寡黙なメイドはしゃべらない 前編(メイド視点)
全3話。本編3話後あたりからのお話になります。
バルテリンク辺境伯、リューク様のお部屋のシーツを片づけていた私は、そこにあってはいけない物を発見して悲鳴をあげそうになった。
「っ……!?」
思わず大声を上げそうになるのを、とっさに口を押さえて堪えた。
(いけないいけない。大騒ぎして、お父ちゃんの言いつけに背くところだった……!)
私は昔から人間を観察することが好きで、ついでにちょっぴり想像力が豊かだった。子どもの頃は発見したことをつい自分の妄想込みでぺらぺらとしゃべって、トラブルに発展したことは一度や二度じゃない。
『ラウラ。とにかくお前はしゃべるな、極力口数を減らせ』
最終的に性格を直す方を諦めた父ちゃんには、そう強く念押しされた。両親の必死の教育の賜物で、今では大人しくて寡黙なメイドとして認識されている。だが生まれ持った私の性質までが変わったのかというと別にそんなことは無い。喜怒哀楽も普通にあるし、どちらかというとありすぎる方だ。
それでもお父ちゃんの言いつけを守り沈黙を守っている私にとって、この発見は爆弾を見つけたにも等しい。
シーツの間から出てきた金色の髪の毛に目が釘付けになる。
たった一本でありながら存在感のある見事な金髪。
とても長いのに毛先までつややかな、芸術品のような髪はリューク様のものではない。そして彼の近くにいる人物でそんな髪の持ち主は、たった一人しか思いつかなかった。
(ユ、ユスティネ王女様の髪に間違いない……!)
でもそれがリューク様のシーツに、って……?
(これは……そういう事なの!? えっ!? そうなの!?)
私は思わず窓際にいってその髪の毛を無意味に光に透かし、元の場所に戻って、また移動して光にあててみた。
王女様はリューク様と婚約するためにバルテリンクにやって来たと聞いている。だけど肝心の王女様は好き放題しているし、リューク様はそれを完全に放置している。お二人とも、とてもこれから一緒に結婚生活を送ろうと考えているようには見えなかった。
王都ではどうだか知らないけれど、誰がなんと言おうとこのバルテリンクでは当主様が偉い。そのリューク様の愛情を受けている人間には自然と敬意が払われるし、その逆なら軽んじられる。だからリューク様の厚意を蔑ろにしているうえに、昔からの恋人との間を邪魔をしている王女様はメイド達の間でもとっても嫌われていた。
つまり私の発見が本当なら……これはバルテリンクを揺るがす大・下剋上ってわけ!
(たたた、大変な秘密を知ってしまった……!!)
胸がドキドキして、でもちょっと不謹慎だけどワクワクする。
(ん? でもこれって、もしかしてただの勘違いかも……?)
脳裏に両親の教えが蘇る。
『まずは一晩寝て、しっかり頭を冷やしてから色眼鏡をはずして確認しなさい。そして誰かに伝えるときは感情や予測を入れず、事実だけを伝えなさい』
そうだ、とにかく冷静になろう。
こういう時は深呼吸だって教わった。お父ちゃんの言うとおり、憶測で余計な事を言っちゃ駄目。
……でも。
でもだ。
お父ちゃんは私に『余計な事を言ってはいけない』と言っていたけど、『偶然ひろった髪の毛をメイド仲間に見せてはいけない』とは言ってない。
「ラウラ、さっきからどうしたの?」
メイド仲間のナナが不思議そうに話しかけてきた。彼女はメイドの中でも中心的な人物だから、彼女一人に伝えたらすぐに全員が知ることになるだろう。ドキドキしながら髪の毛を見せようとした。
しかし緊張のあまり、思わずそれを取り落としてしまう。
ひゅううっ!
さらにいいタイミングで風が吹き、唯一の決定的な証拠はどこかに消えてしまった。
(ああっ?! け、決定的な証拠が!? やだやだ、待ってそんな……あ、あ――っ!!)
「え? な、なに? どうしたっていうのよ」
一緒にいたメイド仲間が何事かとこちらをみたが、何度確かめてもあの髪を見つけられない。
こうして私だけが知っている、特別な秘密が出来てしまった。
◇
確かめたい。
私が見てしまった秘密は、本当に見間違いではないのかどうかを。
(だって、あの王女様とリューク様が? 王女様はわがままで傲慢で、物静かなリューク様とは雰囲気からして真逆だし。これが恋人と噂されているフローチェ様なら見た目も中身もしっくりくるんだけど)
とはいえ、一介のメイドに過ぎない私に確かめる方法なんてあるわけない。そう諦めていたのだが……。
「ねえ、ラウラ。今日はお二人で朝食を取られるそうよ。珍しいわよね」
「!?」
王女様とリューク様が朝食を共にされるのは、バルテリンクにいらっしゃってから初めてのことだ。
首を傾げる同僚たちの中、私は一人で心臓をドキドキさせていた。
(きゅ、急に一緒に朝食をとるだなんて……!!)
