伯母の来訪 ⑦
「な、何か不都合でもありましたかな? 気に入らないようでしたら他の……そう! 大粒の真珠などはいかがでございましょう」
先程の手慣れた様子からして、こんな風に『貢ぎ物』で機嫌をとるのは彼の常套手段のようだった。
彼の申し出を断わるような変人は、おそらくわたしが初めてに違いない。
「だからいらないわよ。先にこちらを出してきたと言う事は、他のものだって大して変わらない品かそれより劣るのでしょ? たかが知れているもの」
「た、たかが知れている……」
もちろん嘘だった。
用意された首飾りは目の肥えたわたしでも胸をときめかせるほどの極上品だ。しかし物欲しそうな顔をするわけにはいかない。
(絶っ対に物欲し気な様子なんて見せないわ! たとえ、どれほど欲しかったとしても……!)
心の中で涙をのんだ。
ちょうどその時、再びノックが響いた。
「申し訳ありません、王女殿下。そちらにルドルが伺っていると思うのですが、彼でないとわからない書類がありまして……。なにやら至急の用件らしいので、急ぎ呼び戻しにきたのです」
なんと今度はドリカ夫人がやってきた。
リュークがいたときの勝気な様子はなりをひそめ、今は随分と落ち着いた様子だ。
(それにしても……わざわざドリカ夫人自らが呼びに来る必要はあるのかしら?)
なんとはなしに二人の会話を聞いていると、ドリカ夫人は書類ごとはなにも分からないようで、本当に一切をルドルに任せているようだった。やがて状況をきいた専属商人はわたしに頭を下げ、慌てて部屋を出ていった。
――その瞬間を待っていたかのように、すっとドリカ夫人が近寄って来た。
思わず臨戦態勢をとりそうになるがどうもそんな雰囲気ではない。低い声で小さく、わたしにだけ聞こえるような声で囁いてきた。
「ユスティネ王女殿下。今夜、夕飯の後にこの城にある温室でお待ちしております。できれば誰にも言わず、お一人でいらっしゃってください。お話ししたい事がございます」
突然の誘いに驚き、ドリカ夫人をまじまじと見返す。その瞳はひどく真剣で、悪意のようなものは感じられなかった。
サッと周囲に視線をめぐらせたが、丁度あわただしくルドルが出て行った事に気を取られて、誰もドリカ夫人の行動には気がついていないようだった。わたしが小さく頷くと、ドリカ夫人は一礼して退出した。ルドルを呼び戻しに来たのは嘘ではないようだが、本当の目的はこちらだったのだろう。
(二人きりで話したい話……。一体なんなのかしら?)
◇
クライフ領の面々が出て行くと、すぐさまアンが振り向いた。
「ユ……ユスティネ様ぁ~。よ、よくあんな贈り物をすげなく断れますね。あたしなんて見ただけで震えちゃって、とてもじゃないけどあんな邪険に出来ないですよ。さすが王族の方は信じられないような生活をされてるんですね……!」
「何言ってるのよアン。いくらわたしだってあれだけの宝石はそうそう目にしないわよ」
もちろん王家として国宝級の品々は所有しているが、それらは王太子であるお兄様がほとんど譲り受ける予定で、わたし個人は周囲が想像するほど数多くの財宝は所有していない。
「え?じゃあ何故、お受け取りにならなかったんですか?」
アンはとっても良い子だけど、交渉事には向かなさそうだ。
「だっておかしいじゃない。単なるお得意様というだけで、あれほどの贈り物をするだなんて。わたしとドリカ夫人がやりあうだなんて彼にとっては想定外で、すぐさま挽回しなければと慌てて判断を間違えたわね」
「間違える……ですか?」
アンは可愛らしく小首をかしげた。
「ええ、明らかにやり過ぎよ。あれは何か下心があるか、やましい事があるかのどちらかだわ」
「下心か、やましい事って……」
「それがなんなのかは分からないけど……でも……ルドル本人も……気に入らなかった……し……」
