと答えた。
しかし、それは嘘だ。
恥ずかしくて悲しかった。何度もあのように苦しめられ、今では声を聞くだけで動悸が乱れる。
想像力が豊かな私は、一度強く怒られた相手は苦手意識を持ってしまう。いつまた豹変するのか、同じように怒りの感情を向けるのではないかと嫌な未来で頭を埋め尽くしてしまい、結果余計にミスをしてしまう。
(……私、メイドの仕事に向いていないのかな……)
お客様相手の接客も切り離せないのだから、もっと毅然と対応できなくてはいけないのに。
なんだかますます落ち込んできた。
「……だからといって王女殿下の態度も困りものだわ、まったく」
(え? 王女様?)
突然出てきた王女様の名前に、思わず顔をあげる。
「これは他の人には内緒ですが、あなたの話を伝え聞いた王女殿下は、非常にお怒りになられたようです。別件で子爵を呼び止めて公衆の面前で大恥をかかせたとか」
「……!」
「メイドたちの間で彼女に不満があることには気がついています。しかしあの方は、貴方たちをとても大切に思ってくださっているようですね」
侍女長の言葉に息を飲んだ。
王女様はいつでも不遜で自由で、私たちの事なんて目に入っていないと思っていた。だけどもし侍女長がいうように私たちの事を考えてくれたのだとしたら。
そういえば以前、認識もしていないと思っていた私たちメイド全員の名前を覚えていてくれていた事を思い出した。あの時はただ意外だと驚いただけだったけど、もしかしたら王女様は、私が考える以上に私たちを大切に思ってくれているのかもしれない。
ふいに目頭が熱くなって、鼻がツンとした。
「ご期待を裏切らないよう精進しなさい。いいですね」
涙で声が詰まり侍女長にただ頷くことしかできない。嬉しい気持ちと同時に、自分が恥ずかしくなった。
王女様とリューク様の関係を思いついた時、それに飛びついた気持ちの中には『みんなに認められたい』という下心があった。恥ずかしくてみっともない、下らない願いだ。
だけどそれは空から降ってわいたようなスキャンダルが与えてくれるものじゃない。エールを送ってくれた王女様に恥ずかしくないように、ただ自分に与えられた目の前の仕事を頑張るべきなのだ。
(……よし!)
私は気合を入れなおし、すがすがしい気持ちで仕事を再開した。