これまで食事どころか、立ち話をすることすらなかった二人なのに。
しかし私の大興奮とは裏腹に、朝食の席は随分と事務的な空気で始まった。
リューク様はいつもと変わらぬ無表情で淡々と何かを話しかけ、王女様は聞いているのかいないのか、もっぱら食べることに気がいっているように見える。その光景は珍しい取り合わせという以外はまったくの通常運行。
意味ありげな視線を向けたり頬を染めてうつむくような場面は一切ない。
「当然よね! だってもうフローチェ様という恋人がいるんだもの。いくら見た目だけ綺麗だって、あんなわがままな王女様を相手になさるはずがないわ」
「それはそうよね。王女様だけは絶対にないわ」
確信をもって小声で頷き合う同僚の言葉をきいていると、ますます自信がなくなってくる。あの時みた髪の毛以外に、二人の関係を匂わせるようなものは何一つない。
(あーあ。大発見だと思ったのになあ)
もしあれが本当だったとしたら。そして一番に気がついたのが自分だと言えたのなら。頭の中ではメイド仲間のみんなが私を取り囲み、すごいすごいと褒めてくれる場面が繰り広げられていた。
『すごいよラウラ! ううん、ラウラ様! 誰も気がつかなかった事実に気がつくなんて天才だわ』
『恋愛の達人じゃない、見直したわ』
『今まで馬鹿にしてごめんなさい。お願い、私の恋愛相談に乗って!』
(ふへ……。へへへへへ。もうみんな、ちゃんと順番に並んで……そうそう、一人ずつね。あ、プレゼントは後ろの机に、差出人を書いて置いておいてね。いやあ、それほどでも)
みんなが私の名前を賛美する。それはやがてラウラ・コールとなって私を包み込み……。
「ラウラ! なにだらしない顔をしてブツブツ言ってるの。ほら、代わりのお茶をご用意して」
ナナの言葉に我に返った。
お茶? そうだ、お茶だ! 近くに行けば、どんな会話をしているのか聞こえるかもしれない。
(そうよ、表情に出ていないからと言って諦めては駄目。もしかしたら甘い会話をしてるかもしれないじゃない!?)
できるだけゆっくり給仕を行い、二人の会話を聞き漏らすまいとこっそり耳をそばだてた。
「はっきり申し上げますが今の貴方の評判は最低中の最底辺。婚約するのならそこら辺のパン屋の娘とする方がすると行った方がまだ賛成してもらえます」
(言ってなかった――っ!! どっちかっていうとお断りされていた!!)
これまでの私の甘い期待がガラガラと崩れ去っていく。
横で聞いている私ですら涙が出そうな冷たい視線を受けているというのに、はっきりと申し上げられていた当の王女様は平気な顔でパンにジャムを塗っている。
そしてそれをまた、実に美味しそうに頬張った。
(こ、この人一体どういう心臓をしてるの……?)
やはりあれは私の見間違い、間違った妄想だったということだろうか。
諦めかけたその瞬間、しかし私は偶然見てしまった。ジャムトーストに夢中になっている王女を見つめるリューク様は、ドキッとするほど優しい目つきをしていたことを。
◇
絶対そうだ、間違いない。
私はますます自分の考えに確信を持った。朝食の席での、リューク様のあの視線!!
(まるで王女様を優しく見守るような、それでいて本当はなにもかも手を回してドロドロに甘やかしたいのを懸命に自制するような……。知らなかった、リューク様は王女様をそんなにも愛してらっしゃったんですね!)
髪の毛の件を置いておくにしても、あれだけ熱烈な視線を送っていたのだからもう確定でいい。私の中で勝手に認定マークを押しておいた。
(正直どこが気に入ったのかは全然まったくチリほどもわからないけど……リューク様は、王女様がお好きなんだわ!)
その証拠に最近のお二人の仲は急速に近づきはじめた。一緒にパーティに出席するようになったし、毎朝朝食を共にしている。極めつけは視察という名目で街でデートをしていたのだ。
これはもう、絶対に!!
「絶対に、王女様を追放する気だわ」
お昼の休憩室。メイド仲間のヒルデが、キリッとした表情で深く頷いた。キリッとしているけどうっかり者のヒルデは、自分の飲み物に塩と砂糖を間違えて入れている。
……なんでこの子はこんなに抜けているのだろう。
私は黙って塩と書かれたラベルを指した。
ヒルデはキリッとした顔のままそっと飲み物をわきに避けた。
「だって、シエナが言ってたじゃない。王女様を追放するために、油断させようとして優しくしてるんでしょ?」
「…………」
違う、そうじゃない。そう言いたいけれど、確かな証拠などないから黙るよりほかなかった。
それにみんなの誤解も無理はない。私たちの中でリューク様の恋人はフローチェ様だった。彼はいつも公正で平等だったけど、その分一度特別に気に入ったものは深く長く愛する性質だ。その事は私たちの間でもよく知られていて、そしてそれは人間関係においても同じだった。
だからいくら派手な見た目をしていようとも、後から割り込んできた王女様はだいぶ分が悪い。
でも、だからこそ。
(もし私が一番に気がついてたってわかったら、みんな私を見直すよね?)
私はますます二人の動向に注目するようになっていった。