「……ユスティネ様? ぐ、具合でも悪いんですか!?」
言葉を詰まらせながらクッションに顔を埋めると、アンが顔色を変えて心配してきてくれた。
不安にさせてはいけないと、気力を振り絞り顔を上げる。
「ううっ……。わかってたけど……何か裏があるってわかってたけど、断るの嫌だったあああああああ! あの大きさ! あの輝き! あそこまでの品になってくると、お金を出せば簡単に買えるってわけじゃないのよ!! 何年かに一度の出会いだったかもしれないのに……!!」
ボスボスとクッションを殴りつけながら嘆いていると、アンはすっかり呆れ顔になった。
「ああ、やっぱり欲しかったのをやせ我慢してたんですね……」
「当たり前でしょおおおお!? ぐくっ……、あのルドルとかいう商人…人の顔を札束で叩くようなマネして……!」
気にくわない、気にくわない。
わたしにしてみせた数々の行為もそうだが、頭の隅でなにかが引っ掛かる。頭の中を整理するためにアン達を一度下がらせると、目をつぶって深く考えこんだ。
◇
「アン、一つ頼みごとをしたいのだけど」
しばらくたったのち、わたしは自室にアン一人を呼び、切り出した。
「なんです?夕飯が近いんですから、おやつの追加は駄目ですよ」
「ちょっと執務室に忍び込んで書類を盗んできて欲しいの」
軽い調子で言ったら騙されてくれないかとも思ったが、当然そんなわけはなくアンは目を剥いて後ずさった。
「盗......?! だ、駄目に決まってますよ! なんでユスティネ様はいつも、そう突拍子もない事ばかり言うのですか!」
「まあまあ。バレたらわたしのせいにしていいから、お願いよ。本当はリュークに頼めば早いんだけど…」
いつもなら多分、頼めば簡単に見せてもらえそうな気がするのだけど。なんだかドリカ夫人の件に関してはいつもと様子が違って、反応が予測できない。最悪、興味がある事を警戒され、厳重にしまい込まれてしまうかもしれない。ドリカ夫人は明日にはとんぼ返りする予定だから揉めている暇は無い。
「御当主様に逆らうだなんて、とんでもないです!」
アンはキッパリと断ってきた。
ああ、ここが王都ではないというのは本当に面倒だ。
「あのねえ、アン。すっかり忘れているようだけどわたしはこの国の王女なのよ? リュークより偉いの。だから品物さえ手に入っちゃえばこっちのものなのよ。大丈夫、後で何を言われようが権力にモノを言わせて黙らせるわ!」
「うう。ユスティネ様、完全に悪役のセリフですよ、それ……」
アンはその後もうだうだと反対してたけど、手伝ってくれないなら一人でも決行すると宣言したらしぶしぶ協力を約束してくれた。だから好き。
――というわけで決行は、必ずリュークの居場所を把握できる時間帯…つまり夕食の時間に決まった。城にいる時の彼は睡眠以外、ほとんどの時間を執務室で過ごしているので、それが一番いいだろう。
作戦は、リュークが食事に行ったらアンが執務室を探る。わたしは彼を食堂で引き留める。
「なんという完璧な連携作戦……! わたしは天才だわ!?」
「ユスティネ様の自己肯定感の高さは、たまに呆れるを通り越して感心してしまいます」
執務室の鍵はわたしにも渡されている。そしてあの場所に入れる人間は限られているので、中に入ってしまえば簡単に探し出す事ができるはずだ。さすがに最重要機密に関してはさらに金庫か何かにしまいこんでいるのだろうけど、アレはそんな重要な場所には置いてあるまい。
「アン、よろしく頼むわよ!」
「ううう……。ホ、ホントにうまく行かなくても知らないですからね!?」
「大丈夫よ、きっと上手く行くわ、たぶん」
わたしはいつでも一番いい未来が起きると疑わない。
アンに向かってにっこりと笑ったが、彼女の不安は払拭されないようだった。